ウホ・ジツとは古い中国の技法を源流に持ち、二八の星に準えたステップによって対応したジツを発生させる星舟のユニーク・ジツである。
応用はあれどジツは基本的に一人に一つの原則を大きく破る物であり、それは戦闘から支援、自衛にまで多種多様に役立つ。
そして、彼女は日に三度、〝軫宿星〟の歩みを刻むことを〝あの日〟から常にしていた。
「星遁術、軫宿星」
独得なステップを踏む手足はすらりと細く、正しく童子のそれ。大きくつぶらな瞳と全体的に小振りなパーツが配された顔付きは愛らしいが、その内面に収まっているのは齢八十の老女と言われて誰が信じよう。そして、その胸はそこそこ平坦であった。
この星が司るのは祭事や祝辞であり、それを用いて運勢が良き方に運ばれるかを占うジツ。この星からの警告があったからこそ、彼女は井河長老衆虐殺事件を生き延びられたと言っても過言ではない。
そして、この日の晩、事態は好調に進んでいると満足気に、しかし念のために歩んだジツは凶報を報せてきた。
「こっ、これはっ……!!」
命の危機に関わるニンジャ第六感に星舟は慌てた。
コトは完璧に進めたハズだ。人員は未だ使い捨てて惜しくない者達を使い、誘いをかけている者達も小粒も小粒。遠大な、五車を乗っ取る第一歩として静かに、深く進行していたはず。
情報が漏れるとしたら統制が甘いノマドくらいからだろうが、ここにはセンノウ・ジツを扱える数人を出向させているだけで、情報が漏れるだけの余地がそもそも地上にはないはず。
では何故と思った刹那、彼女は反射的に〝牛宿星〟の歩みを踏んでいた。
「Wasshoi!!」
そのジツは彼女を五十mと短距離ではあるが瞬間移動させる、クウトン・ジツの領域にあるものだ。一瞬で部屋の端に飛んだ星舟は、視界の端っこで0.1秒前まで自分が存在していた地点に無数のスリケンが突き立つ様を見て血の気を引かせた。
「きっ、きさ、貴様……!!」
「ドーモ、オヒサシブリですハトリ・セイシュー=サン」
確実に成功するはずだったタイミングでのアンブッシュが外れても、両手を合わせた七五度の完全な立礼は奥ゆかしさを失わない。イクサは思い通りに行かぬのが当たり前のこと。
ことそれが、二八もの異なる手札を持つ実戦経験も豊富なアーチ級ニンジャ相手であれば当たり前だ。一々驚いている方が時間の無駄。その時間で更なる攻撃を見舞った方が、余程有益である。
しかし、今はアイサツの時。ジンギも何もかもなくした忘八のニンジャ相手であっても、同じドヒョーに降りるつもりはないと彼は厳かに名乗りを上げる。
「マゾクスレイヤーです」
「マゾクスレイヤー!!」
名乗りと指摘が重なった。
星舟は反射的に腹を押さえる。そこは四年前、マゾクスレイヤーに抉られて、内蔵の何割かをサイバネ化せざるを得ないほどの重症を負わされた古傷だ。今でも忌々しく疵痕が夜ごとに疼き、煩雑なメンテナンスを必要とする臓器を恨まなかった日はない。
「老醜、変わらぬようで何よりだなセイシュー=サン。相も変わらずワカヅクリもそこまでいけば痛々しい」
「何故っ、何故貴様がここに!! どうやって! 忍び込めるような入り口は存在しないはずだ!!」
「状況判断だ!!」
一切説明をする気がないらしい断言に星舟は作戦の失敗を悟った。
彼女とて政治劇を数多乗り切ってきた古老の怪物。この狂人が出てくる理由には想像がつく。
アサギの小娘が泣き付くには、まだ早い。
ということは、ノマドの阿呆が何処かで情報を漏らしたのだ。そして、耳聡い、あのアサギに執心のイカレは必ず行動に移す。
ヨミハラにコイツがいることを読み違えた、そして自らにの天に輝いた凶星を憎みながら星舟は常の備えとして傍らに置いてあった忍者刀を抜き放つ。
「毎度毎度、羽虫のような傍流が立ちはだかってくれるものね……」
「羽虫とて大病を媒介する。即ちインフェクション・ディジーズなり!! それへの対策を怠ったオヌシのテオチ、噛み締めながらサンズ・リバーを渡るが良い!!」
ポエット! 相手のアオリを逆用してバトウしたサツバツナイトは、ジュージュツの構えを取って決断的に駆けだした。
「イヤーッ!!」
「くぅっ!!」
寝室のタタミが爆ぜ、五枚分の距離が瞬きの間に縮まった! マゾクスレイヤーが取った戦法は、捻りも何もないワンインチ距離での全力カラテによる乱打!
