Log.1 シャーレのエージェント
シャーレ設立と稼働が大々的に告知されてから数日、シャーレに関する噂は瞬く間に広がっていた。
ただでさえ、先生というキヴォトスの外から来た人間が、失踪した連邦生徒会長の遺した超法規的機関の長になるのだ。
加えて、初日に起こった騒動の鎮圧や、脱獄した七囚人の1人を手玉に取ったことから、その噂の広がりは破竹の勢いだ。
そしてその噂を聞きつけてなのか、次から次へと様々な学園から、シャーレ宛に依頼が寄せられてきた。
中には、自学園内で対処できそうなものや、シャーレだけではなく連邦生徒会をも巻き込まなければいけなさそうなものもまである始末だ。
特に後者は、シャーレではなく連邦生徒会へ依頼すべきではないかと思うが、連邦生徒会長が失踪した後の連邦生徒会の動きを見るに、シャーレ経由で懇願した方が通りやすいと思われているのだろう。
それ自体は喜ばしいことなのだろうが、その分、シャーレのリソースが喰われてしまうのも、また事実だ。
いくら先生が超人クラスに働いたとしても、1人では対応できる範囲に限界が生じてしまう。
その問題へ対処するために提案されたのが、各学園の生徒を、当番としてシャーレのお手伝いをしてもらう。というものだった。
しかし、これに先生は難色を示した。
「生徒からのお願い事なのに、生徒に手伝わせるのは、どうなのさ」
これに頭を悩ませた連邦生徒会長代行の七神リンは、代案を提示することとなった。
それは、学園に所属していない生徒をシャーレに所属させ、専属当番――エージェント――として活動させる。というものだった。
学園に所属しておらず、かつ素行に問題のない生徒が、都合よくいるのかと思われたが、ちょうど1人いた。
それが、
かくして、シャーレのエージェントとなった碧空ミズキに待っていたのは、山のように積まれた書類の軍団だった。
慣れない仕事に悪戦苦闘しながらも、少しずつ未分類ボックスへ詰め込まれていた書類の束を減らし続け、ようやく最後の1枚の仕分けが終わったところで。
「お疲れ様ミズキ。ちょっと、休憩しようか」
先生が声をかけてくる。
左胸部分にシャーレのエンブレムが刺繍された藍色のブレザーにグレーのチェック柄とリボンとおそろいのプリーツスカートを着こなした、淡い青色のボブヘアの少女――ミズキ――は目線を机から先生へ向けうなずき、立ち上がるとファイルボックスを1つ先生へ差し出す。
「ですね。あ、あと先生が目を通さないといけないものがそちらなので、見といてください」
ファイルボックスを先生へ渡し、ミズキは部屋備え付けのコーヒーメーカーへ向かう。
慣れた手つきでコーヒーを2人分抽出し、自分用に砂糖とミルクを加えたら、トレイに乗せて先生の元へ戻る。
先生用のコーヒーカップを差し出すと、先生は一言お礼を言って受け取り、書類を眺めながら一口含む。
ミズキは、向かい側の椅子に座り、同じように一口コーヒーを含む。
しばらく先生が書類をめくる音だけが響いていたが、やがて先生が机の上に手紙を置いた。
側には校章が記載された封筒も置かれており、その手紙がどこかの学校の生徒会からの正式な文書であることを示していた。
「この手紙、ミズキはどう思う?」
「どうって……」
机の上に置かれた手紙を手に取る。
先ほど仕分けした際に、大枠は目に通していたから、概略だけ読んで手紙を元の位置へ戻す。
「アビドス高等学校からの支援要請、ですよね? ただ……普通に支援物資を送ってあげるだけ、だとダメみたいですが」
単純な物資の提供依頼であれば、ミズキの裁量で手配できる。
にも関わらず、先生が目を通す必要のあるファイルボックスへいれたのは、それなりの理由がある。
「手紙には書けないような複雑な事情に、自治区内の暴力組織によって自治区を運営しているはずの学校が追い詰められている……一般的な学区だったらほぼありえない事態です」
「そうだね。ところで、ミズキはその自治区……アビドスについて、どれぐらい知っている?」
先生に尋ねられ、ミズキは頭の中でアビドスの情報を集め始める。
昔はキヴォトス最大の学区だったとか、砂嵐にみまわれて荒廃したとかはすぐに出てくるが、現状どうなのかはさっぱりだった。
一先ず思い浮かんだ内容を話すと、先生は自身の机のタブレットへ手を伸ばす。
そのままタブレットの画面に向けて、話し始めた。
初めてその光景を見たときは、音声入力派なのかなと思っていたが、それにしては異様に内容が会話風で、まるでタブレットの中にいる誰かと話しているようだった。
今はもう、そういうものだと割り切って、ミズキから言うことはなくなったが。
しばらく待っていると、会話を終えたのか、先生はタブレットを持って立ち上がる。
「それじゃあ、行こっか」
「……えっ、行くって……どこへ?」
ミズキの問いかけに、先生は机に置かれた手紙を手に取り、見せてくる。
「アビドスだよ。この手紙の内容を見た限り、そんな悠長にはできなさそうだし」
それに、と先生は言葉を続ける。
「困っている生徒を、放ってはおけないからね」