「あれが……ゲヘナの、風紀委員長……」
ヒナの突然の出現に、ミズキさえも息を呑んでしまう。
一回りほど小さな体格ではあるものの、その中に秘められている戦闘力や威圧感は、この場にいる誰よりも高い。
仮に今ここで空崎ヒナと対峙する羽目になれば、いくら対策委員会と手を組んだとしても、こちら側に勝ち目はほぼないだろう。
ミズキは視線を少しだけ先生へ移すが、先生からは特に新しい指示はない。
そんなこちらの葛藤はよそに、ヒナは展開されている風紀委員の部隊を見て、小さくため息を付く。
「アコ……他所様の土地でこんな数の部隊を展開するわけは?」
「そ、その……これは……、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……」
どうやらアコが言っていた、シャーレの先生確保の目的は、風紀委員長には話を通していなかったようだ。
その状態で、馬鹿正直にシャーレなどという得体のしれない組織を制圧するために動員しました。とは、アコでも答えられないのだろう。
一応筋が通る回答を返すが、アコを見つめるヒナの目の色は変わらない。
「そう……。今は、シャーレとアビドスと対峙しているように見えるけど? それに、
「え? まさか、まだ包囲網を突破されていないはず……」
ヒナからの指摘を受け、アコが改めて状況を確認するが、すぐに表情が真っ青になる。
「どうやら彼女たち、上手いこと脱出できたみたいだね」
「……先生も1枚噛んでいた、と」
先生からの耳打ちで、納得する。
便利屋68の動きは特に報告していなかったはずだが、先生の戦況を見る視野の広さには感服しかない。
「はぁ……大体把握したわ」
こめかみ辺りを押さえながら、再度ヒナはため息を付く。
そして、イオリとチナツへ全軍撤退の作業を継続させ、彼女自身はこちらへゆっくり近づいてくる。
「ん、やる気っぽい?」
「いやいやいや、どうしてそんな戦闘狂なのシロコ先輩っ!」
「そうですよ! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスでも最上位クラスの強者ですよっ!」
近づいてくるヒナは特に銃を構えていないのに、なぜか銃を構えようとするシロコ。
そんな彼女をセリカとアヤネが必死に静止する。
ようやく穏便に終わりそうなのに、ここからアビドスと風紀委員長との武力衝突の発生など、目も当てられない。
「あの風紀委員長さんには聞きたいこともありますからね〜、シロコちゃん」
やんわりとした口調ではあるものの、これ以上の有無を言わせないノノミの言葉に、シロコは銃を構えようとするのをやめ、謝る。
一先ずの危機が去ったところで、アヤネが口を開く。
「空崎ヒナ風紀委員長。アビドス対策委員会の奥空アヤネです。先程のお言葉について、ご説明いただけますか?」
「あぁ、アビドスの土地ではない。のことかしら?」
認識の相違がないかを確認する言葉に、対策委員会の面々はほぼ同時に頷く。
その様子と恐らく人数が足りない現状を見て、ヒナは天を仰いだ。
今の状況を踏まえ、対策委員会へどう説明するのが吉なのかを測っているのだろうか。
「……言葉通りの意味、だけど?」
長い沈黙の果に出てきたのは、シンプルな言葉だった。
しかし、それで対策委員会が納得するはずもない。
「いくら風紀委員長でも、そんなデタラメを……」
「あら、書類も記録もきちんと残されているし、確かな情報よ? それとも、自分たちの土地なのに、把握してないの?」
セリカの噛みつきを一蹴した言葉に、対策委員会の面々は誰も反論できない。
これ以上話しても対策委員会とは話が進展しないと判断したのか、ヒナは本題に入れそうという表情を浮かべ、今度は先生とミズキの方へ向く。
「なっ!」
直後、ヒナが頭を下げたことに、ミズキは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「シャーレとの不要な武力衝突、これはすべて私、空崎ヒナの監督不行き届きによるものだった。ゲヘナ風紀委員長として、公式に謝罪するわ」
「……ヒナ、頭を上げて。君が頭を下げる話じゃない」
アコが言いたかったことも、それなりには理解できるからね。と、先生が声をかけたことで、ヒナも頭を上げる。
そして、先生の後ろにいる対策委員会をちらりと見る。
「本当は彼女たちにも謝らないといけないのだけど……あの様子と長の3年生がいない今だと、ちょっと難しそうね。公式な謝罪の場として、後日改めて訪問させてもらうわ」
「わかった。対策委員会には私から伝えておくよ。日程が決まったら、連絡するね」
その後先生と一言二言かわし、ヒナは踵を返して撤収作業中の風紀委員たちのところへ戻っていった。
そして幾ばくもしないうちに、一糸乱れぬ行軍で、この場から全軍撤退していった。
「……風紀委員会の全兵力、アビドス郊外まで撤退していきました……」
少しした後、アヤネから報告が入る。
今もここから離れていっている様子のため、ここから急転再襲撃もないだろう。
結果として、風紀委員会や風紀委員長の空崎ヒナとの衝突は避けられたものの、彼女たちから告げられた事実の大きさは、別の問題として残ってしまう。
「アビドスの土地が、アビドスのものではない……。そんなこと、あり得るのでしょうか?」
「わからない。けど、あの風紀委員長もその前の横乳行政官も、出任せを言っているようには聞こえなかった」
ヒナやアコから言われたことについて、話し込むノノミとシロコを見て、ミズキは先生の様子をうかがう。
先生も先生でどうすべきか、悩んでいるようだった。
――そう言えば、ホシノさんは一体どこへ……。
ヒナが言っていた通り、この場で詳細説明を避けたのは、対策委員会長の小鳥遊ホシノが不在、だったことが大きいだろう。
もしかしたら、彼女は知っていた可能性もあるし、仮に彼女も知らなかったとしても、激昂した他のメンバーを抑えられると見ていたのだろう。
「先生やミズキさんは、何かご存知だったりしますか? ヒナ風紀委員長やアコ行政官が言っていたことについて」
「それは……」
アヤネからの質問に、ミズキは言葉を濁す。
ここまで話が出てしまった以上、隠す意味は全く無く、彼女たちにも伝えなければならない。
しかし、その説明には対策委員会の最後の1人もいてくれないと困る。
「ホシノにも聞いてもらわないといけない話だからね。ホシノが来たら……」
「うへ、私がどうかしたの?」
不意に声が聞こえ、全員そちらを向く。
今丁度到着しました、という雰囲気を漂わせたホシノが、こちらへ歩いてきている姿が見えた。
「ホシノ先輩! 一体どこに行ってたんですか!?」
ぐいっとアヤネがホシノへ詰め寄る。
話によれば、先の柴関ラーメン店爆破のアラートを探知したアヤネは、すぐにホシノへ連絡を取ろうとしたものの、繋がらなかったらしい。
止むなくシロコたちを現場へ先行させ、ホシノと連絡を取ろうと試みていたものの、結局つながることはなかった。とのことだ。
「ごめんごめん、ちょっとお昼寝が過ぎちゃってね……」
ゆるい感じで謝罪をしていたホシノであったが、直後、雰囲気を変える。
「……それで、何があったの?」
先程までの雰囲気からは想像できない鋭い視線が突き刺さり、全員黙り込む。
そんな中で、先生が口を開く。
「……一旦学校へ戻ろう。ここで話す内容じゃない」