「っ、上だっ!」
イオリの指示が響き、周囲の風紀委員たちが上空を向く。
しかし、指示を受けてから動き出した風紀委員たちに対し、1手先に動けるミズキの方が有利だった。
アサルトライフルの銃口を向け、いわゆるタップ撃ちの要領で、次々と風紀委員の構えている銃へ銃弾を命中させていく。
その命中精度に、風紀委員たちの間に動揺が生まれるが、流石に1弾倉では全員を無力化できない。
リロードのタイミングで、風紀委員たちから銃弾が撃ち込まれるが、狙いをつけている余裕はないようで、空中に居ながらも1発も貰わなかった。
着地と同時にリロードを終え、銃口を向け直そうとした瞬間、ミズキは悪寒に襲われる。
「覚悟しろっ、公務妨害者めっ!」
悪寒がした方角を向くと、ライフルを構えて突撃してきているイオリの姿が見えた。
その勢いのまま繰り出された銃撃を、ミズキは横っ飛びでかわしながら距離を取る。
「っ!」
しかし、直角ターンを決めてきたイオリが、速度を落とさずに再び突撃してくる。
横っ飛びの着地で踏ん張り、今度は空中前転で銃弾をかわしつつ、イオリの背後を取る。
「逃さないっ!」
その程度の芸当なら自分もできると言わんばかりに、イオリも1歩で身体を180度回転させ、三度突撃してくる。
今度は確実に銃弾を当てるためか、1回目と2回目の間合いになっても、銃弾を撃ってこない。
――ただかわすだけだと詰められる……ならっ!
アサルトライフルの銃先で、イオリの銃口を弾き、射線を強引に変えさせる。
直後、ミズキの左後方の地面へイオリの銃弾が命中し、アスファルトが少し砕ける。
そのまま銃口をミズキへ向けようとするイオリと、向けさせまいとするミズキが睨み合う形となり、膠着状態となる。
「そこまでです。2人共」
次の1手を考えていると、不意に声が聞こえ、ミズキとイオリの側にホログラムが現れる。
2人共ホログラムの方を見て、イオリの力が緩まったのを感じ、ミズキは少し後退して距離を取る。
「あ、アコちゃん……?」
「……風紀委員会の、行政官?」
薄い青形の髪色に横乳部分がまるっと消えた風紀委員会の制服、特徴的なカウベルと手枷をつけた――天雨アコ――だった。
イオリから見れば上司の突然の介入に、たじろぐのは無理ないだろう。
一方のミズキは、書類で見た情報とホログラムの人物を一致させる。
行政官という役職ではあるものの、その実は風紀委員会のNo.2の存在。
その人物が自らホログラム越しに通信してくるとなると、いよいよ風紀委員会が先生確保に動いている可能性も有り得る話になってきた。
「さて……改めて、お初にお目にかかります。シャーレのエージェントさん」
口調こそは丁寧ではあるが、不思議と友好さは全く感じられない。
1つ間違えれば、一気に敵対化してしまう危うさを感じさせる雰囲気だ。
とはいえ、会話できる状況であるなら、それをこちらから捨てる理由はないと、ミズキは頭を下げる。
「碧空ミズキ、です。こちらこそ……はじめまして、ですね。風紀委員会No.2の天雨アコ行政官」
「アコ、で構いませんよ。行政官なんて仰々しい肩書に聞こえますが、委員長の補佐役ですし」
その口調と表情とは裏腹に、隠された威圧感が、彼女の影響力の大きさを物語っている。
実際、イオリを始めとして、周囲の風紀委員たちのざわつく様子がその証拠だろう。
「……さて、言い訳……に聞こえるかもしれませんが、こちらの意図について弁明させていただいても?」
「なっ!?」
弁明、というアコの言葉に、イオリが反応する。
それは、アコ視点では風紀委員会側に何かしらの落ち度があったと考えていることにほかならない。
当然、便利屋68捕獲の命でアビドスへ赴いているイオリにとっては、寝耳に水だろう。
「イオリ、命令は便利屋68の捕獲であって、無差別攻撃ではないですよ? それに、ここはゲヘナ学区外、普段以上に慎重に行動して然るべきでしょう」
イオリの反論の態度をねじ伏せ、アコは改めてミズキの方へ向く。
「私たちゲヘナの風紀委員会は、今述べた通り便利屋68の捕獲のために、ここへ来ただけです」
「便利屋68の捕獲、ね……」
アコの話を言葉通り受け取るなら、アビドスを支援しているシャーレ視点では、アビドスと敵対している便利屋68の排除目的で来ている風紀委員会と敵対するメリットはない。
しかし、先程カヨコから聞いた内容や、柴関ラーメン店への砲撃などを考えると、両手を上げて歓迎はできない。
