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葉月は人狗族の少女である。
彼女は最近、師から残念な子だと思われているのではないかと思い至り、その〝大いなる勘違い〟を払拭するべく、何時までもニュービーではいられないので依頼を熟したいと手を挙げた。
内容はヨミハラでは有り触れた〝行方不明人〟の捜索であり、対象は十代後半の少女……つまり、最も危険な年代の人物であった。
「標的は元からヨミハラの住人ではない、か。カモですねぇ」
師匠から渡されたファイルを読みながら、葉月は心底呆れた溜息を吐いた。
というのも、どういう訳か、この棄てられた開発島、東京キングダムは一種の観光地と化している節があるのだ。
無論、ご家族揃っておいでくださいといったホンワカした物ではなく、ちょっとしたスリルを求めるティーンエイジャーや、治安が保たれた本土の半グレあたりなどの〝怖い物見たさ〟の客を対象としたツアーであり、言うまでもなく違法行為だ。
何処かの小さなシマしか持っていないマフィアやギャングが主導してやっているもので、本土から最も近い治外法権の街でスリルと日常では味わえないお楽しみをどうぞ、という具合に宣伝を打っているのだろうが、これがまた精巧な罠なのだ。
東京キングダムとヨミハラに警察はいない。そして、代わりに全ての娯楽が存在する。
人界、魔界、その両方の。特に、真っ当に生きていれば一生触れるようなことがないタイプの娯楽が。
「年齢は十九才、女子大生、ふーん、悪いセンパイに唆されたカンジですね」
そして、その〝本土では得られない快楽〟を餌にして、カモにカモを連れてこさせるのだ。
彼等は周到だった。客が十組くれば九組は丁寧に持て成して良い噂をばら撒かせ、運が悪い一組を貪って利幅を得る。
そして、帰った九組にこう囁くのだ。
〝人材〟を紹介してくれたら割引価格で、再度ご案内いたしますよと。
斯くして、本土では絶対に手に入らない娯楽と悦楽に浸った愚か者共は、犠牲者を自ら連れてきてやってくるのだ。
今回、静流を通して来た依頼は、女子大生の娘が失踪したので探して欲しいという本土住まいの両親からもたらされた物であった。
何でも「東京に行ってくる」と夏休みに出かけたので快く送り出したが、予定の日になっても帰って来ず、大学側も親が知っている限りの友人も行方を全く知らないという。
そこで部屋を漁ったところ、このヨミハラ団体見学ツアーのフライヤーが出てきて、もしやと思ったのだ。
そして両親は可能な限りの伝手を使って探し回った結果、五車にこの情報が流れ着き、密殺中隊を介して静流に正式な依頼として渡ったということらしい。
まぁ、言っては何だが有り触れた悲劇だ。入ったばかりのテニスサークルで、センパイが悪いアソビに染まっており、その犠牲となる。最悪、遺髪の一束でも確保できたら良い方だろう。
ここはヨミハラ。この世の全ての悪徳と享楽が凝る街。
ただ辱めを受けるなら良い方で、この世に生まれてきたことを後悔するような目に遭うことが珍しくもないジゴクの曲がり角。
「さぁ、ガンバリマスよ! 僕は残念な子ではないので!」
しかし、静流からは最悪〝行く末〟だけでも良いと言われているので、やることは簡単だ。この5km四方の腐った箱庭を這い回り、一人の人間を探すだけ。
やってやるぞとキアイを入れ、葉月はメンポを外して可愛らしい顔をさらしながら、両親から〝情報源〟として送られてきた、彼女が高校時代に使っていたスクールバッグに鼻を寄せた。
日頃から「犬じゃないですから!」と声高に主張している彼女だが、鼻が利くことに代わりはない。対象が常に身に付けていた物の残り香を深く吸い込み、その匂いを記憶する。
「んー……香水の匂い……ピンクペッパーと……ジャスミン、それからアンバー? この感じだと最後にはバニラっぽい匂いになるはず」
持ち主の少女は裕福な家の出だったからか、高校時代から香水を使っていたようだ。汗でカバンが臭くなるのを嫌った彼女は、自分の持ち物にも振っていたようで、人肌と違って変化しないトップノートが残されている。
「うん、少しだけ本人の匂いもする。これなら何とか判別できそう」
特注でもない市販品の香水なので参考にはならないが、これが好きという手掛かりになるので悪くはない。
「で、顔写真と……うーん……加工がキツくて良く分からない……」
葉月が匂いに拘ったのは、両親から情報提供を受けた写真が……まぁ、なんというか化粧がケバくて元の顔が分かりづらかったからだ。入学式でスーツを着た姿は、つけまつげがバシバシで頬紅も少し諄く、口紅も背伸びした感じであったため元の顔が判別し辛い。
故に確実に本人だと判断するため、匂いは必須だった。
「ようし、ガンバルゾー!!」
師匠が聞いたら、その禍々しいチャントを止めなさいと叱られそうな意気を上げ、葉月は夜のヨミハラへと飛びだした。
そして、まず行き当たるのは娼館……などではない。
この5km四方の箱庭に一体何軒の暗黒退廃遊技場があると思っているのだ。一件一件調べていったら年単位の時間を掛けても終わらない。
なので、情報を持っているところから当たるよう、師は弟子を教育していた。
そして、娼館の情報を最も握っている人物。
それは、地上の色町にも存在するような〝無料案内所〟と呼ばれる退廃情報斡旋施設であった!
