ミズキ用に充てがわれたアビドス高校の空き教室、そこで夜が更けるまで、ミズキはこれまでの資料からカイザーがアビドス砂漠で何を探しているかを調査していた。
対策委員会の資料室にあった資料は粗方目を通したし、ミズキ自身の権限が及ぶ範囲にて、連邦生徒会のデータベースからアビドスの資源などの情報も調査した。
「……だめだ、全くわからない……」
背もたれによりかかりながら、ググッと背伸びして、そう呟く。
埋蔵金や、調査時点では価値がなかったが現時点では資産価値のあるような地下資源などの類は、一切ない。
むしろ、調べれば調べるほど何もないことの証拠の方が多くなり、カイザーがなぜアビドスの土地を狙うのか、わからなくなってきてしまう。
――とはいえ、早めに証拠を掴まないとだし……。
先日は対策委員会がアビドス砂漠へ出向くのは、土地売却先のカイザーとの関係悪化を懸念して見合わせる、という方針となったが、それもいつまで持つかはわからない。
ミズキや先生が知らない間に、対策委員会のメンバーたちだけで出向かれでもすれば、流石にかばえない可能性がある。
それを防止するにも、彼女たちが行くことを決心する前に証拠を見つける他ない。
――それに……別の問題もありそうだし……。
カイザーの件もそうだが、気がかりな別の件もある。
先日の定例会後に、シロコから切り出された件だ。
対策委員会長のホシノの退部届を見た、というなかなか衝撃的な内容だった。
ここキヴォトスにおける、退部届が持つ意味をホシノが知らないはずないだろうし、普段見せているような雰囲気の感じで入れていた、というのも考えられない。
ヒナが言っていた、かつてアビドスにあった1件で退部を考えていた、とも考えられるが、シロコいわく、昔から書かれていたものではなかったらしい。
ただ、この話はシロコが先に先生にも相談しており、先生が受け持つ形になったらしく、ミズキがこれ以上考える必要はない。
とはいえ、なんとも言えない引っかかりを覚えているのもまた事実で、それがよけいヤキモキさせてくる。
しかし今自分が考えなければならないことは、ホシノの去就よりも、アビドス砂漠でカイザーが何をしているか、だ。
――やっぱり、直接出向かないと情報は出てこない……か。
ネットワーク越しに上がっている情報はたかが知れているし、この前のブラックマーケットの闇銀行の1件も考えると、アナログで残している可能性が高い。
とはいえ、こちらから乗り込むとなれば、それ相応のリスクも覚悟しなければならないし、先生が許可してくれるかも怪しい。
――直接出向けないなら……この手かな……?
少し考え、ミズキはスマートフォンを取り出し、数度画面をタップして連絡帳アプリからある人物の画面まで進める。
しかしそこから手が動かなくなり、少しした後、ミズキはスマートフォンのスリープボタンを押した。
――流石に、これはもう使えないしね……。
少しでもその考えに行くほど、自分が思っている以上に切羽詰まっていたらしい。
ミズキは机に置いてあるメモ用紙へ一言二言書き置きを残し、立ち上がる。
そのままアビドス校舎から出て、まだ営業しているコンビニへと足を運んだ。
コンビニから出てきたミズキは、購入したての缶コーヒーのプルタブを開け、一口含む。
――苦みが……染み渡る……。
徹夜明けの身体に活力が染み渡る、そんなどこか心地よい感覚に包まれる。
エナジードリンクとかカフェインが好きな人は、こういう感覚にやみつきなのかなと思っていると。
「つ、積み終わりました!」
近くから、聞き覚えのある声が聞こえた。
そちらの方を見ると、大量の荷物を積まれた軽トラックが止まっており、ちょうど荷台からハルカが降りてくるところだった。
先日の風紀委員会との1件では、共闘したとは言え、あくまで双方の利害が一致知多だけに過ぎない。
本来は、対策委員会を支援するシャーレと、カイザーからアビドスを廃校とするために雇われた便利屋との関係だ。
