犬という生物は序列を何より重んじる。
その群れの中で誰から飯にありつくかという原始のルールに従って、人狗族も変わらず順位を重んじる習性を持っていた。
「センセイ、何この人」
「ハァー……話してあっただろう。オヌシの妹弟子だ。ヨミハラに来てから弟子に取った」
「なので教わった期間は私の方が上です!」
なればこそ、些細なマウントを取りたがるのは必定。特に藤木戸を
しかし、一分一秒でもハヤク門を潜った者にはセンパイとして礼を示さねばならないという言葉もあるからこそ、一応けんか腰ながら葉月は敬語を崩していなかった。
「マゾクじゃないですか!」
「そこは前に説明しただろう。俺も宗旨替えしたのだ」
「けど!」
「けども何もありませんよ、姉弟子=サン。センセイのお言葉は絶対です」
そう言われると何も反論できなくなってゆきかぜは「ぬぐぐ」と珍妙な声を出して唸った。
これにて格付けが済んだと思ったのだろう。葉月は相対的に豊満な胸を張り――おお、それをしてこの空間内で下から二番目という恐ろしさよ!――勝ち誇った。
「仲良くな、仲良く」
「ま、弟子同士で切磋琢磨する分にはいいんじゃない?」
投げやりなツバキに藤木戸は、せめてお前くらい助け船を出してくれても良いだろうとジトッとした目線を送ったが、彼女は目線を逸らし、斯様な面倒事は傭兵の仕事ではないと無視を決め込んだ。
「……まぁいい。連携だけは崩してくれるな」
「それは、分かってますけど……」
「では、作戦を説明する」
藤木戸は懐から親指大のコケシを取り出すと――ご丁寧に全員の特徴を反映させた手製であった――次々に平面図の上に配置していった。
「今回は電撃的に行く」
「今回も、の間違いじゃ?」
静流から突っ込まれてもマゾクスレイヤーのコケシを配置する手は止まらない。気心知れた同期からの揶揄なんぞ、もう何度受けたかも分かった物ではないからだ。
まず、中央警備室にゆきかぜのコケシが置かれた。
「先鋒はオヌシだ、ユキカゼ=サン。リンコ=サンのクウトン・ジツで送り込む」
「わ、私ですかセンセイ!」
「オヌシの強力無比なデン・ジツで一気呵成に警備室を制圧し、その後隣の配電室から全ての送電網を焼き切れ。さすれば警備システムは沈黙し、夜間装備を持たぬ敵は盲目となる」
「……ガンバロ」
先陣というイサオシを任されたゆきかぜは、無意識のパーカーの下で愛銃を握りしめた。これはしくじれない。失敗したが最後、後から突入する人達が大変困ることになるから。
「次に俺とツバキ=サン。まず俺二人で真正面からエントリーして場を掻き乱す」
「毎度荒っぽく使ってくれるわね。報酬は期待しても?」
「イナゲヤ=サンのアイスと駄菓子詰め合わせを別途都合した」
傭兵への支払いにはあまりに可愛すぎる内容であったが、ツバキは満足げにメンポの下で微笑んで頷いた。恐らく、二人の間ではこれで十分過ぎるだけの支払いであったのだろう。
「そして、敵の注意がエントランスに向いた後、我々に続いてハヅキ=サンが先導する故、タツロウ=サンも裏口より突入せよ」
「ハイ、センセイ」
「はっ、ハイ! センセイ!」
「そして、中央警備室を制圧したならばユキカゼ=サンも二人に合流だ。オヌシらの主任務は奴隷娼婦の解放と心得よ。ただ、これは慎重に行えよ」
何故です? と問われ、脱走防止策が命に関わる案件であることが多いからだと藤木戸は答えた。
四肢に爆弾を埋め込むなら軽い方。最悪の場合、敷地から出た瞬間に脳内のチップが活性化してニューロンを焼き切るような仕掛けがしてあってもおかしくない。
少なくとも、ヨミハラの娼館とは、そこまでの注意が必要なソドムも真っ青なマッポーの坩堝なのだ。
「こ、コワイこと考えるなぁ……」
「人も魔も悪意に底はない。それだけは忘れるな」
怖ろしい処置がジッサイに行われているだろうことは、師の言葉が非常に重かったこともあって在り在りと実感できた。震え上がる達郎に重ねて、きちんと囚われの娼婦達から聞き込みをしてから連れ出すように命じる。
とはいえ、そのあたりはお守りとして付ける葉月が心得ているので、下手を打つことはあるまい。彼女とてヨミハラでマゾクスレイヤーに追従して娼館を襲うこと三十と余回。とっくに手順は心得ており、ニュービー二人とは比べものにならない経験値を積んでいるのだから。
「地上階の制圧開始と同時にリンコ=サンも再度ジツが使えるようになるだろうから、俺からの指示を待って単身クウトン・ジツで乗り込んで、矢崎・宗一と娼館主を捕縛せよ。やれるな?」
「お任せを」
「オヌシは一撃離脱だ。パッケージを確保した後、一時的におさえているセーフハウスがある故、そこを確保し、以後はバックアップだ。VIP二名を何があっても逃がさず、死なせるな」
「……承知」
闘争から些か遠い使われ方をするのが不満だったのか、表情が硬いものの凛子は頷いた。テッポダマとして殺すことに慣れていても、バックアップという個人の裁量が関わってくる場面で単独行動させられることが不安でもあったのだろう。
