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「あの、藤木戸先生」
「なんだムギ=サン」
新調されて戻ってきた砂鉄サンドバック改善に打突をしている詩嶋・麦を監督しながら――言うまでもなく、今回もアサギの「仕事してます」アピールの帰り道だ――甘い一撃を入れよう物なら硬質スポンジスリケンで掣肘しようとしていた藤木戸であったが、その話題を聞いて眉根がぴくりと上がった。
「カオスアリーナが再建されるみたいで、作業が始まってるんですよ」
「……聞き及んではいる」
三年前、米連製〝オクタニトロキュバン〟爆弾で吹き飛ばしたのが、他ならぬ藤木戸だ。あのシャドー・コンが真っ当に見える暗黒退廃施設が再び建造されようとしているのは腹立たしいが、働いているのは大抵が無辜の魔族。四交代二四時間作業で建築が進んでいる以上、妨害して爆破する訳にもいかないので苦々しげに見逃しているのが現状であった。
本当のところを言えばさっさと基礎ごと〝なかったこと〟にしたいのだが、今の藤木戸にそれはできない。たまには広い風呂でとしゃれ込んだ例のセントーで、顔なじみになった土建屋オークが特需でウハウハだと言っていたので、一般ヨミハラ住民にも利益をもたらしていると聞くと、どうにも強引な手段に出づらい。
町内会でも話題になっているようで、静流から自重するように言われているので、尚更派手に動けないのが現状であった。
「どうにかできないんですかね?」
対魔法衣を纏っていないにも関わらず、腹に響く凄まじい轟音を立てるサンドバッグの打突に満足しながらも、藤木戸は苦い物を噛み潰したような顔をした。
「……何度か視察に来たノマドの幹部を殺したが、それでも止まる気配はない」
「えぇ……」
「悪辣な現場監督を始末しても、そのまま作業が続くので、どうやらノマドは何が何でも完成させるつもりのようだ。何が目的か分からんのだが」
そういって藤木戸は懐から褐色のヨーカンめいた物体を取りだした。
麦にはそれが何か覚えがあった。
最近、米連が「コレあげるからホント大人しくしてて……」と差し出しているC4爆弾だ。それを捏ねるのは起爆準備に他ならず、今度は何をぶっ飛ばすつもりだこの人と麦はカラテの手を緩めず震撼した。
「あの、先生、それで何を……」
「人がいない時間帯を狙って資材倉庫でも吹き飛ばしてやろうかと思ってるのだが」
「魔界から直ぐ運ばれてくるから、遅延にもならないんじゃないでしょうか」
「ヌゥ……」
それもそうだと、藤木戸は捏ねていたC4を綺麗な鶴の形に整えると――相変わらず小器用な男である――水分補給用のチャなどを載せた盆の上に置いた。
信管がなければ爆発しないのだが、麦としてはこの後喉を潤す物の隣に、そんな物騒な物を彩りのように置かないで欲しいというのが本音である。
「しかし、どうしたものか。ここまでノマドが心血を注いでいると言うことは、エドウィン・ブラック=サンが関与しているのは明白。何としてでも叩き潰したいのだが」
「落成式に来たりしませんかねぇ」
「流石の俺も十重二十重に警護されているであろう状況で、吸血鬼の王を討ち取れると思うほど驕ってはいない」
第一、あの男はその手のセレモニーに好き好んでやってくる性質ではないと断じ、藤木戸は麦にアップを終えるよう命じた。
これから実技でのカラテ・インストラクションに入るのだ。
しかし、心の奥に引っかかっている言葉がある。
去り際にあの男、本物の不死にして不朽の吸血鬼は言った。
相応しき舞台を用意すると。
それがカオスアリーナだったとしたら。
「はぁぁぁぁあ!!」
「イヤーッ!!」
考えごとをしながらもカラテの腕が鈍ることはない。機先を取ることを選んだ麦の牽制打を掌を添えるだけで押し返し、逆に間合いを詰めて肘を放った藤木戸。当たれば対魔法衣がない頭部で受ければ頭蓋が砕けかねない一撃であるが……麦はそれを正面から迎え撃った!
