終末を歩く魔女と少女   作:しぃ君

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 これにて一区切り。
 完結じゃないよ!


15話「魔女と少女の歩く先」

 初めて聞いた心の声。

 いつも平静を装って、誤魔化していた友人から出た叫び。それはきっと、どれだけ時間が経っても忘れることのできない悪夢のような、想い。

 

 

「……言ってくれれば、よかったのに」

 

 

 言えるわけがない。そんなことは理解している。理解しているが、納得はできない。例え、自分たちの関係がどうしようもない加害者と被害者だとしても。それでも、ジェリーは教えて欲しかった。伝えて欲しかった。

 

 

 なんて、届くことのない言葉を眠り続けるルーシェに向けて紡ぐ。

 限界だったのだろう。あの叫びのあと、ぐちゃぐちゃになった彼女の精神は今まで抱えていたストレスに耐えきれず、強制的な意識のリセットが行われた。幸いにも、近くにいたカリーナに抱きとめられ、頭を床に打ちつけるようなことはなかったが……現場には重たい沈黙だけが残り、二人とも喋ろうとはしなかった。

 

 

 ただ、吐き出された言葉を受け止めるのに精一杯で、何も言えなかった。

 

 

「……起きないで」

 

 

 これ以上、苦しまないで欲しかった。

 これ以上、抱え込まないで欲しかった。

 押し殺していた想いを知ってしまったら、ジェリーはもう、ルーシェを責められない。隣に生きて欲しいなんて、言えない。自分こそが、彼女の罪の証明だから。一緒に居たら、ずっと思い出して心で泣いてしまうから。

 

 

 だから、起きないでと願った。

 願ったのに、時は止まることを許さない。歩みを止めることを許さない。

 

 

「……ぁ」

 

「ルーシェちゃん!? だ、大丈夫? 痛いところとか、辛いところとかない? あたしのこと、わかる!?」

 

「まくし、たてないでちょうだい。あなたの顔くらいわかるわ、ジェリー」

 

「よかった……急に倒れたから、あたし心配で……」

 

「……あぁ、そうね。見苦しいところを見せちゃったわよね」

 

 

 そう、誤魔化すように言って、ルーシェはジェリーの膝枕から離れ体を起こす。

 顔を見せようとは、しない。見ようとも、しない。合わせる顔がなかったから。吐き出した本音が、胸に残ったままだったから。

 

 

「……見苦しくなんて、なかったよ。少なくともあたしは、ルーシェちゃんの想いが聞けてよかったって、思ってる」

 

「——そう」

 

「だから——あたしからも言わせて」

 

「……何を?」

 

「ごめんなさい。ずっと、苦しかったよね。あたし、何も知らなくて。何もわからなくて。あの言葉を聞いて、やっとわかったの。ルーシェちゃんは——」

 

「やめてっ!!」

 

 

 悪くない。そう続けようとしたジェリーの言葉を、ルーシェの声が遮る。長い付き合い故にわかる続く言葉。彼女は、許そうとしたのだ。許してはいけない罪を。許されるべきでない罪を。一時の感情で全て赦そうとした。それだけは、それだけはあってはいけないから、ルーシェは止める。

 

 

 弱い自分が、己の罪を赦してしまう前に。

 

 

「お願いだから、やめて」

 

「……なんで?」

 

「許されないことだからよっ。死んだ命は、燃えた故郷は返ってこないから。もう、帰れないから。だから、許そうとしないで」

 

「それが、あたしの意思だとしても?」

 

「えぇ、そうよ。だって、あなたに許されてしまったら、あなたにこれ以上優しくされたら。私は——自分の罪を許してしまう。弱い私は、解放されたいと思ってしまう。だから、お願い」

 

 

 許されたい。

 楽になりたい。

 甘えたい。

 泣きたい。

 

 

 全部全部思ってる。

 心の底では、思ってる。

 けど、口に出すことを許せないから。誰かが罰し続けて欲しい。贖罪させる機会を残していて欲しい。死にたくても死ねない理由を、楔として残していて欲しい。

 

 

 そんな、歪な願い。

 

 

「わかった。あたしだけは、許さないから」

 

