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「ヌゥー……」
森田は一人、興信所の所長席で唸っていた。
目の前に広がるのは様々なマゾクをスレイしていった結果集まった大量の資料であり、基本的に何も知らなければ連続性のないバラバラの情報に見えるだろう。
しかし、実際に現地に潜り、働いている人間の言葉を聞き、生の情報を得ている人間にだけ働くカンというものがある。
「これは……」
「どうかしたの健二」
生き延びるため、体が癒えるまでは居候させてもらう、と提案を呑んだツバキがドージョーから降りてきた。
ジッサイ彼女は現役だったころ、ジツの制限が厳しいため――ケツエキ・トン・ジツは自らの体内の血でも致死量までしか扱えない――藤木戸と共にカラテを磨いていたこともあり、そのカラテとジツ比率は8:2とかなりカラテよりのニンジャであるため、葉月のインストラクション役に丁度良かったのだ。
特にカタナを扱う者として、二刀を器用に操るツバキとのインストラクションは、葉月にとって未知の相手だったこともあって、よい経験になったであろう。ニンジャはイクサを通じて心技体を充足させる故、優れたインストラクションは不可欠。
ぶっつけ本番で初見の敵とぶつかって、状況判断やフーリンカザンで乗り越え、辛勝を繰り返し強くなっていったニンジャスレイヤー=サンや藤木戸の鍛え方は、むしろ何時死ぬか分からぬが故に外法と言っても良い代物だ。
その分、吸収力が高いので強くなるのは早いのだが、流石の彼も自分の鍛え方がイカレていることくらいは分かっているので、弟子に同じことをさせないだけの理性があった。
閑話休題。藤木戸は依頼の中で得た情報を纏めると、それをツバキに見せた。
「……これは? オークの顔写真なんて」
「見てくれ、全員同じ顔ではないか?」
「……最初から全員同じ顔に見えるんだけど」
人間には違いが分かりづらいが、オークの顔にもきちんと個性がある。顎、鼻、耳、特にその辺りに個性が強く出て、固体固体の区別を付けようと思えば簡単だ。
しかし、よーく見ろとしつこく写真をシャッフルした藤木戸に言われ、ツバキが観察すると確かに同じ顔に見えた。
「極めつけはコレだ」
全く同じ角度とサイズで撮った、別の格好をしたオークの死に顔写真を重ね、まるで判子の陰影が同じかどうか確認するようにはためかせれば……。
「確かに同じ顔ね。傷の場所まで一緒」
「つまりクローンオークだ!!」
叫び、藤木戸は震えた! よもや、この世でもクローニングされた無数の雑魚とカチ合うことになろうとは!!
ブッダよ! 何たることでしょう! マゾクとはいえクローンを精製して戦力化するなど、あって良いことなのでしょうか!! 貴方はまだ寝ておられるのか!!
「……でもコレ、オークなんかをクローンしてどうするのよ」
「俺もそう思った」
ジッサイ、ツバキの言う通りオークなんぞ魔界から一山幾ら、権力者ならそこら辺に生えているのを師団規模で引き連れてくることなど容易い。ちょっとした、泡沫ギャングの娼館ですら小隊規模で雇えるくらい数が多いのだから、態々クローンする必要性が何処にもないのだ。
「ただ、少し、少しだけだがワザマエがあった」
「まぁ、オークにも歴戦の勇士がいないわけじゃないわね」
対魔忍から除籍され、傭兵をやっていたツバキには思い当たる節が幾つかある。オークのクセして鍛錬を絶やさず、イクサ頭になるほど出世した個体は、対魔忍であっても一太刀で始末できぬワザマエを持つものだ。
「そこで、一つの勘違いが形になった気がするのだ」
「勘違い?」
「これを見てくれ」
藤木戸がUNIX、もといラップトップを取りだしてニンジャタイピング力でツバキであってもパスワード入力を追えぬ素早さで入力すると、幾枚かの画像が現れた。
それは監視カメラから取り込まれた物で動画から切り取った特有の荒さがあるが、米連から提供された補正ソフトを使うと次第に鮮明になっていく。
「……井河・アサギ……?」
「他人のそら似、そう思った」
画像に写っているのは一人の奴隷娼婦であった。マゾクスレイヤーが暴れ廻っている中を逃げ出している普通の娼婦に見えるが、その顔立ちはどうみても井河・アサギなのだ!
クローンアサギ! その響きに二人は震えた!
