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傭兵。文字通り金で傭われて戦う兵であり、ヨミハラにおいては娼婦に次いで一般的な職業である。
しかし、金で傭われるという性質上、信頼できないとして舐められる傾向にあり――ヨミハラの住人に詰る権利があるか甚だ疑問であるが――どれだけ力があっても傭兵というだけで、組織内で信頼が置かれないことは珍しくもない。
そして、金で傭っているのだから、何をしてもいい……最悪、裏切っても構わないと判断されることも多い。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
一人の傭兵が未明のヨミハラ、その屋上を駆けていた。左肩を押さえており、そこにかなりの深手を負ったのか纏った装束は破れている。
しかし、不思議なのは、その傷口から一切の血が漏れていないことだ。
「くっ……筋をやられた……」
だが、ヤミウチされた傷は骨にまで達しており、筋を半分ほど経っていた。痛みを感じることから神経は繋がっているが、下手に動かせば筋が切れて動かなくなる。それ程までに傷は深かった。
物陰に身を隠し、応急的な治療で何とかならないかと考えていた彼女だが、残念ながらその余裕はなかった。
「逃亡はそこまでか?」
「まぁ、手負いにしては頑張った方だな」
「毒もそろそろ回ってきているだろう」
四つのカゲが彼女を囲んでいた。
元雇い主の魔族達だ。
その中でも〝淫魔族〟と呼ばれる、近頃魔界からヨミハラに進出してきた者達で、直接戦闘能力に欠ける代わり、媚毒の生成や催眠術に秀でた搦め手を得手とする種族である。
そんな彼等が分かりやすい暴の力を欲した故に傭兵は傭われたのだが、彼女は優秀だった。
いや、優秀過ぎた。組織内で扱いが重くなるにつれて古参から疎まれ、今日、遂に排除されようとしているのだ。
自分で用意した物しか口にしない彼女が媚毒に犯されたのは、それが芳香剤に紛れ込まされていたからであった。どれだけ注意していようが、高位淫魔が精製した媚毒は無味無臭とすることも能うので、一般的な室内芳香剤に紛れ込まされては対抗策もない。
「安心しろ、殺しはしない」
「ただ、俺達に〝従順〟になってもらうだけだ」
「極上の快楽で脳味噌を焼き潰してやる。その後は命令通り戦う傀儡人形の完成って訳だ」
男性の淫魔族、俗にインキュバスと呼ばれる者達に取り囲まれた傭兵は、しかし屈してなるものかと傷口に添えていた右手を離すと、なんとそこから血液でできた両刃の剣を精製したではないか!
「ほぉ、まだやる気か、ツバキ」
「だま……れ……!」
彼女の名はツバキ。家名を棄てた傭兵であり、切れ長の血色をした瞳と、紫に近い艶のある黒い長髪も麗しい美女であった。どこか対魔忍装束にも似た、一部が透けた布からなるボンデージ風の衣装を纏った姿は、相対的に豊満であった。
「ふふふ、まぁ、我々は待つだけで良いのだ」
「その媚毒は能く回るだろう」
「あとは三人で思う存分……」
インキュバスが言ったあと、違和感に首傾げた。
三人? アレ? 今四人で囲んでないか? と。
「ん? 誰か増援を呼んだか?」
「いや、これは俺達だけで進めていたはず……」
何者だ貴様! と言い終えることはできなかった。
「イヤーッ!!」
未明のヨミハラに響き渡るカラテシャウト!! インキュバス族が愛用するホスト風の伊達なスーツを纏った四人目のカゲがスリケンを放ったからだ!
「ぐわ!?」
「わっ!?」
「ぐっ!?」
しかし、さしもの高位淫魔であれば、直接戦闘力には〝劣る〟というだけで、決して低いわけではない。油断しきっていた一人が額にスリケンを受けて、西瓜めいて頭部を爆発四散させたが、他の二人は辛うじて反応して肩口や腕に受けるに留まった。
そして、あっと言う間に四人目のカゲは衣装を着替える。
死を常に覚悟しているという表明の左前にした上位、裾に向かって膨らんでいく異形のハカマ。そして何より、被った頭巾と共に顔を覆う、決断的なショドーで殺伐と刻まれたメンポ!!
そう! 殺戮者のエントリーだ!!
「ドーモ、淫魔族=サン、サツバツナイトです」
「馬鹿な!? サツバツナイトだと!? どうしてここが!」
「状況判断だ!!」
「そんな! 説明は!?」
「今から死ぬオヌシらには不要だ!!」
さて、これだけでは読者諸氏には、あまりに不親切であるため改めて説明するが、藤木戸こと森田はヨミハラにて急に淫魔族が増えたことを疑問に思い、チャドー呼吸によって毒への耐性がある自分なら問題ないと潜入任務を行っていたのだ。
そして、そこで最も秀でた戦力を自分から排斥するという愚を犯してくれたので、それに便乗して排斥派の三人にそれとなく混じって追跡。隙を晒したのでスレイするという流れになったのである。
「くっ……! そいつらは私の獲物……!」
「毒で動けぬなら、そのまま座っておれ。直に終わる」
「舐めるなよサツバツナイト! 喰らえ! 媚毒の霧を!!」
インキュバス族は二人で合力し魔力を練って、濃密な媚毒の霧を放った! 普通であれば一呼吸で正気を失い、腰を振るだけの廃人と化すような技であるのだが……。
「スゥー!! ハァー!!」
太古の禁じられし暗殺拳、チャドーの秘奥義、チャドー呼吸の前では無力だ! 彼はメンポの内に備えたレギュレーターから清浄な空気を取り込んでチャドー呼吸を行い、粘膜から入ってくる媚毒を無力化! そのまま腰を落としてトビゲリを放った!!
