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未明のヨミハラは――といっても、太陽光が届かぬ故、四六時中ケバケバしいネオンが放つ虚飾の光しかない街だが――騒然としていた。
なにせ、その幾つかある目抜き通りに〝首の列〟がずらりと並べられていたのだから。
界隈に詳しい者であったなら分かったであろう、口にセンコの束を咥えさせられて細い煙の筋を天に向かって伸ばしているそれらが全て、ノマドの大幹部、朧の配下や大口顧客であることが。
多くの顔は自らが死んだことも分かっていないように呆けていたり、下卑た笑いを浮かべたままセンコを咥えていたが、幾つかの顔はこの世の中で考え得る限りの苦痛を受けたと言わんばかりに歪んでいた。
そして、それらは例外なく、朧の手下の中でも手練れとされる忍や傭兵であることを悟った情報通達はそそくさと逃げ出し、愚か者は良い見世物だとばかりに写真を撮る。
あとでノマドの威信を落とす行為に手を染めたとして、粛正されるとも知らず。
背徳と悪徳の街でも希な〝出し物〟に狂乱する光景を、最初に陣取ったビルの高所に座りながら眺めていたマゾクスレイヤーは、その手にセンコを咥えた首を一つ髪を引っ掴みながら、アグラメディテーションの姿勢を取りつつ独得の呼吸を繰り返していた。
「スゥー……ハァー……」
太古の暗殺術チャドーの極意、チャドー呼吸だ。
大気中に僅かに霧散する対魔粒子を取り込んで、激しいイクサにより枯渇したそれを補うと同時、独自の手法で体内を高速循環させ傷を癒やす。一呼吸でも萎えかけた体を立ち上がらせる力を持つ呼吸は、純粋な技術であってジツではない。
マゾクスレイヤーを支える幾つもの闘争手段の内、回復に適した物を用いている理由は一つ。信じられぬという顔で目を見開いた女の首、朧の右腕を自称する抜け忍の女が凄まじいタツジンであったからだ。
「油断ならぬ相手であった」
彼女は恐ろしいまでの精度を誇るドトン・ジツの使い手であり、地面どころか壁、天井、果ては敵の体まで透過する使い手であり、それに翻弄されたマゾクスレイヤーは全身にクナイダートによる切り傷を負っていた。
しかし殺した。
同じ技を見れば目も慣れる。ジツが発動する刹那、透過する目標へ瞬間的に対魔粒子が集まること、そして人体を透過するには絶大な集中を必要とすることを見抜いたマゾクスレイヤーは、出現する瞬間を見抜いて即座に首を刎ねたのだ。
このジツを使われると拘束が必須のインタビューは不可能。四肢を捥いでも地面を透過して地下に逃げられれば困難と悟った彼の行動は決断的で迅速だった。
迷いなど一切ない。元同じ井河に類する忍びであろうと、女であろうと関係ない。
里を抜け、魔に手を染め、無実の人々を手に掛けた。
故にスレイする。〝激しく前後〟など問題外だ。藤木戸にのみ通じる理屈でもって、ジツの強大さに反してあっさり殺された女の首を、彼女によって殺されたであろう数多の者に向かって捧げながらマゾクスレイヤーは暫し体を癒やすのであった。
そろそろ動く頃だろうと思いながら。
「むっ……」
咥えさせたセンコが燃え尽きる頃、マゾクスレイヤーの尋常ならざるニンジャ動体視力が異常を捕らえた。
朧の根城、カオスアリーナから大量の部隊が展開し始めたのだ。
一夜にして行われた虐殺に押っ取り刀で対応し始めたと言うことだろう。全ては遅く、今頃は凄惨な死体ばかりが残る、シノギが行われていた場所に向かっているのだ。
