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ウツセミ・ジツはニンポの中でも忍者が扱う物として最も一般的かつ、代表的といってもいいだろう。対魔忍真実を知らない一般人でさえ、忍術といえばコレかブンシン・ジツかのどちらかと言うであろう。
古くは視界が悪い中で大雑把に人の形をしたものと身体能力で入れ替わることから、似た背格好の別の人間とバトンタッチすることなどで行われていたが、朧が扱うそれは文字通りの空蝉。
自分の対魔粒子を纏わせた物と瞬間的に物体的位置を入れ替えるもので、使い方によっては全周から攻撃が可能で、逃亡も容易という暗夜に躍ることを専門とした彼女に似合いのジツである。
更に自分より心弱い人間の魂を乗っ取るユニーク・ジツ、心転身のジツまで持っているとあれば、尚更楽に倒せる相手ではない。
だが殺した。
「相変わらず油断ならぬ相手であった」
しかし、既に一度スレイした相手、しかもそのコピー程度に手子摺るサツバツナイトではなかった。
この場には彼女が心転身できるほど心弱い者がおらず、あっても下手をするとそのまま死んでしまうだけの実験体。そして悲しいかな広さはあっても一対三ともなれば、さしも朧でも全員の死角を取り続けることはできぬ。
その最後のハイクは「地獄で待ってる」であったが、そんな物は既に己の裡に飼っているサツバツナイトにとっては、何一つ心を揺らす物ではなかった。
「でも、龍門のトップが朧だったなんて……けんにぃがし損じるなんてあり得るの?」
「違うぞ、サクラ=サン。あれは朧であって朧ではない」
「なんでそう言い切れるの?」
イクサの諸所でカゲ・トン・ジツを用い支援していたさくらが目を眇めた。姉の元師匠ということもあって、多少の交流があった彼女でさえ、あのコピーを朧としか認識できなかったのだ。
しばらく考え込んだ後、彼は自分のジツはやろうと思えば魂を封印できる、と色々濁して伝えた。
幾ら尊敬する幼馴染みの妹と弟子相手でも、このニンジャ真実を軽々に明かすことはできない。
ジツの種を明け透けにすることは寿命を縮める。故にノーカラテ・ノーニンジャを彼は酷く重んじるのだ。
このジツの詳細を知る者はアサギと、スレイした相手だけでよい。それが彼の揺るがぬ見解であった。
「けんにぃの魂に朧が!?」
「あの見るからに邪悪そうなニンジャが……? 大丈夫なんですか? センセイ」
「問題ない。ヤツは今も藻掻いている」
アビ・インフェルノ・ジゴク・ジツのフートンで悶えているのは、知らぬ間に自分のクローンが作られ、それが呆気なく三人の連携で屠られた憤りもあるのだろう。出力を全開にすれば欠片も残さず燃やせるのだが、だとしても元気な女だとサツバツナイトは呆れた。
「問題は、誰がオボロ=サンなんぞのクローンを作ったか、だ」
「保険のため自分で作っておいたとか?」
「オボロ=サンは、そういうタマではない。予備の肉体をストックしておく可能性はあるが、自我まで持たせるようなリスクは背負ったりするまい」
本来クローンとはクローンヤクザのように平均より上の能力を持った、それでいて均質な兵力を安定供給させるか、自分の肉体が破損した時、オーガニックに拘る人間が用意するものであって〝もう一人の自分〟を作るのは非合理に過ぎる。
「考えても見ろ。あのオボロ=サンがオリジナルだぞ。本物を葬って自分がオリジナルになるくらいの野望を抱くのは普通だ」
「あ、そっか。で、当人もそれを危険視しないくらい馬鹿じゃないもんね」
「とんでもない人だったんですね、朧ってヤツは」
さくらはポンと手を叩き、葉月は首を刎ねられた死体を見て身震いする。それだけ邪悪な魂を宿していたのであれば、今にも起き上がるのではないかと魔界の住人らしい心配をしたのだろう。
「故に分からぬ。誰が何の目的で、オボロ=サンをクローニングしたのかが」
「まぁ、一巨大マフィアの頭目ってガラじゃないもんね」
朧のジツは特異でこそあれ、量産するだけの価値があるとは思い難い。何よりサディスティックにして奔放、そしてイクサにアソビと陵辱を求める辺り、典型的な獲物を前に舌舐めずりをする二流の悪党だ。
強いて言うのであれば、アサギに向ける感情とマゾクスレイヤーへの憎悪が、ともすればこの世の誰より深いことくらいだろうが……それだけを理由として人選に上がるかと言われれば、サツバツナイト的には否であった。
