デン・ジツ。それはかつて神の権能であった稲妻を人が操るジツであり、こと殺傷能力において生中な火や風とは比べものにならない火力を誇る。
100ボルト50アンペア。戸建ての一般的な電流と電圧でさえ、不用意に触れれば人は容易く死ぬ。それが正しく天より降り注ぐ雷と同じ威力であれば、億が一にも生存することは不可能だ。
「イヤーッ!!」
「「「アバー!?」」」
クウトン・ジツによる転移による僅かな気味の悪さを感じながら、ゆきかぜは警備室に出現したのと同時に広範囲へ高電圧の雷撃を撒き散らした。
ライトニングシューターによって加減されていない、野放図に撒き散らす本気の雷撃だ。たった一撃で警備室に詰めていた五名の武装オークと二名の魔族は、焼き加減を誤ったベーコンめいて黒焦げになりオタッシャ重点。警備の中枢を司るはずの施設は、瞬き一つ分の時間で呆気なく占領された。
「ヨシ、と。アルファ2よりロメオ1、警備室の制圧完了。設備は……奇跡的に無事です」
『よくやったアルファ2。警備室からカメラでパッケージ2と1の現在位置は確認できるか?』
ゆきかぜは魔族達が死んでいることをつま先でつついてダブルチェックすると、咽頭型マイクを押して指揮官に制圧を報告した。フォネティックコードを使い捨ての符丁としている藤木戸は、ゆきかぜの攻撃で総ての機能が落ちていることも覚悟していたが、カメラが使えるなら丁度良いと確認させた。
「……お母さん!!」
『アルファ2』
「あっ、す、すみません。パッケージ3が……2と一緒にエレベーターで上階に上がっています」
反射的に母の姿を見て声を止められなかったニュービーは、上官から窘められて慌てて言葉を繕った。そして、大量に並んだカメラの映像から対象を見つけ出し、状況を報告する。
彼女の母、不知火は確かにそこにいた。
矢崎・宗一の腕に絡みつくように撓垂れかかり、優しく家庭的だった時とは似ても似つかぬ淫靡な笑みを浮かべて。
尻を掴まれても払うどころか笑っている姿に、ゆきかぜは発作的にデン・ジツが体を迸るのを止められなかった。
父が対魔忍として後進を守って立派に散華したというのに、何をしているのだと頭に血が上ったのだ。
「スゥー……ハァー……」
しかし、任務、任務だとチャドー呼吸で昂ぶる心を落ち着け、行く末を見守る。エレベーターは最上階で止まると、VIP室ではなく支配人室へと二人は向かった。
「……落ち着きました、ロメオ1。パッケージ2と3は支配人室に向かいました。そこにはカメラがないので中までは分かりませんが」
『そこはブラボー1に監視させる。オヌシは主電源室に迎え。上首尾に運んだならば、地下警備員詰め所も制圧せよ』
「了解」
激情を押し殺しながらゆきかぜは電源室に向かうと、そこでは一人の人間とオークが点検作業を行っていた。
しかし、服装からしてただの傭われ電気工だと判断した彼女は、二人の背後に忍び寄ると銃口を突きつけてホールドアップさせる。
「ひっ!? こ、殺さないでくれ!!」
「命令なら何でも従うぞ!!」
「アンシンして。殺さないから。これ、自分で巻いてくれる?」
対人用タイラップを足下に放り投げたゆきかぜは、二人が大人しくそれで互いを拘束するのを見届けると、部屋の隅っこに行くように命じた。
さて、ここでデン・ジツを使えばいいと思った読者もいるやもしれないが、ジッサイに電流を浴びて気絶するということはない。スタンガン程度の電流と電圧であれば痛いだけで昏倒することはできず、さりとて意識を刈り取るような威力は下手をすると心停止しかねない。
そして、後遺症の危険があるのはカラテで殴り倒すのも同じなので、ただ真面目に仕事をしにきただけの作業員には危険すぎる。
ただ、この二人もヨミハラで働いて長いからか、キケンへの対抗策がきちんと分かっているようだ。
「縛りました!」
「目も閉じてます!!」
抵抗せず、素直に暴威が吹き去るまで待つ。最も生き残る可能性が高い処世術を心得ているのはサスガは地下の住人というところだろう。ご丁寧なことに互いを縛り合った二人は、隅っこで蹲って何も見てませんとアピールしてみせる。
「これが主電源。よぉーし」
ゆきかぜは大きな配電盤の配線を素手で掴むと、一息に引きちぎり、迸る電流を押し返して最大出力で流し込んだ。
「うわぁ!?」
方々で過電流に耐えかねた電灯が弾け飛び、接続されていた電子器機がショートして煙を噴いた。
一方でゆきかぜは無傷! ツインテールをたなびかせ、煤一つ浴びずに立つ姿はサスガのデン・ジツ使いと言うべきか! タツジン!
