少年中毒   作:笑う豆の木

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赤ずきん

 

 

 

 

 

 

「ジャックお兄ちゃん(…………)!」

 

 あたしは満面の笑みを浮かべて、大好きで大好きなお兄ちゃんに抱きつく。

 それはもうだらしない、他の子が見たら赤ずきんではない、限りになく似た別人かと疑うような蕩けた顔。

 皆に愛され、頼りにされるお姉さんがこんな甘えた声を出すわけがない。

 アリスや親指とかが見たらそう思うかもね。

 でも、あたしはあたしだ。たとえ内面がどんなに醜く歪んで見通せなくても。

 そこにいる自分は肯定してやりたい。

 

「赤ずきんは本当に甘えん坊なんだから……」

 

 その灰色髪の少年。

 ジャック(大好きなお兄ちゃん)は微笑みながら、あたしの突撃を受け止めてくれる。

 身体はずっとずっと弱いけれど、懐の広さは誰よりもある。

 あたし(お姉さん)が溺れてしまうほどに。

 

「今日はどうしたい?」

「頭撫でて! いっぱい褒めて! あとは……添い寝も!」

「赤ずきんは欲張り屋さんだなぁ……いいよ、今日は戦闘でいっぱい頑張ったもんね」

「やった! お兄ちゃんだいすき!」

 

 あたしはまるで子供みたいにはしゃぐ。

 疲れちゃったんだよね。お姉さんとして振る舞うの。皆の前なら、どんなに辛い状況でも強いお姉さんでいなくちゃならない。

 そんな迫られた役割を続けるの。

 本当は妹みたいに無条件に褒められたいし、慰められたいし、たくさん甘えたい。

 でも、そういうのはもっと他の子が優先して受け取るべき。

 あたしは年長者だから、遠慮しなくちゃならない。

 

 だから、ジャックの妹になっちゃった。

 

 耐えられなかったんだよ。あたしだって痛み目にあってるし、辛いことだってたくさん受けてきたのに、我慢しなくちゃいけないなんて。

 いつからか感じるようになったんだ。白雪や眠り姫、ラプンツェルを見てて。あたしもああいうふうにちょっとのことでも褒められたり、甘えられる年上とか兄姉に可愛がられたりしたいなーって。

 でも、それはほとんど叶わない望み。

 叶わないはずだった。

 

 ついにあたしはジャックに懇願したんだ。

 

 ──あたし、ジャックの妹になりたい……。

 

 我慢できなかったんだもん。

 妹になりたかったんだ、愛されて甘やかされて、どんなに愚かでも導いてくれる人がいて。

 こんなあたしを受け入れてくれるのは、きっとジャックだけだ。いや、ジャック以外の兄なんて認めない。

 ジャックは悩んでいたけど、気持ちを吐露すると頷いてくれた。

 やっぱりジャックは優しい。ジャックは何でもしてくれる。

 ジャックは血の繋がったお兄ちゃんだから。

 お兄ちゃんがいなくなったら耐えられない。お兄ちゃんさえいれば安心。

 

「今日の戦闘では皆のこと守ってさ、凄かったね。カッコよかったよ」

「うん! お兄ちゃんが見てくれるから頑張ろうってなってさ! 偉いよね! 赤ずきんは偉いって言って!」

 

 精一杯の笑顔を送る。だって、今のあたしはとっても幸せなんだから。

 

「偉いね、赤ずきんは。お兄ちゃんも鼻が高いよ」

「うんうん! お兄ちゃんのためなんだからね! お兄ちゃんのためなら、メルヒェンなんてあっという間に倒しちゃうし、命令ならなんだって……!」

 

 お兄ちゃんは頭を撫でてくれる。こんなに大きい妹だけど、嫌な顔一つせず。

 最低だよ。あたしは。

 

「アリスを守ってくれて、ありがとう」

「……は? なんでそこで別の女の名前が出てくるかなぁ……?」

 

 あたしを褒めてたんだよね? アリスは今関係ないよね? 

 所詮ジャックにとっての赤ずきんってその程度の存在なの? 

