「……さて、状況を整理しようか」
ヒナが退出して少し経った頃、先生が切り出したことで、対策委員会の定例会が始まる。
直前まで資料をまとめていたアヤネは、1つ咳払いをすると、モニターへ資料を映す。
「改めて資料を確認していたところ、先日の集金記録の上に混じっていた、ある取引の資料がありました」
「集金記録とは関係のない取引資料? なんでそんなものがあの銀行に……?」
こめかみへ指を当てているセリカに対し、ミズキは手を挙げる。
「おそらく偶然、そこは大した問題じゃない」
「ミズキさんの言う通りで、たまたまあの銀行を介していて、たまたま先日の1件の際、一緒に鞄へ入ったものかと思います」
そこで一区切りつけ、アヤネは投影資料を拡大する。
「むしろ、重要な問題はこの取引の内容になります」
「この場所は……アビドス郊外の1区画、ですね」
白地図の資料であるが、対策委員会のメンバーにとってはどこかわかるのだろう。
答えたノノミへ頷くと、アヤネは拡大している投影資料を動かし、取引相手が記載されている箇所を映す。
「……カイザーコンストラクション? これって……」
「はい、ここもカイザーグループの傘下企業です。つまり、カイザーグループの中で、アビドスへお金を貸している企業とアビドスの土地を購入した企業が混在していることになります」
一見するとよくわからない状況に、一同首を傾げてしまう。
その様子を見ていたミズキは、投影されている資料のある箇所を指出す。
「……アヤネ、そこの部分拡大して」
「あ、わかりました……これはっ」
アヤネが拡大した位置に記載されていたもの、それは。
「アビドス生徒会……なにこれ、生徒会が自分たちの土地をカイザーへ売ったってこと!?」
そこに書かれていた内容に、セリカは机をバンと叩く。
今は存在しないアビドス生徒会自身が、あろうことか、自分たちの土地を売却していたのだ。
学区を運営する立場であれば、普通ならあり得ない行為だろう。
「こんな大ごとに、ずっと気づかないまま……」
「学校の自治区なら、当然学校のもの。……あまりにも当たり前過ぎて、借金の方ばかりに気が行ってました」
特にアヤネは役割柄、資料に目を通す機会が多い。
もし自分がもっと注意深く見ていれば、と思っているのかもしれない。
「アヤネちゃんのせいじゃないよ。だってこれはアヤネちゃんが入学する前……いや、対策委員会ができるよりも前のことなんだから」
そんなアヤネの心中を察してか、ここまで無言を貫いていたホシノが声をかける。
その様子を見ながら、ミズキはホシノの言葉を頭の中で反復させる。
――……そういえば、生徒数が足りなくなって生徒会すら維持できなくなったから、対策委員会が発足したんだっけ。
となると、少し気になることが生まれる。
同じく気になったのか、シロコがホシノへ質問を投げる。
「ホシノ先輩は、何か知っているの?」
「私が入学した頃は、まだ生徒会はあったからね~。でも、当時の生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから」
そう言えばと、ホシノの言葉を聞いたアヤネが思い出したように口を開く。
「……ホシノ先輩は、最後の生徒会の副会長って聞きました」
「えっ、そうなの!?」
アヤネの言葉に、セリカが驚いた表情を見せる。
シロコやノノミはそこまで驚いた表情を見せていなかったので、彼女だけが知らなかったのか、はたまた彼女のリアクションが大きいのか。
「まぁ、生徒会副会長って言っても生徒会自体は私と新任の生徒会長の2人しかいなかったし、引き継ぎ資料もなければ砂漠化を避けるための移転ばっかりだったからねぇ〜」
そこで言葉を区切ったホシノは、どこか遠い目をしながら続ける。
「生徒会長は構内でも随一のバカだったし、私も昔は……ちょっと嫌な性格だったから、それはもう破茶滅茶だったよ〜」
のらりくらりと話すホシノの感じは、普段と違って、何か知られたくないことがあるように感じられた。
ミズキはふと、先程ヒナが言っていた言葉を思い出す。
あの1件があっても、アビドスにホシノが残っていたのは意外だった、と。
すなわち、ホシノがアビドスを去ってもおかしくないようなことが過去に起こっていた上に、ホシノにとってそれは、後輩たちに知られたくないようなことなのだろう。
