「どれだけ肉体の強さに自信があろうと、不意の流れ弾を食らえばそれで終わりだ」
24時間365日。自分の身を完全に守る方法など存在しない。
実際、ホワイトルームではシミュレーションの中で何度も殺されている。
睡眠中の攻撃。死角からの射撃。あるいは食べ物への仕掛け。
極限まで精神を研ぎ澄まし生存率を上げる訓練を受けてはいるが、同時に命は絶対ではない、ということも嫌というほど教え込まれている。
(2年生編12.5巻 P193より引用)
綾小路………さん………?
「…………っ!! 離してッ!!! 私はもう死ぬしか」
「下を見ろ」
「えっ……?」
下…………
「……………ひっ!?」
「震えたな。……………引き上げるぞ」
「はぁっ………はぁっ……………」
「まさか久々の再開の場がこんな殺風景な場所なんてな」
「なんで…………」
「ん」
「なんで助けたのッ!!!!!私はもう生きていてもしょうがないッ!!あのまま死ぬべきだったのにっ!!!」
「……………そうだなぁ」
私はもう死ぬ決心をしていた。これ以上惨めを晒すぐらいなら死にたかった。
せっかく死ねると思っていたのに…………!
「勿体無い、からか」
「………は?」
何を言っているの………?
「勿体無いって何…………私の人生はもう、終わったの。これ以上、生きていたって仕方が」
「終わった? 随分と思い上がったことを言うんだな」
「え………」
「始まってすらいないのに終わったなんて話があるのか」
私が言おうとしていることを、綾小路さんは先回りして潰してくる。
そのもどかしさに、苛立ちがこみ上げてくる。
「始まってないって何………私は今までずっと必死に生きてきたの。辛くて……辛くて………苦しんで…………その結果が、これ。もう終わったんだよ」
「君が生きていたことなんてあるのか。オレには『人生ごっこ』をしているように見えたけどな」
「………っ!!!」
気付けば、綾小路さんの胸ぐらを掴んでいた。とてつもない目力で、彼のことを睨みつけていた。
「松下さん」
「……………………………」
「オレと、旅行に行かないか?」
「………………………………………………は?」
綾小路さんの口から飛び出してきたのは、予想だにしない単語。
私の身体は、わけもわからずに硬直した。
「ただの旅行じゃない。『自殺の名所』への短いツアーだ」
「自殺の名所………?」
「そうだ。もし旅行を通してもまだ、君が生きていてもしょうがないと思うのならば、その時は死ねば良い。今度こそ止めはしない」
「……………………」
「さぁ、どうする。どうせ会社はもう行っていないんだろ? なら、どんな時間の使い方をしても勝手だな」
「…………………………………」
…………というわけで。
何故か私は、綾小路さんと2人きりで旅行をすることになった。
旅費は綾小路さんが全部出すと言ったけど、どうせ死ぬのだから私が出すと言って口座からお金を引き下ろした。結構貯金したけど、もうすぐ無駄になっちゃうね。いっそのこと綾小路さんに全部あげちゃおうかな。どうせいらないって言うんだろうけど。
これから向かうのは「東尋坊」。よくドラマなんかで撮影の場所として選ばれる崖で、自殺の名所として知られている。紛れもない断崖絶壁で、あそこから落ちればまず助からない。確実に死ねる。
私の最期の場所は、東尋坊に決まった。
そして、今は東京駅にいる。北陸新幹線に乗って福井まで向かって、そこから色々と回ってから最後に東尋坊に行くコース………らしい。
随分と穏やかな自殺の旅だ。
そろそろ待ち合わせの時間だけど…………。
「待たせたか」
私に向けられた男性の声。綾小路さんの声だ。私はその声に振り向く………………!?
「え………綾小路……さん…………?」
「やあ」
そこに立っていたのは、ピンク色のアロハシャツとグラサンを掛けた、物凄く目立つ格好の綾小路さん。
「えっ……何その格好……………?」
「ん? アロハシャツだが」
「いや……その………何でそんな目立つ格好にしたのかって意味なんだけど……」
「気分だからだな。今日はアロハの気分なんだ」
「………………………」
相変わらず、この人のことはよく分からない。一体どんな思考回路を持っているんだろう………。
「どうした? 何だか落ち着かないぞ」
「いや………その、恥ずかしいっていうか…………」
こんな目立つ格好の男性の隣にいたら、私も嫌でも目立ってしまう。悪い意味で。
「恥ずかしい? 奇妙なことを言うな。これから死のうって女がそんなことを考えるのか」
「…………………………………………」
………そんなことを言われたら、黙るしかなくなるじゃない。
「新幹線に乗る前に、ちょっと寄っていきたい所がある」
「寄りたい所?」
「ああ、ついてきてくれ。今の松下さんには、とても大事な所だ」
大事な所………。私は別に東京駅に縁がある訳じゃないから、綾小路さんの意図がよく分からない。
でも、今回の旅は綾小路さんが主導することになっている。私はそれに従うだけだ。
しばらく歩いていると、私たちは丸の内南口の改札手前に着いた。綾小路さんはそこで足を止める。
「ここだ」
「ここ……って。何があるの?」
「あれを見てくれ」
綾小路さんは人差し指をぴんとある方向に差した。そこに目を向けると、黒いプレートに白い文字で何かが書かれていた。
「原首相………遭難現場………?」
原首相………もしかして、大正時代の総理大臣、原敬の………。
「日本国第19代内閣総理大臣を務めた原敬が暗殺された場所だ。原については、歴史の授業か何かで習ったことはあるか?」
「…………うん」
かつての記憶を思い出す。
高育で私たちの担任をしていた茶柱先生は、日本史の授業を担当していた。当然、近代史の部分で原敬のことは習っている。
「でも、それがどうしたの?」
「今は詳しくは言わない。ただ、原は突然刺殺された。わけもわからず、気付けば心臓を刃物で突き刺され、そのまま死んでいった」
「そう………みたいだね」
プレートにもそんなことが書いてある。残酷な話だけど、そういう歴史として今に続いている。
「とても大事なことだ。それだけ覚えておいてくれ」
「………うん。分かった」
どうして急に原敬のことを話したのか、それはまだ分からなかった。
それから私たちは21番ホームに向かい、北陸新幹線「かがやき」に乗車して福井駅まで向かうことになった。
荷物棚に荷物を置いて、私たちは腰を下ろす。ちなみに私が窓側の座席で、綾小路さんが通路側の座席に座った。
「さて………これから数時間暇になる訳だが、当然何もしないということではない」
「何かすることがあるの?」
「ああ」
まさか、レクリエーションとか?
