少年中毒   作:笑う豆の木

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親指姫

 

 

 

 

『私はジャックに依存してしまっているのではないか』という危機感を感じることは、もはやまれでない。

 

 始まりはほんの些細なことだった。

 それは探索から帰ってきたときで、いつものようにラプンツェルはジャックにせがんで頭を撫でてもらっていた。

 皆はそれを羨ましそうに、あるいは日常風景と気に留めずにスルーしていた。私もその一人だったのだけれど、ふとさっきの戦いで気になることを思い出して、ジャックに話しかけようとした。

 ラプンツェルは満足したのか、すれ違うように離れていく瞬間だった。笑顔を満タンにして。 

 その次に見た光景は、確か、ジャックの手がおもむろに私の頭頂へと伸びてきた瞬間だった。

 私は反応できなかった。まさか、降ろされることなくそう来るとは予想していなかったし、リアクションを取る準備なんてしているはずなかったから。

 結果、私の髪はジャックの大きな手で揉みしだかれることとなったのだ。

 

「ご、ごめん親指姫! ちょうどいい位置に頭があって、つい!」

「ち、ちょうどいい位置って何よ! チビって言いたいの?!」

 

 ジャックは慌てて離した手を合わせ平謝りしていた。けれど、そのときはまるで馬鹿にした言い方だと受け取ってしまい、単調な怒りを抱いたまま部屋に戻った。

 背の低さは気にしてきたことだし。まぁジャックもわざとではないってのは分かってたけど。

 だがしかし、いざ部屋に戻って一人冷静に考えてみると、別の感情が湧いてきたのだ。

 ベッドに腰掛けて、さっとジャックに撫でられた箇所を触る。そうすると何故かもどかしくなって、また何度も繰り返してしまう。

 

 あのふわふわした感覚を思い出したいがために。

 

 頭を撫でられるなんて、久しぶりだ。

 子供の頃はよくされていたけど、成長した今、それを行おうとする者はいない。世間的にはまだまだ青少年とはいえ、一定の年齢以上にやる行為では、あまりないから。

 白雪やネムはともかく、私は意地っ張りで強情。いざやられたって屈辱か、あるいは殺意めいたものを感じるくらいだろう。実際に、ジャックにやられたときも似たような情動を覚えた。

 

 その中に、安心感とか幸福感とか覚えてしまったのも確かなだけで。

 

 それを自覚してしまうと、心臓の動きがどんどん早くなっていく。

 ジャックにまた撫でられたい。今度ははっきりと、あやすよう。

 表面上の感情に則るなら、そんなの恥ずかしいし懇願できるはずもなければ、子供っぽくて嫌になってしまう。

 しかし、私には相応しくない願望が生まれ、抗えず目的になってしまう。

 目を背けることも叶わないほど、常に私につきまとう強い衝動。毎日の朝から晩までが憂鬱になってしまうくらい、私の頭を悩ましていた。

 

「じゃっくー!」

 

 別の日。またラプンツェルはジャックにせがんでいた。

 疲れているだろうに、ジャックは煙たがる素振りを見せず、むしろ待っていたかのようだった。

 自分よりも背の大きなお兄さんから、優しく頭を撫でられる。

 その光景に異様な羨望を向けてしまう。気の迷いとかではなく、自分の中で願望があったのだろう。

 

「えへへー! ラプンツェル、なでなでだいすき! もっとなでて!」

 

 あんなに無邪気にはしゃいで、与えられる優しさを貪欲に平らげている。

 羨ましい。私が胸に抱いたのは、そんな単純で熱を持った感情だった。

 

「お姉さんも撫でてあげるよ!」

 

 そう言って横から来た赤姉が、間に割って入るようにしてラプンツェルの頭に手を伸ばす。

 少し強引にも見えたが、そこまでしてラプンツェルの頭を撫でたかったのだろうか。

 まぁ、あんなに喜ばれるなら確かに撫で甲斐がありそうだ。ちょっとしたことであそこまで笑顔になってくれるなら構うのも仕方ないのかもしれない。

 

 私もあんなふうに素直になれたら──。

 

 赤姉に撫でられるラプンツェルには、不思議と羨ましさは感じなかった。

 多分、ジャックの好意を引きつけているというところに羨望を感じていたのだろう。それを見て、にこやかに微笑むジャックに、甘く昏迷とした感情を抱いてしまっていたのだから。

 私は動けなかった。意識がそれだけに向いてしまっていて、立ち去ったほうが痛みは少ないはずなのに、足は深層心理に忠実でその場に留まり続けていた。

 私も、ジャックに撫でられたい、褒められたい。

 自分の奥底に眠っていた欲求を半ば強制的に認識してしまった。何かの間違いだとか、ほんのちょっとした遊び心だとか、そんな誤魔化しは効かないほどに刻み付けられてしまったのだ。

 

 それに加えて。

 

「じゃっくー!! きょうもいっしょにねよー!」

 

 ラプンツェルがそう叫んで、赤姉を躱してジャックに抱き着いた。

 ジャックは少し困ったようにしながらも、包容を仕返して──。

 

 これだ!! 

