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「ふむ、見つけてしまったか。まだ出来上がってすらいないのだが。どうやら、
唐突に響いた声に即座に反応できたのは二人。
アンブッシュに備えて常に探り続けていたが故、唐突に湧いた気配に振り返ってジュージュツの構えを取ることができたサツバツナイト。
そして、命の危機を感じるほど、強烈な気配を感じたさくらがカゲ・トン・ジツで自分の影に葉月の首根っこを引っ掴んで離脱した。
勝てないイクサはするな。対魔忍にとってのカチ・イクサにしてイサオシは死者なくして生還すること。インストラクションを忠実に守る、ひょうきんなように見えて根は真面目な対魔忍は藤木戸の言い付けを破ることはない。
彼女の本能が悟ったのだ。コレには勝てない。コレ相手には何もできない。そして、コレ相手に何もするべきではないと。
「とはいえ構わんがね。しょせん舞台装置だ。それにしてもどうしたね、そんなに構えて。そう脅えることはない、多分
現れたのは古風な大襟のコートを翻し、ストラめいたマフラーを纏った壮年の男性。シルバーに近いグレーの髪、沈み込むように深い深い漆黒を思わせる血色の瞳、不敵にして悠然たる面構え。
裏社会に、魔族界隈に名を轟かせこそすれど、その姿を知るものは少ない巨魁。
エドウィン・ブラック、そのものであった。
「……ドーモ、ハジメマシテ、エドウィン・ブラック=サン。サツバツナイトです」
「ふむ、こうかね? どーも、はじめまして、サツバツナイトさん、エドウィン・ブラックです」
あろうことか彼は、他の魔族と違って美事なアイサツを返して来たではないか! サツバツナイトが手を合わせて上位者である彼に対し90度の礼を取ったのに対し、ブラックはいっそ美しいまでにコートの裾を翻して右手を胸の前に、左手を広げる様は完璧なまでのボウ・アンド・スクレープ、貴族式オジギであったのだ。
「意外かね? 私は君のこともそこそこ調べていてね。尊敬すべき宿敵となりうるとして敬意を払うことにしている。何か様式に間違いはあったかな?」
「いや、何もない、魔族から受けた礼としてはこの上なく、そして初めて完璧なアイサツだった」
だが、と前置きをし、サツバツナイトはジュージュツの構えを取ると油断なく、そして決断的に断言した。
「アイサツが完璧であろうがどうあろうが、ここで殺す。マゾクの王、エドウィン・ブラック=サン。俺の前に現れたことが間違いであったと知れ」
彼の紅梅色の瞳がセンコめいて燃え上がり、深紅の残影を残して揺れる。殺意を宿して爛々と揺れる瞳は瞳孔が完璧に拡大しきり、興奮状態にあることを現していた。
当たり前だ。ここにいるのは魔界九貴族の筆頭にして、吸血鬼の王であり、人魔の均衡を崩した男。倒せばキンボシ・オオキイを越えて事態の問題が大体解決する。
命を賭ける、全てを燃やすに値する瞬間。
「そうかね? 残念だ。お前とは少し話をしたいのだが……まぁ、戦いながらでも話はできるか」
「イヤーッ!!」
サツバツナイトは初手から一切の様子見を捨て、槍の如きトビゲリを放った。狙いは首、そのつま先の先端は音速を優に超えて乾いたソニックブームを放ち、生中な魔族であれば瞬きの間に死んでいたであろう。
「そう、不死であることのつまらなさをお前は知っているか? 本当の意味での不死だ」
「ナニーッ!?」
しかし、その戦車の装甲を軽く貫通するトビゲリは、意図も容易く止められた。殺傷力のある先端ではなく、足首を掴むことによって。
「私は割と大抵なんでもできてしまう。それはこの世を生きる上で大分つまらないことでね。あらゆることが既知に塗り替えられる。この絶望を何と言うべきか」
「ぐっ!?」
そして、ブラックはあろうことか、掴んだ足首をそのまま持ち上げサツバツナイトを床に叩き付けたではないか! 抗菌リノリウムが張られた特殊魔導合金製の床材が盛大に陥没し、通常であれば全ての骨と臓腑が砕けて肉袋と貸すだけの膂力が容赦なくサツバツナイトを襲う!
「イヤーッ!!」
しかし、彼の体は傷付いていなかった! 禁じられた暗殺拳チャドーが秘奥義の一つ、グレーター・ウケミによって、体に伝わるはずだった衝撃の全てを大地に逃したのである!
「ほぉ、中々やる。初手で終わってはつまらない、期待以上だ」
「イヤーッ!!」
そして隙を晒したというより、感心しているブラックに対しサツバツナイトはブリッジめいて立ち上がったかと思えば、その姿勢のまま蹴りを放った! 掴まれた足を支点とし、大きく足を振り抜く変則型メイアルーアジコンパッソ! 大地に付いた両手と頭が作用し何倍にも協力になった蹴りが掴んでいた腕の肘を蹴り飛ばして戒めを振り解く。
更に、その回転の威力を用いて空中に飛び上がったかと思えば、色つきの風めいた高速回転の最中でサツバツナイトはツヨイ・スリケンを放つ!
