ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン   作:Schuld

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ニンジャヘッズ・ウィズ・タイマニン・ブランクピリオド5

 マゾクスレイヤーの情報から森田・一郎の偽名を辿ることは、米連のエージェントにとって何ら難しいことではなかった。

 

 しかし、眼前の光景を理解するのは困難を通り越して、不可能であった。

 

 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 何だコレ。

 

 藤木戸興信所の屋根にスライミースキンにて張り付いて、内部を内視鏡を改良した湾曲型偵察カメラで眺めていたイーオ・オライオンは、率直にそう思った。

 

 まず、対魔忍と魔族が一人ずつ、中国武術でいう馬歩という鍛錬を行わされていた。それはフロントストレッチ――いわゆる空気椅子の姿勢――で腰を落としきった状態を維持するような体幹トレーニングであり、負荷の強さから並の素人では二十秒もあれば音を上げるような代物だ。

 

 しかも、更に肉体をいじめ抜くためなのか、二人は下向きにした掌で50kgと刻印された見た目の小ささに反して異様に重い分銅を握っている。のみならず、その分銅が二の腕と太股にも吊されており、持続的にかかる負荷重量は全体で300kg!

 

 イーオとしては信じがたいことだが、対魔忍や魔族であれば、それがただの自己鍛錬で持ち上げられる重量だということを分かっているので、持ち上げられることに疑問はない。

 

 ただ、吊して保持したままというのは、最早一種の拷問だ。

 

 しかも、何の意図か分からないが二人は首からカンバンを提げさせられているではないか!

 

 対魔忍の女性は「私はカラテを怠りました」と謎の文言がショドーされており、人狗族の少女に至っては「私は株取引のために偽装口座を買おうとしました」などと何やら非常に反社会的なことが書いてある。

 

 まぁ、そこまでは百歩譲って良いだろう。

 

 なんなら真新しい「来た順に殺す」という非情にブッソウなショドーも許す。決意表明としてはヤクザ・クランめいているが、まだギリギリ理解が及ぶ。

 

 「先生ぃぃぃぃ! そろそろ勘弁してくださいぃぃぃ!」

 

 「あぁぁぁぁぁ! 指が! 指がもげます! センセイ! 二度としませんから!!」

 

 そう叫ぶ二人の前で、何故か森田・一郎こと藤木戸・健二はスシを食っていった。

 

 わざわざ上等そうな膳に乗ったのはオーガニック・大トロも目映いトクジョウ・スシだ! その脇にあるのは生搾りの新鮮なオーガニック・ショーユ! 更にガリも着色料を用いない昔ながらのアマズで浸けた物で、箸休め以上の価値を持つ!

 

 そう、エド・イラより伝わる雅やかな伝統的暗黒拷問術、スシ・トーチャリングである!

 

 おお、ブッダよ、何たる陰惨な光景でしょうか! ただでさえスシ・トーチャリングは非人道的な拷問であるというに、更に訓練している前で行うなど!

 

 それ程に藤木戸の怒りは深いというのだろうか!!

 

 「えぇ……」

 

 しかし、子細を知らぬ人間には、女性二人を虐げながら飯を食っているだけの奇妙な光景にしか映らない。思わずドン引きして小声で呟いたイーオは、これを何と報告書に書けば良いのだと困惑した。

 

 多分、上に行くにつれて皆、何言ってんだコイツと首を傾げることであろう。それこそ担当者がラリっていたとしか……という光景である。

 

 しかし、無惨なことにこの光景は事実。数多の困難なミッションを熟してきたイーオでさえ、ここまで困難な報告書を作成すべき事案に出会ったことはなかった。

 

 ともあれかくあれ、藤木戸が激怒している理由は、単純にカンバンの通りなので何とも言えない。

 

 五車学生時代、下忍であった藤木戸のカラテ・インストラクションを忘れてジツに驕った――というより、変身ヒーローの美学に溺れたというべきか――詩嶋・麦はシンプルに彼の教えを破った故にキツい鍛錬を課せられているばかり。

 

 一方で葉月はといえば、株取引には銀行口座が必要だと言うことを遅ばせながら知り、ヨミハラのブラックマーケットで、さる大銀行の偽装口座をお小遣いで購入しようとしたのだ。

 

 株取引には、というより人界の大体の金銭的やり取りで口座が必須ということを知らない葉月は、ブラックマーケットの商人にとって、さぞや良い鴨に映ったことであろう。当人自身が見目麗しい美人だということも相まって、奴隷契約半歩手前くらいのローンを組まされかけていたところを寸での所で助け出したのは、たまたまヨミハラ町内会の見回りで彷徨いていた静流であった。

 

 とはいえ、彼女は優しいが甘くない。即座に薔薇のムチを操る卓越したムチドーで葉月を拘束すると、藤木戸に差し出して常識をちゃんと叩き込めと叱ったのだ。

 

 弟子が叱られるということは師が叱られるということ。金の魅力に溺れかけていた葉月を掣肘すべきであったにも拘わらず、アブナイところまで踏み込ませてしまった藤木戸は、心を鬼にして今回の罰則を科したのであった。

 

 「いや、何……? この……うん、何?」

 

 あまりにも珍妙な光景と意味不明さに、思わずイーオはお腹が痛くなったので現地に行けませんでしたと報告書に書こうかと思った。こんなもの、真面目に仕上げて報告したのであれば、それこそ何かよくない物質を摂取していると疑われかねない。

 

 とはいえ米連各所が睨んでいるマゾクスレイヤーの動向を――彼は時折、コンビニに買い物に行く気軽さで試作品倉庫で窃盗をやらかす奇癖があった――報告できないと無能の落胤を押されるのは自分。

 

 この珍妙にして酷刑、もとい滑稽きわまる様をどう報告した物か頭を悩ませたところで……隣に気配が移動していることに気付くのに遅れた。

 

 「くっ!?」

 

 「ドーモ、イーオ・オライオン=サン、サツバツナイトです」

 

 そう、いつの間にやらニンジャ装束に着替えたサツバツナイトが、天窓から抜け出して側面を取っていたのだ!!

