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「フーンク……」
藤木戸は自分のデスクで困りかねていた。
というのも、静流からかなーり取りづらい球を放られてしまったからだ。
「どしたのけんにぃ」
「景気の悪い面が、より景気が悪くなっているぞ」
その事務所、応接用のソファで客人用に饗されたチャとヨーカンを前に密殺中隊の中隊長と監督役が、携帯UNIXことラップトップを前に映像を編集していた。
アサギが「ちゃんと仕事してますよ」と政府から予算を貰うためにやっている、対マゾクスレイヤー戦の戦闘データを〝死闘っぽく〟演出する作業中なのだ。
この二人は一昨日やって来て、さる小粒な、しかし元対魔忍の奴隷娼婦数名を抱える娼館を藤木戸が強襲中に遭遇戦になった……という筋書きでの共闘を行い、今は追走中という名目で時間を潰している。
正直、これで税金から金を捻出させるのはどうなんだと思う藤木戸なれど、対魔忍全体の隆盛のためならば、このダラッとした空気も仕方がないと呑んでいる。
ジッサイ、五車のユウジョウは今のところ保たれているし、中隊構想も動き出して分家や傍流、一般家庭出身者を束ねた実験中隊が三つ編成されて動き出しているらしく、東京キングダムでイサオシを上げたそうだ。
こうやって実績を重ねソンケイを勝ち取っていけば、いずれアサギや零子と言った大駒も教育に専念できると思えば、多少の居心地の悪さは呑み込むべしと思いつつも、今の任務を上手く嚥下できない自分がいるのも事実。
「……レイコ=サン、オヌシは結婚を考えたことはあるか?」
「はぁ? なんだ、藪から棒に。私自身、未だ不詳の身、結婚になど興味はない」
鉄の女らしい返答に、藤木戸はだろうなと返しつつ、すっとスリケン状にしたオリガミメールを一枚投げた。かなりの速度であり、たとえ紙であっても装甲を斬れそうな鋭さで投擲されたそれを零子はなんてこともなさそうに挟み取る。ワザマエ!
「もうちょっと解きやすい形にだな……って、婚活パーティー……? このヨミハラでか?」
「うむ」
「えっ!? けんにぃ結婚したいの!?」
悪徳の坩堝にして淫靡なる宴が毎夜開かれるヨミハラであるが、たまーにこういうトンチキなイベントが開かれることがある。
今回は結婚相手を求めた餓えた男女が群がる饗宴が、ヨミハラ町内会主催で開かれているらしく、静流がそれに参加しろと言ってきたのだ。
無論、藤木戸に結婚しろと急いているのではなく――何なら彼女が実家からせっつかれつつある――〝結婚詐欺師〟が出入りしているのが拙いらしい。
近頃、ヨミハラには淫魔族が多数出入りしており、魅了の術に長けた彼等にとっては良き狩り場だ。盛り場ではそのジツの餌食に掛かった女性が身売りさせられたり、酷い目に遭ったりと中々のジゴクが芽を出している。
それを早々に詰むべく、悪さする淫魔族を集めてイチモ・ダジンにしてしまおうというのが、今回の催しである。
「仕事で悪さする淫魔族を殺すだけだ。俺に結婚願望はない」
「ええー!? なんで!? 藤木戸家って、今実働してるのけんにぃだけじゃん! ダメじゃないそれ!?」
「前にも言っただろう。ユウジョウは弱点となる。愛となれば更なる弱みだ。故に俺は……」
「少なくとも自分を殺せるくらいの空手強者じゃないと相手には選べない、か。懐かしいな、五車時代にそれを真面目に言って後輩を袖にして、女子から総スカンを食らった朴念仁め」
「黙れレイコ=サン。オヌシとて異性より同性より手紙が多かった身で、人を馬鹿に……」
「お前! それ以上その話題を生徒の前で出すなら戦争だぞ!」
ガタンと立ち上がる零子に藤木戸は冷笑で応え、一瞬場が燃え上がりそうになったが、まぁまぁとムードメーカーのさくらが治めて、二人は大人しく尻を椅子に戻した。
「まぁ、ともかく、それに潜入して結婚詐欺師を皆殺しにしろというのがシズル=サンからの依頼だ」
「アイツも多方面に手を出す物だな……しかしお前、その面では女性が寄りつくまい」
「ええ? けんにぃ格好良いじゃん」
そういうさくらに、零子は殺気が顔から滲みすぎていると一般人の感性を持ちだした。
ジッサイ、藤木戸は凜々しいといって過言ではない顔付きなれど、無表情でも眉間の皺がクセとなって眼光が異様に鋭く、長期任務の後は頬が痩けていたり、最近はツバキから無理矢理剃らされているが、自分では気に入っている無精髭も相まって、どう贔屓目を注いでもカタギには見えない。
いやまぁ、ヨミハラにカタギなどいないに等しいのだから、それ自体は全く構わないのだが、流石に人を何百人も殺していそうな――ジッサイそれくらい殺しているが――面で婚活パーティーに参加して、溶け込めるかと言えば否だ。
参加者のほとんどは、このケオスにしてマッポーの街においても細やかな幸せを分け合える相手を求めてやってくるのだ。一流のジョブキラーでも目を逸らしそうな眼光を持つ男が参加すれば、流石に全員引くだろう。
「仕方がない……ここはアレだな」
「アレとは?」
「藤木戸家相伝、ヘンソウ・ジツだ」
さくらが、そんなものがと意外そうな声を上げたが、ニンジャなのだからヘンソウや潜入ができて当たり前なのだから、普通素顔をあまり晒さないで済むよう変装の一つくらい覚えているのが普通なのではないか? というニンジャと対魔忍の差に関して言及するほど、藤木戸は初々しくなかった。
