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泰然と、そして悠然と刃を構える敵手に葉月は重い重い唾を呑んだ。
今まで数多の敵手と斬り結んできたが、これは規格外だ。
師と同等、あるいはそれを上回るかも知れない力量の敵を前に本能が叫んでいる。
逃げろ、無理だ、戦うなと。
黙れ!
自らの怯懦な保身的本能に罵声を叩き付け、葉月は隙を伺う。
後方でも戦闘音が続いていることからして、正面突破を指向している師達の増援は今暫く期待できまい。
いや、それどころか。
「しっ!!」
「イヤーッ!!」
背後から唐突に涌いた、薄くて鈍い殺気に反応して葉月は180度反転しつつ抜刀した。颶風を纏ったイアイが敵の刃を弾き飛ばし、一方で推進力を得た自らの刃はヒレツにも背後から斬りかかってきた敵手の首を刎ね飛ばす。
それは、先程まで眼前で相対していた不知火と寸分違わぬ姿をしていた。
斬られた首は虚空で水に溶けて消え、ばしゃりと廊下を濡らすばかり。
これぞ彼女が幻影の対魔忍と呼ばれた由縁。
多数を煙に巻く霧のゲン・ジツ、そしてそれを乗り越えるだけの妙手を物量で叩き潰してくる、本体と見分けが全くつかず、力量まで備わったスイ・トン・ジツによる多重ブンシン・ジツ。
師はブリーフィング時に、不知火はこれを殆ど制限なく出現させられる上、自分が知る限りでは〝七体まで同時に使用できた〟との情報を与えてくれている。
つまり、前方では師達も不知火のブンシンに襲われていると見るのが妥当だろう。
増援は期待できない。自分一人でニュービー二人を庇いながら戦わねばならぬ。
上等! 刃を振り抜いた余勢を借って、背後より更に襲い来る気配に葉月は全力で迎え撃つことを決めた。
彼女のソニック・イアイドは、卓越した素のイアイに搦めてカゼの力を使うことで、尋常の何倍もの速度で抜刀できるのみならず、刃に纏わせた刃で迎撃する拳や武器を弾き飛ばして一方的に斬りかかることのできる通常ワザにしてヒサツ・ワザだ。
しかし、ニンジャに同じワザが何度も通用すると思ってはいけない。
不知火ほどのワザマエを持つニンジャであれば、その本質は先の一合で見抜かれたと判断するのが妥当であろう。
ミズ・ブンシン・ジツの恐ろしさは、たった一人のニンジャが囲んでボーで叩くという、ミヤモト・マサシも遺したコトワザの――不思議と、その名はネット検索に引っかかることはなかったのだが――体現が可能であると同時、死んでも惜しくないコマで相手のヒサツ・ワザを見切ることでもある。
ただ見ただけでは、それがブンシンなのか本体なのかの区別は不可能。故に全ての攻撃に全霊で応えねばならないが、幾度もブンシンを嗾けられては一枚ずつ服を脱がされるが如く手札が割れていくばかり。
これを打ち破るには、圧倒的な実力差で一撃の下に本体を叩き潰すか、それを上回るワザの手数で押しきるほかない。
「イヤーッ!!」
出し惜しみはしない! 葉月は四肢末端より凄絶なカゼを噴出させ、コマの如く回転した! 瞬きの間に放たれる斬撃は四回転により四撃! 師はこのワザを見て、アラシノケンとの名付けをくれたが、その威力は正しく名の如く!
完全に四連撃が決まった刹那、大気が弾けてパンと巨大な音が鳴り響く! これは須臾の間に四回の斬撃が同じ位置に決まった瞬間にのみ発生する轟音であり、完全にヒサツ・ワザが決まった時にのみ轟く死の音色だ!
藤木戸は完全に決まったアラシノケンは、自らのヒサツ・ワザ、ポン・パンチを上回る火力があると称賛していたが、タツマキめいて吹き荒れた刃の嵐は美事に不知火を刃諸共に斬り割いた! ゴウランガ!!
「くっ、やはりブンシン!!」
「やるわね、流石は藤木戸くんの弟子といったところかしら」
おお、だがしかし! 斬り割かれた不知火は直ぐに水となって四散する! ここにいたのはブンシンであって本体ではなかったのだ!
「イヤーッ!!」
また次のブンシンがぬるりと現れ斬り結んでくるので、葉月はニュービー二人を庇って攻撃を受け止めた。刃同士が食い込んで拮抗した刹那、踵からジェット噴射めいたカゼを吹き出して上段蹴りを放ち頭部を砕くが、やはりそれもブンシン!