貫手、ケリ、そして肘や膝! 全身を躍動させる乱打の嵐は星舟にウホ・ジツを使わせる余裕を一切与えぬ!
彼女のジツは正に法外としか言えぬ多様性を誇り、一見万能にすら映るが、どうしても発動条件を満たすのが遅いという欠点があった。
最短でも三ステップ、最も発動が早いジツでも歩幅、順番、位置を正しく踏まねば発動しない。
であるならば、ステップなど刻む余裕がない勢いでカラテを叩き込み続ければよいのだ!
「イヤーッ!! イヤーッ!! イヤーッ!!」
『くっ……乱打が……止まない!? どうしてここまで息が続くの!?』
しかし、そんな弱点は星舟も承知の上で、今まで戦い抜いてきた。故にこそ、戦いながらステップを踏む舞踏が如き戦法を身に付けてきたのである。
欠点を見抜いて乱打戦を仕掛けてきた相手をカラテによってあしらい、どうしても息継ぎなどで生じる隙を突いてウホ・ジツを用いるのが彼女の勝利パターンである。
しかし、サツバツナイトの吹き荒れる暴風雨もかくやのカラテは止まることがない。そう、チャドー呼吸によって培ったニンジャ肺活量によって、彼は五分もの間無呼吸で乱打を叩き込み続けることが可能であるのだ!
「増援を待っても無駄だ! 今、上の魔族と抜け忍共は既に始末されているであろう! オヌシで最後だセイシュウ=サン!!」
「小癪なぁぁぁ!!」
「その言葉、小癪な企みを練ったオヌシにそのまま返そう!!」
更に、合間合間に体が浮き上がるような攻撃や、足払いを仕掛けて確実にウホ・ステップを妨害! 小賢しいジツの発動を阻害し、純粋なカラテのみで殺す戦術だ!
正にノーカラテ・ノーニンジャ! ジツを発動させる隙を与えないようタクティクスを構築すれば、相手はただのワカヅクリが行き過ぎた老醜に過ぎぬ!
しかし、星舟もさしものタツジン、忍者刀で攻撃をいなし、躱し、致命打だけは受けぬように立ち回る! そして、一瞬の好機を掴み取った!
「イヤーッ!!」
「ぐっ!?」
低い軌道で薙ぎ払うケリを敢えて受け、弾き飛ばされることで移動中にジツのステップを踏んだのだ! マゾクスレイヤーは当然追撃を加えるべく跳躍していたが、ジツをタツジンの域にまで高めていた星舟のステップの方が僅かに早い!
「はぁぁぁぁぁ!!」
「イヤーッ!!」
ぎぃん、と先程の乱打戦とは比べものにならない轟音が響き渡る。
星舟が吹き飛ばされながらに踏んだのは〝鬼宿星〟の歩方! その効果は十代前半としか思えぬ体躯に見合わぬ剛力を付与する物! その力は、カラテを練りに練り上げたマゾクスレイヤーに一歩もひけを取らぬではないか!
「イヤーッ!!」
「攻撃が軽くなったわね! これならば幾らでも歩方が……」
「俺が以前オヌシを殺し損ねた経験から、何も学んでいないと思うてか!!」
有利に立ったと渾身の笑みを浮かべる星舟! しかしマゾクスレイヤーは一歩も譲らず、むしろ動きを阻害するため掌に刃が斬り込むことを覚悟で忍者刀の根元を捕まえた!
そして、叫ぶ!
「今の俺は独りではない!! サクラ=サン!!」
「イヤーッ!!」
「なにぃぃぃぃ!?」
あらかじめサツバツナイトの影に潜んでいたさくらが、上体のみを出したかと思えば、クナイダートで星舟の影を突いた!
カゲ・トン・ジツの応用にして奥義! シャドウ・ピン・ジツだ!! カラテ・インストラクションを受け、ジツの精度を高める以前は使えなかったものであるが、今の彼女ならば使いこなすことができる!!
カゲに潜り、カゲを支配する! 動きを縫い止められた星舟はステップを踏むどころか身動き一つ取れない。
しかし、星舟とさくらでは対魔粒子の密度が異なる。八十年にも渡って練り上げたジツの冴えがあれば、カゲに撃ち込まれたクナイダートを弾き飛ばすことは容易。
しかし、この絶好の好機を見逃すマゾクスレイヤーではない!
