「……おかしい、誰もいない、なんて……」
セリカ救出作戦の翌日、遠方の廃ビルの屋上からヘルメット団の本拠地を双眼鏡で覗いていたミズキは、そんな感想を漏らす。
一瞬、昨日の救出作戦が原因かと考えたが、アレはあくまで救出作戦で殲滅作戦ではなかった上に、必要以上に団員を叩いたわけでもない。
これまでのヘルメット団の動向を考えれば、もう1度アビドス高校への襲撃を仕掛けてくる可能性が高い。
そう踏んで、早朝から1人偵察へ赴いていたが。
――無駄足、だった……かな? 拠点を代えて仕切り直しを測った……にしては、武器とかはそのままだし……。何か、別の狙いが?
これまでのヘルメット団の動向や、昨日の救出作戦で破壊した重戦車は、とても学生だけの組織で用意できるものではない。
ヘルメット団の裏に、糸を引いている組織か人物が、必ずいるはずである。
そのバックアップ元が、昨日の戦闘を受けて撤退を決めた。というのであれば、それはそれでアビドスにとってありがたい話ではある。
しかし、それは流石に楽観視過ぎるだろう。
「……ん、あれは……」
双眼鏡越しに覗き続けていると、視界を一瞬ヘルメットがよぎる。
再びその場所を見たミズキは、弾かれたように立ち上がり、ビルの屋上から跳躍する。
近くの建物の壁を蹴りながら、地面へ着地し、そのままダッシュでヘルメットが見えた位置へと急ぐ。
「えっと……これと、これを……っと」
建物が倒壊したのか、瓦礫が積もった位置までたどり着くと、どの瓦礫から片付けるべきかを計算し、どかし始める。
隙間からわずかに見えていたヘルメットがよりはっきり見えるようになっていき、引き抜ける程度のスペースを作ったところで、強引に引きずり出す。
「ぐっ……お、まえ……っ」
「黙ってて」
ミズキの姿を見るや、何か言いたげな団員を黙らせ、ミズキは救急キットを取り出す。
そのまま手当を始めると、団員も黙って手当を受け入れる。
「それで……何があったの?」
ミズキの問いかけに、団員は顔を下げ、話すべきかを逡巡しているように見えたが、やがてゆっくりと話し始める。
「急にあいつらが……あの、4人組が……」
「4人組……ねぇ」
記憶している情報と照合しようにも、この情報だけではとても絞り込めない。
もう少し情報を引き出す必要がある。
「それが新しい雇われ先で、古い雇われ先のあなたたちは、お払い箱になった、と?」
「……そこまで知ってるなら、隠す必要もないな。あんたの言う通り、さ」
予想は確信へと変わる。
後は、その雇い先がわかれば、いくらでも手を打てるだろう。
「その契約先は……?」
「さぁ。こっちも代理人を通してでしか、離してないからな」
これ以上聞いても、有益な情報は得られなさそうである。
そう結論付け、ミズキは救急キットをしまい、立ち上がる。
これ以上話を続ける気がミズキにないと見て、団員の方も立ち上がる。
「まさか……探し出す気か?」
「……むこうが雇い先を代えたってことは、まだアビドスを諦めていないはず。なら、必ず尻尾を見せる時が来るし、その時に捕まえればいいよ」
団員の元から去ろうとして、ミズキは思い立ったように立ち止まる。
「……そう言うあなたはさ、これからどうするの?」
「ここのヘルメット団……カタカタヘルメット団は壊滅したし、他のヘルメット団と合流するしか……」
ミズキは一瞬逡巡するが、シャーレのエージェントとして、助け舟を出す。
「……流石に今すぐってのは無理だけど、シャーレに相談してくれれば、ちゃんと対応してあげられるよ?」
「……考えておくよ」
団員が立ち去るのを見送ったミズキは、踵を返してアビドス高校へ戻ることにした。
「……あの、何で皆アヤネのお世話を?」
ちょうどお昼時だったため、柴関ラーメンにお昼を食べに行くこととなったらしく、その連絡を受けたミズキは少し遅れる形で店内へ入った。
しかし目に入ってきた光景は、アヤネを中心としてバイト中のセリカを覗いた対策委員会の3人が取り囲むように、アヤネのお世話をしている。という奇妙な光景だった。
「実は……」
