終末を歩く魔女と少女   作:しぃ君

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 パッションなので癖は隠さない。


9話「あなたの望む贖罪」

 夜明け前、陽の光のないその時間にルーシェは動き出す。きっと、それは魔女団にいた頃の習慣なのだろう。あと少しで日が昇り、寝ずの番をしていた者たちが警戒を緩める時間帯。暗く、目の前すら見えにくい中、彼女は1人、結界の調査のため歩く。

 家の周囲を大きく覆う結界。何があってもいいように、広めの範囲に設定したそれは、ルーシェだけではなく使い魔たちの力も借りて作られた規格外の代物。現代兵器で傷つくことはなく、並の魔女なら発見することすら叶わない。そんな要塞のようなもの。

 

 

 彼女は自分と自分の使い魔の力を信じている。信じている故に、警戒する。ジェリーを匿うと決めた時、必ずここに魔女団の人間が来ることはわかっていた。ルーシェの魔女としての質は上の下。仲間の中では悪くない位置に立っていたが、それでもトップ層には及ばない。

 最悪、侵入されたら最後、声を上げる間もなく消される可能性も有り得る。

 

 

 だからこそ、警戒していたというのに──

 

 

「……破られてる」

 

 

 1部。恐らく、人が1人入れるかどうか程度の穴が、1度だけ開いた形跡がある。しかもそれは、力任せにやったのではなく、結界の構造を解析し正面から切り裂いたのだ。

 調査の限り、幸いなことに、結界内に潜伏している、なんてことはないが問題には変わりない。

 

 

(ルーク、来て。非常事態よ)

 

『……んなぁ、どしたよ姉御? オレだって寝るときゃ寝るんだぜ?』

 

「悪いわね。でも、非常事態なの。結界が、突破された形跡を見つけたわ。穴は自動で修復されてるけど、このままだと2度目の侵入を許すことになる」

 

『マジか? 大きさは? デカいか?』

 

「いえ、小さいわ。入れたとしても、人1人が限界なくらい」

 

『……気付けなかったことを考えるに正面突破か。手練だな。少なくとも、姉御よりやり手だ』

 

「一言余計よ。まぁ、でもその通りね。次はないって脅しにも見えるし、あと1回は必ず来る」

 

『どうする? 結界を強化するか?』

 

 

 結界の強化。言うには単純だが、労力は並ではない。結界とはそもそも、魔法の中でも転移魔法と同じく上位の技術で行われるもの。結界の中心に楔を置き、そこから覆う範囲を円にするように要を作る。楔は絶対に動きようのないもの、例えば家やら電柱。要は、範囲を決めるため容易に動かせるもの。例えば、石や岩、杭などがある。

 どれもなるべく魔法で生成した方が壊れにくく、より頑丈なものができるが、ルーシェはこれに使い魔の力を加えてより強固なものにしているのだ。

 

 

 なればこそ、強化には今まで使っていない使い魔の力を使うか、要を再度別のものに入れ替えて結界を張り替える必要がある。無論、張替え中は無防備であり、侵入を許せば退路を断たれ死を招く。

 一か八かの賭けを、ルーシェは迫られているのだ。

 

 

「──強化は、しない」

 

『正気か? いや、侵入者だけならオレがいくらでも対処してやれるが、犠牲ゼロなんて甘い考えは通用しねぇぞ?』

 

「正気も正気よ。結界の強化はしない、しないけど、結界は作るわ……内側にね」

 

『ははぁん、なるほどね。二重結界か? それなら、わざわざ結界を剥がして張り替える必要もねぇし、結界の構造を変えて解析の時間を稼げる。一石二鳥だな!』

 

「そういうこと。どうせ、そろそろ七奈に結界魔法みたいな上位の魔法も教えようと思ってたしね。良い機会だわ」

 

 

 なんて、ルーシェは自分に言い聞かせるように言ってみる。余裕なんてない。相手は1度、やろうと思えば自分たちを殺せたのだ。今の自分たちがいるのは相手のお情けか、ただの偵察だった故の命拾い。

 手札はいつだって数枚だけ。ドローする余力もなければ、ジョーカーなんてありはしない。

 

