少年中毒   作:笑う豆の木

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シンデレラ

 

 

 

 

 ジャックさんは、私にとってまさに太陽のような存在でした。

 

 灰被りの少女。暗くくすんだ地の底で、誰からも見向きもされないまま終わるはずだったシンデレラのストーリー。

 そんな世界で手を差し伸べてくれたのは貴方だったのです。

 

 それでも。必ずしもハッピーエンドを迎えるとは限らないのかもしれません。

 ジャックさんの周りには、いつも女の子が付いて回っています。

 そして、その女の子はどれも魅力的な人ばかり……。

 幼馴染として過ごしてきたアリスさんは言わずもがな。元気で明るく人に好かれやすい赤ずきんさん、妹気質で愛らしいラプラプ……。

 ジャックさんを取り巻く環境。そして私視点から広がるこの小さな箱庭には、あまりにも強敵が多い。

 そんな中で、こんな地味でなんの取り柄もない私を選んでくれることなんて、きっとないでしょう。

 でも諦めきれなくて、日々、探索中でも食事中でも睡眠中でも。ずっとずっとジャックさんのことを想い続けました。

 いずれ振り向いてくれるかもしれない。もっと綺麗になれば、私のことを見てくれるようになるかもしれない。

 熱中しました。美容やオシャレに関する雑誌を読み込み、少しでも武器になるならと私服をよりセクシーなものにしてみたり、胸部を強調する仕草も身に着けました。

 たった一人の男のために自分が狂わされているという感覚はありました。けれど、それすら悦びに変わってしまう一種の洗脳状態にいたのです。

 

 

 ──でも、今はもっと熱中出来てしまうことを見つけてしまいました。

 

 それはある日のことです。

 私はまたガラスのイヤリングを無くしてしまい、それを必死に探していました。

 

「シンデレラ、これ……」

 

 植木鉢を引っ塗り返し、すべての窓の縁まで確認しながら血眼になって探していたとき。

 それを差し出してきたのは、他ならぬジャックさんだったのです。

 その瞬間覚えた、胸の高鳴り。忘れたくても私の本能は忘れさせてはくれないでしょう。

 やはりこの方は私の王子様なのだと思い知らされてしまいました。

 

 何かお礼をしなくては。

 

 そういった想いが同時に吹き上がってきました。

 なくし物を見つけてくださったのですから当然ですが、これは私にとってとても大切な物。とびきりのお礼をしなくてはなりません。

 しかし、それはそれは悩みました。ジャックさんが一番喜ぶものとは一体何なのだろう、と。

 彼自身の好みをよく知らない自分がいたのです。普段の交流の中で食事の好みや読む本の傾向は耳に挟むことはありましたが、それ他の好みについてはあまり聞いたことがありませんでした。

 

 どうせなら特別な、彼がずっと使ってくれそうなものを送りたい。

 

 色々と思考しているうちに、ある雑誌のページが目に留まりました。

 男性向けファッションが書かれたそれ。

 普段はあまり興味がないので読み飛ばしていましたが、ふと、ヒントになるものがあるかもしれないと見てみると私の中で強い衝動が降りてきたのです。

 私はすぐにくららさんのお店に行って、望むものがあるか確認しました。

 しかし、そう都合よく置いてはありません。あるにはあるのですが、ジャックさんに似合うかと言われると少し微妙。

 結局、暇を見つけては解放地区の商店街に行って目的のものを探しました。数日もかけて、やっとそれを見つけたときはついついスキップ気味に歩いてしまう足を抑えられませんでした。

 

「じ、ジャックさん!」

 

 珍しく一人でいたジャックさんに、意を決して声をかけました。

 ラッピングされた小さな箱を差し出すと、彼はどこか困ったように笑いながらありがとうと言ってくださったのです。

 悦びで足が震えそうになりました。私はグッとこらえましたが、それ以上彼の顔を直視できませんでした。

 

「え、えーと……」

 

 もちろん、喜んでいるようでした。しかし、突然プレゼントを渡されたことに驚いた部分も大きかったのでしょう。

 

「あ、あの、この間イヤリングを見つけてくださったお礼ですの! ぜひ手に取っていただけると……!」

 

 急いで訳を説明すると彼は一度遠慮しましたが、如何にこのイヤリングが大切なものか、これを見つけるためにどれほどの労力をかけたかを力説すると、またお礼を言いながら受け取ってくださいました。

 

「これは……?」

 

 箱の中に入っていたのは、細く透き通ったガラス細工風のブレスレット。青い瞳のような小さい宝石がキラキラと輝いて、キレイ。

 あの雑誌ではもっとギラギラと強張ったものでしたが、ジャックさんは上品なほうが似合うと思ったのです。

 ここまで状態の良いものは珍しく、値は張りましたが類似品のない一級品。 

 私はオシャレに関してはそれなりの知識を持っていますから、そういった類いなら彼が喜びそうなものをチョイスできると思ったのです。

 

 それに──

 

「ブレスレットですわ! き、きっと似合うと思いまして。ぜひ付けてくださいまし! おほほ……」

 