 ジャックにとってアリスはとても大切な人っていうのは分かってる。あの二人の関係に比べたら、あたしなんて部外者みたいで嫉妬してしまうくらいに。

 血液が突然ドロッとしたものに変わったみたいに、皮膚の下で嫌な感覚がのたうち回る。冷たくて不愉快で吐き気がする。

 

「今はあたしのお兄ちゃんでしょ? あたし以外見ないでよ……感じないでよ……」

 

 勝手に怒ってこんな自分勝手な要求して。今に失望されてもおかしくない。

 でも不安になってしまう。少しでも長い間、お兄ちゃんの頭の中から別の女の姿を排除しないと。その分あたしが存在できなくなっちゃう。

 

 自我を保ててるのはほとんどお兄ちゃんのおかげだから。

 もう、自分で自分を肯定して存在を認めてやることなんて無理。ジャックが甘えさせてくれて、認識してくれて、一緒にいてくれるから辛うじて死なないで済んでる。

 あたしの存在理由はもう全部、ジャックが担ってるんだ。

 

 ジャックはそれ以上何も言わなくて、ひたすらにあたしの頭を撫でてくれた。

 そうすると少しずつ落ち着いていって、やっぱり自分の言葉や考えには誤った部分が多いんだなって再認識させられる。

 今更止められるものではないけど。

 

 

 ───

 ──

 ─

 ─

 ──

 ───

 

 

 あーあ、またやっちゃった。

 

 ベッドに腰掛けるぼんやりとした輪郭が、流れ出る赤い水を眺めながら、乾いた笑いを浮かべる。

 血が溢れて一筋が手首から滴り落ちていく。あえかな照明に照らされて、火影を反射する川みたいで綺麗。

 ──きれいとおもいたい。ほんのちょっとでもじぶんをこうていしないと。

 

「あははっ……!」

 

 精一杯笑ってみる。楽しくはない。虚しいだけだけど、今のあたしの心境を言い表せる言葉なんて他にないから。

 頭の中はぐちゃぐちゃなはずなのに内心は妙に冷静で、客観的に今の自分が異常であることを理解してしまっている。

 やっぱり自傷って心が落ち着くんだよねー。身体の痛みとか、流れる血とか、そういうものが見えない心の辛い部分を具現化してくれるっていうか。その痛みが引くと悩んでいたこととか、辛かったこととか、一時的でも忘れることができるんだよね。

 

 

 だから? 

 

 

 それが終わると自己嫌悪が襲ってくる。

 所詮自分はちっぽけだよ。

 あんな妄想に浸ることでしか自分を慰められないなんてさ。

 ジャックだっていい迷惑じゃないの? 妄想の中でお兄ちゃんとして仕立て上げられて。

 いいように扱われてさ、あたしの暗い欲望のために、ただ精神を延命するカンフル剤として使用されている。

 都合の良いお兄ちゃんを頭の中で生み出して、それによしよし甘えさせてもらって、現実逃避して気持ち良くなるってそれじゃ駄目じゃん。向き合わないと、自分の弱さと。

 現実と妄想の境目が曖昧になってきて、リアルですらジャックのことをお兄ちゃんと呼びそうになってしまうし、本当に血の繋がった兄妹なんじゃないかと思い始めてきている。

 だって、朧気だけど昔から一緒にいた記憶があるもん。子供らしく活発で黎明中を走り回るあたしを、心配して追いかけてくれるお兄ちゃんの姿。それに安心して、どこまでも走っていけてしまう、あたし。

 本当に気持ち悪い。

 

 あぁ、駄目だ。

 

 あたしはまた手首を傷付ける。

 自罰思考がすぅーと消えていって、また僅かな幸福感と強い離脱感に苛まれる。

 血の流れと一緒に、悪いものが排出されていくみたい。

 もしもジャックがこんな姿を見たら、心配してくれるかな。構ってくれるかな。

 きっとしてくれるんだろうな。お兄ちゃんは優しいもの。

 

「あは……」

 

 手首の傷はどうせすぐ消える。痛いし、怖いけど、だから、いくらでもできる。

 血式少女の回復力なら一晩で元通り。明日になったら残るのは血に染まった布だけ。

 心もそういうふうになってればよかったのに。不便だよね。 

 明日になったら、また皆のお姉さんとしての一日が始まる。期待された役回りを果たして、定められた運命に従うだけ。

 あたしの意思に反して。

 

 嫌なことを一つでも忘れたいから、また傷付ける。ロクに思考が纏まらないから、果たして嫌なことなんてあったのか、そもそもあたしってまだ生きてるのか分からなくなっちゃってるけど、自傷すると落ち着くのは確かだから、やる。

 強いお酒を一気に飲み干して、めちゃくちゃに崩壊した情緒と錯乱極まった頭の中を激しくかき混ぜる。

 

 また妄想の世界に入れることを期待して。

 

 

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