転生令嬢は気ままに生きたい   作: 雲折紙

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異世界転生系令嬢は逆行転生系令嬢になった

「ウルスラ・ローゼンハイン。貴様との婚約を破棄するッ!」

 

 煌びやかに飾り付けられた大広間。家主の権勢と財力が伺える一室。集まる方々もまた特別高貴な方々で。

 レンツェルシュ王国は第二王子、ディートリヒ殿下が王都に所有する屋敷にて執り行うパーティーの、その真っ只中に───件の王子殿下があまりに頓狂なことを叫んだ。

 

 大衆の面前での、婚約破棄の宣言。それも王家と筆頭公爵の間で交わされた、政にも大きく関わるようなもの。

 

 前代未聞なんて言葉も生温い。王家の栄光にも影を差しかねない程の、稀代の愚行だ。

 

 誰しもが衝撃のあまり、呆然と立ち尽くした。ぱりんと、ありこちでグラスが割れる音がするが誰も見向きもしない。

 

 この場の視線は全て、渦中の三人の人物に向けられている。

 

 端正な顔立ちの、黄金の髪の青年───第二王子ディートリヒ・レンツェルシュ。かつての呪い騒動もあり次期国王最有力候補と目される彼は、されど愚物だという噂が立っていた。今は義信を露わに毅然と立っているが、そんな勇猛な姿に焦燥を感じるのは、どうしてだろうか。

 

 彼の隣に侍るのは、聖女と称される少女───一代(いちだい)男爵エミリア・グランツ。平民上がりでありながらも奇跡の保持者として様々な功績を成したことで貴族に叙された彼女は、その健気な態度と万物を慈しむ思想によって聖女と呼ばれて久しい。今も不安にか眉根を下げ、それでもディートリヒに寄り添う姿はいじらしく、可愛らしい。この二人が恋仲だと言うのは、有名な話だ。

 

 そして彼らに対峙するは月の精とまで謳われた少女───公爵令嬢ウルスラ・ローゼンハイン。彼女に関する逸話は例を挙げるに事足りない。神隠し、妖精の寵愛、月姫伝説、鬼相撲等々、様々な話があるが中でも有名なのは発明家としての側面だろう。雲飛馬車や富命水の開発、輪栽式農業の提唱など幅広い分野で活躍している。しかし、近年では学園内にて権威を盾に加害行為を行っているといった悪い噂も流れている。

 

 まさに若い世代を代表する三人。

 

 その衝突。

 

 貴族方は各々思惑を抱きつつも、今はまだ見に徹する。

 

 そして───

 

「それは、冗談……かしら?」

 

 ほんの数秒の沈思を挟み、ウルスラが口火を切った。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「それは、冗談……かしら?」

 

「いや、冗談ではない。本気だ」

 

「………そう」

 

 いや、どうしろと?

 

 私、ウルスラ・ローゼンハイン。ただのしがない転生者。突然悪役令嬢もののテンプレのような婚約破棄をされて困惑しております。

 

 いや、テンプレ通りだったなら断罪も兼ねているということでまだ分かる。現実で起きるには創作的過ぎることに変わりはないが、それでも最低限のスジは通っている。

 

 けど、これは分からない。私は生まれて以来、品行方正に生きてきた。断罪される謂れなんてない。

 だからとて、これが付加要素なしのノーマル公開婚約破棄だとも思えない。だって義が十割私にある以上、このままでは第二王子の名声が地に落ちるだけで終わるし。

 

………分からない。まずは探りを入れるべきか。

 

「あなたの行い、国王陛下は了解していらっしゃるのかしら? まさか独断ではないでしょうね」

 

「いいや、あの愚王は何も知らんよ。それがどうした?」

 

「どうした、ですって? 神の代理であらせられる陛下の意向を蔑ろにし、我がローゼンハイン家の名に泥を塗った。殿下の深謀、わたくしには全く見当も付きませんわ。一体、どうケリをつけなさるおつもりで?」

 

 何を言っているんだ、コイツは。

 

 あんまりな発言に、脳が理解を拒む。

 

 国王陛下が取り付けた婚約を独断で破棄し、挙句に愚王呼ばわりだと? そんなことをしては、いくら王族でもただでは済まないだろうに。

 

 なのに、その表情は何だ?

