終末を歩く魔女と少女   作:しぃ君

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4話「生きるということ」

「結界の外に出たい……?」

 

 

 テストの翌日、七奈の口から出たお願いにルーシェは怪訝な表情を見せる。今日は快晴、雲ひとつない散歩日和だ。ちょっとやそっとの散歩なら許せる範囲だが、結界の外に出るなら話は変わる。

 

 

「本気で言ってるの?」

 

「ほ、本気だよ! ほら、テストだって合格できたし! 少し! ほんの少しだけだから! 1人で外に出たいの!」

 

「……あのねぇ、結界の外は危険がいっぱいなの。私がわざわざ家の周辺まで含めて結界を張ってるのは、そういう危険にあなたを傷つけさせないため。わかるでしょう、これくらい」

 

「で、でも! 今のわたしなら危ないヤツが来ても追い払えるよ!」

 

「……それは、この世界の野生動物なら、でしょ? 私やルークのいた世界の動物──まぁ、わかりやすく魔獣としましょう。もし、魔獣に遭遇した場合、今の七奈じゃ100%死ぬわ。嘘じゃない」

 

 

 真剣な目が、声が、七奈を説得させるために向けられる。ルーシェの言葉は限りなく真実だ。現に、今の七奈の実力なら野犬や猪程度なら倒せはしなくとも、追い返すことは難しくない。熊のような大きな動物でも、苦戦はすれど魔法を見れば驚いて逃げる可能性も高いだろう。

 だが、ルーシェたちの世界の魔獣は違う。魔法を見慣れてることも多い彼らは、魔女を恐れず、死ぬまでエサを求め続ける。食欲という本能に従って狩りをする。

 

 

 見初められたら最後、互いが死ぬまで地獄の鬼ごっこが続くだろう。

 

 

「意地悪を言いたいわけじゃないの、七奈。賢いあなたならわかるでしょ?」

 

「けど……ルークみたいなお話ができる子だっているかも、だし……」

 

「言っておくけど、ああ見えてもルークはすごいのよ? この世界で言う神話、御伽噺の時代から続く古き血の末裔なの。彼が私たちと同じように話して、コミュニケーションが取れるのは、そういう血統と生きた年数のお陰。普通の魔獣は、危険で意思疎通なんて取れやしないの」

 

「でも……うぅ……」

 

 

 諭すように話すルーシェの言葉に、七奈は今にも泣きそうな表情になるが一向に折れる気配はなく、必死に食い下がる。

 経験則から、ルーシェはこうなった七奈の粘り強さを知っている。許可しない限り今日はテコでも、自分の元を離れないことも理解している。

 

 

 どうせいつかは経験させなければいけないこと。

 どうせいつかは当たり前になること。

 

 

 先延ばしにしていたら、ズルズルと関係を続けてしまう。だから──ルーシェは自分が折れることを選んだ。

 

 

「はぁ……ルークと一緒に行くなら許可してあげる。ただし! もしもの場合はルークの言うことをちゃんと聞くこと! 危険を感じたら迷わず結界内に逃げること! これが条件よ。いい?」

 

「うん……うん!! わたし、すぐに準備してくる!!」

 

 

 そうして、元気いっぱいに走っていく七奈をルーシェは見送り、静かに座布団に腰を下ろす。

 

 

「……ルーク、いるんでしょう? お出かけの準備をしておいてちょうだい。なにかあったら、頼むわよ」

 

『あいよ。任せな、姉御! お嬢はオレが責任もって守ってやるよ!』

 

「守る、なんて事態にならないのが1番いいんだけどね……」

 

 

 心配をするルーシェを他所に、ルークは散歩が嬉しいのかウキウキ気分で七奈の元に歩いていく。面倒臭いのか、最近は大型犬やら狼やらに変身しっぱなしの彼だが、索敵を考えればそちらの方が都合がいい……はず。過保護になりすぎないよう、ルーシェはそれ以上の干渉をすることなく近くに置いておいた本を手に取り、読み耽る。

 

 

 玄関から元気いっぱいな行ってきますが聞こえたのは、その数分後のことだった。

 

 

 ◇

 

 敷地内に張られた結界は目には見えない。見えないが、感覚的に境目がわかる便利なもので、ルーシェが許可したもの以外が入ることは許されず、出ることも基本は禁止。わざわざその禁を破ってまで外に出るのだ、生半可な戦果では満足できない。七奈はそう自分に言い聞かせ、ルークに跨る。

 

 

「……ねぇ、ルーク、本当に乗らなきゃダメなの?」

 

『こっちの方が逃げる時も楽だしな。行きたい場所に着いたら下ろすから、お嬢は道案内を頼むぜ』

 

