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シュッ、シュッ、シュッ、と研ぎ澄まされた音がヤスブシンの古アパートに響いていた。
四畳半の風呂無しトイレ共同のショウワ・エラ・アトモスフィアを感じる物件にて森田が前後している!
しかし、それは完全合法一人行為などではなく、砥石を用いてスリケンを研いでいるのであった。ケンゼン!
「……うむ」
仕上砥石で丁寧に刃を研ぎ上げた森田は一人納得し、出来映えがよかった物に油を塗ってサビを防止。触れるだけで指を刎ねる鋭利さのそれを慎重にスリケンホルスターへと戻した。
「ぬ」
さて、次の一枚をと思って手を伸ばすと、視認性を下げるため濃い暗色に塗った愛用のスリケンに欠けが見られた。
酷い刃毀れだ。これは恐らく、先日スレイした高位魔族に向かって放ったツヨイ・スリケンの影響であろう。彼のニンジャ膂力は対魔忍の中でも傑出しており、鍛造された四方スリケンが耐えられなかったのである。
最早刃部が凹んでおり、研いでも元に戻らないほど痛んだ物をそっと〝廃棄〟と書いた箱にしまい、彼は小さく嘆息した。
「マイッタ、もう予備が尽きたか」
対魔忍に属していた時は柵が多かったが、一人になって初めて彼は辛みを感じていた。
彼は孤独に強い。嫌がらせのように任務を滝のように浴びせられても、それがマゾクを殺す任務であるなら喜んで参加し、三日三晩漬物石めいた沈黙と共にアンブッシュの機を待っても苦ではなく、一月まともに誰とも口を訊かぬ潜入任務で疲弊しない強靭な精神力を持っていたからだ。
しかし、今は一人であることに困り果てている。
というのも、武器の整備、ニンジャ装束の修繕、激しいイクサの度に欠損するブレーザーや脚甲の修理など、全て自分で行わなければならないからである。
五車の里でマゾクスレイヤーを名乗っていた頃は、整備部門に提出して深々とオジギし――彼は武器のメンテ要員に殊更敬意を払っていた――半日待てば替わりが貰えるか、完璧に整備して貰えたというのに、今やスリケンにすら苦労する有様。
里を抜ける際に相応の数を用意したつもりであったが、ヨミハラに潜って半年、過酷な扱いに耐えかねて素人整備の装備達は限界を迎えつつあった。
三着あったニンジャ装束は一着完全に駄目になって廃棄しており、スリケンはご覧の通り。かなり年経た吸血鬼との戦闘を行った際に――油断ならぬ相手だった。だが殺した――ヌンチャクは大破してしまって手元になく、ブレーザーと脚甲はトンカチで叩いて直しても凹凸が目立つ。
そして、象徴的な殺伐のショドーが刻み込まれたメンポにも傷が数多。
「やはり血中カラテで装束を作れない俺には限界があるのか」
ぽつりと、彼にしては珍しく弱音が漏れた。
悲しいかな森田、いや藤木戸・健二は対魔忍であってニンジャではない。ディセンションしたニンジャでもなければリアル・ニンジャでもない彼の体を駆け巡るのはカラテ粒子ではなく対魔粒子。どれだけ念じようと、どれだけ欲しようと自分のニンジャ装束やスリケンを精製することはできない。
かつてはそういったジツの持ち主を羨んだことがあったが、ない物ねだりをしても仕方がないとハヤキガエ・ジツを磨いたり、やたら体の線に沿った淫靡なデザインをしたがる意匠部と七日七夜殴り合い半歩手前のディスカッションを経て今の装束を発注したりして対応してきたが、物がないのはどうしようもなかった。
とはいえ、今は唯一残った大事な幼馴染み、アサギ=サンに悲劇のヒロインにして汚れのない次代井河を担う頭首になってもらうにはやむを得ないことであると理解している。里の支援が受けられない道を選んだのは、他ならぬ己なのだから。
