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「「イヤーッ!!」」
これは女性の悲鳴であろうか? ヨミハラにて響き渡る絶叫としては有り触れているが、そうではない!
懸命な読者諸氏ならご存じであろう! 重なり合うはカラテ・シャウト!
タタミ一枚分、ほぼカタナの限界に近い間合いで振り抜かれた刃は颶風を纏い、強力に相手を引き込む力を持っていた。故に対手は予想外の吸引に足が離れ、直撃コースに乗ってしまう。
しかし、彼は掌を上に向けたカチ上げで攻撃をいなすと、そのまま間合いに踏み込んで強烈なジキ・ヅキを放った!
おお、しかし見よ! 大気を巻き上げる強烈な勢いの拳に押されて、カタナ使いが後ろに押し流されて自ら動くことなく攻撃を回避したではないか! あらかじめ、自分に風を纏わせて、強い風圧に襲われれば後退するよう仕込んであったのである!!
そのまま八艘に構え直したカタナ使いは、再び気合いを込めて斬り込む!
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
頭部目掛けて振り下ろされた一撃は、カラテ使いが体を横に開いたことで回避された! 最初は頭頂部で白刃取りを目論んでいたのであろうが、刃が引き寄せる風ではなく、切り刻む旋風を纏っていたことを瞬時に見抜いて回避に移ったのである!!
しかし、カラテ使いは回避だけで終わらない。体を横に開く動きで左の手刀を付き込み、眼球を抉らんと鋭い機動を画くが……その指先が捕らえたのは頑丈な額であった!
下から上へ吹き上げる強風によって僅かに手刀が乱れると同時、カタナ使いは自らの頭を風で下げさせて急所攻撃を避けたのである!
「ンアー!!」
しかし! 手刀の勢いを殺し切れていなかったこともあって、カタナ使いはタタミ二枚分の距離を吹き飛ばされる! カラテ使いの貫手は、風の障壁を以てしても威力を殺しきれなかったのだ。
「イヤーッ!!」
その隙を見逃すカラテ使いではない! 追いかけるように間合いをあっと言う間に埋め、今まで秘めていた最大の威力を持つケリを股間に叩き込むよう振り上げ……ウスガミ一枚のところで止めた!!
「勝負あったな」
「くっ……アリガトウゴザイマシタ……」
ここはヨミハラ、藤田興信所四階のドージョーだ。
そこで礼をしあっているのは、サツバツナイトと葉月である。
そう、先程までの鬼気迫る本身のカタナを用いた戦いは、インストラクションであったのだ。
「だが、いいカラテだった」
「本当ですかセンセイ!」
うむ、と藤木戸は頷いて弟子の成長を認めた。
今の葉月のカタナは出会った時より格段に精度を高め、オーガニックバンブーと御座を使った仮標的をジツの支援なしで五束一息に斬り抜ける領域にある。しかも、完全に刃筋が立って余計な力が加わらぬ一撃は、斬られた上部が吹き飛ばないタツジンの高みに達していた。
全て、出会って一年近く、血が滲むような鍛錬を積んだ結果の賜物である。
そこに元々持っていたカゼ・トン・ジツを風の刃で切り刻むだけではなく、自らのカラテを補助する形にしたのが彼女を何倍にも強力な剣士に変えた。
引き込む風は間合いをズラして強制的に敵を死地に招き入れ、地より僅かに浮遊する浮遊するホバークラフトめいた風は強力な一撃そのものが自らを射程から押し出してしまい、更に切り刻む颶風は武器奪取を困難たらしめる。
カラテとジツ、その融合の完璧な形の一つであった。
名付けてソニック・イアイドとでも言うべきか。
「ハヅキ=サン、最早オヌシをニュービーとは言うまい。対魔忍でもグレーター級に匹敵するワザマエと言えよう。相性によってはアーチ級にも抗い得る」
「アリガトウゴザイマス!!」
褒められた葉月はじぃんと体の芯が震えるような悦びを覚えた。自分でも未だ高みが見えぬ師、そのお褒めの言葉は強者に対して本能的に崇敬と服従を覚える人狗族の感性を甚く擽ったらしい。
それこそ彼女は犬に喩えられるのを嫌がるであろうが、わしゃわしゃと両頬を力強く撫でられるのに匹敵する心地よさであった。
「しかしハヅキ=サン、カラテの道は果てなく険しい。これからだ」
「ハイ! センセイ!」