「限定瞬着!!」
「ナニーッ!?」
しかし、肘が頭蓋を割ることはなかった。限定瞬着、古い作品も見るべきだという藤木戸の勧めに従った彼女が新しく編み出したジツであり、ほんの刹那、一部分だけ装甲を展開して攻撃を防ぐ新たな対魔法衣の活用法であった。
六角形の装甲が拉げながらも殺人的威力を誇る肘鉄を相殺! そのほんの刹那に麦は藤木戸のジューウェアの襟を掴んで巴投げに入ろうとするが……。
「イヤーッ!!」
「つっ!?」
藤木戸は自ら飛ぶムーンサルトジャンプによって、諸共に倒れ込むことを拒否。勢いを殺して投げられるのではなく、そのままジューウェアの柔軟さを活かして半回転。背を取るように着地して無防備に晒された首にチョップを叩き込む……寸前で止めた。
「……参りました」
「いや、驚いたぞムギ=サン。まさか、ジツをここまで洗練させていたとは」
「昭和作品から平成初期まで色々見て吸収しました! 先生を驚かせることができたなら、個人的に大金星です!」
どうやら麦は自分のジツの参考とするべく、様々な特撮作品を見まくって、取り込めそうな技術を全て昇華してきたようだ。その中で部分的に装甲を展開し、消費する対魔粒子を最小限に抑えて防御する奇策を思いつき、今日鍛錬で用いてみたという訳だ。
寸止めするつもりだが、皮膚に触れるまでは殺すつもりのカラテを防いで見せたのだから、その防御力は十分を越してスゴイ級と言えるだろう。野太いオークや柱めいたオーガの首をポンポン飛ばす手刀に拮抗ではなく、制止を強いたのだから大した物である。
「これならば実戦でも役に立つであろう」
お墨付きを貰った麦は、これであの屈辱的な「私はカラテを怠りました」というカンバンを提げてのスシ・トーチャリングの汚辱を雪げたと感激した。
師を驚かせることは難しい。この男はカラテの基本スペックが高すぎて、多少の奇策であれば「だから?」と馬鹿みたいな火力で粉砕してくるから、ハードルが凄まじく高いのだ。
それを潜るのではなく、正しく飛び越えられたことが助教時代に鍛えられた麦には何よりも嬉しかった。
「あ、そうだ」
「ん? どうした」
「その、今度密殺中隊に新人が入ることになりまして」
感動するのもそこそこに、麦は伝えておいた方が良いことがあることを思い出した。
何でもアサギが密殺中隊に中等部の新進気鋭、既に将来のホープ確定という人員を見出したのだが、どうにも考えが足りない所があるとかで実戦でフーリンカザンと状況判断を仕込んでやって欲しいと言い出したそうなのだ。
「それは別に構わんが」
「凄い子なんです。逸刀流の名手で、あのアサギ先生が将来は凄まじい使い手になるって言うくらいで」
「あのアサギ=サンがか」
それはそれは凄まじいイツザイなのだなと藤木戸はカラテのほどを期待したが、続く言葉に少しだけ眉根の皺を寄せた。
「ただ……そのー……ジツ頼りって訳じゃなくて、剣術も凄いんですけどー……」
「けど?」
「脳内筋肉率が高すぎると言いますか」
「つまり考えナシのバカという訳か」
折角言葉を選んだ私の努力! と膝を突く麦を横に、藤木戸はありがちな旧来然とした対魔忍教育の被害者だなと思った。
ジッサイ対魔忍の多くはジツ頼りの者が多く、それを逆手に取られて囚われてしまうことが多いのだが、中にはカラテとジツ、どちらも高い比率で完成していても虜囚の辱めを受けることがある。
それは大駒単騎運用という悪習だけが原因ではなく……実力に驕って、平押しで行けるだろうという一種の思考停止に依るものだったりする。
まぁ、つまり本人が強すぎて慢心するということだ。
しかし忘れてはならない。具合が悪い場所に配置されてしまっては、龍でさえ歩で取れるということを。
「なるほど、つまり密殺中隊に編成して動きを見て、徹底的にフーリンカザンと状況判断を叩き込めということだな」
「そういうことです」
気遣いを無にされて少し気落ちした麦であるが、顔合わせした時に「ああ、これは確かにちょっと……」と思ったのであまり擁護はできなかった。
ジッサイ、実力は中等部とは思えない程に高い。グレーター級ニンジャ、いや、アーチ級ニンジャでさえ彼女にはインストラクションを付けられるか難しい領域でジツとカラテが備わっており、己の強さを自負しているが故に力押しに走るのも分かる。
だが、それではいけないのだ。ニンジャたる以上、搦め手、裏切り、奇策から夜討ち朝駆け全てに対応できねばならぬ。盤上に載せて貰うまでもなく決着が付くことがある世界において、ただ強いだけというのは、文字通り本当に強いだけで終わることも珍しくないのだから。
「分かった、では彼女の動きを見てみよう」
「ありがとうございます。先生の指導力なら、きっと一端の対魔忍にしてくれるだろうと、アサギ先生も期待してました」
「で、その者の名は?」
問われ、麦は答えた。
秋山・凜子と…………。
オハヨ!