最強の対魔忍の名を欲しいがままにしてきたアサギが敵にクローニングされ、戦力化されたとあってはパワーバランスはどうなってしまうのか! ブッダをも畏れぬ所業に二人は静かに震える!!
「潜入任務中だったってことは……」
「アサギ=サンは今、五車の教育主任だ。現場に出る余裕などない。それは秘匿通話で確認済みだ」
「じゃあ、これは……」
「恐らく、精度の低い品を娼館に流したか、俺が突入した場所でグウゼン別の陰謀が動いていたか……」
空恐ろしい想像に震える二人! 同期であるが故に、彼等は嫌というほど知っているのだ。本気を出した井河・アサギというニンジャが、どれだけ理不尽な存在かを!
カラテに秀でていることは勿論、カタナ使いとしてもこの世に並ぶ者のない領域にあり、そのワザマエは藤木戸が真正面から当たっても分が悪いと判断するほど!
その上、光速に等しい近さに発するハヤブサ・ジツを軽々と扱い、それを用いたグレーター・ブンシンジツまで扱うとなると、さしものサツバツナイトでさえジツを焼き切るアビ・インフェルノ・ジゴク・ジツを発動せねば勝負にもならないほどだ。
それが量産され、牙を剥いたならば……。
「古来より最強の戦術は、囲んでボーで叩くことだ。同じクラスの使い手を三倍ほども用意されれば、アサギ=サンとて……」
「で、でも流石に完璧なクローンなんて無理でしょう? それができたらとっくに……」
「いや、限りなく本物に近いクローンを作る術を中連は完成させている。彼等がどこかでアサギ=サンの細胞を手に入れていたとしたら……」
ゴクリと唾を飲む二人。あまりにも最悪な想像は、ブッダは寝ているのを通り越して、この世界をファックしようとしているとしか言いようがないではないか!
エドウィン・ブラック並の難事に対応せねばならぬとなった時点で、藤木戸はこの問題を自分一人で解決するのではなく、密殺中隊を通してアサギに報告することを決めた…………。
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都内、とある料亭。普段の会談とは異なる少人数用の部屋ではなく、密殺中隊の四人と森田興信所の二人は――ツバキは身分的に留守居を申し出た――嫌な汗を掻きながら、前菜を前にして誰も料理に手を付けようとしなかった。
カポーンと音を立てるフウリュウなシシオドシも、心を休ませてはくれない。
何故なら、上座に座り、資料を睨んだアサギが激烈に、猛烈に、そして烈火の如く体内で沸沸と怒りを燃していたからだ。
その上、彼女は彼女で別の情報を掴んでいたらしい。
「全員、これに目を通してちょうだい。資料は直ぐに破棄するから、この場で全て覚えること」
普段の怜悧な中にさやしみが溢れる声が嘘のようにゾッとする声を出したアサギは、真っ赤なフォルダを取りだして藤木戸に渡した。それは常用されているものではなく、長老衆のみが閲覧を許可される最重要機密書類に用いられるもので、特殊なジツがかけられているため、許可なく開けば燃え上がる特別な品である。
「……これは!!」
内容を見て藤木戸は我が身を疑った。
自分がいる。自分がスシを食っている。しかも都内でだ。
彼がヨミハラから出たのは、五車出奔からそろそろ一年になろうという今でも、アサギにドゲザしにきた日と、今日を含めて二回だけだ。都内でスシを補給していることなどありえない。
しかし、探偵をやって以降トレードマークになりつつある微かな無精髭の――今日は流石に剃ってきているが――剃り落とされた、監視カメラに写る藤木戸の顔には、何と言うか険がない。覇気がないといってもいい。力を抜いていても鋭くなる狩猟者の視線を持たない藤木戸という、奇妙な存在を見て彼は大いに困惑した。
「私も目を疑ったわ。藤木戸くんが報告無しに都内を彷徨くなんて有り得ないと。ただ、私にも話すことができない任務があったからやむを得なく出てきたのか、詮議を進めようとしていた矢先に……これよ」
ギュッと恐ろしい音が響いた。嫋やかな女性の手が握りしめられたとは信じられない音がアサギの右腕から鳴り響き、その握力の凄絶さを知らしめている。
同時に、込められた怒りのほども。
「これより密殺中隊の最優先事項として伝達します」
クローン計画を叩き潰す。関係者は漏れなく根切り。デキの悪いスワンプマンも残さぬという力強い宣言に、誰も首を横に振ることはなかった…………。
オハヨ!(昼頃)