 

 「イヤーッ!!」

 

 反射的に愛用の短機関銃を向けようとしたイーオであるが、そのボルトを手で強引に押して後退させられては発砲することもできぬ。

 

 あまりの意味不明さに気配を読み違えた彼女は恥じた。ヒリ付くような殺気と、濃密な気配が襲い来ることによってスライミースキンの下に嫌な汗を掻くイーオ!

 

 逃れようと力を込めるが、万力めいて凄まじい握力を発揮するサツバツナイトの前に押すことも引くこともできなくなっていた!

 

 このまま死ぬ、と殺気を受けたニューロンんから大量の快楽物質が放出! 一種の急性NRSめいた症状を引き起こしたイーオはぺたんと腰をついたが、サツバツナイトがその手刀を彼女に振るうことはなかった。

 

 ただ、反抗されたくなかったので銃器を穏便に取り上げようとしただけなのだ。

 

 「それでイーオ=サン、何故我がドージョーをデバガメしていた。今更、対魔忍式鍛錬法を米連に採用したいという腹でもなかろう」

 

 「え? あれ対魔忍全員がやってるの?」

 

 しかり、とでも言いたげに頷く様に――無論、斯様な奇行を行うのは藤木戸のみである――イーオは戦慄した。ジャパニーズ・ニンジャがヤバいコトは知っていたが、ここまでとは!

 

 「過ちを犯した弟子を正すのも師の務めだ。株取引は人外魔境」

 

 「そこは同意するけど……」

 

 「で、何用だ」

 

 嘘は許さぬ、とばかりに紅梅色の瞳が赤く輝き、センコめいて揺らめいた!

 

 「……これを」

 

 「住所と……アクセスパスワード?」

 

 「ここ、興信所なんでしょ? だったら、依頼したいことがあるのよ。オレンジインダストリーからね」

 

 オレンジインダストリーとは米連出先機関のペーパーカンパニーであり、現在は仮面を被った謎の人物が取り仕切っている特殊エージェント集団だ。発足したのは先週。現在は極めて繊細にして、地球をひっくり返しかねない魔界の情報を得るべく、魔界の門に最も近いヨミハラに浸透拠点を構築するべく、諜報戦を繰り広げている最中であった。

 

 住所はヨミハラの全図を頭に入れている藤木戸の知識が正しければ――頻繁に店が倒産したり、物理的に吹っ飛んだりするのでアテにならないこともあるが――一軒の寂れたネット・カフェがあったはずだ。

 

 若者が個室なのを良いことに殆ど違法行為をする退廃ネット・カフェではなく、地上からケーブルを引っ張った珍しく真面な施設であったので、彼もよく覚えていた。携帯が通じないこのヨミハラで、外界と繋がる希少な手段として懇意にさせてもらってもいる。

 

 「依頼の内容は、そこからクローズド回線を使って出したいの。店主に六六番ブース、六時間パックでと言えば通じるわ」

 

 「ふむ、なるほど」

 

 「それと、これは手付けよ」

 

 スライミースキンが蠢き、その中から金貨が詰まった袋が現れた。魔界で流通している貨幣であり、重みからして日本円に換算すると五百万円ほどの価値があるだろうか。

 

 「貴方は今、抜け忍なのよね? なら、米連は個人的にマゾクスレイヤーに休戦協定を申し入れたい。今、大事な橋頭堡を作っている最中なの。貴方に好き勝手に施設で盗みをやられたら計画が狂いかねない」

 

 「……ではイーオ=サン、爆薬などの融通などを行ってくれないと困る。この街には破壊した方がマシな物が多すぎる」

 

 暫く悩んだあと、イーオは上に掛け合ってみると答えた。まだ最新式の、魔界由来物質を添加することで安定したオクタニトロキュバン爆弾は無理でも、台湾危機に備えて馬鹿みたいに作られたC4の余剰くらいでよければ、試作兵器を盗まれることに比べれば安いと上も納得するだろう。

 

 「では、これでオレンジインダストリーは森田興信所の顧客だ。手を出さぬと誓おう。ただし」

 

 「私達から手を出さなければ、ね」

 

 そういうことだと頷いたサツバツナイトの瞳が元の紅梅色に戻った。

 

 イーオは言い知れぬスリルが去って行くのを感じながら、これで何とか真面な報告書をデッチ上げられると安堵したのであるが……。

 

 「折角だ。スシを食っていくと良い」

 

 「えっ?」

 

 「スシ・トーチャリングは食っている人数が増えるほど力を増す」

 

 「いや、ちょっ、待って……」

 

 「遠慮することはない。さぁ、ドーゾドーゾ」

 

 この後、強引にドージョーに連れ込まれたイーオは、何故かトクジョウ・スシを振る舞われて、涎を垂らすまいと歯を食いしばった二人の前で二十分もかけてゆっくり食うという奇祭に巻き込まれ、大いに報告書の制作に苦慮することになるのだが……。

 

 それはまた、別の話…………。

 

  




オハヨ!

カラテを怠った詰みは大きい。しかし、端から見ていると謎の奇祭過ぎて報告書に困りそう。
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