◆◆◆◆◆◆◆◆
マゾクスレイヤーは走った。目の前に立ちはだかる者は、男女魔族人間老若問わず、進路を妨害するのであれば全て屠って走った。
その体は血に塗れ、ニンジャ装束を染め上げる染料とは違う色で、一部の隙もなく赤黒くなるまで走った。
酸素不足に肺が余裕を求めて喘鳴しても、疲労物質を蓄積させた太股が痙攣しても走った。
しかし、道はあまりに遠大であった。
ヨミハラは東京キングダムという新首都構想に基づいて建築されたが、様々な障害と失敗によって放棄された都市の大深度にある違法都市だ。地上に通じるエレベーターは朧の、ノマドの中でも強権を振るえる大幹部の意向によって停止されており使えない。
換気口にまで見張りが付いて出入りを封鎖しており、仮にそこを突破したとしても、建造途中で放棄された排水路を潜り抜ける必要があった。
そこは全てが捨てられる土地だ。日本や異国で居場所がなくなった武装難民が食う物を求めて彷徨い、飼育を放棄されたオーガや支配を嫌って飼い主から逃げたオークが徒党を組み、そして廃棄された実験魔法生物が野放図に塒を作るケオスの迷路。
仮にそこをぬけても、五車の里まで遠い道のりを経なければならない。
迎えは呼べなかった。何故か彼の軍用携帯UNIXもとい専用PDAの対魔忍専用チャンネルが封鎖されており、通信がどこにも通じなかったからだ。
故に彼は走るしかなかったのである。
全てを破壊して通り過ぎようにも、チャドー呼吸を駆使しようが体力が足りるはずもなし。如何に鍛えられた対魔忍とて所詮は人。地上に出るのに四日四夜戦い、走り続ければ体力も対魔粒子も枯渇する。
走れと、自分の膝を殴っても立ち上がれないほど疲労する激戦を十回、二十回と繰り返せば時間は空費されていくばかり。
突破に要した時間は体感で無限。しかし、五車の里に帰り着くまで実際には五日。
奇しくもアサギが二回行う結婚式の中でも、長老衆やお偉方、政府財界の人間を招かず身内だけで密かに行う人前式当日であった。
式場として選ばれたセレモニーホールの中を必死で駆け抜けるマゾクスレイヤー。
しかし、そこには誰もいない。従業員も、受付も、ただ絵心のある友人達が合作で作ったウェルカムボードが虚しく立ち尽くしているだけ。
藤木戸抜きで式が始まってしまったのは、悲しいかな良くある〝上層部〟からの連絡があったからだろう。
彼には特別な任務が急遽アサインされたため、参加することができなくなったと。
そんなことを梅雨ほども知らぬマゾクスレイヤーは、まるで花嫁を奪いに来た間男めいた勢いで式場の扉を開く。
「アサギ=サン! キョウスケ=サン!!」
しかして、そこはジゴクと化していた。
「遅かったわねぇ、マゾクスレイヤー」
「あ、あああ……あああああ……」
参列者は皆、卓に突っ伏して息絶えている。結婚を言祝ぐはずであった食事に魔界産の毒を盛られ、何が起こったかも分からぬまま苦しみ抜いて死んだのだ。
全員がアサギやキョウスケの個人的な友人、そしてその家族であった。二人の心の柱であった者達が、老若男女問わず苦悶の内に死んだ様は、ブッダが眠っているマッポーの体現としか言えぬ。
そして、神聖な愛を誓う人前式の宣誓台には、散々に陵辱され尽くし、ボロボロに成り果てた花嫁装束の諸所を血で彩ったアサギが仰向けで倒れ伏している。
食事に紛れ込まされた毒、そして〝誓いの接吻〟の際に恭介を乗っ取った朧が〝舌上に乗せた媚薬〟で骨抜きにされてしまい、散々に辱められたのだ。
身内の、友人の、その大事な人達の死体に囲まれたジゴクの中で。
魔界産の薬によって滅茶苦茶にされた体を更に蹂躙される心地は如何であったか。正に生きジゴクとしか言えぬ責め苦を受けて尚、アサギはギリギリで生きていた。
「朧ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
最早、マゾクスレイヤーであることを忘れて、どれだけ憎い仇敵であろうと添えることを忘れなかった敬称が抜けていることを藤木戸は気付いていなかった。
彼の激情が熱波を生んで火の粉が舞い上がり、場のアトモスフィアが最大限に高まった。全身に残り少なくなった対魔粒子を巡らせ、激戦続きで一切休みがなかったボロボロの体に活を入れてジュージュツの構えを取る。
