少年中毒   作:笑う豆の木

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かぐや姫

 

 

 

 

 わらわは、ジャックという少年に焦がれていたのです。

 

 始りが何であったか今や覚束ないことですし、深く気にしていても恋という難題を解すことは及び難いでしょう。

 思いつけば彼のことを考えては胸を痛め、時としてわらわの部屋やってくるので、その姿を眺めることに熱心になってしまうほどです。

 真面目にキビキビと働くその姿は、日々グウタラして過ごすわらわとはまるで正反対。

 出会ってきた者の中でも特別なほど誠実で心優しい、気持ちの良い人間。

 だから惹かれたのかもしれませんし、あるいはもっと別のものに……。

 

 ですが、恋心を自覚すると同時に、己の中に黒く濁った悪いものが流れていることも自覚したのです。 

 

 ジャックと共に身を滅ぼしたい。

 最愛の人と心中したい。

 

 最期を刻み付けるのはわらわでありたいし、死を刻み付けられるのであれば、かの手であることを望む。

 あまりにも屈折した異常な愛情。しかし、日に日に強くなっていく確かな願望だったのです。

 この世界に絶望したから。あるいは自殺願望があるとか。精神的な疲労から破滅的な思考に支配されてしまってるからとか。

 もちろん、そのような部分もあるでしょう。心というのは複雑なものなので確証はありませんが。

 ですが、根の部分はもっと短絡的な情動。

 わらわはあまりにもジャックに依存してしまっているのかもしれません。

 究極の愛ではないでしょうか。愛がために死なすなんて。

 命を散らすのに、これ以上の美しさを放つ方法はないと思うのです。

 

 辛い人生の中で、唯一心の底から信頼できて安心できる人。そんな人を手放すことなんて考えられない。

 諸行とはいつ葬られるかも分からない儚げで無情たるもの。

 わらわは一人でどこか遠くに行きたくない。

 不意に感じてしまうのです。いずれ雲にさらわれて、常人では届かない非情な場所()へ連れ去られてしまうのではないかという恐怖を。

 わらわは一人でありたくない。

 ジャックもまた儚い生き物です。血式少年は血式少女ほど頑丈ではないし、戦う力もありません。

 実際、今まで何度も危険な目にあってきましたし、僅かな掛け違いで運命が大きく変わっていたこともあったでしょう。

 日々過酷を極めていく戦いの中で、ほんの間違いが起こってしまうことは否定しきれません。

 もしも彼がわらわを置いて、遠い世界に行ってしまったら? 

 そうでなくとも、もしもジャックがわらわではない誰かと添い遂げる決心をしたら? 

 そんな恐怖がわらわの底を這いずりまわって気をおかしくしてしまうのです。

 

 ならばいっそのこと。

 

 わらわ自らが手を下して、また、一緒に苦しみを分かち合って、共に遠い世界(あの世)に行けば。

 苦しみや辛さから解放されて、誰からも邪魔されない、二人だけの世界。永遠に愛するだけに足る時間が流れる場所。

 恐怖に駆り立てられ崩壊した情緒がおぞましい願望を見せてくるのです。

 それ自体に恐ろしさを感じますが、最もはそれに同意してしまう自分もいるということで、もしそのようなことをすれば、わらわは他の黎明の面々にどう思われるか。

 

 死後のことなど知ったことではない。ジャックの傍にいれれば結構。

 

 そう冷静に結論づけてしまう自分がより恐ろしい。

 

「かぐや姫、掃除終わったよ?」

 

 ハッ──と、最愛の人の声によって常世に戻されます。

 だいぶ妄想の世界に入っていたようです。あんなに散らかっていた部屋は元通りに。

 わらわが望ましいと思った場所に必要なものがあり、必要でないものはきっちりと回収されてゴミ箱なりに入れられていました。

 毎度のことですが、見事な手際です。物の位置まで覚えてしまっていて、もはや、わらわが指示を出す必要もありません。

 