「イヤーッ!!」
「やはり美事な近接格闘術だな。刀術がアサギだとするなら、徒手格闘がお前だと讃えられるのも得心が行く。二つに分かたれた? いや、異分子として紛れ込んだ?」
否! 遠心力と回転力を借りた、更なるヒサツ・ワザ改善、回転ツヨイ・スリケンだ!! 放たれた五発ものツヨイ・スリケンは狙いを首、目、膝、心臓、そして股間へと振り分けられていたが、おお、何と言うことか! エドウィン・ブラックはそれを指で挟んで捕まえて、投げ返したではないか! ゴウランガ!!
手首のスナップだけで放たれたにも拘わらず、その威力は通常のツヨイ・スリケンと遜色ない!
「イヤーッ!!」
だが、この程度を返してこない相手だと甘く見積もるサツバツナイトではなかった! 投げ返されたスリケンを同じく挟み取り、更に返礼!
「まぁ、しかし、何でも思い通りになるというのは刺激が足りなくてつまらないものだ。この上なく、飽いるのだよ、何事にも」
始まるスリケンラリー! 幾十もの投擲が回転する赤黒い風とブラックの間を交差し、まるでサイリウムめいて輝いた!
「イヤーッ!!」
「魔界九貴族などと言われているが、そのどれもやろうと思えば私の障害たり得ない。何せ彼等は矛盾を解消できないのだ」
「イヤーッ!!」
「そう、不死者を殺すという矛盾を」
しかし、長く続いたラリーも無限には続かない! バキリと破滅的な音が響く! 鍛造されたスリケンが、何度も超音速の壁を破ることに耐えかねて粉砕されたのだ!!
「くっ……」
全てのスリケンを粉砕され、地面に螺旋型の足跡を残しながら着地するサツバツナイト! その頬には一滴の汗が浮かんでいた!
何たるカラテ! 何たる身体能力か! ここまでスリケンを放って倒せなかった存在が今までいなかったが故、彼は焦燥に駆られた。
元より格上だとは分かっていた。今まで何度も自分より秀でた相手をカラテで殺してきた。
しかし、ここまでの差を感じたことは一度たりとてなかったのである。
「しかし、お前は、それを、この世に厳然として存在する矛盾を踏破できる存在である……そう信じて策謀を張った」
「よもや」
「アサギが釣れればよし、お前が釣れてもよし、そういう私の勝ちが決まったペテンなのだよこれは」
ぶわりとサツバツナイトの背に汗が浮かんだ! この男は知っている! アビ・インフェルノ・ジゴク・ジツの存在を! 藤木戸一族が相伝する異質のカトン・ジツの中でも、十代以上現れたことがない故に忘れられつつあったジツを掴んでいたのだ!!
「それを、見せてはくれまいか。さすれば、飽いた私にも幾許か……心の揺れが生じるやもしれん」
「…………スゥー!! ハァー!!」
願われたからではない。ここで本気を、死力を出さねば自分は襤褸切れのように、つまらなく死ぬと悟ったサツバツナイトはチャドー呼吸によって対魔粒子を最大限活性化させ、自分の体が〝地獄の炎〟に耐えられるように強化した。
そう、アビ・インフェルノ・ジゴク・ジツは形なき物を焼くが、自らをも責め苛む阿鼻地獄の炎なのだ! 数多の命をスレイしてきた藤木戸がジゴクに堕ちるは必定故、その炎が焼く対象は彼も例外ではない。
「おお……! それが人界の地獄! 八大地獄の中でも最も深いと言われる地獄の炎か! 現象、魂、無形の物! そして因果さえ焼く炎!!」
「そうだ! 貴様が堕ちる先だ、エドウィン・ブラック=サン!!」
アビ・インフェルノ・ジゴク・ジツの炎を纏いながらジュージュツの構えを取ったサツバツナイトは、自らの体の消耗具合からして、全力の火力を出せるのは五分ほどかと見積もった。
それ以上は耐熱対魔忍装束を抜いて体を焼き、肉を焦がし、骨を炭とする。自らの意志によってアビ・インフェルノ・ジゴク・ジツの炎を制御できるのは、極めて短時間であるのだ。
そして、このジツの繰り手は今まで全員、例外なく非業の死を遂げている。藤木戸家にあった古文書の記載を記憶していようが、サツバツナイトに迷いはない。
故に彼はこれを秘匿した。寝ているブッダの代わりに全てのマゾクをスレイすると決めた時、自分が全ての悪徳に対する脅威たり得る鬼札として手札の端に端に常に留め置いた。
しかし、切るべき時は今! 征け、サツバツナイト! 全てを終わらせるのだ!!
力強く踏み込み、決断的にカラテを振りかぶらんとしたその刹那、研究所のドアが吹き飛んだ!
「祭りのメインはここかぁ!!」
あろうことか、乗り込んできたのは……速疾鬼! エドウィン・ブラックを、ノマドを目の敵にしている彼女はサツバツナイトの言葉を完全に真に受けて、彼が忍び込んだならそこにいるのだろうと目当てを付けていたのだ。
そして、それは正に大当たり!
斯くして、この場に不死者と不死身、そして矛盾を焼き潰す三者が揃うこととなった…………。
アイエエェェェェ!? ブクマ数10,000目前!? ナンデ!?
こっちのエドウィン・ブラックはCVわかm……もとい比留間京之介御大Verです。