幻想郷と外の世界の丁度狭間、博麗神社境内の森に…今は水没した底に沈む巨大要塞、海魔殿があった。
まさしく、灯台下暗し。紫も探し求めてきた敵がまさか自分達の足元で休んでいるとは思わなかったろう。
そもそも海底深く、探そうにも中々探せない。
幻想郷滅亡まで後2日、紫達は焦っていたし、だからこそ遠くを探していた。だから発見が遅れた。
さてこれまで休み無く海産物を集め続けてきた少女の事をおぼえているだろうか。
(……侵入者!霊夢に伝えなきゃ!)
高麗野あうん、博麗神社の番犬である。
あうんは獅子と狛犬の二つの性質を併せ持つ存在だ。
それ故か、関係ないのか…定かではないが、二人に分裂する能力も有している。
今は海産物を確保することを命じられてはいるが、本業は博麗神社の守護。当然、もう一体は博麗神社を護るために座している。
(これで紫には伝わった、霊夢が来てくれるハズ)
あうんに見つかった時点で、紫に情報が行くのは必然である。
海上に浮上し、空へ向けて昼間でも見えやすい緑の煙のような弾を打ち上げる事で場所を伝える。
博麗神社からここまでならすぐに来てくれるだろう。
当然、それを黙って許す八景龍ではない。
弾を打ち上げた直後、あうんの身体が海中に引きずり込まれる。
脚を掴まれながらも足元に向けて数発の弾を撃ち込むが、それを意に返さずに一本背負いのような体制で海底にたたきつけられてしまった。
「海中は私の独壇場です、もう海上に出られると思わないでね」
海中の淡水人魚、わかさぎ姫。
気弱で虫も殺せないような優しい女の子、わかさぎ姫には今の今まで殆ど活用できなかった能力がある。
『水中だと力が増す程度の能力』
まさしく、今わかさぎ姫は最強である。
おまけに黒い水をたっぷりと飲まされ、強制的に力を解放させられている。そんな海中決戦兵器の攻撃は、速く重い。
「げぼっ…!」
「可哀想だけど、死んでね」
たった一発のパンチがあうんの身体から、地面の岩盤に至るまで破壊する。
(い、息が…!霊夢助けてぇ…!)
次いでもう一撃と、拳を振り下ろし……
「…私が一人やられた!」
「怖かった〜」
所詮は分身、あうんにしてみれば壊れたそばから作り直せばいいラジコンである。他の者があれを喰らえば今度こそ死ぬだろう。恐ろしい力である。
「紫様〜わかさぎ姫敵なったよ」
「パンチ2発で死んじゃった。あ、私は神社守ってるね」
「水中だと力が増す程度の能力、そこまで強力だとは」
「ここ、ここだよ!侵入者の居場所!」
紫は冷静にスキマを開くと、集められるだけの戦力を呼び出す。
鬼、妖怪、神、人間……たった一人を倒すために集結する。
「幽香」
「ええ、いいわ」
幽香は海中に向かって高出力のマスタースパークを放つと、付近の海面を蒸発させながら無差別範囲攻撃であぶり出す。
これで、ひとたまりもないハズ…少なくとも動きは制限できる、と言うのが紫の想定だった。
「うっ…!?」
「幽香っ!」
幽香の腹部に鋼鉄のような拳が撃ち込まれる。
いや、鋼鉄ではない。実際にはそれより硬度が上の無敵の鎧。
「硬いな、妖怪か」
「この声…八景龍…!?」
「おっと、コレで見えるかな?」
すぅーっと頭の兜が光学迷彩の応用で消える。
楽しそうに笑う八景龍海魔がそこにいた。
「見ろよ八雲紫!こいつはにとりの造った最高の鎧、さっきもあの熱線の中を泳いで来たんだ…最早私に熱など通用しないということを知れ!」
直後、二つの熱の閃光に包まれる八景龍だが、その表情は余裕そのもの。それはそうだ、今は熱いどころかむしろ寒いくらいだ。
「うわっ!手が…!」
「そしてこんなこともできるようになった!」
熱線を放っていたお空の右腕が凍結させられる。
身体を冷やす為の冷却機構を、攻撃に転じさせたのだ。
「小賢しいねぇ、いつからそんなんになっちまったんだい!」
「私は好きだよそういうの」
「鬼共か、こい!」
萃香の蹴りと勇義の拳を受け止めながら、素早い攻防を繰り広げると、紫のスキマが迫るのを見て即座に紫の背中を蹴り飛ばす。
「また捩じ切る気だったな、これは一点物なんだぞ」
「やれやれ…前より強いじゃないか」
冷や汗を流しながらも八景龍を見据える小さな鬼。
力技と技巧の鬼、伊吹萃香。
密と疎を操る程度の能力を持つ彼女に八景龍は1000年前の戦闘を思い返す。
(そういえば、奴には二度も腕を塵にされたな)
「悪いがさっさと退場しな!」
萃香の動きは見切りづらい。
常に酔っ払ったような動きで攻撃を放つのだから、シラフでいるものほど対応できない。
流れるような回し蹴りが、急に角度を変えて鋭く襲い来る。
蹴りの反動に身を任せて仰け反ったままに拳を放つ。
かと思えば相手の攻撃を逸らす柔拳まで使いこなす。
1000年前もそれで苦戦させられたが、今は違う。