困惑していると、先生がそっと耳打ちしてくる。
どうやら、ミズキ不在中に定例会が行われていたのだが、そこで出てきた廃校対策案がことごとくぶっ飛んだ内容で、それに怒ったアヤネがちゃぶ台返しを決めた。とのことだ。
その内容もマルチ商法を始めとして、バスジャックや銀行強盗、果てはアイドル活動とのことで、ミズキは心の中でそっと手を合わせた。
――スクールアイドルが相対的にマシな案って……、なかなかよね。
とはいえ、その場にいたとして、何か建設的な案を出せたか、と聞かれると辛いところもある。
これ以上変に追求して、矛先がこちらにも向けられるのはゴメンである。
目の前の柴関ラーメンの味を堪能していると。
「こ、これ……オーダーミスなのでは……?」
隣のテーブル席からそんな声が聞こえてきた。
視線をそちらへ向けると、隣のテーブル席に座っている4人組の目の前に、山のようにそびえ立つ麺やトッピングの盛られたラーメンどんぶりが置かれていた。
柴関ラーメン屋に、あんな爆盛メニューはなかったはずだし、遠目から見てざっと10人前はある量だ。
加えて、先程聞こえた離しからも、あの4人が意図した注文ではないように見える。
ただ、セリカと大将の主張は「オーダー通り、柴石ラーメンの並盛1つ。たまたま手元が狂った」とのことだ。
セリカと大将の主張を聞いたからか、それともそこに隠された意図を察したのかはわからないが、4人組は納得したように、併せて運ばれた取り皿へ分けて食べ始めていた。
――そう言えば、あの団員が言っていたのも4人組、だったよね……。
あまりジロジロ見るのは、マナー違反だ。
視線を元に戻しながら、ミズキは思案する。
アビドス高校所属外の生徒が、アビドスに来る事例は、そこまでないはずだ。
加えて、先程の反応を見る限り、大将と顔なじみでこの店の常連さん、という線もない。
にも関わらず、アビドスを訪れておりかつ4人組、と団員が話していた4人組の可能性が十分ある。
しかし、現状これ以上の情報がないため、関連付けるのは不可能だろう。
――それに、アレだけの戦力を一夜で壊滅させようとしたら、それなりの資金だって必要なはず。
雇い主の支援を受けた、ということも考えられなくはないが、やはり先程の金欠具合が引っかかってしまう。
そんな事を考えていると、隣のテーブル席の賑やかさが増していることに気がつく。
――食は、学区の垣根を超えて友情を育む……って感じかなぁ。
視線を改めて向けると、特盛の柴関ラーメンの味を評価している4人組……特に赤系の長髪にコートを羽織った少女と対策委員会の面々の仲睦まじい様子があった。
特にキヴォトスでは、学区ごとにじ事件が確立されている関係で、学区間の対立色も色濃い。
率直に言えば、『D.U.地区』という中立区域でもなければ、他学区の生徒同士が平和的に交流している光景を見るのは、難しいレベルだ。
にも関わらず、そんなことを感じさせない雰囲気に、ミズキが少しだけ安堵していると。
「……ん?」
コートを羽織った少女と対策委員会の面々の様子を見ていた、黒色のパーカーを着た少女の目つきが、わずかに変わったのに気がつく。
少し遅れて、隣りに座っていた銀髪の小柄な少女も同じように目つきが僅かに変わり、先程の黒色のパーカーの少女と何か耳打ちしていた。
――先手打ちたいけど……確証が、なぁ……。
明らかに何かに気がついたような変化ではあるが、確固たる証拠がない。
今追求したとしても、白を着られるのが関の山だろう。
それに、とミズキは思考を続ける。
――多分、向こうのリーダー……あのコートの子かな、彼女が気がついてないっぽい……。
黒色のパーカーの少女がコートを羽織った少女を見て、小さくため息を付いたのが見えた。
リーダーだと当たりをつけている少女の方を見れば、満面の笑顔で柴関ラーメンを食べ、対策委員会の面々と話に花を咲かせていた。
流石にこの状況で、仕掛けるわけにもいかないのだろう。
であれば、この場での衝突を避けるためにも、ミズキも気が付かないふりを続けることにした。