まぁ、どいつもこいつも顔を隠す気がないのだ。言っても今更という話だろう。メンポを被っているのが全体を見回しても、一握りに過ぎない変わったニンジャクランに属しているのだから、変装術を覚えているのが僅かでも変だと説く方が奇妙な目で見られるという話である。
「……お前とメイクセットの違和感が凄まじいな」
「けんにぃがピンク色の箱持ってるのスゴイ食い合わせ悪いね」
「基本、女性向けの商品だからこういうのばかりなんだ」
さりげにシツレイな言葉を無視して、藤木戸は鏡と変装用具を取りだしてメイクを始めた。
割と久し振りにやるので、少しカンを取り戻しておきたかったのだろう。
電動シェーバーで髭を剃った後、化粧水を塗ったくって顔を保湿して待つこと暫し。十分に顔に馴染んだあたりでベースメイクを施す。
今回は健康的な方が良いかと白めに寄せるため下地にはパール感のある物を選び、その上にファンデーションをのせて溌剌とした顔色に。それだけで普段より大分人相が変わるのだから凄まじい。
「目も変えるか」
ペンシルアイライナーを用いて目頭を強調するよう色を塗り、次にリキッドアイライナーで切開ラインを塗れば、目が少し大きく見える。その上で目尻にも切れ長を瞳を誤魔化すように化粧を施せば、鋭い目付きが一変して人の良さそうな目に変わったではないか。
「お、おおー……」
「変わる物だな」
「まだだ」
言って、藤木戸はつけまつげを取り出すと鋏で男性にしては少し長いかな? くらいの調節を施して装着し、更に目を大きく際立たせた後に、一本のテープを取り出す。
髪の毛を後ろに流してネットを被り、目立たない位置にリフトアップテープを貼ると、そのまま目尻を下に持って行って垂れ目を作る。ついでに眉間の皺も伸ばし、張っている部分が目立たないようにファンデーションで隠すと、事務所のキャビネットから幾つかあるウィッグを取りだした。
器用に被るとつやつやの栗毛男性となっており、知人が見ても気付かないほどの変貌を遂げている。
少し表情が険しいが、柔和そうで人好きのする顔付きを見て、ブッダでさえあのサツバツナイトであるとは気付くまい。
「ほ、ほんの三十分ほどで化けたな……誰だ貴様」
「え、ヤバ、メイクテク私負けたかも……」
なまじっか元が美少女と美女、そして職業が対魔忍であるため、あまり化粧などしてこなかった二人は――さくらは年相応に興味があったようだが――何だか女性として負けたような気がして、驚くより先に自分に落胆を感じていた。
果たして、自分が本気で気合いを入れてメイクをしたとして、あそこまで化けられるものであろうか。
「もうすこし血色の良い方がウケるか。頬紅も使おう」
「まだやるの!?」
「カメラで撮られても誰だと言われるくらいになってようやく変装だ」
藤木戸はそこから更にちょいちょいと頬や唇を弄ると、正しく他人へと変貌する。今の彼と街でであって気付けるのは、匂いに敏感な葉月くらいのものであろう。
「どうだ」
「いや、凄い物をみた気分だ……」
「えー……私、けんにぃにメイク習おうかな……」
「サクラ=サン、これはお洒落のためのジツではない。人を欺くための技術だ」
それから、仕上げだといって藤木戸は小さな機械を取りだした。円形で薄っぺらいそれには、肌色のテープが貼り付けられており、一見すると何のための装置か分かりづらい。
「ドーモ! ハジメマシテ! モリタ・イチローです!」
「うわ、声が変わった!!」
「お、おお……もう本当に他人だ……」
これはまだ藤木戸が米連と停戦を結ぶ前に試作品倉庫から窃盗、もとい100%オフで購入してきた物で、サイボーグ用の疑似咽頭をウェットな人間にも使えるようにした潜入用具だ。喉に振動を与えて声を変える最新型の機械であり、かなりナチュラルに元の声とは全く違う声に変えることができる。
流石に男性の声を女性にできるほどの精度はないし、出会った人間の声を即座に真似るだけの能力はないのだが、変装にはこれで十分。
斯くして、所要時間一時間足らずで藤木戸は大いなる変貌を遂げた。まるで無害で、服装をかえれば婚活パーティーにも上手く潜り込めることであろう。
そして、そこで淫魔族を見つけ、少しでも魔法を使っている気配を見つけたら殺すのだ。
「さて、少し立ち姿も変えねばな」
言って藤木戸は立ち上がると、少しだけ体を解してから、すっと姿勢を変えた。若干猫背気味になり、普段は歩こうが走ろうが一切ブレない体幹を左よりにすることで素人感を演出。服装は何故か室内でも脱ごうとしない、いつものトレンチコートであるというのに、それだけでもう全くの他人としか思えないので凄まじい。
これでは諜報に長けた対魔忍であっても、藤木戸を完全に尾行することはできないだろう。
「どうだ? 婚活パーティーに行ってもおかしくないか?」
「おかしくないというか……」
「……相手見つかりそう。なんか、もっと野暮ったくできないの?」
じとーっとしたさくらの目に見据えられて、藤木戸は殺気も籠もっていないというのに思わず後ずさった。
姿見を見ても別に垢抜けていないと思うのだが、彼女は何を懸念しているというのだろうか。
というか、仕事で行くのだから、積極的に相手を探すつもりもないというのに、何を心配されているというのであろう。
目線から逃れるように座席に戻って新聞を広げた藤木戸であるが、しれっと自分も変装して参加していた静流とすったもんだあるのは、完全に余談である…………。
オハヨ!