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中華連合系の隠れ蓑として最大のマフィアは龍門であり、彼の組織は半年前にサツバツナイトが催した祭り――協賛:鬼武衆――と乱入したエドウィン・ブラック、そして米連の手によって半ば壊滅しているが、出資元が大きいだけあって生き残った施設は幾つもあった。
堂々と構えた本社ビル以外にも藤木戸は地対地ミサイルをブチ込んだが、クローン製造研究を行っている施設は別にあったのだ。
元より彼等には、選りに選って朧をクローニングしたという前科がある。犯人のアタリを付けるのは、迷子の猫を探すよりもずっと簡単であった。
『こちらシャドウ1、HQどうぞ』
無線機からさくらの声がする。妙にピリピリした空気を発する、龍門拠点付近の廃ビルに急遽設置された前線拠点では、密殺中隊の面々が一挙手一投足に気を付けながら活動していた。
「こちらHQ、シャドウ1、報告を」
というのも、普段使いとは異なる、本気で戦う際に纏う
分かってはいるのだ。彼女が暴発して暴れ出すような人物でないことは。
だが、それをして下手を打てば殺されるのでは、そう思うほどの赫怒を隠せずにいるのが問題であった。
『シャドウ1よりHQ、シャドウ2がクローンオークの製造ラインを発見。現在爆破工作中。三分で済ませるとのこと。どうぞ』
「HQ了解。引き続き施設の探索を進めて、どうぞ」
現在、外郭放水路とヨミハラの空隙に作られた龍門残党のクローン精製拠点と思しき施設に侵入しているのは二人。ニンジャ野伏力に定評のあるサツバツナイトと、カゲに潜むという性質から誰より隠行に優れるさくらだ。
二人からなるシャドウのコールサインを与えられた班は、中隊長としての経験を積ませるためサクラがシャドウ1、そしてサツバツナイトが隷下してシャドウ2に割り当てられている。
そして、見取り図も何もない施設の下調べは、二人の隠密能力もあって嘘のように素早く進展していた。
『こちらシャドウ1、警備室を発見。現在シャドウ2が制圧に入……あ、完了』
『シャドウ2よりHQ、米連製のオテガル・クラック装置を接続した。内部はクリーン、監視システムも掌握した』
行き交うクローンオークのカゲからカゲへ渡るさくらのカゲ・トン・ジツを用いて密かに接近し、監視カメラが捕らえられないほどの速度で飛びだしたサツバツナイトが邪魔な標的をスレイ。そして死体は、何処に消えるか分からない精度を敢えて落としたカゲ・トン・ジツで始末。
これ以上ないほどのコンビプレイが炸裂し、龍門最期の切り札が恐ろしいスピードで制圧されつつあった。
『シャドウ2、見取り図も発見した。今から送る。どうぞ』
「HQ、受領したわ」
ラップトップを操作して送られてきた施設見取り図を見たアサギは、まるで親の敵でも見るような形相で――実際の親の敵は通信機の向こうにいるわけだが――警備図を具に観察した後、静かに息を吐いた。
しかし、ふぅと吐き出される息は死神の吐息。全員が最強の対魔忍が本気で激怒している空気に触れ、体の動きが硬い。
『HQよりシャドウ2、隔壁を下ろせるかしら。B-2からC-4、それから……』
幾つかの防護隔壁、本来外敵からの襲来を守るそれを〝檻〟に仕立てられるか問うたアサギに、シャドウ2こと藤木戸は可能だと答えた。
『ただ、目的地不明のエレベーターが何基かある。施設内ではなく東京キングダム、あるいはヨミハラに通じているものと思われるが』
「爆破して」
『……了解。五分で仕度を済ませる。隔壁は十分後に下ろすが構わないか』
「ええ、それでお願い」
決断的な指示にサツバツナイトは、これは本気だと悟り自分の仕事を早々に済ませることにした。
アサギが暴れることを決意したのだ。本気で、一切の逡巡なく、一辺の慈悲もなく、関係者を完全に戮殺することを決めて。
腹を据えた彼女がどうにもならないことをサツバツナイトは幼馴染みであるが故、嫌というほど知っていた。
殺すと決めたからには殺すのだろう。滅ぼすと決めたからには滅ぼすのだろう。終わらせると決めたからには終わらせるのだ。
人魔問わず、そこへ仮に“哀れな己の似姿”が混じっていても。
言い訳も命乞いも聞かず、立ちはだかる全てを鏖殺する。かつての己と同じ振る舞いをとろうとする幼馴染みの殺気を通信機越しに感じたサツバツナイトは、言葉通りに準備を終えた。
『えっ、うわ、こ、これ全部おねえちゃ……』
「HQよりシャドウ1、ターゲットを見つけたのね?」
『え、あ、はい……クローンアサギ精製プラントを発見……』
サツバツナイトが破壊工作を行っている間に、得た地図が正確か確認するため偵察に出ていたさくらは、この世がマッポーである証のような施設を確認した。
見渡す限りのアサギ、アサギ、アサギ……おお、何と言うことか、クローンアサギは量産体制が整っていたのだ!!