 

 吊り上がった眉。見開かれた目。明らかに、怒りを浮かべている。まるで、その程度のことも分からないのかと言うように。

 

 コイツは、自分に絶対的な自信がある。己の正当性を確信している。一体私は、何を見落としている?

 

「はぁ……、やはり貴様には分からないのだな」

 

 その声音に込められていたのは、多大なる怒りと───幾何かの失望。

 

「ウルスラ様。やはりあなたも……違ったのですね」

 

 それに同調したのは、ディートリヒに並び立つエミリア。その声音に込められたのは深い悲哀。その表情も、今は悲しみと憐憫に染まっている。

 

 まるで、異界にでも放り出されたような心地だ。私だけが何も知らない。当たり前が噛み合わない。

 

 それでも、貴き血を引く者として、ローゼンハインの名を背負う者として思考を重ねる。

 

 常時発動している強化魔術は、思考速度を自在に操る。圧縮された時間での演算。様々な可能性や情報が浮かび上がっては消えていく。

 

 ディートリヒ・レンツェルシュ。血疫騒動の生き残り。王位継承権一位の保持者。無能王子。恋愛に現を抜かす愚者。責務を恐れる凡人。

 エミリア・グランツ。奇跡の保持者。嘘塗れの経歴の主。心優しくも、同時に酷く苛烈な少女。選民的少女。

 隣国情勢に関しては、皇国は相変わらず宗教関係が最悪で、帝国との関係も近年は冷え切っていて。

 王国にも火種は多数。特に傀儡政権の樹立を狙っている奴らが火花を散らし続け。

 利権周りでのゴタゴタ。麻薬の拡大。難民の流入など細々とした問題も多く。

 

 なるほど、今のレンツェルシュ王国は火薬庫だ。

 それで国王陛下の意に逆らうときたら、それはまあ。

 

「…………まさか、革命でも起こすつもり?」

 

「違う、民族浄化だ」

 

 頭腐ってんのか馬鹿王子。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 飛び起きた。

 

 首を触る。繋がっている。一安心する。

 

 冷や汗がヤバい。全身ぐっしょりだ。

 

 悪夢なんぞ比ではない、とんでもない夢を見てしまった。

 

 突然婚約破棄されたかと思ったら民族浄化とか言い出して、兵士が乗り込んできたかと思えば王国兵に偽装した帝国兵で、貴族達の血が池を作り、私も奮闘虚しく首を斬られるとかいう、とんでもない夢を。

 

 夢の癖に、鮮明に思い出してしまう。殺しに酔った兵達の醜さも、部屋に充満した死の臭いも、体を切り裂く剣の痛みも、死の瞬間の恐ろしさも。

 

 クソめ。

 

 安穏と生き、平和を愛する日本人にとんでもない経験をさせやがって。貴族として生まれ変わった以上、その血に恥じぬよう生きようとした末路があれだ。

 

 手を見る。小さい手だ。周りを見る。幼い頃に過ごした部屋だ。

 

 逆行転生というやつだろう。過去に戻るのは意外だったが、既に奇跡を体験した身。何となく、受け入れられている。

 

 あれが夢じゃないことも分かる。一瞬だけ夢かなとは思ったし、あんなクソみたいな展開は夢であって欲しいとも期待したが、あれも私の人生の一部だ。それを否定はできない。

 

 いや、でもやっぱり否定したいかもしれない。あんな理不尽ないだろう。王子が自国の国民に対して民族浄化を行うとか意味が分からない。同じ民族だろうに。

 

 しかもあれ、原因の一つが私の努力なのもやるせない。振り返ってみると、考えなしの知識チートは良くなかった。現代知識にファンタジー魔術が組み合わさった時の効力は、それこそチートと称するに相応しく。

 私ははしゃいでばかりいたが、玩具で遊ぶ子供ではないのだ。それによって齎される混乱くらいは想定しておくべきだった。

 

 何なら、私が殺されたのは妥当だったかもしれない。私は立派に悪役令嬢していたかもしれない。

 

 うん。

 

 今生は気楽に生きよう。好きなことをして生きよう。無理に気張らず、等身大の人生を謳歌しよう。

 

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