「お邪魔しますよっと」
開店中、客引きのオークが店の前で今宵のお楽しみを何処で堪能しようか彷徨いている男達を捕まえようとしている隙を突いて、葉月は裏口からニンジャ野伏力を発揮して気付かれることなく潜入した。
すると、あるわあるわ、バインダーに入った嬢の顔写真の山が。
しかも、ここのオーナーはオークのくせに几帳面な気質だったからか、加入日や年齢、ジャンルに分けて分類してくれる仕事が大変し易いタイプだったので、葉月は五分ほどでアタリを付けた。
「日本人、素人、平坦、この辺かな」
バインダーのラベルを読んで顔写真を眺め、寄越されたそれから化粧で誤魔化しようがない部分を――輪郭や首など――手掛かりに写真を探ると、無理矢理撮らされたであろう、目を掌で隠した怪しい写真に三人ばかし近い感じがする。
入店日と失踪日から逆算して正しいことを確かめると、その情報を記憶の中のメモ帳にインプットして葉月は静かに無料案内所から抜け出す。
「一つは龍門残党、一つはノマド、そしてもう一つは無名の木っ端ギャング系列店か」
ただ、運が悪いことにアタリかもしれない三人の所属はバラバラであった。一つの娼館に纏まってくれていれば話は早いのだが、高鼾を掻いているブッダは善行を行おうとしている人間に余程楽をさせたくないと見える。
小さく、師から移ったバトウ、ブッダシットと呟いて、葉月は顎に手をやり思考を練る。
さて、一番可能性が高いのはどこか。
龍門はこの間、事実上崩壊するほどの打撃をうけたこともあってツアーを組む余裕はなかろう。
「本音を言うとコッチを狙いたいんだけど……」
そして、ノマドはそんなケチな商売をしない。奴隷の仕入は外注に頼んでやっているため、奴隷商から流れてきたのでない限りアタリの可能性は低い。
「お仕事だから、今回はコッチ!」
となると、浮かんでは消えていく泡沫ギャングの店が、最も蓋然性が高いかと葉月はバインダーに書いてあった娼館へと向かった。
そして、対魔忍の如く娼婦希望者となって内部に潜り込む……ようなことはせず、師から預かったバックパックより一つの器機を取りだした。
「えーと、電源ボタンを入れて、それから……」
無線ルーターめいた姿のそれは、強力な電波妨害装置であった。直径300mほどの通信を強力に阻害する物で、バッテリー込みでも効果時間は三十分と短いが、極秘作戦用に米連が作った物なので性能は折り紙付きだ。
「時計セット、三十分……ヨシ!」
師から〝安全の儀〟として教わった、片足を上げて指を刺してモージョーを唱える安全儀式を唱えて、娼館の裏口へと突入した。
「イヤーッ!!」
大上段に抜いたカタナを振り下ろし、暇そうにしていた見張りを逆袈裟に両断! 立ち位置的に返り血の付かぬ場所に体を置いていた葉月に血が降り注ぐことはなかったが、大地が深紅に染まった!! ゴウランガ!!
そう、最も単純にして安全な方法、それはカチコミだ!!