彼ならばもっとクレバーかつ淡々と、そして冷酷に目標を熟す人材を欲するだろう。朧は人の心を壊すという点においては一流でこそあるが、だからといって龍門ほど巨大で人的資源も金も注ぎ込んでいる組織を任せるに足る程の器ではない。
そこを不思議に思い、ふとサツバツナイトは気付いた。
殆どが失敗作と思われる、この実験体が収まったシリンダーの群れ。手前側で破損している物は大半が
彼の状況判断能力が怜悧に輝き、奥に行くにつれて人間らしい姿になっていることに気が付いた。
「……まさか、米連の人造マゾク計画、その残滓か」
「けんにぃ、それって……」
「俺が一度叩き潰したことのあるプロジェクトだ」
米連は世界に冠たる軍事国家であり、魔界への門が複数存在する極東に食指を延ばしていることもあって、魔族への関心がとても高い。現に魔界由来の技術を用いてドローンや高度な強化外骨格、サイバネパーツを作っていることから確かであり、協力者や軍事顧問として魔族を取り入れていることもある。
しかし、知っての通り魔族は均一な戦力とは言い難く、サイバネパーツや魔界技術由来のエグゾスカルは製造が困難であったり希少な素材が必要であったり、そもそもの扱いがピーキーであったりして量産には向かない。今のところ、才能ある個人にワンオフで宛がってアンタイ・マゾク・ウェポンやアンタイ・ニンジャ・ウェポンとして活用しているものの、効率的とはとてもではないが言えなかった。
しかし、クローンヤクザの如く、性能が均一化された忠実なる魔族兵士が作れたら?
その発想に取り付かれたマッドな連中が――佐馬斗には一歩も二歩も譲るが――偏執的にこねくり揚げたのが人工魔族プロジェクト。
そして、それを危険視すると同時、絶対相容れないと関係各所を血祭りに上げて回ったのがマゾクスレイヤーである。邪悪なカルト・リチュアルめいている、生首にセンコの束を咥えさせた鎮魂の群れを見た、パラミリ部門の担当者が何人か失禁、精神を病んで後送されたという噂の真偽は定かではないが、主要メンバーが戮殺されたため計画が頓挫したのは事実である。
だが、この施設は佐馬斗の技術といい多種多様な技術を剽窃している。その中に人造魔族計画の内容が含まれているのはごく自然なことであった。
第一、昔から中華圏はそういった、余所から優れた物を持ってきて自分の物にする手法に秀でていたものだ。掠め取った物で何を作っていようと奇妙ではない。
「圏外か」
「そりゃ地下だもん」
静流に確認を取ろうと思ったサツバツナイトであるが、この研究施設は地下深くにあること、そして情報機密のため電波暗室となっていることもあって外部への連絡がつかない。
致し方ないと自分の目で確かめるべく、シリンダーの群れの間を縫うように進むと、その最奥に一機のポッドが鎮座していた。他より一廻り大きく、囲んでいる機会も膨大で大量の輸液官が繋がっている。
そして、その中に浮かんでいるのは一人の少女。桃色の髪、幼げな顔付き、そして相対的に平坦な体を包む髪と同色の衣装は……対魔忍装束!
苦しげな表情は悪夢でも見ているのだろうか、瞼の下で眼球が激しく動いているのは記憶のフラッシュバックに苦しめられている証だ。
「この子、対魔忍!?」
「……この顔」
サツバツナイトは懐から一枚の写真を取りだした。彼は任務中に行方不明になった元同胞を救い出せるよう、静流から行方不明者の写真を貰っているのだが、これはその中でも〝臭い任務〟の発端となったMIAの少女だった。
シリンダーの下部には、ご丁寧に金属タグが貼り付けてあった。
「SA-YA001-TypeX……間違いない、行方不明になった対魔忍」
それはアサギという大魚を釣るため、友釣りの餌の餌となった少女の成れの果て。
その耳は鋭利に尖っている。
魔族の因子が既に打ち込まれているのだ。
体を巡っている対魔粒子は濁り、魔の形質が濃くなり過ぎている。
彼女はもう、事実的に魔族なのだ。
「ヌゥ……」
こうなるまでにあまりの仕打ちがあったことは想像に難くない。
そして、朧が選ばれた理由が分かった。
この対魔忍少女の心を完膚なきまでに破壊して、魔族化するための下地を作るための人選であったのだ…………。
オハヨ! NEO以外すっかり出番がない沙耶=サンはジッサイ可哀想。