 誤魔化すように笑うと、彼はそっとブレスレットを手に取って手首に通しました。

 

「大切にするよ!」

 

 その刹那、私は雷を食らったかのような衝撃を受けたのです。

 

 

 ──彼に貢ぐ、というイケナイ遊びを覚えてしまったのです。

 ジャックさんが自分の送った品で喜んでくれる、オシャレになっていく。自分の代わりとして貢ぎ物が彼と一緒にいる。

 あたかも彼に全肯定されているようで悦びが駆け巡る。

 私が選んだ装飾品を身に着けて、他の血式少女の皆さんにそれを指摘されたりする度に襲ってくる、恐ろしいほどの快感と中毒性。

 

 その日から、何かと理由をつけては彼に様々な品を貢いできました。

 ブレスレットに始まり、服や櫛。一回だけ指輪なんかも渡しました。私も同じものをこっそりと所持しています……。

 その度に彼はにこやかに微笑んでくれて、すぐに付けては感想を言ってくださいました。

 そうなると、私はますます楽しくなって暇さえあれば街に繰り出して品物を探すようになり、彼のために使う時間を増やしていったのです。

 

 しかし、ある日。

 

「その……シンデレラ。嬉しいんだけど、これ以上は受け取れないかな……」

 

 かつては有名なブランドとして通っていた腕時計を彼に差し出そうとすると、やんわりと断られたのです。

 

「えっ……」

 

 膝から崩れ落ちました。今回は耐えられなかった。

 

「ご、ごめん! せっかく用意してくれたのに……で、でもシンデレラからは今まで沢山貰ってきたしさ、それに高いものもあったでしょ? だからもうこれ以上はやめたほうがいいんじゃないかなって思ったんだ」

 

 彼はしゃがみ込んで、自然と涙が溢れてきてしまった私と同じ目線になって、そう仰りました。

 ジャックさんの言いたいことは分かります。

 今や、私からのプレゼントで棚の一つや二つ埋まるほどでしょう。

 金銭的にも限界を迎えていました。解放地区でアルバイトをしたり、探索中に拾った価値の有りそうなものを売ったり、自分磨きのための予算を減らしてまで必死に工面していましたが、もう貯金は底をついています。

 

 限界を迎える日は必ずやって来る。そう恐怖を感じる自分は確かにいたのです。それを打ち消したいがために、がむしゃらに働いて彼にまた貢ぐという悪循環に陥っていたのかもしれません。 

 彼自身もそんな私に異変を感じていたのでしょう。別の誰かから、流石にこれはおかしいと指摘を受けたのかもしれません。

 このまま続けては私の心身は破滅してしまうと、心配してくださったのでしょう。

 

 でも。

 

「そ、そんな、では私はどうしたら……!」

 

 ジャックさんに貢げなくなる。

 もはやその行為に自分の存在意義すら感じていた私にとって、それは耐え難い苦痛なのです。

 時計が涙で濡れていきます。ジャックさんに差し上げるための、大切な大切な時計。何度拭いても濡れたまま。

 

「ジャックさん、あぁ……私はジャックさんにとってもう不要なのですね……」

「そ、そんなことないよ! ただ君が無理してるんじゃないかと思って……!」

「ジャックさんがプレゼントを受け取ってくださって、それで喜んでくださるのが私の最大の楽しみでしたのに……こうなったら何を悦びに生きていけば良いのやら……」

「そこまで……。なら少なくとも、物じゃなくてもっと別のことで楽しみを見出してほしい、かな……」

「別の、こと……」

 

 私の中で様々な想像が渦巻きました。

 もう、お金も無く物品で貢ぐことの出来ない私が彼に出来ることといえば。

 

「身体……」

 

 ほとんど胸の内に押さえ込んだような声で、そう呟きました。ジャックさんには聞こえなかったでしょう。

 それでも口から漏れ出てしまったのは、抑えきれず期待してしまった自分がいたからかもしれません。

 

 お金も無く、物品も貢げないというなら、差し出せるのはこの身体のみ。

 何故気が付かなかったのでしょう。

 私自身を、私の人生そのものを彼に捧げる。これこそ人間一人が差し出せるのは最大の貢ぎ物ではないでしょうか。

 

 気が付けば笑みが溢れていました。

 ジャックさんも安堵したような微笑みを浮かべます。きっと、考えを改め心が楽になったから笑ったのだと、素直な彼は思ったはずです。

 

 ごめんなさい、違います。この笑いは、もっと暗く濁ったものです。

 

「で、では……今度ジャックさんのお部屋をお掃除させてくださいまし。物が沢山あるでしょうから……」

 

 彼は二つ返事で承諾してくださいました。

 

 最初はこのくらいが限度でしょう。

 ですがいずれ……シンデレラは身も心もジャックさんの所有物になる日が来るはずです。

 

 

 

 ──結果的に、より彼に狂わされてしまった、と言えてしまうかもしれませんが、良いのです。

 

 彼に愛されないとしても。何もかも報われないとしても。

 灰を被った世界の中で、私は彼を愛し続ける方法を見つけたのですから。

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