少年中毒   作:笑う豆の木

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白雪姫

 

 

 

 

 

 

 白雪は多分、このままじゃ、きっと、駄目なんだと思うんです。

 

 毎晩のように、ジャックさんのことを考えてしまいます。

 その力強くも柔らかそうな手。朗らかで慈愛に満ちた瞳、そして太陽のようであり優しさに満ちた心。

 それら全部を、白雪が独占してしまいたい。

 ベッドの中で一人、分不相応にもそんな妄想をしてしまいます。

 

 白雪は魅力的な女性、とは言い難いのです。

 こんなに地味でぽっちゃりで。赤姉様や親指姉様と比べると、どうしても自分に自信が持てません。

 皆さんはあんなにスタイルが良くて積極的。性格的にも個性的にも尖った部分があって、それがまた“彼女”という存在を引き立たせている。

 取り柄のない白雪の立つ瀬なんて、まるでない。

 

 だからこそ、このままじゃいけないと思うんです。

 

 白雪は負けたくない。

 こと、ジャックさんとの恋の一節に、他の女を匂わせたくはありません。

 こんなにも、たった一つの笑顔で感情や情緒を突き動かされたのは初めてかもしれません。親指姉様やネムちゃんに感じる想いとはまた別の激情。

 このまま嘆いたまま終わって、ジャックさんを追いかけないでいたら一生後悔すると思うんです。

 

 でも、そのためには武器が必要です。

 

 他の方にはない、白雪だけの武器。

 親指姉様ほど小柄で愛らしくはありませんし、ネムちゃんほど豊満で魅力的なプロポーションもありません。

 赤姉様のように明るくも、ラプンツェルさんのように爛漫でもありません。アリスさんのように冷静でも、グレーテルさんのように合理的でもありません。

 周りに勝たなくちゃいけないのに、周りと比べれば比べるほど自分の価値が分からなくなってしまうのです。

 少女として過ごせるのは、人生の中でほんの一瞬。白雪たちがそこまで長生きできるかは分かりませんが、ともかく一人の少女として青春を楽しめるのは今だけなんです。

 そして何より、ジャックさんが白雪以外の誰かだけを愛する、遠い遠い存在になってしまうことに怯える日々を終わらせたい。

 

 だから、何か探さなくては。

 しかし、そうしているうちに、どんどん他の皆さんはジャックさんとの距離を縮めているような気がしてしまうんです。

 実際どうなのかは分かりません。血式少女の間では、ジャックさんとの関係の深さについて話すのは半ばタブーとなっているのです。

 ジャックさんのお話となると、誰彼無くヒートアップしすぎてしまう可能性がありますから。自然と出来上がっていった淑女協定というものです。

 本人はかなり鈍い人なので、多分聞いても無駄だと思いますし、何より……もしもを想像したくないのです。

 

 そういった恐怖が白雪を変えてしまったのかもしれません。

 きっと、正攻法では皆さんに勝てない。

 そう結論づけました。そういった諦めがやがて歪んだ願望を生み、実現させる方法を生み出して、あまつさえ実行するという蛮勇を与えてしまったのかもしれません。

 

「白雪姫、来たよ。今日はなんの用事?」

「い、い、い、いらっしゃいませ!」

「そ、そんなに慌ててどうしたの? あ、もしかして着替えとかしてた……?」

「いえいえ! 時間になったの気が付かなくって、ちょっと驚いちゃっただけです!」

 

 あまりにも慌てて応じたものですから、ジャックさんは申し訳なさそうな顔をしてしまいます。

 逆に、こちらが申し訳ないくらいです。今回、ジャックさんには白雪の罠にハマってもらうのですから。

 

「そう? もしかして疲れてたりしない?」

「大丈夫です! むしろ元気なくらいですよ! それよりどうぞ、入ってください!」

「ならいいけど……おじゃまします」

 

 手を差し向けてテーブルに誘導します。

 だいぶ元気が空回っていますが、仕方がないことです。これからジャックさんに行うことや、その後のことを考えると緊張も興奮もします。

 

「き、今日は良いお菓子を貰ったのでジャックさんとお茶をしようと思いまして……!」

「えっ、いいの? お菓子なんて珍しいし親指姫とか眠り姫とシェアしたほうが……」

「い、いえ! 親指姉様とネムちゃんも同じものを貰っていますし、それに、普段支えてもらってるジャックさんに感謝の気持ちを伝えたいなーなんて思ったりして……」

 

 ジャックさんが遠慮するのも当然です。この地深く根付く監獄において、甘いお菓子が手に入ることは希ですから。

 カルメ焼きとか、簡単なものなら比較的容易に手に入りますがクッキーやチョコレートのような材料に乏しい高度な加工品となると一ヶ月に一回でも食べられれば幸運なくらいです。 

 その幸運が白雪に巡ってきて、これは使わざるを得ないと思ったのです。ジャックさんをもてなしたいという気持ちはありましたし、これを使って白雪の作戦を円滑に進めることができるかもしれませんし。

 

「それなら遠慮するのも悪いね。ありがとう、白雪姫」

「はい! 今ご用意しますので少々お待ちくださいね!」

 

