カキキエ隧道入り口、カブトムシ05は意を決して扉を開ける、眼前に広がる光景それは。
「な、ぜ…」
一面に広がる水面に足を踏み入れると不安定さに躓きそうになる、足元をよく見ると肉の触手が管の様に埋まっていて水だと思っていたのが羊水のように見える。
だがそれよりも不可解なことは、広場の中央に座した人間がもう一人の司令塔「垣根帝督」ではなく、
「うぅ…ひっ、あ、あ゛ぁぁっ…!」
少女は宝物のように抱え込んだ培養ポッドに縋りつきながら嗚咽交じりに悲鳴を上げる、それを心配したカブトムシ05は恐る恐る近付いていく。
この行動は軽はずみだったのかもしれない、踏み出した足が弾いた水の音が空間に響き、侵入者に気付いた少女「千羽智沙音」はぎろりと睨み付けて来た。
「か、」
赤い唇が開く。
「かぶ、と…むし」
怨嗟の目。
「カブトムシ…垣根先輩に、なり替わって…」
「踏みにじった…っ!!」
「!!??」
床に張り巡らされた触手が槍の様にカブトムシに目掛けて襲い掛かる、後ろに回避し柱に飛びつくが攻撃が止むことなく何本もの触手が旋回して足場となっている柱を壊そうと攻め立てて来る。
遠心力を利用した攻撃は鞭のようにしなりコンクリートの柱がえぐれ鉄筋がむき出しになっていく。
(これはっ…アメーバを変形させたものか!!)
実際にえぐれた柱を見るとむき出しになった鉄筋にアメーバがべったりとこびりついていた、崩れる柱を横目に羽を広げ上空で態勢を維持しながら語り掛ける。
「かえして…かえしてよ、垣根先輩を返して!!!」
「あなたが知っている垣根帝督はもういない」
「きらい…嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いっ!大っ嫌い!!」
「だからと言って無関係の人達まで巻き込むのは別の話です」
「みんな失えばいいんだ…大切な人を失って、それから…それからぁ!!」
(話は通じない…そして、あの培養ポッドに入っているのが『もう一人の私』かっ!)
脳波が共鳴しているのかそれともAIM拡散力場が同調しているのかもしくは両方が作用しているのか
こうして考えている間も攻撃の手が止むことはない、執拗に追いかけて来る触手を交わし続ける。
(どうする!?どうなだめればっ)
どんな言葉を投げかけても彼女の神経を逆撫でするだけなのは目に見て分かる。しかしカブトムシが合理的に導き出した答えはあまりに残酷で無意識のうちにその答えに目を背けてしまう。
「くそっ!厄介だな心というのはっ…」
「にげるっなあ゛ぁ!!」
身なりのいいスーツ、背中には三対の白い翼。人型に姿を変え鼠算に分裂し飽和攻撃へと態勢を構える。
暴走する少女を見据える、よく見ると体が半透明で胸のあたりに赤い光が点滅している、推察するに彼女は死んでいる、肉体があればこの場所に留まらず元の体に帰ろうとするはずだがその気配がないのが証拠だ。
「なんで…なんでよぉ、なんで先輩があんな目に遭わなきゃいけないの」
「なんであたしは先輩のそばにいれなかったの!!??」
「…っ」
悲鳴にも聞こえる慟哭が罪悪感を募らせる。
慟哭に反応して触手の数が更に倍増しカブトムシの壁を横薙ぎに振り払っていき羊水の中に墜落していく。
「なっ…」
触手の数に驚いた訳ではなく、墜落したカブトムシが次々と起き上がりこちらに向けて砲撃を放ってきた。
「干渉…いや浸蝕か!」
ネットワークからの浸蝕を防ぐためにリンクを切り離すがそれでもゾンビの様に反撃してくる。
(このままでは押し負ける!)
(あの方法しかないのか?何が足りない!彼女を救うための手段は…っ)
カブトムシは少女に向き直る。少女の涙から目を背けない。
「足りないのは…覚悟、逃げた所であなたを救えるわけがなかった…」
分裂したカブトムシを盾にし智沙音に目掛けて突進する。
「ひっ…」
近づくのを拒否するように触手がカブトムシの盾を薙ぎ払っていく、智沙音に触れるまで後二メートルという処で動きが一時止まる。
腹部に深々と刺さったままゆっくりと足を進める。
「………許さなくていい、私だけ…恨めばいい」
「……………こわいよ…」
肉のアメーバが体組織を浸蝕していくのを感じながら笑いかける。
「すまない」
智沙音から培養ポッドを奪い蓋を開ける。
「あっ!…かえして!おねがいだから…やだ!いやぁ!」
腕を容器に入れ「垣根帝督」の残滓を取り込んでいく。
「やめてえええええええええええええええええええええええ!!!!」