「そうよっ! シャーレと風紀委員会との交渉は終わったけど……」
「
続くセリカとノノミの言葉に、新たな火種の予感を感じざるを得ない。
先生が一緒にいるから、その辺りはうまく交渉し終わったと思っていたが、流石にそう甘くはなかったか。
これまでの衝突はあくまでシャーレと風紀委員会の話であって、対策委員会にとってはそこまで重要な事項ではない。
たまたまシャーレと風紀委員会の衝突した場所が、アビドス学区だっただけの話だ。
「……こちらの主張はご存知だと思いますが……何か弁明など、ありますか?」
通信越しのアヤネの声色からも、一触即発の空気を感じさせられる。
最悪、交渉の場を作るために対策委員会と一時的に対立しなければならなくなるかもしれない。
「あぁ、アビドスの生徒会の方々ですね……。情報だと5名と聞いていましたが、後1名は……」
「今はおりません。それに、私たちは生徒会ではなく対策委員会です」
シロコたちを一瞥し、思い出した表情を見せるアコに、アヤネが割り込んで訂正する。
その情報にアコは一瞬だけ表情を変えるが、首を横に振る。
「ふむ、できれば生徒会の方とお話したいのですが……」
「アビドスの生徒会はとっくの昔に無くなってるの! 今は私たちが実質的な生徒会なのっ!」
今にも噛み付かんばかりの勢いで吠えるセリカを、どおどおとノノミが宥める。
その様子に苦笑いを浮かべながらも、アヤネが改めてアコへ問いただす。
「こほん。それで話を戻しますが……、この状況について、ゲヘナの風紀委員会として何か弁明はありますか?」
「……そうですね、シャーレへのアプローチも多少は含まれておりましたが、私たちの学園の校則違反者たちを逮捕する、それが今回の私たちの目的です」
シャーレ所属のミズキからすれば、感心するレベルの内容であるが、決して嘘はついていない。
それに、とアコはさらに言葉を続ける。
「まだ違法行為とは言い切れないでしょうし……ここはやむを得なかった、ということでご理解いただけませんでしょうか?」
ミズキはチラリと先生の方を見る。
この辺り一帯は、過去のアビドス生徒会とカイザーコーポレーションとの間で土地の取引が行われており、今はアビドス所有の土地ではない。
なので、アビドス自治区への不法侵入という違法行為はしておらず、また本来のアビドス自治区への不法侵入の意図もない、というのがアコの主張だ。
そして一見苦し紛れに聞こえるこの主張も、公的な資料上では正当性のある内容となっているのが、問題だろう。
それに加え、これらの情報を対策委員会は知らない、ということが余計話をこじらせる要因となってしまっている。
「ここはアビドス自治区です。ゲヘナの風紀委員会がこちらの承認も得ずに戦闘行為を繰り広げる、なんて自治権を脅かしておいて、違法行為とは言い切れない、は無理があります!」
「そーよっ! アヤネちゃんの言う通り、そっちの違法行為を正当化する言い訳じゃない!」
ヒートアップしていく対策委員会を見ても、先生はまだ動かない。
今下手に刺激したら、そのまま対策委員会が攻撃を仕掛けてしまうという懸念があるのだろうか。
それに、今ここで真実を伝えたときの、対策委員会への影響も考えているのだろうか。
「なるほど……そういう認識、ですか……」
アヤネとセリカの回答を聞いたアコは、一転して不敵な笑顔を見せてくる。
その様子を見て、ミズキはもう1度先生へ目線を送る。
ここで介入して仲裁しなければ、事態がさらに厄介なことになりかねない。
「先生……」
「うん。今のアコの発言から察するに、風紀委員会は把握しているね」
なら話は早い、と、ミズキは両手を思い切り叩き、注目を集める。
「両者共そこまで。ここからは、シャーレが仲裁させてもらうよ」
先生の宣言にざわめきが起こるが、対策委員会の方が若干動揺の色が強いように見えた。
彼女たちからすれば、これまでヘルメット団問題や借金問題などで親身に寄り添ってきた先生が、この件に関しては100%味方として立ち回ってくれない。と見えたのだろう。
そこの説得に時間がかかると思ったのか、はたまた冷静さを取り戻すための猶予を与えるためか、先生は対策委員会の方ではなく、アコの方へ目線を向ける。
「アコ、君はさっき、「違法行為とは言い切れない」と言っていたね。さっきアヤネも言っていたけど、他学区の治安部隊が勝手に自治区で戦闘を繰り広げるのはアビドス学区の自治権を脅かすような行為だ。でもアコは違法行為ではないって判断ができたみたいだけど、それを言えるだけの何かを知っているのかな?」
「そんなの苦し紛れの言い訳じゃ……」
アコよりも先に口を開いて反論するセリカを、ミズキは目線で黙らせる。
「ごめんねセリカ、今はアコに聞いているんだ。……それで、どうだい?」
「……そちらの様子を見る限り、伝わっていないように見えますが、本当に喋ってもよろしいのですか、先生?」
対策委員会への配慮なのか、あえてぼかして返してきた。
しかし、それでミズキと先生の仮説は確信へと変わる。
まず風紀委員会は、この辺りの土地の所有者が、今のアビドス高校にはないことを把握している。
それなら彼女の性格的に、違法行為ではない。と断言するはずだろう。
しかし、彼女は言い切れない、という濁した言い方をした。
――もしかして、どこまでがアビドス高校が所有し続けている土地なのか、そうでないのかまでは、調査しきれてない……?
どのエリアがアビドス高校の所有している土地で、どのエリアがそうでないのかまでを把握できていないなら、アコが濁した理由も頷ける。
仮に断言して、万一にでもアビドス高校が所有している土地だった際に、言い逃れする術がなくなってしまう、とわかっていたのだろう。
その辺りは、流石ゲヘナの行政官というべきか。
「……いや、その答えで十分、だよ」
そう返答した先生は、今度は対策委員会の方へ目線を向ける。
流石に今の光景をまじまじと見せられては、疑いの目線が鋭い。
「先生、実は風紀委員会と裏でつながっていた……とかですか?」
「そんなものはただ1つもないよ。これだけは中立を謳う以上、絶対に守らないといけないことだからね」
ポツリと出たアヤネの質問を、先生はやんわりと返す。
「なら、何で風紀委員会に味方しているかのような素振りを……?」
「ノノミの疑問も最もだよ。だから、ちゃんと答えてあげる」
そこで言葉を区切った先生は、ゆっくりと深呼吸すると、改めて口を開く。
「ここは、《アビドスの土地ではない》」
しかし、続いた言葉の声色は、明らかに先生のそれとは異なるものだった。
その声がした方を向くと。
「い、委員長……」
同じく声がした方を向いたイオリが口走る。
特徴的な白髪に、風紀委員会の制服とコートを羽織り、キヴォトスでも数少ない立体型のヘイローを宿す少女――空崎ヒナ――の姿が、そこにはあった。