「そう。それでいいの……ありがとう、ジェリー」

 

『…………あぁ、話は終わったか? 悪いが、急ぎの用事なんだ』

 

「……ルーク? 何かあったの?」

 

『まぁな。悪い話だが、聞いてくれ。……お嬢が——七奈が、まだ帰ってない』

 

「嘘……まさかっ!?」

 

『そのまさか、だよ。結界の外に出ちまって行方知れずだ。オレ以外の使い魔も、ルーシェが気絶した関係で監視の目が途切れちまったからな。……少し前にカリーナが探しに行ったが、音沙汰はなしだ。——どうする?』

 

 

 自分の掌で、まだ何にもなっていない不定形のルークが語りかけてくる。整理したいことも、考えたいことも数えられないくらいあって、それでもルーシェの中で一番譲れないものは——七奈だ。

 面倒なことは後回し。自分のことだってあとからどうとでもなる。

 

 

「とにかく動くわ。ジェリーとルークはここで留守番よ」

 

「いいけど……あたしたちも行った方がいいんじゃ?」

 

『まぁ行った方が見つかる確率は上がるが……入れ違い防止ってとこか』

 

「正解よ。帰って来た時、独りだと寂しいでしょ? 悪いけど、任せるわ」

 

「……了解。気を付けてね」

 

『なんかあったら呼べよ、すっ飛んでいくからよ』

 

「……えぇ、ありがと」

 

 

 外を見れば夕暮れ。

 あと僅かで、月明かりが頼りな暗闇が満ちてくる頃だ。魔獣の動きも捉えにくくなる。

 

 

 失いたくない。絶対に。

 そんな決意を胸に、ルーシェは箒に跨り——空を駆けた。

 

 ◇

 

「おとうさん……おかあさん……わたし、わかんなくなっちゃった」

 

 

 久しぶりに顔を出した、両親の墓の前で七奈はへたり込んでいた。結界から出て、歩いて、歩いてやってきたその場所は花が咲き誇っていて、変わらない。ルーシェに無理を言って咲かしてもらった花々は優しくて、甘い匂いがして……七奈の胸を締め付ける。

 どこに行っても、どこを歩いていても、少女の頭に浮かぶのは大切な人(ルーシェ)との思い出ばかりで——忘れようとしても消えてくれない。

 

 

 苦しいがあった、けど、楽しいもあった。

 辛いがあった、けど、嬉しいもあった。

 

 

 いい思い出が全てじゃなくても、その中にはずっとルーシェがいて……たった三年間で当り前が塗り替わって、七奈の心を満たしていく。

 

 

 嫌いだ。

 大嫌いだ。

 でも、それ以上に大好きだった。

 だから、七奈はルーシェの言葉を飲み込めないし、理解できない。

 

 

 本当なら、嘘じゃないなら。

 このままいっそ死んでしまって、終わりにしてしまおうか、なんて考えてしまう。

 

 

「わたしが死んだら……ルーシェさんは泣いてくれるかな?」

 

 

 わからない。

 自分が彼女にどう思われているのか。

 彼女にとって自分はどういう存在なのか。

 たまたま戦場で見つけて、気まぐれに拾われた子供を何故育てたのか。

 

 

 ルーシェは答えなかったから。なにもわからないまま。苦しい言葉だけが突き刺さって、七奈の胸から抜けてくれない。いっそ、全部茶番だと言ってくれたら、怒りに身を任せられるのに。

 

 

「——————!!」

 

「……ん、あっ……」

 

 

 響いたのは、魔獣の叫び声。

 振り返った先にいたのは、いつか倒した化け猫。生きていたのか、はたまた同種の別固体か。結局のところ、そんなのは関係ない。ただ、目の前にあるのは死だ。既に振り下ろされた右前足、迫りくるかぎ爪に七奈は間の抜けた声を出すだけで逃げることはかなわない。

 

 

(あぁ、わたし、死ぬんだ)

 

 

 走馬灯もなにもない、ゆっくりゆっくりと死に向かう最中。頭の中には、ルーシェのことだけが浮かんでいた。助けてもらいたい、なんて思ったわけではない。ただ、最期に会いたいと、純粋な想いがあって——魔女はそれを叶えるために舞い降りる。