 

 ラプンツェルはジャックに抱かれている。

 その小さな身体を包み込むため、彼の身体と腕の間には居心地よさそうな空間が出来ていて。

 その瞬間確信した。私は別に、撫でられるだけが目的じゃなかったんだなって。

 

 その狭い場所に私は入りたかったのだ。

 

 

 

「ジャック、いる……?」

 

 扉の向こうから、自分でもおかしくて笑ってしまうそうなくらい弱々しく声をかける。

 夜は更けていて、そろそろ皆が就寝に入るかという時間帯だったけど、ジャックの部屋の扉の隙間からは微弱ではあるけど光が漏れ出ていた。

 恐らく、寝る前に読書灯をつけて本でも読んでいたののだろう。たまたま、ジャックの部屋を通り過ぎたのが功を奏した。

 そう、たまたま。

 

「その声は親指姫? どうしたの?」

「少し用があるの。は、入っていいかしら?」

「えっ? いいよ。ちょっと待ってて」

 

 震えた声に応えて、足音が近付いてくる。扉が開けば、ジャックは目の前だろう。

 熱っぽい思考が私を支配していた。胸の前で手をギュッと握って、ぼーっとしたまま突っ立っている。

 血式リビドーなのだろうか。恥も外聞も今の私には必要ないように感じて、もう、“それ”以外考えられないのだ。

 

「ジャック……!」

「うわっ!」

 

 ゆっくりと扉が開き、ジャックの姿が視界に入った瞬間、何かに押されるように前へ進んでいた。

 もちろん、前にはジャックがいる。扉が開ききる前に彼に抱き着いていた。

 驚いたような声を上げるけど、明確な拒絶はなかった。その後、ぱたんと呆気なく扉が閉まる音が聞こえて、そのまま向かってきた手は私の背中に当てられた。

 

「どうしたの?」

 

 優しい、穏やかな声音。

 いきなりこんなことされたら、びっくりして拒絶されてもおかしくないのに。でもジャックは受け入れてくれた。

 何故か緊張とかはしていなかった。恥ずかしい気持ちはあったけど、何だか落ち着いてしまって、眠くなってくるくらい。

 ジャックの心臓の音が聞こえる。匂いもするし、暖かい。

 この、人が呼吸するにはあまりに狭い十数cmの隙間が、私にとって最高の居場所だと確信してしまうまでそんなに時間はかからなかった。

 

「聞かないで。しばらく、こうさせて……」

 

 理由を聞かれたって、うまく説明できるとは思えなかった。

 血式リビドーと言えばどうとでもなりそうだけど、それだけと片付けるには、自分の気持ちに嘘をついてしまうようで嫌だったのだ。

 抱き着くと、ちょうど胸の位置に私の頭が来る。確かに、これなら撫でやすい位置だろう。このまま待ってたら、してくれないかな。

 トクン、トクン、と平然とした脈動のサイクルと、その向こうから微かに聞こえる彼の吐息。子守唄を歌ってくれているみたい。

 

 何も考えなくていい。ふんわりと浮いたみたいな感覚がずっと続いて、ここに住んでしまいたいくらい。

 

「気分が落ち着かないなら、座ったほうがいいんじゃないかな? そっちのほうが楽だと思うよ」 

「いや……このまま、もう少し……」

 

 消え入りそうな声。彼と離れるなんて、不安でいっぱいになる。

 片時とて彼と離れたくない。

 そんなこと弱々しく言ったって、多分、ジャックが愛想を尽かすまで続けてしまうだろう。

 彼が、血式少女を……私を見放すことなんてないだろうが。

 だから、この状況を打開したのは彼ではなかった。

 

「じゃっくー、いっしょにねよー……あれ?」

 

 勢い良く扉を開いたのはラプンツェルだ。ノックも無しに入ってきたので、反応できなかった。

 まさに、私とジャックが包容している目の前に、その幼女は現れた。彼女としては約束の時間か就寝タイミングに合わせて来ただけだろうが、私にとっては不測の事態だ。

 私は振り向いて、気まずそうな表情を浮かべることしか出来ない。見えないけど、彼も同じような心境だろう。

 ラプンツェルは表情豊かで、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 

「じゃっくはラプンツェルの!」

 

 そう叫んで、私は弾き飛ばすようにジャックに抱きつく。

 でも思いっきりやればジャックごと吹き飛ぶのは分かっているからか力は足りなくて、その突撃は私を軽く横へ押し退けるくらいだった。

 幼い子が見せる独占欲。それもある意味は純粋さゆえなのだろう。

 ジャックは困ったように微笑みながら、もう片方の手で彼女の背を抱いた。

 

「親指姫は多分……ちょっと悲しい気分なんだ。落ち着くまで外で待っててくれるかな、ラプンツェル」

「イヤ! ラプンツェルもギューってする!」

「わ、私はもういいから……! ありがとう、ジャック。それじゃ……!」

 

 一瞬でも強い疎外感を感じてしまうと、一気に現実に戻ってきたような。

 少なくとも、小さな子どもと張り合うほど自分をさらにか弱い存在にはしたくなくて、急いでその場から立ち去った。

 不完全燃焼で、その後はよく眠れなかったし、それ以降ラプンツェルに妙なライバル心を覚えてしまうようになったけど。

 情けなくは感じる。でも、私にはないものを持っているのって、やっぱりズルいよ。

 

 

 

 結局、私は素直になりきれなくて、この出来事は黒歴史として終わる。そのはずだった。

 

 でも違った。次の日の朝。ジャックはわざわざ私の部屋を訪ねてきてこう言ったから。

 

「この間のことは秘密にしようねって、ラプンツェルとは約束しておいたよ。もし辛くなったら、遠慮せずまた来てもいいんだからね?」

「えっ……?」

 

 その言葉に無上の喜びを感じてしまった私は、きっと。

 

 得られそうになかったものを、ジャックは無理やり与えてくるのだ。

 

 溺れ方すら、こっちで決めさせてくれやしない。

 

 

 

 

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