「全システムショート!」
『よくやった。アルファ班ブラボー班を突入させる』
宣言の一秒後、上階を揺るがす轟音が鳴り響く! 殺戮者三名が扉を蹴破ってエントリーしたのだ! そして響き渡る悲鳴と怒号! 何たるサツバツ!!
「よぉーし、私もガンバルゾー!!」
師匠が聞いたら、そのチャントは禍々しいから止めなさいと言われそうな気合いを入れて、ゆきかぜは腰の多目的ツールポーチに収めてあった、小型暗視装置型の眼鏡を装着した。絶縁体で囲んである収納に収めてあったので問題なく稼働する、米連製の新型装備に助けられつつ暗闇に躍り出て、警備員待機室に向かうと多数のオークと魔族が右往左往していた。
「いってぇ! 闇雲に動くな!」
「くそっ、誰かライト持ってないか!」
「スマホの明かりで……って、蹴るな! 誰も動くな!!」
突然明かりを総て奪われたのだから、混乱するのは当たり前だ。中でチラチラしている光は携帯端末のバックライトであろうが、大半が床に落ちているのは驚いて取り落としたからであろう。何とか明かりを付けようとしゃがみ込んだ者もいるが、混乱して走り回るバカに蹴飛ばされて遠くに滑っていく。
それがゆきかぜの足下にぶつかった瞬間、彼女はピストルカラテの構えを取って、師直伝のエントリーシャウトを発する!
「Wasshoi!!」
そして迸るアンブッシュの稲妻! 放たれたデン・ジツはショットガンめいて拡散し、落雷に等しい電流が室内を総て灼き焦がす! ゴウランガ!!
「……アイサツをするほどの相手はなし、か」
少し手応えのなさを覚えつつ、ゆきかぜは油断なく警備員達が全滅したことを認めた。
これは何も規模の割りに雑兵ばかりだからではない。作戦がバッチリ嵌まっている上、電撃的な奇襲に対応できていない中で完璧なアンブッシュが決まったからだ。どれだけ熟練の傭兵であっても、最も頼りとする視界を唐突に奪われれば反応するのは難しい。
況してや文字通り雷撃は光速にて飛翔する。それを見えない状態で回避することはジッサイ不可能。高電流を浴びて黒焦げになった警備員達が頽れていく中、ピストルカラテのザンシンをキメたゆきかぜは物足りなさに舌打ちをした。
ただ、練度は悪くないし、士気も高い。そこいらで一山幾らにてかき集められる雑兵であったならば、停電して正面と後方からエントリーしてくる敵に抵抗しようなどとは考えまい。
玄人、それも歴戦の者達が傭われている。
ならば、自分も戦闘を開始している仲間達の援護に向かわねばと、明かりの落ちた階段を駆け上ったゆきかぜは、扉を蹴破って一階へと躍り出た。
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
彼女が出たのは建物後方、勝手口付近の通用路であり、そこでは既に二名のニンジャによる殺戮の嵐が吹き荒れていた。
葉月が刀を振るう様は正に荒れ狂う嵐の如くあり、剣筋が一切見えず、斬り殺されたオークは数秒間斬られたことを実感できぬまま、動き出そうとして自らの身動きによって体が泣き別れていく。
一方で達郎のカラテも中々の物だ。下段狙いの蹴りで体勢を崩したかと思えば、そのまま胸に蹴りを叩き込んで強烈なヤリめいた一撃で胸骨諸共心臓を粉砕。そして、扉に叩き付けて次の部屋を開いたかと思えば、手を閃かせて閃光手榴弾を放り込む。
達郎はジツが使えない分、この手の小技を藤木戸から徹底的に叩き込まれていた。
使える物は何でも使う。達郎はカポエイラを主軸に据えているがボックスカラテも嗜んでおり、更には全身に隠し武器を仕込んでもいるのだ。腰のベルトには取り回しと敵に奪われづらいプッシュダガーを、そして各所のベルトにはスリケンやピンポン球大の特殊グレネードを装備している。