恐らく後者については、イオリの独断専行という形で処理されるのだろうが。
「こちらとしても、あまり他学区で揉め事を起こしたくはなく……シャーレの権限の下、ご協力をお願いできませんか?」
アコの要請に、ミズキは黙って思考を巡らせる。
ゲヘナの治安維持組織である風紀委員会が、ゲヘナ学区外で活動した挙げ句、別学区の建物へ砲撃した、というのは好ましくない。
下手をすれば、学区ごとに認められている自治権の侵害として、紛争の火種になりかねない。
そこで、超法規的機関とも言えるシャーレの権限を借りたい、という思惑なのだろう。
確かにシャーレの権限があれば、学区の自治権を越えて活動自体は可能ではある。
「……それを決められるのは私じゃない、先生よ」
その要求をミズキは、やんわりとかわす。
ミズキに決定権がないこと自体は事実であるし、まだ風紀委員会に対する不信感が拭いきれていない。
それに、この場に先生が居たとしても、そのまま風紀委員会の要請を受諾するかといえば、きっとしないだろう。
少なくとも、民間人を巻き込むような砲撃や、カヨコから聞かされた裏の目的を解消できなければ、信用できない。
「なるほど……では、その先生とお話させてもらっても?」
「随分と白々しいね……。そちらの砲撃さえなければ、普通にできたものを……」
あの場には便利屋68がいたので、銃撃戦無しで対話することはできなかったかもしれないが、少なくとも柴関ラーメン屋が爆破されることはなかったはずだ。
爆破さえなければ、負傷した大将をシェルターへ退避させるために先生が付き添うこともなく、アコの要求通りに対話できたはずだ。
毒付くようなミズキの回答に、アコは思案顔をみせてくる。
「なるほど、それは困りましたね……。先生が戻ってくるまでどれぐらい時間がかかるかわからない上に、シャーレの力も借りられないとなると……」
次の手を考えているような素振りであるが、アコの本心はすでに決まっているのだろう。
あくまで熟考の末、その方法を取らざるを得なかったと、周囲に印象付けるために。
「シャーレを、先生をお迎えしないといけませんね」
その一言だけで、今まで下ろされていた銃口が、一斉に向けられる。
なるほどカヨコが言った通りだと、ミズキは小さくため息を付く。
「……やっぱり、カヨコさんから聞いた通り、て訳ね」
「カヨコ……あぁ、鬼方カヨコさんですか。彼女が便利屋68所属なのをすっかり失念してました」
納得した表情を浮かべるアコへ、ミズキは言葉を投げかける。
「でもわからないわね。ハッキリ言ってゲヘナの地位と権力があれば、アビドスに対して多少強く出ても影響ないでしょうし」
「まぁそれはそうなのですが……実は情勢に少し変化がありまして」
一触即発の状況なのは変わりないが、まだ会話を続けられる状況ではあるようだ。
この間に何か打開策がないかを思いつかなければならない。
「御存知の通り、ゲヘナとトリニティは長年敵対関係にあるのですが、ここ最近、トリニティ側がシャーレに関する報告書を入手した、という情報がありまして」
「……ん?」
アコの発言に、違和感を覚える。
シャーレに関する報告書であれば、トリニティはもちろんのこと、ゲヘナも入手しているはずである。
なぜなら、シャーレ設立日の騒動鎮圧に、あそこにいるチナツも関わっていたのだから。
――ここ最近の情報……だとすれば、この前の1件だけど、あれは直接シャーレに関するものではないはずだし……。一体何を指している?
あえて疑問は口に出さず、アコの言葉を待つ。
「エデン条約を間近に控えた今の状況で、情勢を一変できる超法規的機関のシャーレ……その情報をトリニティ側は掴んでいるにも関わらずこちらは知らない。という状況は、避けなければなりません」
「……」
無言で目線をチナツの方へ向け、彼女の様子を伺い、ゲヘナの状況を推測する。
今日が初対面である以上、彼女の人となりに確証はないが、あの日の報告書を上げていなかった。とは考えにくい。
大方、報告書は上げていたものの、それをアコが目を通したのはつい最近のことだったのだろう。
実際、彼女の若干の呆れ顔が、それを裏付けていた。
「とまぁ、色々調べた結果……」
そこで言葉を区切ったアコの様子が、ほんの少しだけ変わったことに、ミズキは身構える。
「シャーレという脅威は、見過ごせないと」
その言葉とともに、今まで下ろされていた銃口が一斉にミズキへ向けられた。