「イヤーッ!!」
「ぐわっ!?」
媚毒を放って、これで無力化したと油断している淫魔族の頭部に音速を超えたトビゲリが直撃! 頭部は熟れすぎたスイカの如く爆散する! ナムサン!!
そして、空中で体を急旋回させて急制動をかけるやいなや、その回転運動を利用してスリケンを放つ! 媚毒が効くことを信じて疑っていなかった生き残りの両膝、そして股間がスリケンによって無惨に破壊される! なんたるサツバツ!!
「ぎいぃぃぃぃぃ!?」
「さて、思わぬところで幹部が釣れた。今からオヌシにインタビューを行う。吐けば楽に殺してやろう」
決断的に死に損なうよう、しかし最大の苦痛をもたらすようスリケンを投げたサツバツナイトは淫魔族に歩み寄って自白を強要した!
そして、その背後に淫魔王なる魔界九貴族の蠢動を悟った彼は、インキュバスの首を捻りきると、三つ並べてそれぞれにセンコを咥えさせる。
彼等の毒牙に掛かったであろう、無辜の住民達に対する鎮魂の祈りだ。
「ナムアミブッダ……」
「そ、その声、その珍妙な祈り……マゾクスレイヤー……?」
「……! ドーモ、オヒサシブリです、ツバキ=サン」
傭兵を見てサツバツナイトの目が変わった。五車次代の知己、それもKIA判定がでていた古い同期だったのだ。何たるブッダの巡り合わせか!
「ツバキ=サン、どうしてこんな所に! 死んだと聞かされていたぞ!」
「どうもこうも、クソみたいな任務の煽りで帰るに帰られなくなったのよ……うっ……」
「これは、媚毒が回って、いかん」
このままではツバキ=サンの相対的豊満ボディで青少年のなんかがアブナイと悟ったサツバツナイトは、懐から一本の無針注射器を取り出した。
媚薬を扱う者、特に娼館関係者がうっかり自分にも効果が出てしまった時に使う拮抗剤だ。魔界の薬物でできているため人体に多少の影響はあるが、このまま捨て置くよりはずっとマシであろう。
「運ぶぞ、ツバキ=サン」
「私のことなんて放っておいてちょうだ……うう……」
媚薬で苦しそうにしているツバキを手近な空き物件に連れ込むと、サツバツナイトは彼女の装備を緩め、同時に迅速にメディキットを使って手当を始めた。
「ヌゥー、傷が深い。これは医者に行かねば筋が千切れかねん」
「……変わらないようね、貴方は」
私はこんなに変わってしまったのに、と自虐的に笑うツバキに、サツバツナイトは何も変わったように見えないと言った。
「その意志の強い瞳、凜々しい出で立ち、そして毒に苛まれながらもここまで脱出できたワザマエ。ツバキ=サン、オヌシも何も変わっておらん」
その言葉に打たれたようにツバキは体を強ばらせた。
古い友人から、堕ちたる身で言われて、これ以上に嬉しいものがあるだろうか。
「でも、私はもう……どちらかというと魔族に近い身になってしまった。貴方が殺す対象じゃないの」
なればこそ、黙っていては不義理だと、ツバキは生殺与奪を友人に預けることにした。 彼女は任務の最中、体内の対魔粒子を暴走させて〝魔〟を解き放ち、魔族に近い存在に成って果ててしまっていたのだ。肉体は変質を遂げ、今や魔族と人、どちらの中間というよりも魔族に近い。
しかし、サツバツナイトは小さく首を振った。
「……ここに来て、俺は少し変わってしまった。殺すべきではないマゾクもいるのではないか、という感傷で心に棚を作ってしまったのだ」
「あ、貴方が……!?」
「現に一人、マゾクの弟子を取った。そんな私を笑うか? ツバキ=サン。それに何より……今の俺は抜け忍だぞ」
信じがたいことを聞いたツバキはサツバツナイトのセンコめいた目を見たが、そこに嘘はなかった。
「……まさか、天地がひっくり返ったような気分ね」
「俺も変わった。オヌシが多少変わったことに驚きなどせん」
体の力を抜いて、自分に上体を預けてきたツバキを受け止めると、サツバツナイトは彼女を抱きかかえて医者に行くべく立ち上がった。
「行くところがないなら、しばらく家に来るといい。ドージョーを構えた」
「こんな地獄見たいなところで……?」
「表向きの職業も持っている。興信所だ」
「探偵ね……意外と似合うのが何とも言えないわ……」
クスクス笑うツバキを横抱きに、サツバツナイトは闇医者を求めて早朝のヨミハラに飛びだした…………。
オハヨ!(お昼)
ツバキ=サンは作者のオシです。メンポも被っていてジッサイニンジャ。
ただ重ねて職場閲覧注意重点な。