「……ここまで来れば、大丈夫でしょう」
裏路地を縫うように移動を繰り返し、歓楽街エリアまで進んだ辺りで、ようやくヒフミは足を止めた。
「ヒフミは、ここをかなり危険な場所だって認識してるんだね」
「そうだね。それに、想像よりもブラックマーケットの道に詳しいし」
ヒフミの先導で辿った移動ルートは、ミズキですらここまで念を入れるのかと思うほど、煩雑を極めていた。
細かなルートを知らなければ、よほど追跡能力に優れていなければ、まず逃げ切られてしまうだろう。
なら先程のチンピラたち相手でも振り切れそうに思えるが、おそらく逃走経路の優位を持っても、チンピラたちの追跡を振り切れないほど、両者に身体能力の差があったのだろう。
「ブラックマーケットだけでも、学園数個分の規模に匹敵しますし、何より連邦生徒会の手が及んでいないところですから……」
それに、とヒフミは話を続ける。
「違法な事柄を巡って、色々なグループや組織間で争いもあるみたい、ですから」
「……桁違いなスケール、ですね」
ノノミがこぼした感想は、対策委員会のメンバー全員の考えを表していた。
もしかしたら、自分たちがこれから暴くものは、そう言った巨大なものとの対立へつながるのではないか、という悪寒さえ感じられた。
「……それにしてもさ。ヒフミちゃんってトリニティの子だよね?」
「え? はい、そうですね……」
彼女の制服の胸当てやセーターの袖に描かれている、三位一体のトリニティを表す校章が、彼女の所属を明らかにしている。
移動中に先生へ確認を依頼して、その結果もあるので、間違いない。
ただ、それとは別に、ホシノが抱いているだろう疑問は、ミズキも察しがついている。
――トリニティ生にしてはちょっと、ここの知識が多いような……。
ブラックマーケットとは1番縁遠いはずのトリニティ生なのは、間違いない。
にも関わらず、説明内容や移動ルートなど、何度も出入りしていると思わせる感じがあるのだ。
「いやー、それにしてはここのこと、意外と詳しいと思ってさー」
「あはは……、事前に色々調べたから。ですかね……」
本心なのかとっさに出た言い訳かはわからないが、妥当な理由に聞こえる。
危険なところだから、入念に下準備した。というのは、十分ありえる話だ。
「……そう言えばさ、助けてあげたお礼、まだもらってなかったよね?」
「……えっ?」
急な話の転換に、ヒフミの頬に冷や汗が伝うのを見た。
ホシノなら、他校の生徒に対してあまりにも無茶な要求はしないだろう。
しかし、度合いが過ぎるようなら、こちらの立場としては止めざるを得ない。
しかし、そう思っているのを見透かしてか、ホシノはこちらへ目線を一瞬だけ向け、思惑を伝えてくる。
――案内してもらう。かぁ……。まぁ、それなら問題ない提案かな……。
ここの事情や土地勘に乏しいミズキや対策委員会のメンバーにとって、現地情報を持っているヒフミの存在は、目的達成の可能性を大きく上げてくれるだろう。
先程もヒフミが止めていなければ、最悪、ここの治安部隊と交戦になっていただろう。
「ん、流石ホシノ先輩。誘拐の考えはなかった」
「いや、ヒフミさんに案内をお願いしたいだけだから。どうしてそんな物騒な方に考えるのよ」
ホシノの話を聞いていたのかいなかったのか、斜め上の発想を見せるシロコと、正しく理解していたセリカ。
とりあえず助けてもらった他校生に再誘拐される。という事態は避けられたので安心したのか、それとも断るだけの理由もなかったからなのか、ヒフミは案内を承諾してくれた。
それからヒフミの案内の元、手がかりを探してブラックマーケット内を歩いていたミズキたちであったが、捜査は想像以上に難航していた。
戦車という巨大兵器の部品であれば、自ずと取り扱う業者も絞り込めると踏んでいたが、まずその業者の足がかりが中々つかめない。
数件の業者をはしごして、ようやく取り扱っている業者の1つへたどり着いたが、今度はその業者では該当の部品の取り扱いはないとのことだった。
そうして振り出しへ戻される、ということを繰り返しながら、数時間ほど歩き続けたところで、たい焼き屋の出店が視界に入った。
「ちょっと休憩しようか。ずっと歩きっぱでしたし」
そう提案すると、皆賛成してくれて、近くのベンチへと移動し始める。