これをカラテの合間、要所要所で投擲してジツの代わりに隙を埋めるのだ。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「クソッ! 何処だ! どこか……ぎぁっ!?」
反面、正面玄関からは敵の悲鳴ばかりが響いている。突入したツバキはカラテにニューロンを侵食されていないこともあって声を上げず、無慈悲に、かつ効率的に敵を屠る。無音で二刀を手に踊るが如く駆け抜けて、急所を撫で斬りにしていく様は正しく死の風だ。
「タツロウ=サン! 下は制圧したわ!」
「ユキカゼ=サン! よかった! 手伝ってくれ! 思ったより数が多い!」
「ヨロコンデー!!」
合流した二人は、幼馴染み特有のコンビネーションで暗闇の中、健気に立ち向かってくる護衛を蹴散らした。背を預け合い、時に相方の体幹を頼りに重心を動かして射撃を回避して反撃、時にお互いに体を引っ張って命中弾を強引に回避させる。
同じメンターから同じ時間血の滲むような鍛錬を課されたが故に可能なコンビネーションカラテ! ジツを温存してタツジンの域にまで至ったカタナで敵を斬り倒していた葉月は、一人ならたいしたことないが、二人で組むと少し厄介だなと自分の認識を改めた。
「ま、それも当たり前ですかね。センセイが現場に出てヨシと判断したんですから」
全幅の信頼を置く師の判断は、やはり正しいと改めて理解しつつ、葉月は曲がり角から不用心に突き出されるアサルトライフルの銃身を両断。刃を右に振り抜く勢いを生かし、左足で蹴りを放って射手の首をねじ切った。
彼女のカラテも刀術と五体を組み合わせた非常に高い領域に至り、そこに人狗族の鋭敏な感覚が組み合わさってタツジンの領域にあった。その鋭さは研ぎ澄まされたカゼ・トン・ジツを用いたソニック・イアイドを使わずともグレーター級対魔忍では手も足もでないほどに高まっている。
だからこそ、気付けたのだろう。
「っ!? イヤーッ!!」
「えっ!? きゃっ!?」
「うわぁ!?」
混戦の中、唐突に達郎とゆきかぜは吹き飛ばされた。
敵の攻撃ではない。咄嗟に葉月が放ったカゼ・トン・ジツによる突風で廊下の奥に押し出されたのだ。
そして、寸間まで二人がいた場所を斬撃が通り過ぎる。
もしも葉月が少々強引な方法で回避させていなかったら、二人の両足は膝から下がなくなっていたことであろう。
「少しはできる子がいるみたいね」
「……ドーモ、ハヅキです。何者」
刃を鞘に収め、得手のソニック・イアイドを何時でも放てるよう油断なく構え直した葉月は、闖入者にアイサツを以て誰何した。
すると、影から滲むように現れるのは……一人のニンジャ!
バニースーツを思わせる陰影と髪飾りが独得の姿を、何とか空中でバランスを取り戻したゆきかぜが見紛うはずがない。
「お、お母さん!!」
「……久し振りね、ゆきかぜ」
堕ちたる対魔忍、前水城家当主、水城不知火。長刀を手に佇む姿は往事と変わることはなく、そのバストは豊満であったが、身に纏う気配だけはまったく違っていた。
濃密な魔の気配。人ならざる物だけが放つ邪悪なオーラを放つ幻影の対魔忍は、実の娘に向かってゆるりと刃を構える。
「残念よ、ここであなたにこんな再開をするなんて」
「お母さん! なんで! なんで!!」
「ごめんなさいね。でも、全てはあのお方のためなのだから」
ここで斃れてちょうだい。
その言葉をゆきかぜは、どうしても呑み込むことができなかった…………。
オハヨ!(午後二時)
正直原作を遊び直してみましたが、シラヌイ=サンが闇落ちした理由がRPGの改装含めてもフワフワしていてよく分からないという罠。