過日の1件も終わったので、またアビドスへの攻撃を考えているのかと、ミズキは身構える。
ただ、よくよく荷台の荷物を見てみると、違和感が出てくる。
もし便利屋68側にアビドス攻撃の意志があるとするなら、もっと銃火器などを積み込んでいてもおかしくないはずだ。
しかし、実際に積み込まれている荷物は、書類だったり何かの掛け軸だったりと、事務系の荷物の方が多い。
「あれぇ、ミズキちゃんじゃん。やほー」
ちょうどトラックの影でミズキからは見えなかったが、出てきたムツキに、声をかけられる。
直後、驚いた表情を見せながらハルカがこちらを向き、ムツキの声を聞いたからか、アルとカヨコもトラックの反対側からこちらへ近づいてくる。
「なっ、なんでシャーレのエージェントがここに……?」
「いや、そこのコンビニでコーヒー買って出てきたら、ちょうど見かけたから」
何故か異様に驚いているアルへ説明し、ミズキはトラックの荷台へ目線を向ける。
「……どこか、引っ越すんだ……?」
「……まぁそんなとこ。風紀委員会にも場所特定されたみたいだし、任務失敗でクライアントからも狙われそうだから」
ミズキの疑問を、アルの代わりにカヨコが答える。
金さえ払えば何でもやる、をモットーとしている便利屋が、依頼を完遂できなかった。
彼女たちを雇っている黒幕には心当たりがあるものの、恐らくカヨコが危惧している通り、契約不履行として責められる可能性はあるだろう。
実際、彼女たちよりも前に契約していたと思われるヘルメット団も、度重なるアビドス作戦の失敗が原因で、便利屋68に大打撃を受けたのだから。
今度は彼女たちの番、という考えになるのも頷ける。
「……そっか、さみしくなるね」
「なっ、そんなこと言っていいの? 仮にもアビドスのことを手伝っている身で!?」
アルの言葉に、ミズキは一瞬首を傾げるが、すぐに納得する。
彼女視点だと、自分たちはアビドスと敵対しており、逆にアビドスを手伝っているシャーレに所属しているミズキから、そんな言葉をかけられるとは思ってもいなかったのだろう。
「まぁ、確かに今はアビドスを手伝っているからそう見えるかもだけど、ずっとアビドスを手伝うわけでもないからね」
「そうだよアルちゃん。あの先生なら1度敵対したからもうお終い、とかにはしないだろうし、それに、仲良くしたくない?」
ムツキの援護射撃に追随して肯定するハルカと、直接的な肯定はしないものの遠回しにこれ以上敵対する意味はないと諭してくるカヨコ。
部下3人の言葉に、アルは折れたのか、ふふっと笑みをこぼす。
「そうね、先生……シャーレと事業提携するのも悪くなさそうだし」
それに、とアルが言葉を続ける。
「あの風紀委員長がいなかったとは言え、風紀委員の1中隊をほぼ1人で抑えられる戦力を、みすみす敵対させるのも良くないしね」
「……褒め言葉として、受け取っておくね」
風紀委員長である空崎ヒナがいなければ、恐るるに足らず、と言われてしまっているほど個と集団で戦力差がある組織と比較して技量を褒めるのはどうなのだろうか。
とは言え、中立のシャーレ所属の自分が特定組織を貶すわけにもいかず、当たり障りのない程度に返す。
そうこうしているうちに荷物を積み終わったのか、アルたちもトラックへ乗り込んでいく。
そのまま、見送るぐらいはしようかと思っていたところに。
「あれ、着信だ……。ちょっと失礼」
急に着信が入ってきたので、ミズキは断りを入れて、少し離れたところで出る。
「はい、こちらミズキ」
「ミズキ、不味いことになった」
電話の相手は先生だったが、その口調は明らかに普段と違う。
事前に書き置きを残しているので、ミズキがいなくなったことによるものではないはず。
もっと別の、アビドスにとってまずい状況が起こっているのだろう。
ミズキは頭のスイッチを切り替え、先生の言葉に耳を傾ける。
「ホシノが、消えた」