藤木戸は周到なことに敵の連絡網を遮断した後に襲撃を行っていた。破壊すると決めた施設に侵入すると米連より奪った通信妨害装備を用い――悔しいことに、この手の技術は向こうが一歩も二歩も先を行く――連絡を不能にした後、誰一人逃がすことなくスレイし尽くしたのだ。
故に情報の伝達は遅い。
如何に朧の腹心気取りをしている精神刻印で操られている忍とて、大抵は功名心に刈られた猪だ。一度撤退して朧に窮状を報せるより、犯人であるマゾクスレイヤーを殺して首を手土産に報告することを選ぶから、やりやすいことこの上ない。
「手勢の多くは出払ったか」
カオスアリーナから続々と出ていく敵部隊の数を数え、想定では普段の1/3も残っていないであろうことを確認すると、彼はアグラを解いて首を放り投げ、静かにメンポの位置を正した。
決戦の時は近い。
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藤木戸自身、マゾクスレイヤーと呼ばれるほど魔の者を刈り取ってきているが、彼は最強でも無敵でもなんでもない。
ジツでは同期ながら上席でもある井河アサギに何歩も届かず、油断すればその妹たる井河サクラにも適わぬ物しか持ち合わせていない。
カラテに対しても同様で、これだけ鍛え上げようとも、純粋な殴り合いであれば彼を上回る者は幾人も居る。
事実として、今までのイクサで楽な物など一つたりとてなかった。何度も死にかけ、チャドー呼吸がなければ不虞となって前線を退かざるを得ない寸前まで追い込まれたこともあるし、苦い敗北を喫したこともあった。
それで尚も彼がマゾクスレイヤーを名乗り、それが敵味方から嘲笑の的となっていない理由は一つ。
偏執的なまでに、狂気的なまでに敵をスレイする策を練ることにあった。
悲しいかな、彼の中にナラクはいない。憧れて神聖視するフジキド・ケンジほどの才能もない。何ならこの装束すら血中カラテを含む血で編んだ物ではなく、五車製の〝コスプレ〟モドキだ。
しかし、数多の創作に触れ、よく回る頭。
そしてなりふり構わない姿勢と、使える物は何でも使ってきたニンジャスレイヤーに肖るだけの能はあった。
なればこそ、彼はマゾクスレイヤーを名乗れているのだ。
「こそこそしていると思ったら……」
準備を終えて、後は臨機応変かつ柔軟に対応するフェイズに入ったかと思えば、マゾクスレイヤーに声を掛ける者があった。
「……ドーモ、スネークレディ=サン。マゾクスレイヤーです」
「ええ、久し振りねぇ。お互い元気なようで何よりだわぁ」
柱の陰から現れたのは妙齢の美女であった。淡い緑色の髪と人ならざる整い過ぎた美貌から分かるとおり、人間ではない。ナーガ族と呼ばれる魔族の一種であり、このカオスアリーナの花形闘士の一人。
嫋やかで穏やかな一面に反したサディスティックな戦闘スタイルを持ち、悪趣味な闘技場である〝敗者はその場で陵辱される〟という出し物でも人気がある女とマゾクスレイヤーは面識があった。
何度かスレイしようとし、その巧妙な手管の前に退けられているのだ。
「何故出てきた。ここでは貴様得意のローション・ジツは使えまい」
「何故も何も、自分の塒でこそこそしてるネズミさんがいたら見に来るのは当然でしょぉ?」
柔和な笑みを浮かべながらも、その五体には闘気と魔力が漲り一切の油断はない。
彼女は幾度かの交戦を経て、マゾクスレイヤーを絶対に軽視してはならない相手と判断しているからだ。
殺せると分かった時には、一切迷わずに殺しに来る姿勢は、この界隈では珍しいものだ。
どういう訳か男達の殆どは、倒した相手を辱めたがる傾向がある。そこを突かれて死ぬ者も珍しくないのだが、この男には嫌らしい欲望は欠片とてない。