「あっはははははは! 滑稽だったわよ! 全てを奪われて! その残骸の中で弄ばれるアサギの姿は! お前にも見せてやりたかったくらいだわ!!」
恭介の体から朧の声がする。本来十年近くかけて行われる体への順応が、彼女の法悦によって加速度的に高まっているのだ。どこかボゥとしているように見えて、慈愛に溢れた瞳が嫌らしい人非人の光を宿しているのも、そのせいであろう。
「死ねっ、朧、死ねーっ!!」
ごぅ、と赤黒い炎が舞った。
これぞマゾクスレイヤー秘中の秘。彼の家系が引き継ぐ異能系忍術、カトン・ジツの中でも一際の異例。ここ十数代では彼のみが目覚めた異能。
人界のジゴク、その炎を召喚するアビ・インフェルノ・ジゴク・ジツであった。
この炎は触れれば最後、ジゴクの業火で消すことも癒やすことも能わぬ致命傷を与える。それも物体、非物体を問わずだ。
本来ジゴクの炎は亡者の魂なる形のない物を責める物。概念や忍術、魂のような形のない物ですら燃やせるのは道理である。
あらゆる存在への切り札たり得るジツを彼が普段使わぬ理由は一つだ。知られると対策を練られやすくなること。このジツの所有を知れば、不死として奢っているマゾク達は挙ってマゾクスレイヤーの相手をしなくなるだろう。
そして、ノーカラテ・ノーニンジャを体現するため、切り札にすること。
しかし、怨敵を前にジツを温存する道理もなし。彼は普段秘したジゴクの炎を纏い、殺意の塊となって吶喊する。
センコの炎めいた瞳が揺らめき、色つきの風となったマゾクスレイヤーの貫手がジゴクの炎を宿して朧の首に迫るが……。
「おいおい、どうしたんだ、急に欠席した友人代表。まさか、怒りに任せてアサギから婚約者……いや、夫まで奪う気かい?」
「っっっっっっっっっ!?」
首を刎ねる寸前、恭介本来の声に戻った朧の挑発にマゾクスレイヤーの手刀が止まった。
そして、嫌らしい笑みを浮かべた朧の蹴りが、対魔忍としては下位程度の実力しかない体にも拘わらず、高位魔族を数多く屠ってきた男の鳩尾を深々と抉る。
「グワー!?」
「ほらほら、どうした!」
「グワーッ!?」
「この程度でマゾクスレイヤーを名乗っていたのかい!?」
「グワーッ!?」
執拗なまでの鳩尾への蹴り! 執拗な攻撃を受ける度にマゾクスレイヤーは、既に限界が来た体を打ちのめされて悲鳴を上げるばかり! いつの間にか、アビ・インフェルノ・ジゴクの炎も勢いを失い、殺意に湧いていた瞳も元の紅梅色に褪せていた。
鳩尾を打たれ、呼吸を邪魔されればチャドー呼吸も侭ならない。そのまま良いように弄ばれ、虫の息となったマゾクスレイヤーはここで終わってしまうのか。
「散々馬鹿にしてくれた挙げ句、折角の体を台無しにしてくれたアンタを楽に死なせるとでも思っているの?」
「アバー!?」
鳩尾に深々と、紅く染まった新郎が履く白い靴のつま先がめり込み、そのままぐりぐりと踏みにじる。臨死の叫びを上げるマゾクスレイヤーを前に恍惚の笑みを浮かべた朧は、一本の刃物を手に取った。
それは、アサギの刀だ。数多の魔族を屠った剣で、結婚式のケーキに入刀することで柵を断って幸せな家庭に入る。
そういった祈りを込めて用意された剣を朧は抜き放ち、弄ぶ。
「ぐっ……殺すなら、殺せ……」
「その程度で済ませると思っていたの? 生温いわねぇ……」
しかして、切っ先が向いたのはマゾクスレイヤーの首ではない。
「まっ待て! 止せ!!」
「その体を乗っ取って! アサギを犯して、殺して、序でにその死体を犯させてやるわ! ちゃんと貴方の魂を残したままね!!」
恭介の首だ。
邪悪な哄笑を張り上げながら、心転身の術を行使するべく、朧は恭介の首を掻っ捌く。
ライスシャワーの代わりに、真っ赤な新郎の血が式場を染めた…………。
アイエエェェェェ!? 日刊五位!? 日刊五位ナンデ!?
びっくりしたので更新です。
マゾクスレイヤーは物理的に殺しに掛かると強いけれど、絡め手になると後手に回りがちなのは原作リスペクトというより、完全に単騎協力駒の弱点ですね。
そして今回桐生=サンは同行していないのでアサギ=サンは感度3,000倍回避となりましたが恭介=サンは……。