「途中何度か声かけても上の空みたいだったけど、どうかしたの?」

「なんでもありません、少しウトウトしてしまって……それはそうとありがとうございます〜、ジャックのおかげでまた快適に過ごせますね〜」

 

 極めて平静を装って言います。

 まさか、つい先程まで彼の背中を眺めては鋭いもので突き立てたり、その血のついたものでわらわの喉をかっ割く妄想に囚われていたとか。

 最も苦しまずに殺せる方法、あるいは敢えて惨たらしいほど苦しませて魂にまでわらわの存在を刻む方法について思案していたとか。

 言えませんから。

 

「そう……。かぐや姫もだけど、なんだか最近みんなボーッとすることが多いような気がして。やっぱり疲れてるのかなって心配なんだよね」

「最近は探索続きですからねぇ〜、敵も強くなってきていますし〜。だからわらわがこうやってサボってしまうのも仕方ないことなんですよ〜」

「いや、かぐや姫のそれは昔からでしょ……」

 

 それを昔、と形容できるほどには長い時間一緒にいますね。

 最初会ったときは、まさかここまで狂わされるとは思ってもみませんでしたが。

 ジャックは血式少女を狂わせてしまうナニかを持っているのかもしれません。

 血式少年という因果がそうさせてしまうのでしょうか? 

 

 それはそれとして。

 

「そういえば、いつもわらわのためにあくせく働いてくれるジャックのためにプレゼントを用意したんですよ〜」

 

 懐から手のひらに収まるほどの木箱を取り出します。

 

「珍しいね……」

 

 妙に警戒しながら言います。

 まぁ、これをダシに更なる仕事を要求されると思っているのでしょう。

 

「そんなに怖がらずとも、変なことはしませんよ〜。受け取ったらそのまま帰っていただいて結構です〜」

「そういうことなら……。箱は開けていいの?」

「いいですよ〜」

 

 彼は感謝を伝えつつ受け取ります。

 四角い箱を開けると、厚布を編んで作られた紺色のお守り。

 

「これは?」

「わらわ謹製の“安眠・厄除け”お守りです〜! わらわが手ずから縫って作ったんですよぉ〜!」

「え、かぐや姫が?!」

 

 やけに驚きますね。流石にそれは少し傷付きます。

 

「なんですかその顔は〜? わらわだって裁縫くらいはできますよ〜?」

「い、いやごめん、ちょっと驚いちゃって……。まさかかぐや姫がわざわざそんな労力をかけてくれるなんて思わなくてさ」

「わらわも日頃の感謝を伝えるためなら、身を打つことくらいはします〜。あと、効力が消えてしまうので中身を開けたりしてはいけませんし、持っていないと意味がないので肌見離さず所持しておくのですよ〜」

「分かった。せっかく作ってくれたんだもんね。ありがとう、かぐや姫!」

 

 そう笑って、ジャックは内側の胸ポケットにお守りを収めました。

 

 これは一種の契なのです。

 ジャックが去った部屋で、わらわは一人ほくそ笑んでいました。

 

 遥か昔の逸話になりますが、男女の相愛を約束する証として『心中立』という行為が行われていたと聞きます。

 それを参考にして、あのお守りにはわらわの髪や爪、血の染みた紙が封じられているのです。

 すなわち、わらわの分身。

 もし、別の世界に行ってしまうことがあろうとも、世界が何度も巡ることがあろうとも。

 たとえ何があろうとも、そのお守りが彼を導いて、必ずわらわとジャックが巡り会えるように。

 

 そう、願いを込めて作ったのです。

 

 わらわは、いずれ間違いを犯してしまうかもしれません。

 ジャックを想えば想うほど、ジャックを殺したい、心中したいという願望が抑えきれなくなってしまうのです。

 ですから、今のうちに渡しておきました。

 

 愛が身を滅ぼすことがあったとしても、決して後悔を残さないように。

 ジャックも大変な女に愛されてしまいましたね? 

 

 不死に永遠に。ずっとお傍に居りますからね、ジャック。

 

 

 

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