少年中毒   作:笑う豆の木

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別作の息抜きとして書くためのシリーズ。全体的にあっさり味。
各ヒロインあたり2、3000字くらいの短めのお話になる予定。


グレーテル

 

 

 

 

 この世には愛、というものがある。

 隣人愛、兄弟愛、家族愛、偏愛、狂愛。

 本を読んだ中で頻出したのはそういったものだけど、どれもそれまでの私にはないものだった。

 確かに、ヘンゼル兄さんとの関係は“愛”と形容しても良いものだったかもしれない。

 でも当時、私が持っていた感情をいわゆる“愛”とは認識していなかったし、向こうがどう思っていたのかも今や知るすべはない。

 単なる共生関係、不思議な依存関係、複雑な利害の一致。様々なものを内包していると言えたが、果たしてそれを“愛”と表現して良いものか。

 己の感性や感情が、ヘンゼル兄さんとの関係を上手く認識できないのが恨めしかった。

 

 まぁ、今は一旦置いておこう。

 

 私は他の血式少女とは少し離れたテーブルで食事を取っていた。途中ハーメルンがちょっかいをかけてきたが、数秒無言で睨むと退散していった。

 別に誰かと一緒に食事を取るのが嫌いというわけではない。食事やコミュニケーション以上にあることに集中したかったのだ。

 

 ジャック。

 

 最近、彼を観察していると妙に心が騒ぐのだ。

 そのあどけない少年はアリスや赤ずきんと一緒にご飯を食べている。時折心配そうにこちらを見ながら。それだけなのに。

 

 目を合わせるのが難しい。

 

 最初は何かの病気ではないかと疑った。

 偶発的に心が忙しくなったり、感情がじわついたり、表情が奇妙に動いたり。それまでほとんど起こらなかった突拍子な体調の変化がハッキリと確認できたのだ。

 原因は何かを探った。このどこか甘くて狂わしい指先が鈍くなるような感覚を放っておくのはよろしくないと直感したから。

 幾つもの文献を読んで、パターンを把握して状況を検証して、日々強くなっていくそれに耐えながら対策方法を見つけ出そうとした。

 その答えがハーメルンから無理矢理渡された恋愛をテーマにした漫画に記されていたのは、流石に内心苦笑してしまった。

 似たようなのを数冊貸して欲しいとお願いしに行った時、ハーメルンのあの表情は飾っておきたいほど滑稽だった。

 

 午後。

 

 私はジャックが一人になるタイミングを見計らっていた。

 彼の周りには女が多い。血式少女を率いるゆえ当然と言えば当然だが、その尽くから重い矢印を向けられているらしい。

 特にアリスだ。四六時中その隣にいようとする。数日の観察中、彼が一人になれるタイミングといえばトイレか夜中部屋に戻る時か……。

 アリスが何か用事があっていなくとも、別の血式少女を纏っているのだ。

 赤ずきん、シンデレラが比較的多いだろうか。それに続いてラプンツェル、白雪姫。眠り姫はやたらとボディタッチが多い。

 

 忌々しい。小さなことにすら苛立ちを覚えるなんて、愛とは憎しむべきものかもしれない。

 

 結局、私は手紙を出してジャックを呼び出すことにした。扉の隙間に一文を差し込んで、夜を待つ。

 別に周りに聞かれて良い内容なのだが、彼が一人で来ることが望ましい。誰にも聞かれなければ自ずとそれを達成出来るだろう。

 約束の時間。心優しく誠実な彼が来ないとは思わないけど、どこか緊張していた。

 何度も今回の計画に必要なモノを確認して、その時間を待った。

 

「グレーテル? 来たよ」

「──入って、ジャック」

 

 努めて平静を保って言ったが、いつもの自分なんてよく考えるとあまり覚えていないものだ。正確に出来ていればよかったが。

 扉が開くと、彼は一人だった。

 

「どうしたの? この時間に一人で訪ねて来いだなんて。まさか、何か相談事?」

 

 どこか心配そうに言う。

 私がこういうふうに人を呼び出すのは珍しい部類。自分から行ったほうが確実だから。よほど予定が合わないか、自分の部屋じゃないとできないことでもないなら。

 だから重要な話があるのだろう、と予想していたのかもしれない。ということは、これから彼の予想を裏切ることになる。

 

「少し付き合ってほしいことがあるの」

 

 数枚の紙をジャックに差し出す。

 彼は神妙な面持ちでそれを受け取って、ゆっくりと目を滑らせたがすぐにそれをやめた。

 

「これ……何かの論文?」

「えぇ。『恋愛と肌トラブルに対する薬学及び遺伝子学的アプローチ』よ」

「うん、凄い内容だね……こ、これがどうかしたの?」

「それ声に出して読んでほしいの。私の傍で……私は別に読まないといけない本があるから」

「同時進行で研究を進めようってこと? それならどっちかに絞ったほうが良くないかな?」

 