実際、その精製プラントの隣に設けられたトレーニングルームと思しき場所で、クローンアサギがクローンオークと戦って実戦テストを行っているが……その動きは精彩に欠ける。
無論、凡百の対魔忍と比べると明らかに強力ではあるのだが、ただ幾らか強いだけ。たかが十や二十のクローンオークを瞬きの間に始末できないようでは、井河・アサギと呼ぶには程遠い。
伊達や酔狂ではなく、そして半ば疎まれながらも〝最強の対魔忍〟の名を欲しいが儘にしてきたアサギと比べるには、性能不足甚だしかった。
『えーと、シャドウ1よりHQ、なんというか、クローンはボッうとしているというか、目に光がないというか……』
「大方、反乱を恐れて何らかの制御装置を組み込んでいるんでしょう」
奥歯を噛み成らしたアサギは、苛立ちの表明として対魔刀を一度鍔鳴らせた。怒りを抑えるため、それくらいしなければ耐えきれなかったのだろう。
久方ぶりの実戦がこれなのだ。腹立たしくて仕方がないのも頷ける。
許可なく自分をクローニングし、その挙げ句できたのが劣化コピーの群れ。ブッダも畏れぬ所業を通り越して、当人を舐め腐った愚挙にどうして冷静でいられよう。
これでヘイキンテキを保てる方が人間性に問題があると言っても良いだろう。
『シャドウ2よりHQ、こちらも見つけた……俺だ、俺がいる』
そして、破壊工作の帰り道、サツバツナイトも自分のクローン精製施設を見つけたのであろう。
しかし、お粗末なのはそちらも同じ。何処か覇気のない藤木戸クローンが硝子張りの性能評価室で戦っているが……カラテではなく、カトン・ジツ主体で戦闘している。
火あぶりにされたオークが一瞬で灰燼と帰す火力は中々。五車火遁衆にも早々いない力量ではあるものの、やはり動きはサツバツナイトからすれば精彩に欠けている。何よりもカラテが足りない。
まぁ、当たり前の話だ。サツバツナイトのカラテは血が滲み骨身を削る鍛錬と、頭に残る聖典ニンジャスレイヤーから発想を得て独自に取得したものであって、生来身についたものではない。
藤木戸・健二というヘッズソウルがディセンションしたからこそ成立した賜物なのだ。
単純にDNAを読んだからといって、カラテが身につけば苦労はないだろう。魂の師たるローシ・ニンジャ=サンやナラク・ニンジャ=サンの知識もなければ、唯一の頼りたるアビ・インフェルノ・ジゴク・ジツも制御する術を記したマキモノ・オブ・シークレット・ニンジャ・アーツの知識がなくば碌に使える代物でもないとくれば、況してや当人の努力のみで習得したカラテやチャドーなどの極意が備わる道理もなし。
『研究員はデキの悪さに苛立っているようだ。勝手に人を複製して、その上でこれとは、全く腹立たしい……インタビューが必要だな』
「そうね、シャドウ2。研究者はなるべく活かして捕らえるわ。それと、爆破と隔壁封鎖まであと何分?」
『HQへ、あと二分を切った』
「了解。行動を開始する」
ガタリと椅子を蹴立てる勢いで立ち上がったアサギは、密殺中隊の三人と葉月を順に見ていき、見取り図を指さした。
「アルファ班は正面を封鎖。ベータ班は裏口を封鎖。雑兵は殺して結構、研究者のような人物は可能な限り拘束」
「了解……」
「りょ、了解」
アルファ班は零子と麦からなり、ベータ班は紫と葉月だ。出入り口を抑えるのであれば、これで過不足ないと判断したのであろうが、主戦力がクローンオークである龍門相手には過剰戦力とも言えた。
なにせ龍門、いや、中華連合はヨミハラに大きな拠点がなく、魔界との接点も薄いからこそ人造魔族やクローンオークなんぞに手を出したのだ。熟練の対魔忍を絡め手も何もなく、行く手を塞ぐために配置してどうにかできると思ってはならない
「では、作戦開始」
今まで秘められていた、感度も三千倍になっていなければ、ブランクもなく、一切の身体的デバフを負っていない殺戮者が解き放たれようとしていた…………。
オハヨ!(眠れなかっただけ)