では、他の販路をと目を向けても、これが上手く行かない。
ヨミハラに武器は溢れているが、その殆どは魔族や人間が使う物で銃器や魔法めいたものが主流であり、対魔忍が納得する品質のニンジャ装備は早々出てこないのだ。
何故なら、彼等にとって対魔忍スーツとは、ほとんど違法行為のために破いて楽しむ物だからである。
せめて同じ生地さえ手に入ればと怪しい店に出入りしたことがある森田であるが、そこに陳列されていたのは奴隷娼婦に着せて喜ぶコスプレ用品ばかり。見た目はよく再現されているが、普通の生地でできたフェイク対魔忍装束に彼は肩を落としたものだ。
よもや、誇りあるニンジャ装束がコスプレ前後のためだけにこれだけ作られ、売られているなどと嘆かわしくて。
一体世の中の人々は自分達を何だと認識しているのだろうか。時折、男物も見受けられることが何処までも度し難かった。
それはさておき、装備に困った彼は何かないかとヨミハラの闇市に出かけたのだが、これまた空振りに終わってトボトボ帰宅する中、重い殺気を感じて足を止めた。
「藤木戸、久し振りだな」
「……ドーモ、ハスマ・レイコ=サン。モリタ・イチローです」
殺気を引き連れたまま空き地に出れば、音もなくビルより降りる一人の対魔忍。
既知の、それも友人といっていい間柄の同期であった。
彼女の名は蓮魔・零子。新鋭対魔忍の中でも教官職に就けるのではと将来を熱望されたホープであると同時に、トウシ・ジツが使える上、鞭の扱いに長けた強力な対魔忍である。そして、そのバストは豊満であった。
だが……。
「しかし、有り触れた偽名だ。その程度で私が誤魔化せると思ったのか? 貴様には追討令が出ている。同期のよしみだ、大人しく出頭するなら助命嘆願くらい……」
「ハズレか」
「はぁ!?」
唐突にハズレ扱いされた零子はキレた。割と当たり前にその権利があった。仮に殺しても構わないと言われて出された追っ手であっても、ここまで言われる謂れはない!
しかし、ここで弁解をするなら森田なりの思惑があったのだ。
彼はスリケンを持っている対魔忍を欲していたのである。それも、できればカラテ・インストラクションをして追い返せる程度の。
しかし、零子のメインウェポンは鞭であり、中距離武装。当然ながら同じ中距離兵装である手裏剣を装備していない。この際クナイダートでもよかったのだが、彼女はそれも持っていなかった。
そして何よりも強い。トウシ・ジツでこちらの外連や搦め手を潰し、純粋なタツジン:ムチ・ドーで潰しに掛かる様は、彼が掲げるノーカラテ・ノーニンジャを体現しており、片手間に追い返せる相手ではないのが更に状況を悪くしていた。
「貴様! 人の面を見るなり言うのがそれか!? こっちはそれなりに心配していたんだが!?」
「すまないレイコ=サン、言葉の綾だ」
「綾もへったくれもあるか! シンプルに罵倒だぞ貴様!! ええい、昔から訳の分からんヤツだったが、そこに直れ!」
俺はただスリケンが欲しかっただけなのに、と天を仰いで森田は自分の不運を嘆いた。何ならクナイダートでも我慢したというのに、天は余程サツバツナイトを楽させたくないと見える。空を見上げてもあるのはギラギラとしたネオンばかり。まるで彼の不運を嘲笑するが如き空々しい光に溜息が止められなかった。
「仕方がない、ここは第二案だ」
逃走を考えたが、森田は零子のトウシ・ジツのことを思い出して諦めた。彼女の前には煙玉などの妨害工作は無力であり、建物の角なども撒くのに使えない。折角借りられた仮宿を見つけ出されても困る。