以前とは比べ物にならないほどにたっぷりと海水を吸収し、鎧まで手にしたおかげで再生もしていないから、消耗もない。
「強敵には早めに退場してもらおう、何分…孤軍でね!」
萃香の蹴りと八景龍の蹴りが交差する。
その一瞬を見逃す者はここにはいないだろう。
「む、包帯?」
「華扇、きてたの?」
鬼退治された穏やかな仙人、茨木華扇。
右腕の包帯を絡みつかせ、八景龍の身体を拘束する。
「霊夢のことは聞いたわ。個人的に、お前は許さない」
八景龍を引き寄せると豪腕を叩きつけた。
一瞬視界はブレるが、打撃ならば再生する必要もない。
八景龍は大きくのけぞりながらもすぐに立て直し頭突きを返す。
「お前鬼だろう、角はどうした?」
「色々あってね」
包帯でぐるぐる巻きにされた八景龍を蹴り飛ばすと、後ろから勇義が八景龍を抑える。
「なんのつもりだっ!?」
「萃香!頭だけでも剥ぎ取れ!」
「よしきた!」
すぐに萃香が透明のヘルメットを掴んで強引に外そうとする。
「消し飛ばしてやる!」
「まずいっ!」
八景龍の鎧は八景龍の産み出す海水を動力としている。
この鎧を付けた状態で火球を放てばどうなるか……
八景龍を中心に、とてつもない大爆発が起こった。
全身の極小の空気孔から冷やされた海水が一気に熱せられることで水蒸気爆発を起こすのだ。
「な、なんて技だい!」
「いっててて…至近距離でこれじゃあもたついてたらこっちが死んじまうよ!」
「…義手でよかった」
「マスタースパーク!」
直撃するが、まるで効果はないようだ。
「よくその怪我で動けるものだ、人間……えーと、名前は何だったかな…そう、確か……魔理沙。見事だ、人間にしてはな」
「そりゃどうも……」
傷だらけの魔理沙を一目見て、八景龍は再び鬼との肉弾戦に集中し始める。屈辱だった。
「脅威ですら無いってのか…!」
「りゃぁあ!!」
勇義に拳を突き出す八景龍の腕に刃が突き立てられる。
「げっ!斬れない!」
魂魄妖夢の楼観剣、斬れないものはあんまりないがこの鎧は斬れなかったようで、あっさりと弾かれる。
突如として大量のナイフが現れるが一本たりとて刺さりはしない。
「これじゃなにもできないわよ!」
「楼観剣でも斬れないなんて…」
「スキマなら…!装甲なんて意味は…」
再びスキマを飛ばして装甲を捩じ切ろうとする紫を目敏く確認すると、八景龍は叫ぶ。
「にとり!」
海面が爆発するように水の柱が紫めがけて吹き上がる。
水の柱の中から飛び出したわかさぎ姫の剛拳が紫に突き刺さる。
「くそ、海中ににとりがいる限りまともに戦えないぞ!にとりを狙え!わかさぎ姫は後でいい!!」
にとりの水を操る程度の能力とわかさぎ姫の水中なら力が増す程度の能力が組み合わされば空中でも無敵のわかさぎ姫の完成だ。
「遊びは終わりだ河童共!にとりに続け!」
海中から無数の河童達が飛び出してくる。
これだけで幻想郷側は苦戦を強いられるだろう。
一人一人の河童達が黒い水で強化されている。
「早苗、私達は河童達を!」
「ええ、数を減らしましょう」
早苗と鈴仙が勢いよく飛んでいく。
「バックドアに気をつけたまえよ」
河童達を妨害するのは後戸から伸びる無数の手、仕掛けたのはご存知幻想郷の胡散臭くてワープする方の金髪の賢者だ。
遠目で内心紫は(楽な方行きやがって…)と思っているが河童達を正気に戻すのも立派な仕事である。
「ふふ、私も遊ばせてもらおうかしら、八景龍海魔さん」
「蓬莱山輝夜か、お前の相手は私ではない!」
輝夜の弾幕を弾きながら、八景龍は最も恐ろしい敵である鬼との戦闘に専念する。
「っ…アッツいわね」
「お前を殺すのは私だ」
輝夜の身体を燃やす炎にの先を見れば、なんともまぁ見飽きた顔。
「妹紅…ここまで来て貴女と戦うの?代わり映えしなーい」
「二度と再生できない程ずたずたに焼き消してやる」
荼毘に伏させる不老不死、藤原妹紅。
轟と燃える炎の翼を持ってして、輝夜へと迫る。
「来なさいよ妹紅っ!」
「輝夜っ!燃え尽きろ!」
二人の身体が焼けながらぶつかり合った。
(どうせ不死身、決着は付かないだろうが邪魔もされまい)
八景龍は紫に向かって加速したまま拳を突き出す。
それを華扇が妨害しながら、勇義と萃香が攻め立てるも鎧のせいで決定打にはならない。
幻想郷の強者達を相手に八景龍は優位に立っていた。
切り札である高火力技の魔理沙達は意味をなさない絶望的状況のまま、博麗霊夢不在の全面戦争が始まってしまった。
散々皆でマスパすれば勝てるって言ってたじゃないか紫!
なんだよあの鎧!?なに?海魔殿の回で説明した?
知るかよ!その場にいねぇんだよ!魔理沙さんはよ!
どういえことだよ、話が違ーぞ!この魔理沙さんの活躍はどこなんだよ!?なんとか言えよ紫ィィィ!!
次回東方海魔伝 『主人公は遅れてやってくる』
明日もこの時間にマスタァァスパァァァァァァァアァアアア!!!