「スゥー!! ハァー!!」
刹那のチャドー呼吸によって全身の筋肉が隆起! 数分間にも渡る無酸素攻撃によって疲弊しつつあった肉体に活力が戻り、腰を軽く落とした全身に力が漲る。
「やめっ、やめ……」
「オヌシにはハイクすら詠ませぬ! イヤーッ!!」
そして、炸裂するはポン・パンチ! 全身の動きを完全に合一させ、地面をしっかと踏みしめて放つカラテの極地は僅か一インチ距離なれど、それで十分過ぎた!!
地面に体を固定された星舟は、ポン・パンチの威力を全て受け止めて、しめやかに爆発四散! サヨナラの一言も遺せずオタッシャ重点……かと、思われた!
「かっ……はっ……!!」
「ナニーッ!?」
バラバラになって吹き飛ぶその体。頭部から脊椎、そして臓器の一部はケーシングされておりサツバツナイトのヒサツ・ワザを受けても、拉げるだけで原形を保っているではないか!
更に、その本体には、見よ! 悍ましき魔科医技術による転移陣が!
体が発光し、空間移動の魔術が自動で発動する! そう、星舟はこういった時に備え、米連の技術によって機械化した肉体に保険を仕込んでおいたのである!!
「オノレ! セイシュウ=サン!! 置いて行け!! その首を置いて行けぇぇぇぇぇ!!」
捨て台詞の一つも残さず消えていく体を掴もうと手を伸ばすか、マゾクスレイヤーの指が切るのは虚空ばかり! 周到にして老獪、そして百戦錬磨の穢れたる対魔忍に、藤木戸の拳は今一度僅かに届かなかった!!
「な、なんて生き汚さ……まさか、けんにぃのヒサツ・ワザのことを知って、爆発四散しても生き延びられるようにサイバネ化までしてたなんて……」
「……クソッ、俺のテオチだ。以前殺し損ねた時、重要臓器を幾つか破壊したが、それでセイシュウ=サンがここまでサイバネ化しているとは読めなんだ……やはり、逃げ場のないパワーボムでしとめるべきであったかっ……!!」
「けんにぃは悪くないよ。爆発四散すれば普通は死ぬんだもん。まさか、あんな逃げ方をするなんて……」
トカゲでもここまでは生き汚くないと、肩を落とす藤木戸の背をさくらは優しく叩き、上が静かになったから見に行こうと促した。
かつてふうま一門の別邸屋敷として使われていた中では、密殺中隊の面々が激しく暴れ廻ったこともあってツキジめいた惨状が広がっていた。魔族や抜け忍の凄惨な死体がネギトロめいて散らばっているのは、紫の人外染みた力で粉砕された哀れな者の末路であろうか。
「どうだった、マゾクスレイヤー」
「すまぬ、レイコ=サン……俺は、俺はまたし損じた」
「……流石は老獪、数十年に渡って井河を実質的に支配してきた女か。ただでは殺されてくれないと思っていたが、万全の貴様をして殺りきれないとはな」
子細を聞いて密殺中隊の面々は、それは自分でもそこまでは読めないし、対応もできなかっただろうと口々にマゾクスレイヤーを慰めた。
「まぁ、それにいいんじゃない? 映像は撮っておいたから、星舟が露骨に魔族と繋がっていた証拠も得られたんだし、クーデターは事前に完全失敗だって」
「そうだな。奴儕の首は取れなかったが、戦略目標は達した。ほら、藤木戸、貴様の口癖だろう。最終的に……」
「全員殺せば良いのだ、ですね」
さくらのフォローに零子が乗り、言葉を麦が継いだ。そして、紫はそれが決まり台詞になるとか狂人にも程があるだろうとドン引きする。
「あ、でもさ、これだけ要素が揃ったならアレじゃない!? 旧井河上層部の悪辣さを改めて知らしめられる上、やっぱけんにぃのやったことは正しかったって認められるかも!」
「サクラ=サン、コトはそう簡単に運ぶものではないぞ。親族を殺し殺されした間の根は深い」
それに、流石にヨミハラと五車での二重生活は辛いぞと呟いて、藤木戸は屋敷を出た。
朝日が昇ろうとしている。悔恨と達成が入り交じる、徹夜明けの目に痛い黄色い朝日が。
「さて、では皆でそろそろ帰って来るアサギ=サンにドゲザするか」
「あ、やっぱり要る?」
「当たり前だろう。独断専行にも程があるのだからな」
「あー、やだなぁ、二十過ぎて土下座……」
「アサギ様に土下座……いかん、ちょっと興奮してきた」
若干名変態が混じっていたが、五人揃っての綺麗なドゲザで出迎えられたアサギは、とりあえず怒鳴りつけるだけの気力が残っていなかったのか、報告書を昼までにちゃんと出せと命じて自室に引っ込んだ。
恐らく、ストレス解消に枕あたりをぶん殴るのに忙しいのだろう…………。
オハヨ!!