ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン   作:Schuld

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ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン 1

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 「イヤーッ!!」

 

 この悲鳴を聞いて、人は何を思うだろうか。

 

 女性の悲鳴、それが一般的であろう。

 

 しかしそうではない。ドージョーのガラスを割らん限りの声量で発されたシャウトは、紛れもない〝カラテ〟の意気を込めたものであったのだ。

 

 「イヤーッ!!」

 

 二連撃。左の拳を突き出して距離を測った後、相手が牽制を見て軽く払ったことで体幹の崩れを悟ったのであろう。カラテの繰り手は、僅かな隙を見逃さず美事な右の直突きを放った。

 

 風がごうと吹き荒れ、対手の髪が強く後ろへと靡く。満身の力を込め、足首、膝、腰、胸と肩の捻転が美事に一体化した貫手は、本来ならば脆い人体など容易く貫通して後頭部へ突き抜けたであろうが……。

 

 「……甘いな」

 

 「……参りました」

 

 直前で体に絶大な負荷を掛けるほどの急制動を以て停止。貫手の指先は、愛らしい鼻と唇、人体急所たる人中をぷにっと押すに留まった。

 

 「まだまだカラテの練りが甘い。全身に神経を手中させるのだ」

 

 そう冷たく言い放ったのは、異様な風体の男であった。

 

 全体的に赤黒い〝ニンジャ〟としか良いようのない装束を纏った男である。左前になった上衣は、それが常に戦装束であると同時に死に装束であることを悟ってのものであろうか。そして下は太股から脛に向かって大きく膨らんだ異様な袴であり、足下には暗色地下足袋。

 

 両の前腕と脛にはブレーザーと脚甲が備わり、頭巾を纏った頭部は面頬で覆われていて全容が暈かされていた。紅い線香めいた不吉な色合いの瞳の下、鼻より下部を覆うには決断的な筆致で〝魔殺〟と刻み込まれているではないか。

 

 「でも師匠」

 

 「なんだ、ゆきかぜ」

 

 「ここまで徒手格闘の訓練をする意味があるんですか? 私には忍術があるのに」

 

 ぶすっとした表情で自らの師、母親の勧めで家庭教師として雇われた一人のニンジャに対して〝対魔忍〟なる世界の裏側で魔なる者から人界を守る役割を持って生まれた者の卵は少し不満そうに問うた。

 

 ジューウェアを纏った彼女の名は水城ゆきかぜ。まだまだ成長期の幼子であるが、既に〝雷遁〟に目覚めた才能豊かな対魔忍候補生であり、偏執的なまでに白兵戦を仕込もうとする男の意図が分からなかったのだ。

 

 「……ゆきかぜ。お前のデン・ジツは実に強力無比だが、もし仮に敵が絶縁体装備をしていたらどうする?」

 

 特徴的な物言いをする男に、ゆきかぜは一瞬、自分の雷遁のことを言われているのだと気付くのに遅れた。彼女は未だ未熟故に狙いを正確に付けることができず、稲妻を暴れるがままに任せるしかできないが、それでも威力は絶大だ。

 

 高電圧の雷遁は膨大な熱も宿しており、生中な絶縁素材など熱で溶かして終わりだ。彼女は自慢げに胸を張って主張する。その胸は年齢を加味しても実に平坦であった。

 

 「その時は電熱で……」

 

 「米連の装備は熱にも強い。それにドトン・ジツの亜種でキントン・ジツというものもある。体がアース体となって地面に逃がされたら、お前は何もできずに逃げるのか」

 

 言われてゆきかぜは押し黙った。

 

 最強と呼ばれる存在は対魔忍の世界に数あれど、無敵も不死身も存在しない。一見理不尽で抗いようのないように見える忍術であっても、かならず弱点があるのだ。

 

 「いいかゆきかぜ、最後に物を言うのはニンジャの五体だ。ジツだよりのサンシタはジッサイ直ぐ死ぬ。ノーカラテ・ノーニンジャだ」

 

 「いや、でも師匠のそれって空手っていうより骨法とか日本拳法、あとプロレス技とかカポエラ混じってる……」

 

 「カラテだ」

 

 「でも師匠、柔術の構えだとか言ってるし……」

 

 「カラテだ」

 

 「カラテ……」

 

 「そう、カラテだ」

 