 

 

「七奈っ!!」

 

 

 名前を呼ばれたと同時に落ちる閃光。

 神鳴り、という言葉に違わぬそれは、先程まで目の前にいた化け猫を一瞬で消し炭にした。

 

 

「ルーシェ……さん……」

 

「大丈夫? 立てる?」

 

「…………平気」

 

 

 助けてくれて嬉しいはずなのに。必死にここまで来てくれたことが温かいのに、七奈は差し伸ばされた手をそっと弾き、立ち上がる。少しだけ見えた苦しそうな顔を、見ないふりをして。

 

 

「ここは危ないわ。家に、帰りましょう」

 

「家なんて、もうないよ。全部、燃えちゃったもん……」

 

「……ごめんなさい、無神経だったわね」

 

 

 いつもの誤魔化しはなくて、ルーシェの表情から七奈は全てを理解していく。魔女であろうとしていない、普通の人としてのルーシェの性格。溢れ出す、本来の彼女の優しさや想い。全部が、手に取るようにわかる。

 故に、わかるようになってしまったら聞きたくなるのは必然で、「どうして」が「なんで」が口をつく。

 

 

「ねぇ、ルーシェさん。ルーシェさんにとってわたしってなに? わたしはルーシェさんにとってどういう存在なの? 罪滅ぼしの道具? それとも——」

 

「違う!! 七奈は……道具なんかじゃ、ない」

 

「じゃあ、なに? わたしはなんなの?」

 

「私にとっての七奈は……過去の自分よ。初めて会ったあの日。あの炎の海で叫ぶあなたが、どうしても、家族と離れ離れになった昔の自分と重なって……どうにかしたいって思ったの。私は、もう普通には戻れなかったから、あなただけでも普通に育って、普通に幸せになってくれたら……って」

 

「…………」

 

「でも、でもね、それだけじゃないの。あなたと過ごした時間はとても温かくて、少しだけ、昔の自分に戻れた気がして……楽しかった。私は、あなたを愛してる。血は繋がってないけど、家族のように思ってる。これは、嘘じゃない」

 

 

 二度目の告白に嘘はない。

 誤魔化しも、ない。

 紡がれた言葉には、秘めていた思いの丈が乗っていて、儚いほどに白かった。

 

 

 伝わらないわけない。

 理解できないわけない。

 真っ直ぐな言葉は、突き刺さったままだった言葉すらも包むように七奈の心に届く。響く。

 

 

「わたしも……」

 

「七奈……」

 

「わたしも、好きだよ。嫌いだけど、許せないけど、ルーシェさんのことが、好き」

 

 

 寄りかかるように、七奈はルーシェの胸に飛び込み涙を零す。

 今もまだ苦しいままで。

 今もまだ辛いままで。

 

 

 それでも、手放したくない温もりを抱きしめるように、二人は抱き合った。

 長い長い夜の夢からやっと覚められたのだ。

 

 ◇

 

 日も暮れ、月明かりが照らす頃。二人は手を繋いで、帰っていた。ニコニコ笑顔な七奈とは対照的に、ルーシェはどこか気恥ずかしそうな表情で、家族というにはぎこちないながらも、優しい雰囲気がそこにあって。幸せそうに、魔女と少女は歩いていた。

 

 

「ねぇねぇ、ルーシェさん?」

 

「……どうしたの?」

 

「わたしさ、ルーシェさんのこと……ルーシェお姉ちゃんって呼んでもいい?」

 

「んっ! ……構わないわ。あなたの好きなように呼びなさい」

 

「やった! ありがとう! ルーシェお姉ちゃん!!」

 

 

 心が晴れたのか、無垢な笑顔で自分を姉と慕う少女の姿は、ルーシェにとって眩しすぎる光景で目が痛い。

 きっと、これを断れないから、ルーシェと七奈の関係は始まったのだ。

 

 

 既に終わりを迎えた世界——終末世界を並んで歩く二人の関係は、優しさを捨てきれなかった魔女から始まって、少女の笑顔で続いていく。

 理想の幸せが叶うその日まで。

 




 次回もお楽しみに!

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