ただ殺す。純然たる殺意が結晶となって立っているが故に油断ならぬ。
歴戦の闘士たるスネークレディも危うい場面を色香で潜り抜けてきた経験があるが、それが一切通用しない彼を警戒していたが……。
「悪いが、貴様と遊んでいる余裕はない」
「そう? 連れないわねぇ……」
「もう、仕掛けは済んだからだ」
「えっ?」
マゾクスレイヤーが懐から取りだしたのは、一つの装置。
米連製の試作型〝オクタニトロキュバン〟型爆弾の遠隔信管に繋がった起爆装置であった。
魔界の物質を添加することで初めて安定した、極めて高価な爆弾は彼が時折「100%オフセール」などと称して潜り込む米連の試作兵器倉庫から盗んできた物で、既にカオスアリーナを支える重要地点の全てに設置が完了していた。
ここでニンジャ野伏力を解いて敢えて姿を表したのは、カオスアリーナの幹部がそれに気付いていないか確かめるためであったのだ。
「テメェ!!」
「ドーモ、パワーレディ=サン、いつも貴様は力ばかりでとろくさいな」
手元にあるものの物騒さに改めて気付いたのだろう。後ろの柱から一人の女丈夫が翔びだした。パワーレディと呼ばれるワイルドな美貌の彼女は、スネークレディと並ぶ花形闘士であるが、その動きはあまりに遅い。
「マゾク、殺すべし」
ガチ、ガチ、ガチン。
誤爆を防ぐため三度の押し込みを必要とする起爆装置が爆ぜ、一斉に柱を失ったカオスアリーナが倒壊する。
配下を差し向け、恐らくはこの闘争を監視カメラで眺め、余興の如く楽しもうとしていた朧ごと。
「狂人が!! 死ぬ気か!?」
「ああっ、もう!!」
パワーレディは崩れた柱の中でも頑丈そうな物に身を隠して安全を確保しつつ逃走をはかり、スネークレディはナーガ族持ち前の柔軟な体で隙間に逃れる。
一方で藤木戸は逃走の気配を見せなかった。
「イヤーッ!!」
いつの間にか取りだしたヌンチャクを振り回し、降り注ぐ瓦礫全てを弾きと始めたのだ!!
「イヤーッ!!」
降ってきた柱が粉砕!
「イヤーッ!!」
野卑た楽しみから一転、ジゴクに叩き落とされた観客席を含む大型ブロックが粉砕!
「イヤーッ!!」
多数のオークを詰め込んだ牢獄を粉砕!
「イヤーッ!! イヤーッ!! イヤーッ!!」
特徴的なカラテシャウトと共にヌンチャクを縦横無尽に振るい、彼は全ての落下物を破壊して凌いで見せた。
そして、後に残るは円形に広がる安全地帯のみ。ゴウランガ!!
「フーッ……」
ヌンチャクを広げて構え、残心をとるマゾクスレイヤー。一瞬の爆発にて、カオスアリーナに詰めていた多くの魔族が死んだことに彼は満足した。大駒であるスネークレディやパワーレディを逃したことは惜しいが、あれらも何時か必ずスレイする。
今大事なのはただ一人だ。
「やってくれたわね……狂人」
「ドーモ、朧=サン。マゾクスレイヤーです」
塒を破壊されて激怒し、鉤爪を装備して現れた一人の抜け忍。自分の大事な拠点だった物の残骸に立つ甲河 朧。その首一つのためであれば、彼は何だってする。
「相変わらず気色悪い名乗りね。でも、その図に乗った態度も今日で終わらせてやるわ」
「貴様こそジツで体を乗り換えても、その醜悪な魂ばかりは変わらんと見える。エンシェントオイランめいた厚化粧でナリを整えるのも今日で終いだ」
本家仕込みのアオリ・ジツを披露しつつ、怒りで顔を紅潮させる朧にマゾクスレイヤーはジュージュツの構えを取った。
長き因縁に終止符を打ち、下らぬ我欲を粉砕するべく…………。
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