ならばだ。
「私を前に悠長に考えごとか。確かに貴様の近接格闘は目を見張る物があるが、音を越える速さの鞭を前に近寄れると思う……」
言い終える前に森田はハヤキガエ・ジツを行いサツバツナイトに転じると、そのまま駆けだした。
そして、手近な違法ナイトクラブの窓にに突っ込んだではないか。
「Wasshoi!!」
「うわぁぁぁぁ!? なんだ!?」
「なぁっ!? 気でも狂ったか貴様!? いや、元々ちょっとアレだったが!!」
唐突にナイトクラブに突入して、手当たり次第にオークや魔族を殺戮し始めるサツバツナイトに戸惑ったが、追わぬ訳にも行かないので零子も突入するのだが……。
「畜生! 対魔忍か!」
「真正面から攻めてくるとはいい度胸だ!」
「男は殺せ! 女は奴隷娼婦の補充だ!!」
当然、対魔忍装束を纏っている彼女の豊満に目を着けぬ道理もなし。即座に銃口や武器は彼女の方を向き、戦いに巻き込まれることとなる。
「貴様! 藤木戸! 本当に何を考えている!! 昔から人生の芸風が大分違うと思っていたが、本当に何があった!?」
「イヤーッ!! イヤーッ!! イヤーッ!!」
「ええい! 私を無視して勝手に良い空気を吸ってるんじゃないぞ!!」
零子からの問いかけを無視し、サツバツナイトは取りあえず手近な魔族をスレイしつつ奥へ。壁を蹴破り、扉を破壊し、そして地下に侵入する。
そこは奴隷娼婦の牢獄であった。
そして、フェイク・対魔忍装束を着せられた少女達がいるではないか。
「これは……」
「明後日襲撃をかけて、解放しようと思っていた者達だ」
ふぅ、と吐息してサツバツナイトはチョップで牢獄の鍵を破壊した! ワザマエ!
「二日後、大規模なパーティーとやらで大物政治家を含め、かなりの悪党が集まるようだったので纏めて殺し、彼女達を救い出そうとしていたのだが、オヌシが来て予定が大分変わってしまったぞレイコ=サン」
何もサツバツナイトは場当たり的にこの場を選んだのではない。元々、襲撃をかける予定を組んでいたのだ。元対魔忍の奴隷娼婦が囚われ、玩弄されていることを静流からの情報で掴んでいたが故に。
「レイコ=サン、私はここでお前とイクサしても構わない。だが」
「……流石の私も、お前と戦った上で彼女達を無事地上に送り届けることは適わん……故に見逃せと」
「傷付いた若人と、抜け忍の首。どちらの天秤が重いか、だ。レイコ=サン」
くっ、と歯噛みした零子であるが、選択肢などないような物だった。
「……行け。高位の魔族に邪魔され、仕方がなく追跡を諦めたことにしてやる」
「すまない、レイコ=サン。ユウジョウ!」
「巫山戯るな!!」
色つきの風となって消え、残敵の掃討に入ったサツバツナイトであったが、同期が振り上げたムチが攻撃してこなかったのは、ユウジョウと応えているのに等しかった。
去り際にももう一暴れ廻りし、小粒な官僚が客としていたのでインタビューすべく首根っこを引っ掴んで飛び去りながら、サツバツナイトは一つだけ一人になって良いことがあったなと思う。
それは、友人の有り難さを改めて身に染みて理解できることだった…………。
アイエエェェェェ!? ブクマ5,000越えナンデ!? こんな数字見たことないし習ってないよぉ……。ビックリしたのでストックを吐き出しました。
えーと、FANBOXでも決断的に更新してるので、ホトケゴコロがあったら検索してフォローしてやってください。
レイコ=サンも対魔忍RPG(決戦アリーナことケツアナからでしたっけ?)のキャラなので外見はグーグル・センセイにお尋ねください。同じくR-元服なので若者の危険があぶないから検索は注意重点な!