ミズキは1人たい焼き屋の出店へ向かい、適当に6人分のたい焼きを購入する。
「はい、たい焼き買ってきましたよ」
「おぉ〜流石ミズキちゃん、気が利くねぇ〜。歩き疲れた身体は糖分を欲してたんだよ〜」
1人ずつたい焼きを渡していき、全員分渡したところで。
「アヤネちゃんと先生の分は、どうしましょうか?」
「あぁ……考えてなかった。最悪私の分をアヤネに渡してもらえばいいとして、先生は……まぁ大人だから我慢してもらう、で」
ノノミに尋ねられ、思い出す。
現地分で考えていたせいで、後方で支援してくれていたアヤネの分を購入し忘れていた。
幸い自分の分はまだ手を付けていないので、そちらを回せばなんとかなるだろうが、忘れていたのは事実。
通信越しに謝るが、アヤネ本人は気にしていない様子であった。
「……ところで、ここまで情報が出てこないなんて……」
「そうだね。辿り着ければラッキー、って思っていたけど、かすりもしないなんて、ね」
それなりにブラックマーケットについて知っているはずのヒフミの案内で捜索したにも関わらず、だ。
何かしらの足がかりすらつかめない現状に、流石に違和感が出てくる。
「……妙ですよね。多分、意図的に隠蔽工作している、と思います」
たい焼きを食べ終わったヒフミが、話に入ってくる。
彼女の調べたところによれば、ブラックマーケットはあくまで複数の企業や組織が集まった共同コミュニティであり、販売ルートから保管記録まで洗い出せば、どこかに糸口が見つかるはずとのことだ。
しかし現実問題として、ここまで洗っても出てこない以上、何かしらの裏工作が施されていると考えられる。とのことだ。
「ブラックマーケットはいわば非合法な市場。そう言うのはよくありそうだけど、そんなに異常なの?」
「はい。言い方は悪いですが、ここに集まる企業はある意味開き直って悪さしているので、隠さない方が多いんです」
シロコの疑問をヒフミは否定する。
非合法な市場でのやり取りなら、ある種の感覚の麻痺があるためか、隠す方が逆に目立ってしまうらしい。
言われてみれば納得できる話で、連邦生徒会の管轄外であるブラックマーケットなら、ここ独自の規律さえ守っていれば、ブラックマーケットの管轄側から目をつけられることはないのだろう。
「ですが、今は逆にそれが足枷になってますよね……」
武器調達ルートを辿るのは、現実的ではなくなってしまった。
手詰まりになりつつある対策委員会へ、ミズキは新しい提案を投げかける。
「武器の調達ルートがわからないなら、別のアプローチ……例えば資金の動き、とかは?」
「資金というと……、ヘルメット団の?」
ホシノの問いかけにミズキは頷き、続ける。
「以前も出たけど、ヘルメット団の財力であれだけの武器を調達するのは不可能。なら、必ずヘルメット団の背後に資金提供した組織、あるいは個人が存在するはず」
「確かにそうですけど……、武器の調達以上に隠蔽されてそうな内容ですよね。ミズキさんには、何か心当たりが?」
武器ですらここまで隠蔽されている以上、お金の流れはそれよりも徹底して隠蔽されているだろう。
その指摘に、ミズキは頭を抱える。
「そこだよねぇ……、せめて書類か何かが手に入れば……」
ふと、視界の端に、一際大きい建物が入る。
「あのビル……」
「あそこは……確か、ブラックマーケット有数の闇銀行が入っているビルですね……」
ヒフミの話によれば、様々な犯罪によって獲得された財貨が、この銀行を通じて違法な武器や兵器へと変えられているらしい。
そうして変えられた武器や兵器を用いて、新たな犯罪が起こる、という悪循環を引き起こしているとも。
犯罪で手に入れたお金であれば、そのルートを徹底的に洗い出せば必ず足がつく。
しかし、あの銀行を通してロンダリングされれば、足がつかないのだろう。
それはすなわち。
「銀行が犯罪を煽っている、ってことぉ!?」
セリカの言う通りの状況に他ならない。
本来止められる立場にいるはずの銀行が、率先しているのが、闇銀行足り得る理由なのだろうが、とても健全ではない。
しかし、ブラックマーケットという特性が、捜査の手が入らない理由なのだろう。
「皆さん、武装集団が接近してきています!」
突如、アヤネからの緊急通信が入った。