ただ、藤木戸としても実物のテッポダマの如く、一々照準を付けてやらないといけないのであっては困る。将来を嘱望されている、不可避の魔弾である彼女には、そろそろ自動判断で追尾する能力も欲しいところだったから。
「今回の標的は二名。一名は娼館主のリーアル。もう一人はお得意先で日参している議員。シズル=サン、顔写真を」
「コイツよ」
「……あれ?」
刈り込んだ髪を後ろに流し、深紅のカソックドレスめいた服を着た恰幅の良い男が映る写真を見てゆきかぜは首を傾げた。
「どうしたユキカゼ=サン」
「この顔、どこかで見た……あっ!」
手を叩いた後、ゆきかぜは写真に手を加えて良いかと静流に問うと、複写できるので好きにして良いとの許可を得てから黒いマジックペンを手に取った。
そして、髪の毛を真っ黒に塗りつぶし右目の下に黒子を足すと、さる人物に似ていることが判明した。
二人目の標的。不知火を侍らせていた矢崎・宗一と。
「……矢崎・宗一」
「ヌゥー、言われてみれば骨格、顔付きが同じだな」
何とも奇遇なことに娼館主のリーアルは、ゆきかぜがセクハラされたことに腹を立てて顎を蹴り割った――尚、再生治療が必要になるくらいの重症だったため、彼女は監督役の零子からスゴイ叱責を受けている――衆議院議員にして、現与党の幹事長とよく似ていた。
それこそ兄弟だと言われても通じるソックリ度合いは、陰謀の元だと言われても得心が行くくらいである。
いや、この界隈、基本的に恨みが人を動かすことも珍しくないのだ。共通点が一つ見つかったならば、そこはもう〝グル〟だと考えて動いた方が必然性が高い。
「……絵図が見えてきたな」
「まさか、矢崎・宗一の個人的な復讐ってこと? そのために対魔忍にとって大きな切り札になり得る不知火を使うなんてあるのかしら」
「あり得るわよ。それこそ次期水城家当主を捕まえて上手いこと洗脳なりなんなりできれば、割に合うどころではないわ。小粒な悪党のケチな逆恨みを使って、もっと大きな陰謀の隠れ蓑にしていることも不自然ではないくらいに」
顎に手をやって唸る藤木戸にツバキは当然の疑念を投げかけたが、陰謀としては筋が通っていると静流が諜報員らしい観点で賛同した。
不知火は〝幻影の対魔忍〟として畏れられるほどのやり手であったことからして、矢崎やリーアル如きがどうこうできる存在ではないし、そもそも時間軸が合わないので二人の魔の手に落ちて今の境遇になったとは考えづらい。
となると、それこそエドウィン・ブラック級の大物が二人をミコシにして、何か良からぬことを企んでいると見るのが妥当であろう。
「ノマドのやり口ではないな。奴儕は陰湿だが、迂遠なことを嫌う」
「朧が死んでからは特にね。私が思うに淫魔族あたりかしら」
「だがシズル=サン、シラヌイ=サンが連中に劣ることがあるか?」
「むしろ、搦め手以外でどうこうできる人じゃないでしょ。死霊騎士連中はコソコソしてる割りに脳筋なところがあるから、蓋然性は低いと思うわよ。ノマドがやったのなら、それこそもっと早くにアサギや貴方を煽るために使っているでしょうし」
「ヌゥー……」
藤木戸からするとカラテ・インストラクションを受けたこともある上、そのジツ・カラテ比が黄金比の4:6に近しい彼女が、姑息なワザばかり使う淫魔族の手に落ちたなどと認めたくなかったのであろう。ただ、言われてみると最も可能性が高い勢力は、四年前からヨミハラを蚕食しつつある淫魔族であることも事実。
何度もマゾクスレイヤーが叩き潰しても涌いてくる陰湿さといい、中々尻尾を出さぬ狡猾さからして、未だ魔界の奥深くで策謀を練っている淫魔王が首魁だとするのは中々どうして的を射ているようにも思えてきた。
淫魔族は現状、ヨミハラで巨大な勢力を築いている訳ではなく、金看板を掲げて堂々やっている訳でもない。
だとするなら、目抜き通りにデカデカと、それこそ看板に泥を投げつけるような血濡れのメッセージに反応しなかったとしても何ら不自然ではなかった。
彼等は気にしていないのだ。この地における名誉や名前というものを。
「これは本気で捕らえてインタビューせねばならぬな」
「そうね」
対魔忍の中では政治的な方面に頭が回る二人の考察に、まだ勉強が足りない勢と脳内筋肉率が高い勢は、そこまで考えを及ばせるものかと首を傾げたが、二人にとって別勢力の介入が分かった時点で警戒するべき事項なのだ。
ただの人質奪還ミッション前哨戦かと思ったら、大変なことになったと思っていると、しばらく自分に命令は来ないと思ってクウトン・ジツで監視をしていた凛子が声を上げた。
「どうした」
「矢崎・宗一が来ました! 不知火さんとしか見えない女性を連れて!!」
そして、事態は一息に動き出す。
「センセイ!」
「……動くか」
弟子に急かされたのもあるが、開店より早い時間に訪れたことに何らかの意図を察した藤木戸は、これを好機と見て頷いた。
殺戮者が、今静かに同胞の手綱を離そうとしていた…………。
オハヨ!
間が空いてゴメンナサイ!!