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
「イヤーッ!!」
慌てふためく二人の背後に現れたブンシンを斬り捨て、またも死角から襲ってきたブンシンを撫で斬りにし、更に二体同時に襲ってきたブンシンを叩き斬る。
しかし、葉月の体には着実にダメージが刻まれていた! 太刀筋を見切ってしまった不知火のミズ・ブンシンは、自らが散華することを代価に僅かずつ攻撃を浴びせているのだ!
「ハヅキ=サン!!」
「二人は引いてください! 部と相性が悪すぎます!」
眼を斬り割かんとする一撃を半歩退いてメンポに傷を受けることで凌いだ葉月は叫んだ。このワザマエ、このジツの冴え、そして何よりも確実にこちらをオーテ・ツミに持って行くタクティクス。とてもではないがニュービー二人に凌げるものではない。
特に超近接線を得手とする達郎との相性が悪すぎる。相手は決死の一撃でアイウチを狙っても何も痛くないが、達郎は命を失ってしまう。幾ら師直伝のカポエイラが卓越していたとして、長刀相手に斬り結ぶのは今の彼には不可能だ。
「イヤーッ!!」
「何処まで保つかしらね」
襲いかかっては消えていくブンシンの攻撃を多彩なジツとイアイドの組み合わせで凌いでいた葉月であるが、流石にニュービー二人を庇いながらでは限界が来る。
あわや攻撃の隙を突いて首に刃が突き立つかと思った刹那……。
「イヤーッ!!」
迸る稲光! 僅かに空いた脇の下を潜った一撃が、致命の攻撃を放とうとしていたブンシンに直撃! 高電流かつ高音の一撃は、ブンシンを構築していた水を一瞬で蒸発させ、濃い水蒸気の霧へと変えてしまった!!
「ユキカゼ=サン!?」
「覚悟は、覚悟は決めた! お母さん! いや、水城・不知火!! 勝負よ!!」
命を救われた葉月は、決断的にピストルカラテの構えを取ったゆきかぜの眼から迷いが消えていることを一瞬で悟った。
困惑する少女の目から、戦う対魔忍の眼になった。
彼女は遂に決意したのだ。母が堕ちたことを受け容れ、最早討つべき存在になったことを!
「立派になったわね、ゆきかぜ」
「イヤーッ!!」
左手を突き出し、右手を腰だめにした基本の構えから向かってくるブンシンに射撃を加えて蒸発させ、その反動を生かして反転。背を預け合っていた達郎を軸に背後に回ると、二人を諸共に切り伏せようとしていたブンシンをまたもや蒸発させた!!
「俺だって! イヤーッ!!」
その蒸気を振り払うように接近してきた影に向かって飛ぶは一枚のスリケン! 湯気の僅かな揺らぎから攻撃の〝起こり〟を察知した達郎が迎え撃つ一撃を放ったのだ!
しかし、それだけであれば不知火を止めることは不可能。簡単に切り払われてしまうスリケンなれど……。
「イヤーッ!!」
大気を割って突き立つ稲妻! まるでスリケンの軌道がレーザー誘導のようにゆきかぜへ次なるブンシンの位置を報せたのである!
「よくやりました二人とも! これなら! イヤーッ!!」
「くっ!?」
ニュービー決死の反撃に応えぬ訳には行かぬと葉月がジツを練った。何体ものミズ・ブンシンが蒸発したせいで充満した蒸気! それを巻き上げるように突風を散らせば、ただのカゼよりも何倍も密度が高い突風が吹き荒れて結界となる! ただの風では寒いだけだが、猛烈な風雨となれば呼吸を妨げる無形の壁となるのと同じ原理である!!
尋常ならざる圧力を持った風に押し止められてブンシン達は後退、その隙を見逃さなかったゆきかぜの雷撃と達郎のスリケンが次々と仕留めていき、やがて廊下には靴底が浸るほどの水が溜まった!