何事も暴力で解決するのが一番。
そして、最終的に全員殺せば良いのだ。
更に追ってきたら、来た順に殺す。
師の教えは弟子の中に完全に根付いていたのである。
情報の下調べはじっくり行うが、内部に潜り込まねば難しい程度に調べ上げたのであれば、あとは奴隷娼婦として潜入するような真似をするより、突っ込んでサンシタは全員殺し、口を訊けそうな偉そうなのを一匹二匹残して〝歌わせる〟方が確実で安全だ。
そうすれば余計な罠を体に仕込まれる心配もないし、予期せぬ裏切りで酷い目に遭うこともない。
「イヤーッ!!」
「なん……グワーッ!!」
「イヤーッ!!」
「てめっ、どこの組……グワーッ!?」
「イヤーッ!!」
「増援! 増援をよ……」
エントリーした葉月は出会う敵に向かって決断的なカラテシャウトと共にアンブッシュを敢行し、片端から斬り捨てて奥へ奥へ向かう。
そして、遂に頭目と思しき護衛以外全員スレイすると、唐突に行われた殺戮に腰を抜かした彼の前に立ち、堂々と師直伝のアイサツを披露する。
「ドーモ、ハジメマシテ、森田興信所のハヅキです」
「てっ、てめ、てめぇ! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!」
「そちらこそ随分と世の道理を舐め腐った仕事をしているご様子。寝ているブッダの代わりにボクが来ただけのこと。ところで、この女の子を知りませんか?」
「誰が……」
喋るか、とは言い終えられなかった。
カタナが一閃、すると、男の前髪が地面と水平にバッサリ斬り落とされた。
ほんの数mmでも扱いを誤っていれば眼球が真っ二つに裂かれていたであろう。
「この子を知りませんか?」
これまた師匠直伝の〝インタビュー〟を油断なく実行した葉月は、今日はまだ客がついていないから待機室にいるという言質を取ると、ゆっくり頷いてカタナを振り上げた。
「ちょっ、まっ、話しただろう!?」
「誰も喋ったら助けるとは言っていません。全ての外道、殺すべし。ハイクを詠んでください、慈悲はありません」
「は、俳句!? 俺ぁそんなの……」
「じゃあいいですね」
ごとん、と首が落ちる。これまた返り血を浴びないよう、噴出する鮮血から逃れる位置取りをしていた葉月はカタナの血糊を払うと、肘に挟んで血脂を拭った後に納刀した。
そして、待機所に向かえば、外の喧騒に脅えた奴隷娼婦達が寄り集まって震えているではないか。
「すんすん……あ、アタリ」
「ひっ!?」
年若い、化粧をしてないと存外薄味な顔をした目標を見つけた葉月は、一月ばかり、このヨミハラでも浅いジゴクを見たであろう少女を安心させるべくアイサツをする。涙目で震える少女の胸は平坦であった。
「ドーモ、ハジメマシテ、森田興信所のハヅキです。貴女を助けに来ました」
「た、助け……?」
「ご両親が捜索願を出したんです。あ、勿論、他の皆さんももう自由ですよ。ここは店仕舞いですからね」
和やかに笑って少女の手を取った葉月は、内心で会心のガッツポーズを取った。
これで師匠に褒めて貰える! 残念な子卒業!! と。
「で、藤木戸くん、貴方的に採点は何点?」
「七十点だな」
しかし、彼女は気付いていない。万が一に備え、更なるニンジャ野伏力を発揮した対魔忍二人が、最初から最後まで監視していたことを!!
「あら、辛い採点。理由は?」
一人は任務を斡旋した静流だ。これを試金石とし、葉月がきちんと探偵業をやれるか見たかったのだろう。
「まず、猛者がいるか調べなかった。情報屋に小銭を出せば、バウンサーに名うてがいるかくらいは分かったはず。それを怠っては、アンブッシュの通じぬ強敵に出会うこともある」
「それもそうね。小金で雇われる腕利きって、ヨミハラには幾らでもいるし」
小銭で雇える妙手、その言葉にサツバツナイトは嫌そうな顔をした。恐らく、過去に小銭で雇い、そして小銭で裏切られたヤマタノオロチのことを思い出したのだろう。
あれから憂さ晴らしに何度かスレイを試みているが、彼女はサツバツナイトのカラテ力を知っているが故、接近を感知するとすぐ逃げるため未だ殺せていない。
流石に一度裏切った相手から報復を受ける可能性を考慮する能くらいは、アルコールに浸りきった脳味噌にも残っていたらしい。
「……そうだ。金に困ったタツジンや、形勢が悪いからと面白がった鬼武衆から出向の者が来ていたりしたら、これ程コトが楽に運ぶことはない。下手をすると数で押し込まれて捕まることもあるだろう」
「となると、まだまだ一人前には遠いわね」
「……だが、カラテと慈悲は美事だった」
奴隷娼婦達が安全に逃げられるよう、ちゃんとした格好をさせ、店に蓄えられていた金を逃亡資金として配った葉月を――これで上手く行けば、他の娼婦も本土に帰れるだろう――見下ろしながら、サツバツナイトは暗夜に紛れて消えていった。
まぁ、株取引をして金を稼ごうなんて頭の悪い発想を反省し、ちゃんとカラテを鍛えているようなので、今夜はスシでも取って褒めてやろうと思いながら…………。
オハヨ!
ハヅキ=サンもきちんと成長しています。そして着々とニューロンがカラテに侵されているので、少し様子がおかしくなっている模様。
しかし、あんだけヤバい場所を一般人が観光で行きたがるってマッポーにも程があるのでは?