 強引なニンジャ説得力に負けた弟子は、色々腑に落ちないことがあったが、この赤黒い対魔忍が〝徒手格闘最強〟の名を十年以上欲しいがままにしていることを思い出し、異論を呑み込んだ。

 

 「ジツを封じられようが多数に囲まれようが卑怯な手を取られようが、最後にはカラテが物を言う。荒事も陰謀も、何事も暴力で解決するのが一番だ」

 

 実際、こうやって稽古を付けて貰っている中で学びは多いが、こちらは忍術を使ってもよいのに一度も一本とて取れたことがないのは事実。優れた師のインストラクションは、万の無為な鍛錬より意味があると母より聞かされたことを思いだして、ゆきかぜはジューウェアの帯を締め直して気合いを入れた。

 

 「本日はここまでとする」

 

 「押忍!」

 

 「では十分にクールダウンしてから休むように」

 

 颯爽と去って行く男の背を見送り、以後〝雷遁〟と〝類い希なる白兵技術〟、そして未熟さを制御するための電磁銃、ライトニングシューターを組み合わせたことにより、独自の〝ピストル・カラテ〟と呼ばれる戦法を生み出すこととなる対魔忍の卵は、ゆっくりと師の言い付けを守って柔軟に入った…………。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 唐突であるが、この対魔忍には前世があった。今となっては今生が長くなり過去の記憶は曖昧であるが、産まれた時より〝違う世に生まれ変わった〟という自覚があるのは確かである。

 

 しかし、彼は前世で知っていた、されど架空の存在であったはずの家系に生まれたことに驚愕することとなる。

 

 彼は忍者であったのだ。それも退廃とマッポー入り乱れる、人の権利が簡単に弄ばれる〝対魔忍シリーズ〟と呼ばれる世界に対魔忍として。

 

 ただ、ここで一つ問題がある。

 

 オタクではあるが、エロゲーに興味がなかった彼は対魔忍を知らないのだ。

 

 特徴的なコトダマである感度三千倍のことを知らないくらい対魔忍の知識がない。

 

 代わりに彼は重篤なヘッズ……いわゆる忍者活劇の中でも異端、その特徴的な機械翻訳めいた文体で知られる〝ニンジャスレイヤー〟シリーズの熱狂的ファンであり、自分が対魔忍の家系であることを知ると同時、自分をニンジャだと定義した。

 

 言葉は同じである。だが、対魔忍とニンジャの間には大きな隔たりがある。無知故の致し方ないことであるが、彼は対魔忍をニンジャと認識してしまったのである。

 

 ここはネオサイタマでもなければ、日本が磁気嵐で鎖国もしていないし、前提がR-18で実質違法行為が本質だとか、そんなことは置いておいて、芸風が恐ろしく違うにも拘わらず彼は自分を対魔忍ではなくニンジャと定義した。

 

 どちらも近未来を舞台としている上にサイバネ技術が隆盛し、魔の存在が跋扈しているという点においては似ているが、それこそ上方落語と江戸落語くらい違う。

 

 だが、そんなことを全く知らない彼は自分をニンジャスレイヤーのようなニンジャ、生まれながらにディセンションしたか、リアルニンジャの家系に生まれたのだとしてワザマエを磨くと同時、ひたすらにカラテに没頭した。

 

 ここでいうカラテは琉球より伝わる空手のことではなく、重篤なヘッズにのみ伝わる専門用語であり、要するにニンジャが振るう格闘技術のことだ。

 

 チョップもケリも、何ならカポエイラのメイアールコンパッソも、プロレスのパワーボムですらニンジャが振るうならばカラテとして扱う。そんな世界にニューロンをどっぷり漬けた彼は、ジツに溺れたニンジャから簡単に死んでいくことを重々承知しているが故、家系に伝わる忍術を相伝していようがカラテをひたすらに磨いた。

 

 ニンジャスレイヤーを象徴するノーカラテ・ノーニンジャを体現するべく。

 

 「シツレイします!」

 

 そんな奇矯な男はとある対魔忍施設にて懇切丁寧にノックした後、入出を促されると静かに扉を閉めた後、掌を合わせて心を込めたアイサツをした。

 

 「ドーモ、アサギ=サン。マゾクスレイヤーです」

 

 「ええ、久し振りね藤木戸くん。その変わった挨拶は相変わらずね」

 

