五月雨延々、仮想の世   作:蛙雨糸

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 今は平日の朝だからセツナと双子、それから玄爺もログインしていない。珍しいことにシキもログアウト中だ。なら素材集めか、探索者ランクを上げるためにクエストを回すか、あるいは別ゲーをするかくらいだろう。

 

 

 

 襖を開けて廊下に出る。外見は数寄屋すきや造りっぽい何かなこの家の内装もかなり整った。構造は適当、部屋の役割も適当、「和」とは言い難いエセ和風内装だ。

 

 

 

 縁側に出たところで、イヅナは足を止めた。ぽつぽつと雨が降っている。屋根に吊るされた鎖樋くさりといを水が伝っている。非常に珍しい光景だった。

 

 

 

 この浮島に来てからしばらく経ったが、天気はいつも晴れで曇ったことさえなかったのだ。

 

 

 

 もしやと思いメニューを開く。メッセージに新しい通知を示す赤いマークが付いている。タップして内容を確認。

 

 

 

 

 

《イベント開催》此処は梅雨入りRainy Days

 

 

 

六月に入り、この世界にも梅雨がやってきました。雨は豊穣の象徴とされていますが、過ぎれば災厄をも齎します。大崩壊から百年、平穏を取り戻して久しい世界に新たな危機が迫ろうとしています。イベントクエストを受注してイベントマップを探索し、止まない雨の秘密を解き明かしましょう。貢献度に応じて特別な報酬も配布されます。奮ってご参加ください。

 

 

 

※イベントマップで死亡した場合、再入場まで24時間のクールタイムが発生します

 

 

 

 

 

《クエスト》未知断片世界フラクタル探索任務

 

 

 

六月一日午前0時 0分、豊宮市に設置された観測機が突如出現した巨大な魔力波長を捉えた。委員会はこれを未知の断片世界と断定。豊宮市近郊の断片世界にポータルを設置し、探索者組合に調査依頼を発行した。さあ、探索者達よ。仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

「そっか。もう六月なんだ……」

 

 

 

 予告されていたイベントが始まったらしい。どうも引きこもりは日付に対して鈍感になってしまう。それにしても、止まない雨。まさか、イベント終了までずっとこの天気なのだろうか。それはちょっと嫌かもしれない。じめじめするし。特にイヅナの髪はぼさぼさ長髪だから、湿度が高いと辛いものがある。

 

 

 

 何にせよ、イヅナの行動予定は決まった。イベントマップに向かおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポストアポカリプス。そう形用するのが相応しい光景だった。錆び付き苔むしたビル群。そしてそれを貫く巨木。ひび割れた道路の至る所を倒木や倒壊したビルが封鎖している。

 

 

 

 水溜まりと落葉に彩られた道を行く。目指すは視線の遥か先、聳え立つ崖。経験則からして、とにかく高い所に行けば何かしら見つかるのである。

 

 

 

 高速道路を通り巨木の枝を渡り、ドーム型の建物の屋根や横たわったビルの壁面を伝ったりしながら走っていく。上から見ると、アポカリプス度の高さをよりはっきりと確認できる。遠くには直径にして百メートルはありそうな陥没穴。また、別のところでは不安定な地盤により数十棟のビルが不出来なドミノ倒しみたいになっている。さらに別のところに視線を向ければ、数百メートルはありそうなタワーが一切合切を押しつぶしている。しかし、同時にちらほらとモンスターの姿が見えたり、素材採取スポットらしきものもあったりと生命の存在を感じる部分もある。

 

 

 

 でも、何か違和感もある。足を止めることなく考え続けて───そうか、プレイヤーが少ないんだ。いくら平日の朝とは言え、この初イベントである。もっと賑わっていて然るべきだろう。一体どうして───

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 足が滑った。ただでさえ不安定な足場なのに、雨で濡れている上に前を見ずに考え事しながら走っているのだ。当たり前だ。幸い落ちることはなかったが、それからは足元に気を付けながら考え事して走った。

 

 

 

 やがて巨大な崖の手前まで辿り着いた。真下から見るとその異様さがよく分かる。これは登るのは難しいかもしれない。あまりにも高いのもあるが、想像以上に滑らかだった。ある程度の出っ張りなんかがあれば無理矢理スタミナ回復用のスペースを作り出せるのだが、これでは無理だ。スタミナが全く足りない。

 

 

 

 もしかしたらここ以外ならば具合の良い所が見つかるかもしれないと、移動しようとしたところで気付く。

 

 

 

 崖に気を取られて分からなかったが、周囲に転がっている瓦礫の一つ、その陰に人の足らしきものが見える。近付いてみれば、それは少女だった。

 

 

 

 普通に考えれば気絶スタンしたプレイヤー。けれど、何に気絶スタンの理由を求めようと、ぱっと思いつく可能性では外傷の少なさを説明できない。所々ワンピースが赤く染まっているとはいえ、ダメージによる気絶スタンならばもっと血みどろでなければおかしい。となると状態異常のばらまきか、それとも───

 

 

 

 イヅナはスキルの《識別》を発動する。すると、レベル差や状態などから算出される判定が発生する。大抵のプレイヤーは《識別》への対抗スキルを所持しているが、イヅナのレベルはプレイヤー全体から見ても上位で、しかも相手は気絶中。種族を知る程度のことは容易い。

 

 

 

 結果は───種族さえ見えない。つまりNPCだ。

 

 

 

 さて、どうしようか。本当にどうしようか。プレイヤーなら放っておけばよかった。運悪くモンスターに見つかって死んでも、どうせ生き返るし。けどNPCは違う。死んだらそれまでだ。他のゲームなら気にしないのだが、このゲームのNPCは高度な知性と感情を持っている。見捨てるのは些か忍びない。

 

 

 

「はぁ………」

 

 

 

 イヅナは深々と溜息を吐いた。正直に言えば知らない人と関わりたくないが、良心が勝ってしまった。

 

 

 

 インベントリから外套を取り出して少女に羽織らせる。気絶する人に着せるのは難しく、かなり不格好になってしまったが、雨を防ぐという目的を達成できるなら構わないだろう。プレイヤーは風邪をひいても死ぬだけで治るが、NPCはそうはいかないし。

 

 

 

 少女を背負うと、なるべく揺らさないように重心移動に気を遣いながら、来た道を引き返した。

 

 

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