「スゥー! ハァー!!」
三者共にザンシンを決め、攻勢が一度止んだことを確かめるとチャドー呼吸で疲弊した肉体と、枯渇し掛かった対魔粒子の補給に努める。
次はどこから来ると構える三人の鼓膜を、ぴしゃりと水音を踏む足音が揺らした。
「良い腕ね、褒めてあげる。けれど、分身を幾ら散らしたところで無意味なのよ」
「影は影、幻は幻、払えど消えず、追えば翳る」
「だからこその〝幻影の対魔忍〟」
再び多重で展開されるブンシンに、三人は果てがないのかと驚愕した。普通、ここまで高度なジツを連続発動することなど不可能なはずだ。水を自分と寸分違わぬ姿にする精度もさることながら、ジッサイに遠隔地から操るとなれば、どれだけの対魔粒子を消耗するか分かった物ではない。
一体や二体ならまだしも、二桁以上を撃退されて、まだ展開する余地があるなど人間にできていい所業ではない。
「……やれますか、ニュービー達」
「もっちろん」
「まだまだぁ」
それでも三人の心が折れることはなかった。構えを取り直し、対魔粒子を練り、予断なく決断的に最も得手とする闘争の構えを取る。
師の教えだ。後悔は死んでからすれば良い。難しいことは殺してから考えるに限る。
そんな三人を憐れむように、あるいはネズミを弄ぶ猫のように眺めていた不知火のブンシンであったが……不意に視線が上に跳ね上がる。
「そんな!?」
「スキアリ!!」
上階で何かが起こったのか、全てのブンシンの注意が一瞬逸れた。その隙を見逃す三人ではなく、イアイドが首を刎ね、雷撃が全身を蒸発させ、メイアールアジフレンチが頸部を切断する!
そして、ブンシンは再び姿を現すことはなかった。
「ハァー……ハァー……」
「良く耐えたな、三人とも」
そんな三人の元へ正面ホールで暴れ廻っていた藤木戸とツバキがやってきた。二人とも全身ずぶ濡れになっていることからして、同じように不知火のミズ・ブンシン・ジツに襲われ続けていたのであろう。
「セ、センセイ、何が……」
「本体は依然としてパッケージの護衛を行っていたため、クウトン・ジツでパッケージ1と2を拉致させた。さしものシラヌイ=サンもイクサの間に二人が何の脈絡もなく消えるとは思ってもみなかったのだろう」
藤木戸が凛子を限界まで温存しておいたのは、さしもの彼女とて幻影の対魔忍が本気で警戒している中を一機に拉致するのは不可能だろうと判断したからだ。
故に交戦し続け、溜めに溜め、注意がこちらに向ききる瞬間を待ったのである。
見えぬ札ほど怖ろしい物はない。不知火も壁を抜くなどして何者かがエントリーしてくる可能性や、さくらのような隠行に特化した者が紛れ込んでくることを警戒していただろうが、流石に凛子ほど無法な性能を持ったコマを際の際まで伏せていたとは読めまい。
不知火は一人で人海戦術が可能な理不尽なニンジャとはいえ、それを更にねじ伏せる理不尽がこの世にはいることを一瞬だが忘れた。それが勝敗に繋がったと言えよう。
全ては見せ札にして鬼札。外れないテッポダマには、こういった使い道もあるのだ。たとえ本人が少し不満そうにしていたとしても。
「パッケージ1と2は既に遠方で捕縛済みだ。地上に連れ出す準備も済んでいる」
「じゃあ……!!」
身を乗り出すゆきかぜに藤木戸はゆっくりと頷いた。
「パッケージ3を確保する。まだ最上階から動いていないようだし、動向はクウトン・ジツで把握させている」
矢崎・宗一とリーアルをふん縛った凛子は、回収班がやってくるまで廃ビルの一画でセンリガン・ジツを使って護衛対象が急に消えて、未だ事態を飲み込めていない不知火を監視中だ。機密性のため窓がないオーナールームから出るのには時間が掛かるし、彼女はスイトン・ジツを得手としているが、肉体全てを液化させるようなジツの使い手ではないため逃走手段は限られる。
そして、何よりも目標に最後まで喰らい付く気概のある対魔忍であった。
ならば、逃げずに指揮官たる藤木戸を討ち取るか拘束し、パッケージの居場所を聞き出すため交戦を選ぶであろう。
「俺とユキカゼ=サンは上階へ向かう。いいな?」
「ハイ、センセイ!!」
「ツバキ=サン、タツロウ=サンとハヅキ=サンを連れて地下研究所の確保を頼む」
「分かったわ。ま、気を付けて」
囲んだコマを取りに行くべく、マゾクスレイヤーはショウジドアを開く気軽さでVIPフロア直通エレベーターをこじ開けた。
優しき母であり毅い対魔忍であった不知火に何があったかを確かめねばならぬ。
「征くぞ」
「……ハイ!!」
二人は決断的にエレベーターシャフトを駆け上った…………。
オハヨ!(もう昼)