「はーい。……よし、最初は本屋さんだよ! 前に取った漫画、確か完結してたはずだし。で、本屋さんのあとはゲーム屋さん! 前はお預けされたけど、ゲームの時間も延びたし、補充しないとね!」

 

『お嬢は自由だねぇ。まぁ、オレはそういうところが好きでお嬢のペットもやってるんだけどよぉ』

 

「ふふ、ありがとうね、ルーク! じゃあじゃあ! 目的地の商店街に全速前進!」

 

『おうおう! 振り落とさない程度に飛ばすぜぇ!』

 

 

 こうして、ハイテンションに始まった七奈とルークの珍道中は──平和に進んだ。それはもう、優しい世界の如く平和に進んだ。道中出会う動物も猫か野良犬程度のもので、獰猛な野良犬はルークが寄せ付けず、猫は七奈に懐柔されて、穏やかに時が過ぎた。

 

 

 目的の漫画の回収も、欲しかったゲームのゲットも済み、順風満帆な遠足が終わろうとした帰り道、事件は起きる。

 

 

「あっ! 見て見てルーク! また猫さんがいる! しかも凄い! 手でこっちに来いってジェスチャーまでしてる!!」

 

『何とも芸達者な猫だなぁ、さながら招き猫だ』

 

「ねぇねぇ、ちょっと行ってみようよ? もしかしたら、なにかあるかも!」

 

『止めとけってお嬢。あの猫、明らかにヤバい。犬ならまだしもあんな芸達者な猫居ると思うか? しかも、臭う』

 

「臭う……?」

 

『あぁ、臭うよ。こりゃ──血の臭いだ!』

 

 

 血の臭い。何が何だかわからない。わからないけれど、七奈の背中に嫌な汗が伝う。こちらを招こうとする猫から発せられる不気味なオーラ。先程まではなかった恐怖感が、彼女を襲う。

 微かに感じる鉄臭さと、徐々に膨れ上がる不気味なオーラ。──いや、オーラだけではない。少しずつ、少しずつ、猫の体長自体も大きくなっていく。

 

 

 30cmほどの大きさだったはずが、1m、2m、3m……どんどんと大きくなり、ついには5mまで至った化け猫がルーク達への進撃を開始する。

 

 

「っ! ルーク!」

 

『わかってる! お嬢! 振り落とされんなよ!』

 

 

 差を埋められないように必死に走り出したルーク達だが、体の大きさが生み出す差は埋めようがない。変身で違う動物になることも可能だが、悠長に変わっている時間はなく、化け猫との距離が縮まっていく。

 住宅街の塀もなんのその、全てを壊しながら襲ってくる化け猫に七奈は抵抗を試みるが──効果はない。

 

 

「なんで! なんでよ! 泥沼も! 土壁も! なんで全然効かないの!! こんなのズルじゃん!」

 

『冗談言ってる場合かお嬢!! なんでもいい! 気を引き続けるんだ! 死ぬぞ!?』

 

「そんな、なんでもいいって言われても……」

 

 

 習った魔法は一瞬の足止めにしかならず、意味はなく。塀からはみ出た草木で妨害しようとしても、何処吹く風で化け猫は追ってくる。土壇場の七奈に残されたのは石を岩に変える魔法。

 だがしかし、肝心の石がない。

 0から1を生み出す力も、今の七奈にはない。

 

 

(どうしよう! どうしよう! このままじゃ、わたし……)

 

 

 死ぬ。

 死んでしまう。

 両親と同じように。

 両親が生かして、ルーシェが繋いでくれた自分の命の灯火が消えてしまう。

 

 

 自分の死で、誰かの死が無駄になってしまう。それだけは、それだけは耐えられない。そんな、七奈の思いが無理だと思っていた領域の扉を開く。

 

 

「落ちろ! 岩!!」

 

 

 たった二言の呪文が、無から有を生み出す。なにもなかったはずの空中に岩が突如として召喚され、落ちてくる。それは、化け猫を押し潰すには十分過ぎる大きさの岩であり、爆弾が爆発したかのような音を立てて──朱に染まる。

 飛び散った血が七奈とルークに掛かることはなかった。なかったが、夥しい量の朱が岩の近くを染める。

 

 

「……やった、のかな」

 

『……みたいだ。まぁ、生きてたとしてもこの血の量じゃ、助かりゃしねぇだろ』

 

「そっか。そう、だよね」

 

 

 魔獣はもう、ピクリとも動かない。先程まで自分たちを襲ってきた化け物は、二度と起き上がることはない。安堵こそすれど、弔う意味も理由もない。終末世界では弱肉強食。ただ、生きるための行動をしたのだ。そこに善も悪も存在しない。

 だと言うのに、七奈は道端に咲いていた名も知らぬ花を摘み、岩のそばに供える。

 

 