 

 強いていえば、ルークこそが彼女のジョーカー足りうるが、彼を失ったら七奈の最強の盾が消えることになる。

 真剣勝負は手札も大事だが、盤面を見据え、持っている手札をいつ使うかも大切になってくるもの。

 

 

「……頭が痛い話だわ、全く」

 

 

 日常が非日常にあっさりと切り替わるのが、終末の世界。牙はいつだって向けられているのだ。ただそれが、少し見え辛いだけで。

 

 ◇

 

 結界の調査後、まだ日も昇って間もない頃、ルーシェとジェリーは2人隣合って話していた。

 

 

「……そっか。結界、破られちゃってたんだ」

 

「ごめんなさい。あなたを匿った時点でもっと警戒しておくべきだったわ。油断してた」

 

「いいんだよ、あたしが急に押しかけたんだし……でも、これからどうするの?」

 

「結界の内側にも、もう1つ結界を張るわ。何かあった時のセーフティーラインを用意する。そして、最悪は──」

 

「最悪は……?」

 

「私が、死んでも2人を守るわ」

 

 

 誓いだった。

 魔女として、虐殺者になった咎人として、彼女が心に立てる最後の誓い。償い切れるなんて、償って許されるなんて今でも思っていない。だとしても、やれることはやるべきだと、ルーシェは信じている。

 引き継ぎの準備は入念に仕込んでいるし、ほとんどの使い魔はルークの後押しで七奈の使い魔となることが決まった。

 

 

 もしもの時は、逃げられるようセーフハウスが日本の各地に作られており。ルーシェは自分が勝負(殺し合い)に負けることがあっても、生存競争という試合に七奈たちが負けないよう緻密な計算と手札を用意した。

 

 

 

 無駄死になんてしない。

 意味のある死なんて望める資格はないが、掴み取る力はある。だから、彼女は自分の死すら利用する。それが、魔女だから。

 

 

 もっとも、そんな生き方は誰もが許容できるわけではない。死とは、誰かにとっては救いであり、誰かにとっては逃げになるように。答えを解釈するのは他人に委ねられる。納得なんて、簡単にはできやしないのだ。

 

 

「……死ぬなんて、言わないでよ」

 

「簡単に死ぬつもりはないわ。でも、最悪は──」

 

「それでも! あたしは……ルーシェちゃんにいて欲しいよ。七奈ちゃんも、きっとそう」

 

「……綺麗事や理想だけじゃ上手くいかない、ジェリーならわかるでしょ?」

 

「わかってる。わかってるけど……魔女だって言うなら、魔法が使えるなら、してよ。綺麗事に、理想に。苦しんでも、辛くても! 償って、隣に居てよ……っ!」

 

 

 贖罪が死をもって完成することはない。その理由を、ジェリーが流す涙が、翠色の瞳から溢れ出す涙がルーシェに教えてくれる。

 犯した罪は、死によって償えるのか。死は、その罪の罰に足りえるのか。少なくとも、ジェリーの中での答えは、ノーだ。

 

 

 故郷への仕打ち。

 家も、家族も、友人も、隣人も、全員が、全部が灰になった。彼女は、燃え盛る炎の中で聞いた同胞の叫びを忘れない。忘れられるわけがない。ただ1人助かり、犯人は連れ去られ離れ離れになった親友。

 例え、ルーシェが死刑になったとしても、ジェリーの心は晴れず、あの日の炎が消えることはない。

 

 

 死ぬのなら、死んでしまおうとするのなら、それと同じくらい生きて、生き抜いて、苦しんで欲しい。

 芽生えてしまった良心を痛めて、それでも生き続けて欲しい。

 

 

 たった一つ、それだけがジェリーの望む贖罪だ。

 

 

「あなたが望むなら、そうね。死ぬわけには、いかないわよね」

 

「うん。……お願い」

 

「善処するわ」

 

 

 そっと、寄りかかるように頭を預け、ジェリーは口を閉じる。ルーシェはそれ以上言葉を続けることはなく、ただ、彼女から流れる涙を拭った。

 死ねない理由が、また一つ増えてしまった。




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