 まぁ、彼の指摘はごもっともだ。

 複数の情報を欲張りに取り込むのは却って効率を損なう恐れがある。目や耳、両方からまったく異なる情報を受け取って正しく処理出来るほど脳は完璧に出来ていない。

 今回はそのデメリットを無視して構わないからどうでもいいのだが。

 

「これを使うわ」

 

 机に置いておいた細長い金属板を見せびらかす。

 すっぽりと手に収まるサイズで、黒い板に丸や矢印といった数個のボタンが付いた簡素な機械だ。

 

「それは?」

「ボイスレコーダーというものよ。この間、探索中に拾ったの。これで録音すれば、いつでも聞き返すことが出来るわ。実験中でも睡眠中でも好きな時に再生して復習する。より効率良く時間を使用できると思わない?」

 

 四の五の言う前に手渡すと、興味深そうに眺めながら手の中に収める。

 少なくとも同意は結べた。

 

「ただ、壊れかけているみたいで集音マイクの調子がかなり悪いの。だから近付いて、小声で喋ってもらう必要があるわ。じゃないと音割れして何を言ってるのかロクに分からなくなるから」

 

 新品同然なら様々な悪用方法があったのだが仕方ない。

 そもそもこういった旧時代の機械が使用可能な状態で見つかることすら奇跡的なのだ。

 この幸運を最大限利用させてもらおうじゃないか。

 

「なるほど……。でもそれなら自分で録音すればいいんじゃないかな? わざわざ僕がする必要性って……?」

「……自分の声よりも、聞き慣れた他人の声のほうが脳に入りやすいという説があるの。自分の声は普段聞かないから違和感が増して集中を阻害してしまうらしいわ。今回はその実験も兼ねているの」

 

 もちろん、嘘だ。探せばそのような論文も見つかるかもしれないが今は目の前の優男を騙せれば何でも良い。

 それに──好きな人の声のほうが記憶に残りやすいのは確かだろう。

 

 聞いた途端、彼は納得したように頷いた。

 

「じゃあ、ここに座って」

 

 予め用意していた椅子をポンと叩く。

 私の椅子とほとんどくっついた位置にある、それ。もしもそのまま座ったら彼は足の置き場所に困るだろう。

 

「なんか近くない……?」

「言ったでしょう? 小声で喋る必要があるの。すぐ横じゃないと聞こえないわ」

「いや、別にここでやる必要はなくない? 邪魔になるし、録音するんだからわざわざ聞かなくても」

「時間を最大限有効活用したいの。それに、文章の間違いや内容の誤りがないか確認もしたいのよ。せっかく記録しても内容に不備があったら意味がないわ」

「そ、そういうことなら……」

 

 少し椅子を離してから腰を下ろす。

 私なら多少のことなんて気にしないと知っているはずなのにそういった“配慮”をする辺り、本当に優しい男だ。

 

「えーと、このスイッチを押してから喋ればいいんだね」

「えぇ。その上にあるランプが赤く光るから。出来る限り発音良く、突っかからないように読んでちょうだい」

 

 簡単に操作を説明して、私のほうでは本を開いた。

 まもなく彼の声が聞こえてくる。

 ゆっくりとした口調だけど、活き活きと抑揚のある発音。まるで小さな子に向けた絵本の読み聞かせみたいで、なんだか落ち着く。

 

 

 

 これで内容が気難しいものでなかったら、素晴らしい睡眠導入剤として使えただろうに。

 布団の中で音声を再生しながら口角を上げた。

 これでいつでもどこでも……というわけには流石にいかないが、こうやって一人で楽しむことができる。

 

 自分だけのジャックを。

 

 レコーダーを握り締め、耳を傾ける。難しい漢字に当たったのか、少したどたどしい言い方。

 妙な愛おしさを感じてしまう。

 ジャックは今、自分にだけ語りかけてくれている。自分にだけ意識を向けてくれている。とても落ち着くし、優越感がある。

 何より──嬉しい。

 布団の暖かさを彼の温もりだと勘違い出来るように妄想して、私は目を閉じた。

 

 今度は絵本の朗読でも録音してもらおうと、新しい計画を練りながら。

 

 

 

 恐らく私は、ずっと彼の傍にいることはできないだろう。

 

 彼の周りには魅力的な女性がたくさんいる。誰もがジャックを意識しているし、ジャックもその中の誰かに特別な好意を向けていてもおかしくない。

 

 私以外の誰かに。

 

 残念ながら私は、愛想は悪いし肉体も特別魅力的とは言えない。ファーストコンタクトは敵同士で、第一印象は最悪だ。

 こんな自分を一番にしてくれるなんて、到底思えない。

 私の気持ちが叶う日なんて、絶対に来ないだろう。

 

 それを分かっている自分がいたから、こんな行動を取ったのだろう。

 少なくともこの声……コレクションは、凍えかけた心を慰めてくれる。

 

 

 

 ──これを再生している間だけは、ジャックは永遠に私のものだから。

 

 

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