『慣れろ、とは言わねぇよ、お嬢。だけどな、生きていくってことは、こういうことだ。今回はたまたま魔獣だっただけで、これが人間に変わることもあれば、普通の野生動物を殺すことだってこれから増えていく。生存競争に勝たなきゃ、無駄死にだ。今までの、お嬢に関わる全ての死が無駄になる。それだけは、忘れちゃいけねぇ』

 

「……ルークも、難しいこと言ったりするんだね」

 

『あのなぁ、お嬢──』

 

「わかってる。わかってるよ。……みんなからもらった人生だもん。無駄には、絶対しない」

 

 

 生きるということは、戦い続けるということ。七奈は今日、改めてその意味を理解した。

 

 

 ◇

 

『んでよぉ、なんとかお嬢が機転を効かせて助かったってわけ』

 

「……そう、よかったわ」

 

『なんだよ、しっぶい反応だなぁ。心配しまくって、結界の内側ギリギリで待ってたのによぉ』

 

「う・る・さ・い」

 

 

 結界外での活動を報告していたルーク相手に、ルーシェは顔の部分を無理やり捕まえてモフモフと撫で回す。今度余計なことを言ったら、飯抜きの刑に処そうと静かに決意する中、報告の内容を反芻する。

 経験になればいいと思って送り出した手前、何かしら成果があることを期待していたが、まさか魔獣を討伐して帰ってくるとは……流石のルーシェも予想外だ。

 

 

 幸い、七奈の体に目立った外傷はなかったが──

 

 

「あの歳の子には、まだ早かったのかしら」

 

『別に遅いも早いもないだろ。姉御だってあれくらいの頃にはバンバン──』

 

「ルーク」

 

『……わりぃ、言い過ぎた。でもよ、いずれ起こることだろ? それがたまたま今日だったってだけだ』

 

「……だとしても、見過ごせない。どうにかして、結界の範囲を広げるべきかしら……」

 

『やめとけ、ルーシェ。約束したろ? 過保護過ぎるのはダメだ。あの子のためにならねぇ』

 

「それは、そうだけど……」

 

 

 主従であり、親子。

 何百年と先を生きるルークは時に、ルーシェを窘める。契約という形はあれど、主従という関係があれど先を生きるものとして意思は伝える。

 子はいつか親離れする。

 けれど、親が子離れすることはない。親にとって、子はいつまで経っても子であり、その事実は変わらない。いくら体が大きくなっても、いくら精神的に成熟しても、子は子。

 

 

『七奈はオレにとっても、もう1人の娘みたいなもんだ。気にする気持ちは痛いほどわかる。だがよぉ、成長を促すっつうのが親の役目だろ? それは、師匠と弟子って肩書きでも変わらねぇ』

 

「……甘過ぎるかしら、私」

 

『それだけ大事なんだろう。そりゃあいいことさ、気にしなくていい。ただ、子から成長の機会を奪うな。独り立ちさせたいなら余計に、な』

 

 

 主に撫で回されているというのに、なんとも常識的な言葉が返ってくるものだ。一周まわってこれがデフォルトであってくれたら、そんな考えがルーシェの頭に浮かぶが、すぐに首を横に振る。

 あくまで、主は自分。

 主の後に従は着いていく。

 逆であってはならないのだ。

 

 

 こうして道を示すことはあっても、決めるのは自分でなくてはならない。

 

 

「決めた。明日からもう少し実践的な訓練を増やすわ。もし、私以外の魔女と対峙した時に少しでも生き残れる可能性が高くなるように」

 

『いいね、その意気だ、姉御!』

 

「よし……やると決めたらまずは準備よ。ルークにはサンドバッグ役になってもらうからそのつもりでね?」

 

『前言撤回!! その意気じゃない!? オレ死んじゃうぅ!』

 

「平気よ。私やあの子の魔法程度に死ぬなら、私たちとっくに死んでるもの。ほら、今のうちに余生を楽しみなさい」

 

『殺す気じゃん! 明日の訓練で殺す気じゃん! やだぁ! オレ家出する!』

 

「はいはい。じゃあ、あなたの大好きな缶詰は私と七奈で食べるからどこにでも行きなさい」

 

 

『ふぐぅ!』ともがき苦しむ相棒を他所に、ルーシェは過去を思い出す。魔女としての初任務、紛争地帯で死にかけた自分を救ったのは……ルークだった。食料を与え、安全を確保し、なんの益もないのに助けてくれた。

 正直、契約のきっかけは何かと言われたら答えは出ないが、彼を使い魔にして後悔したことは1度だってない。そう、彼女は断言できる。

 

 

「……もう少し静かにできれば最高なんだけどね」

 

 

 無理な話か。そう1人で呟き、うるさいBGMを横に再度本を開く。本の世界に没頭するのに、そう時間はかからなかった。




 次回もお楽しみに!

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