「そんなお飾りみたいな体制だったし、2人共おバカさんだったからさ、……何にも知らないままでさ……」
普段より饒舌なホシノであるが、そのトーンは若干低い。
それは、ヒナが言っていたあの1件が関係しているのか、それとも最後の生徒会副会長だったにも関わらず、アビドスの現状を少しでも上向きにできなかった責任を感じているからだろうか。
「……ホシノ先輩が責任を感じることじゃない」
「うへ?」
唐突なシロコの言葉に、ホシノが目を丸くする。
そんなホシノの様子などお構いなしに、シロコは言葉を続ける。
「怠け者だし、はぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
アビドスに来てからのことを思い出すと、シロコの言う通り、そう思わせられる節は多々あった。
最初のうちは、彼女が盾持ちのタンク役を買っていることや、唯一の3年生だから。と思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。
そうでなければ、シロコがそう言うことを言うはずがない。
だからこそ、機能の1件自体、対策委員会にとっても寝耳に水の自体だったのだろう。
「シロコちゃん、急にどうしちゃったのさ……?」
「いや、なんとなく言っておこうかなって」
シロコの急変に戸惑っていたホシノであったが、シロコの発言にそこまで意図がないとわかると、少し肩を落とす。
少し雰囲気が停滞へ向かいそうだったため、先生が1つ手を叩き、全員の思考を戻させる。
「これで見えた問題は全部で3つ。1つ目は……」
アヤネからマーカーを受け取り、ミズキはホワイトボードへ書き込みを始める。
「カイザーコンストラクション……ややこしいからカイザーにしようか。そこがどうやって当時のアビドス生徒会から土地を購入した、か」
「……カイザーローンと同じように、違法ギリギリの取引を持ちかけた、とか?」
セリカの回答は、一部納得できる部分もある。
事実、アビドス生徒会とカイザーローンが取り決めしている融資については、違法スレスレの内容だ。
カイザーグループの1つであるカイザーコンストラクションが、同じような取引をしていると考えるのも無理ないだろう。
だがこの件においては、それは不正解で。
「……それが、この契約だけでなく土地の契約に関しては、違法なものやグレーなところはなく、正式なものみたいです」
地籍図とラベリングされた分厚いファイルを開き、アヤネはある箇所を映す。
そこに映されたのは、地籍図に書かれた所有権の移転の証拠とも言える契約書だった。
シロコたちは穴が開くように投影資料を見るが、この契約書に関しては、内容はもちろん正当性も疑いの余地がないものだった。
アヤネとは別に、先生とミズキが別ルートで裏取りした、確かな情報だ。
「加えると、どうも少し色つけた契約みたい」
「色付け……?」
ミズキの言葉に、今度はシロコが首を傾げる。
ミズキは立ち上がってアヤネのところへ行き、2枚の書類を取り出す。
「これ見て。アビドスのある区画のカイザーへの売却契約書と、売却契約時の地価資料」
「……あっ、売却した区画の地価に対して、カイザーは少し多めに払ってますね」
机に置いた資料を見て、先に気がついたノノミの回答に、ミズキは頷く。
「そう。この契約だけが特別、ってわけでもなく、大体2割程度カイザーはなぜか上乗せしている」
「……多分だけどさ、土地の契約に関しては、後ろめたいことがないようにしたかったんじゃないのかな〜」
ホシノの言葉を聞いたミズキは、小さく頷くとマーカーでホワイトボードへホシノの発言を書き込んでいく。
「私もホシノさんの推測通りだと思う。特にカイザーローンはアビドスの借金でグレーゾーンを攻めているから、こっちが難癖をつけるのを防ぐ目的もあると思う」
「……付け加えるなら、仮にアビドスが方針転換して土地を買い戻そうとしても、この契約書をちらつかせて、買い戻し金を釣り上げさせる目的もあるかもね」
マーカーの色を変え、先生の言葉もホワイトボードへ書き込んでいく。
少なくとも正式な契約をかわされている以上、こちらが一方的に破棄するなどは不可能。
下手をすれば、今の借金に加えて違約金などを合法的に上乗せされてしまうだろう。
ここまで見えると、別の疑問も生まれてきてしまう。
「……どうして、当時のアビドス生徒会は、カイザーへ土地を売ったのでしょうか?」