 ヘッズにとってアイサツは――ここでいう挨拶はニンジャ特有の、極めて変わった様式に基づき、一般的なそれと大きくことなる――ジッサイダイジで、様式を守らないことはスゴイシツレイに当たるのだが、彼にも空気を読むぐらいの能はあった。

 

 親友たる沢木 恭介くらいしかノリを合わせてくれなくとも、彼にとってこのアイサツは神聖で欠かせないもの。故に徹頭徹尾貫いて護り続ける。対魔忍がそれにノッてくれずとも。

 

 ただ、それでも「井河ニンジャクランは芸風が違うんだな」くらいの認識であるのだが。

 

 「それで、何か御用で?」

 

 「その、友人代表をお願いしたいという件、承知して貰えるかしら」

 

 まず話は本題より軽いジャブより始まった。

 

 「ああ、その件ですね。ヨロコンデー。余興も考えてありますよ」

 

 「そう、受け容れてくれて嬉しいわ」

 

 にっこり微笑む妙齢の美女。彼女の名は井河アサギ。今現在〝最強の対魔忍〟の名を欲しいが儘にしているタツジンであったが……彼女は結婚に伴う引退を控えていた。

 

 その相手、恭介と藤木戸も無二の友人にして幼馴染みであるが故、結婚式の友人代表スピーチを頼まれていたのだ。

 

 実現すれば忍殺語を――ヘッズにのみ通じる特殊なコトダマを多分に含んだスラング――大いに交えた意味不明な物になると分かっていても、二人には彼以外を友人代表にしようという気は毛頭なかった。

 

 同じ釜の飯を食い、訓練で血反吐を吐き、鉄火場を潜った仲は固きユウジョウで結ばれているのだから。

 

「ただ、少し奇妙な動きがあるの」

 

 切り出された本題に藤木戸は居住まいを正し、ニンジャとして話を聞くモードに移った。

 

 そして、机の上に並べられるのは幾人もの名簿。

 

 名うてとして知られる対魔忍ばかりであるが……その全てに〝KIA〟、つまり任務中に戦死の判子が捺されていたのだ。

 

 「何てことだ。もしかして彼等全員……」

 

 「そう、皆殺されたわ。それも……死したはずの朧の手によって」

 

 「ブッダミット!!」

 

 忍殺語にて雑言を上げた彼は、書類の中に任務を共にしたことのある、知っている名を見て激怒した。

 

 皆、戦友であった。奇妙な趣味を持つ彼を忌み嫌うことなく、共に戦ってくれた友人であったというのに。

 

 普段は紅梅色程度に収まっている瞳が殺意によってセンコめいた光を宿し、抑えきれない握力が書類を握り潰す。

 

 「彼女が生きていた原因は不明。だけど、動かないわけに行かない。本当は私が行きたかったけど、長老衆の動きがどうにもキナ臭くて……」

 

 「無論、俺がいこう。結婚を控えた身、無理をさせる訳には行かん」

 

 それになにより、と前置きして彼はメンポを被った。

 

 「朧、ヤツは最早対魔忍ではない。抜け忍ですらない。魔族だ」

 

 「そうね。一度殺した私としては信じられないけども……」

 

 「マゾクは殺す。例外なくだ」

 

 「ええ、よろしく、マゾクスレイヤー」

 

 「ヨロコンデー!」

 

 承諾の言葉と共に藤木戸、いやマゾクスレイヤーは色の付いた風となって消えた。扉を開けることもなく、窓を開くこともなく忽然とだ。

 

 奇矯に過ぎる上、恐ろしくキャラの濃い同期が消えたことを確認し、アサギは椅子を横に倒して深く吐息した。

 

 さて、この判断は吉と出るか凶と出るか。

 

 いや、どのみち血が流れることに違いはあるまい。

 

 あの男は殺すと決めた魔族を一度たりとて逃がしたことがない。倒し損ねたことはあっても、何があっても必ず、必ず殺してきた。

 

 インガオホーと謎の言葉を染めて。

 

 マッポー極まる対魔忍世界、そこに赤黒い一陣の風が吹き荒れ、運命が変わろうとしていた…………。




対魔忍世界はジッサイ、ネオサイタマに近いのでは? と思って書きました。

重ねて卑猥は一切ない。イイネ?

ニンジャスレイヤーTRPGをやりまくった結果の産物なので、ニューロン判定、難易度:UHに成功した場合コメントをお願いします。
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