「ではインストラクションは次の段階に入る。ツバキ=サン」
「ええ」
声をかけられ、今までドージョーの傍らで師弟のカラテ・インストラクションを見守っていたツバキが立ち上がる。彼女は今までとは装いの異なるニンジャ装束、それこそサツバツナイトの色違いを思わせる――しかし、胸部の一部は網に変わり肌が露出している。そして、そのバストは豊満であった――デザインに変わり、メンポも身に付けているではないか。
「今までハヅキ=サン、オヌシには基本たる一対一のカラテを仕込んできた。しかし、イクサでは何が起こるか分からん」
「強力な敵の増援、雑魚の取り巻き、ドージョーと違って相手は得意だがこちらは動きづらい地形。選り取り見取りね」
「ツバキ=サンの言う通り、思うように動けぬことも多い。故に、インストラクションを次の段階に進めるべく、強固な連携が可能な敵との二対一を想定したカラテを行う」
「えっ!? ぼ、ボク一人でセンセイ、それとツバキ=サンが相手ですか!?」
葉月は未熟ながら、本能で敵の強さが分かる。それこそ歴戦の傭兵であり、対魔忍であった頃も藤木戸が弱点ではないユウジョウを結べる相手として選んだだけあって、凄まじいカラテの持ち主だ。
それと二対一……考えただけで嫌な汗と唾液が大量に生成され、葉月の喉を下っていった。
「さて、では俺がツバキ=サンをスリケンで支援する故……」
藤木戸は硬質スポンジでできた鍛錬用スリケンを――それでも殴られるのと大差ないくらい痛いのだが――取り出し、ツバキは血でできた両刃の剣を生み出す。
「まず、私の攻撃を捌ききること。安心なさい、刃は潰してあるから」
「きゅ、きゅーん……」
脅えた子犬のような声が自然と喉から溢れたが、彼女は決断的に刃を構えた。二刀を相手にした経験が少ない故、兎に角防御に専念するべく入り身に構えて、防御重点のイクサで先ずは動きを読むつもりであるらしい。
「では、始めるぞ! イヤーッ!!」
「はぁぁぁぁ!!」
右は順手に、左は逆手に二刀を構えたツバキが突撃し、背後にいるサツバツナイトは美事なスリケン捌きで彼女を左右に避けるように円弧を描く軌道で投擲する。
刃が届く0.5秒前にスリケンが着弾する完璧な計算は、どちらへの対処を優先するかによって受け手の運命を変える。
「いっ、イヤーッ!!」
そこで、葉月は背からスラスターめいて大きく風を吹かせ、自らツバキの間合いに迫ることでスリケンを回避したではないか! 背後で硬質スポンジスリケン同士がぶつかり合って弾け、その直後に逆手の剣とカタナが噛み合った!
「流石、思い切りが良いわね!」
「挟み打ちよりマシです!!」
ギリギリと音を立てるカタナと剣! そして、彼女はフリーになった右手を振り下ろすが、葉月は左に半歩退いてカタナの角度を変えるとそれも正しく受け止めた。
しかし……。
「イヤーッ!!」
「きゃいん!?」
彼女が軽く左脇を開けると、その隙間を潜ってスリケンが飛来! 押し合いに夢中になっていたハヅキの額に直撃! 本物であったならば頭部が爆発四散していたであろう!
「きゅーん……あ、あんな小さな隙間から……」
「健二なら、あれくらいの隙間を通せると分かっていたから」
「あの立ち位置ならツバキ=サンだったら射線を通してくれると分かっていたからな」
ブランクはあれど、長年同じ戦場で戦ってきたからこそできる連携! 仰向けに倒れながら、葉月はこれ無理では? と一瞬思った。
「まずは敵の相対位置からキケンな場所を探ることを覚えろ」
「そうよ、敵が射線を遮っているから平気だと思い込んだら、今みたいな一撃を貰うことになるわ」
「ハイ……センセイ……」
しかし、サツバツナイトは同時に五十のオークから射撃を受けても回避しながらスリケンを投擲できることを思い出し、葉月は決して、決して不可能ではないのだと起き上がった。
それができるようになった時、自分は必ず強くなり、人狗族の再興が近づくと信じて、決断的にカタナを手にする。
「もうイッポン! オネガイシマス!!」
「いい覚悟だ。徹底的に行くぞ」
「ま、家賃分は働きましょう」
そして再び響き渡る「イヤーッ!!」というカラテ・シャウト。ドージョーは今宵もカラテに満ちていた…………。
オハヨ!(激遅) 偏頭痛で死んでました。