「ふむ……これだけの銃口を向けられても、動じない……ですか」
流石はシャーレのエージェントですね、と付け加え、アコはこちらを見つめてくる。
後はアコの合図1つで、一斉砲撃がミズキへ襲いかかってくるだろう。
「あ、なるほど。こう思っていますか? 『ゲヘナの風紀委員会が、1人を相手に戦力行使はしない』と」
「……まさか。仮にも風紀って名乗っている組織に、そんな慈愛があるわけ、ないよね」
そう言いながら、ミズキはアサルトライフルを構え直す。
これ以上の交渉ができない以上、対策委員会がここへ来る前に、風紀委員会にはお帰り願う他ない。
しかも、可能な限り怪我させないように、だ。
――やっぱり……あの現場担当を無力化するしか、ないか……。
目線を陣形の中央で陣取っているイオリへ向ける。
恐らく現場担当の中で最高戦力であろうイオリを無力化されれば、アコも戦略的不利と判断し、こちらの要望へ耳を傾けてくれるだろう。
なら、取る行動はイオリのみを狙い、彼女を的確に無力化すること。
そう決心したミズキが動こうとした瞬間。
「なっ!」
「このミサイルは……っ」
ミズキの背後から、見覚えのある小型ミサイルが飛び出してきて、風紀委員たちの目の前に着弾する。
「ん、間一髪」
後ろを振り向くと、ミズキの予想通り、シロコたち対策委員会のメンバーが立っていた。
普段と違って3年生のホシノの姿はなく、その代わりに途中で合流したのであろう先生がいた。
「ミズキ、銃を下ろして」
「っ! ですが先生……」
対策委員会のメンバーから離れ、先生は1人こちらへ近づいてくる。
そこから出てきた指示に、ミズキは思わず驚いてしまう。
風紀委員たちは、先生が近づいてくる今の状況でもこちらへ銃口を向け続けており、その状況でこちらが銃口を下ろせば、ただの的になってしまう。
「大丈夫、ここに来るまでにある程度話は聞いていたから」
先生からの言葉に、更に混乱してしまう。
大将を連れてシェルターへ退避してもらっていたが、そこからここまではそれなりに距離があったはずである。
その距離から話を聞くのは、ヘイローのあるキヴォトス生でも無理だし、ましてやヘイローのない先生には絶対できない所業である。
可能性があるとすれば、柴関ラーメン店が爆破された情報を掴んだ対策委員会と合流後、アヤネがこちらの状況をモニターし、先生に伝えた。だろう。
しかし、これもモニタリングが会話まで取れるのかが怪しい以上、確証のない仮説となる。
しかし、ミズキの直感として、先生はこれまでのミズキと風紀委員会とのやり取りを把握した上で、銃を下ろすよう指示したのだろう。
その直感に従い、ミズキは銃を下ろす。
「あなたが件の先生、ですか……。この状況で味方に銃を下ろさせる……正気ですか?」
「疑問に思うことはあるのかな? 私と君たちは先生と生徒の間柄だし、そこに武器なんかいらないからね」
アコの疑問に答える先生の口調からは、とても想像できないような重圧が、その場にいるイオリやチナツ、風紀委員たちへ伝わる。
通信越しのため、その重圧を感じられないアコは、改めて口を開く。
「ふむ……先程ミズキさんへは言いましたが、私たち風紀委員会は例え1人が相手でも、武力行使は辞さないですよ?」
「うん、その話は聞いているから知っている。でも、君たちは撃たない」
そう確信しているから、と先生は続けるが、普通に考えたらとても正気の沙汰ではない。
一応、風紀委員会の目的はシャーレの先生を保護することなので、万一にも先生が負傷してしまう、ような事態は避けたいだろう。
だとしても、それが撃ってこない、にはとてもミズキには連想できなかった。
「私たちを、随分甘く見ていらっしゃるのですね?」
「まさか。ゲヘナの風紀委員会といえば、キヴォトスでも1、2を争う実力を持つ治安組織。そこの戦力とこちらの戦力の差を考慮しないほど、私も考えなしじゃないさ」
ただね、と先生は言葉を続ける。
「そんな大きな力を、大義名分もなく振り下ろしたら、どうなるんだろう……ね?」
「……私たちに、シャーレを攻撃するだけの名分がない、とでも?」
先生と問答を繰り返すアコの口調が、少しずつ荒さを帯びてくる。
彼女の部下として普段から接しているからか、その微妙な変化を感じ取ったと思われるイオリとチナツがたしなめようとするが、アコのひと睨みで何も言わなくなってしまう。
「行政官として見たときに、シャーレの超法規的権力に不満や不穏さを持つな……とは言わないよ。でも、それならシャーレなり連邦生徒会へ抗議文を送る……みたいな手立てもあったと思うよ」
そこで言葉を区切り、先生は更に続ける。
「にもかかわらず、君たちは武力でここへ来て、あまつさえ全く関係のないアビドスの民間人も巻き添えにした。……そんなことを追認するような勢力があると思うかい?」
先生の言葉には、一定の説得力がある。
事実、シャーレを見る目は、勢力によって様々である。
風紀委員会のように超法規的権力を警戒する勢力もあれば、あの連邦生徒会長が残した組織なので、今の連邦生徒会長が失踪中という危機的状況を打破できる存在となり得るとして、静観する勢力もある。
しかし、初日の1件を除き、直接シャーレを襲撃して排除しようとする勢力は存在しない。
それは、下手をすればシャーレの名の元、他勢力を結集して反撃してくる、という懸念があるからだろう。
「ましてや、ゲヘナ側はトリニティよりシャーレに関する情報で1歩出遅れている状況……。トリニティ側がすでにシャーレと何かしらのつながりを持っている、なんて事も考えられるだろうに」
「っ……」
ズバズバと先生に指摘され、ついにアコは苦虫を噛み潰したような表情も見せ始めた。
ミズキが知る限り、トリニティとシャーレ間では何の取り決めもなく、先生の今の言葉はただのハッタリである。
しかし、その情報を持っていないゲヘナ側は、先生の言葉の真偽を確かめる術はない。
シャーレ・トリニティ連合との対立のリスクを冒してでもシャーレを攻撃すべきか、リスクを回避するために攻撃しないか。
特に、先程アコ自身が発言した通り、トリニティとのエデン条約を間近にしたこのタイミングで、ゲヘナ側から反故するような行動を取るのは、面目も立たなくなってしまうだろう。
「……なるほど、流石は先生、と言ったところでしょうか。痛いところばかりついてきますね……」
流石に自身の一存だけでこれ以上の荒事はできないのか、ここからしばし沈黙の刻が流れる。
そして、ようやく決断したのか、重い口が開かれる。
「イオリ、チナツ。……全軍、撤退です」
下された決断は、撤退。
今下手にシャーレとの関係をこじらせるのは、得策ではないという判断だろう。
向こう側は不満しか残らないであろうが、ひとまずこれ以上の正面衝突はさけられそうだと、安堵したのも束の間。
「ん、それはちょっと待ってほしい」
ミズキの背後から、シロコが待ったをかけた。