 感謝の伝えられて、嬉しさと共に湧く罪悪感。今は見なかったふりをします。ここまで来たなら引き返せませんし、そうやって及び腰になるからいけないのです。

 

 部屋に備え付けられた簡易的な台所。お湯を沸かすくらいはできます。

 カップに予め用意しておいたお湯を注いで、粉末状のを入れたらそこにこっそりと作成した秘密のクスリを零します。

 

「……っ」

 

 チクリと胸が痛みます。

 身体には害がないと、白雪が身をもって実証しているものです。血式少女と血式少年では薬物耐性の部分に差異があるでしょうが、それでも身体に長期間残る成分は入っていないはず。

 最後の一欠片まで振りかけ、丁寧に底からかき混ぜスプーンの先から伝わるシャリシャリとした感覚がなくなるまで続けます。

 

 続け……少し多すぎたかもしれません。気が逸りすぎたでしょうか。

 

「…………んく……」

 

 一口、静かに口に含みます。

 味は普通のコーヒーと変わらない……と思います。緊張と焦熱から舌が馬鹿になってしまったみたいでよく分かりません。

 粘膜を擦る感覚がありますが、粉コーヒーだったのは幸いでした。上手く紛らわせられるでしょう。

 ジャックさんは背をこちらにしていて、見られてはいません。そういうふうに誘導したのは白雪ですから。多少の問題はリカバリーできるように。

 

「ジャックさんが悪いんですよ……」

 

 そう自分に言い聞かせます。八つ当たりなんて言えるほど優しくない乱れきって弾けた感情。

 こんなにも白雪を、血式少女を狂わせてしまう体質の持ち主。抗えない異常な魅力を備えた男の子(童話の主人公)

 一直線に物語の結末へと導かれるような。それが悪とか善とか、もう考えられないし、抗うすべもない。

 

 ツー、と。そのコップの縁に舌を這わせます。余すことなく全周に。

 

「さ、さぁ! チョコチップクッキーです! クッキーに合うコーヒーも頂いたので一緒にどうぞ!」

 

 ジャックさんは何も疑うことなく、クッキーとコーヒーを楽しみました。ぎこちなく笑う白雪を横目に。

 異変はすぐ起こりました。白雪からしてみれば、予想通りに済んで良かったのですが。

 

 カップから漏れ出たコーヒーが抵抗なく床に広がっていくのを、しばらく眺めていました。

 小さく穏やかな寝息。心臓の音でかき消されてしまうのが忌まわしい。

 こうして見ると本当に少年なんですね。血式少女に組み敷かれたら何も抵抗できない、弱くて可愛い少年。

 テーブルを退かして、もっと間近で。

 

 白雪もその横に寝転がります。まるで添い寝するみたいに。

 偽りの恋人との偽られた時間。でも、白雪がジャックさんの傍にいるためにはこんな方法に頼らないとならない。

 白雪は、皆さんに勝てる方法を見つけられなかったのです。

 ジャックさんと共に一生を終えることは叶いません。

 だから一瞬で良い。

 一瞬でも良いから、ジャックさんを独り占めしたかった。

 

「すきです……すき、すき……」

 

 恋い焦がれていたジャックさんが手に入ったという優越感と幸福感。愛すべきジャックさんを罠に嵌めて睡眠薬を飲ませたという罪悪感。

 様々やものが混ざり合って醜悪に踊り狂う感情と情緒のせいか、浮ついた言葉しか出てきません。

 恐る恐る頬に手を当てて、その体温を感じ取る。温かいものを飲んだからか、ほんのりと熱が伝わってきます。

 思いのままに触れられる、今なら。

 

「ごめんなさい、ジャックさん……。ハジメテ、ください……」

 

 それだけでいいんです。

 抜け駆けとか、ジャックさんの気持ちとか。今は無視させてください。これだけ頂ければ、白雪は二度とジャックさんを想ったりしませんから。

 

 

 

 

「…………ぅん」

「あっ、ジャックさん、起きましたか?」

「あれ、白雪姫……? ごめん、寝ちゃってたんだ……」

「いえいえ。甘いものを食べると眠くなるといいますし、休めたのなら良かったです」

 

 白雪は何事もなかったように、目覚めたジャックさんを出迎えます。

 ──本当に、何も無かったんですけどね。

 それが幸運だったのな不幸だったのか。最後の良心と理性を超えられなかった自分を褒めるべきなのか。

 それはもう分かりませんし、何もかも手遅れですからジャックさんへの思い毎忘れようと思います。

 白雪はジャックさんのハジメテを手に入れることはできませんでした。

 その唇を奪おうとしたその刹那。ジャックは小さく呻いたのです。

 

 白雪以外の血式少女の名を。

 

 それが誰であったか。悲観と衝撃のあまり記憶が混乱してしまった白雪は覚えていませんが、少なくとも白雪の名前ではありませんでした。

 ジャックさんにとって、世界で一番の女の子は白雪ではなかったんです。

 

 知っていましたよ。知りたくなかっただけで。

 

 その瞬間、白雪はジャックさんから離れたんです。せめて、ジャックさんが幸せになれるように、自分は影に潜んでいようと。

 

 残ったのは、ジャックさんを騙したという罪悪感。

 

 そして、黒く濁りきった血流に苛まれる少女だけでした。

 

 

 

 

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