「松下さんへのインタビューだ」
「……………へ?」
インタビュー………?
「よく考えれば、オレは松下さんの過去だとかその他諸々のことをよく知らない。勿論、面接のように形式張ったものではないから、いくら時間を掛けて答えてくれても構わないし、答えを限定するものでもない。ただ、嘘はつかずに正直に答えて欲しい」
「ちょっと待って………何も知らないのに『人生ごっこ』とか言ったの?」
あの時のことを思い出して、少し腹が立った私は彼を睨みつける。散々な言われよう、私の全てを否定するような口ぶりだった。
「ああ。それは見れば分かる。どうして分かったのかは、この旅の最中で分かるはずだ」
「……………………………」
「インタビューを始めても良いか?」
不服だ。とてつもない上から目線。
でも、我慢する。この後、綾小路さんがどうやって私の自殺を止めるのか気になるから。
それだけが、私の興味。
それに、一応曲がりなりにも私の力になろうとしてくれている訳だし。
「初めて良いよ」
「よし。ならまず、家族構成から聞こうか。何人家族だ?」
「3人。お父さんと、お母さんと、私」
「3人か。家族関係は良好か?」
「…………うん。小さい頃から、とても優しくて…………私がやりたかったこと、何でもやらせてもらえた」
言っていて、心がズキズキと痛む。
その結果が、今の私なんだから。
「家は裕福だったか?」
「裕福な方だったと思う。お金のことで困ったことは無かったかな」
「成る程な。では次は、学校のことを聞いていく。小学校はどのような学校に通っていた? 名前までは言わなくて良い、公立か私立か、などだ」
「地元の公立小学校」
「中学校は?」
「そのまま進む形で地元の公立中学校」
「では高校はどこに通っていた?」
「………………………国立の高校」
「成る程な。じゃあ、大学はどこに通っていた?」
「東京の国立大学。────大学」
「何故そこに進学した?」
「何故って………結構有名な国立大学だよ?ここに進学すれば後々将来の展望だとか、可能性が広がるかなって」
「そうか。大学院には進学したか?」
………………………。
………サラッと流すんだ。
「してないよ」
「分かった。では次の質問に移ろう。小学校時代、友人は多い方だったか?」
「少なくはなかったと思う。ただ、大体女子5人ぐらいのグループで固まってたかな」
「その5人の中で、今でも連絡を取り続けている者は?」
「いないかなぁ……。中学校に上がったら、自然とバラバラになっちゃって」
「何故離散したのかは分かるか?」
離散………なんだか大袈裟な表現。でも、間違ってはいないのかな。
「成長するにつれて、人間的な波長っていうのかな。何か、合わないなってなったんだと思う」
「成る程な。では、中学校時代の友人は多かったか?」
「小学校の頃ほど、色んな人と話すことは無くなったかな。3人ぐらいのメンバーでいつも集まってた」
「クラスメイトか? 部活仲間か?」
「クラスメイト。部活はやってなかったから。運良くっていうか、3年間同じクラスで固まれたんだ」
「では、その2人とは今でも?」
「卒業後も………ちょっと事情が特殊なんだけどね。高校時代は全寮制の学校で、外部との連絡は一切禁止されていたんだ。だから、高校を卒業した頃にはあんまり話さなくなっちゃって。最後に連絡を取ったのは、もう2年ぐらい前かな……」
「なら、その2人と離れ離れになって悲しかったか?」
「悲し………さっきから表現が大袈裟だよ」
「大袈裟なんてことはないぞ。友人と久しく連絡が取れないというのは、良い気分のものではないからな」
「………………………………」
「それで、どうなんだ。正直に答えてくれ」
さっきから、ズケズケと私の心に踏み込んでくる感覚。一瞬身震いしてしまいそうな程のストレートさだけど、彼の言う通りに正直に答えることにした。
「…………悲しくはなかったかな。高校入学直後は、ちょっと寂しいって思ったけど、しばらくしたらその気持ちも無くなっていった」
「それは何故か分かるか?」
「……………本当の意味では、気を許していなかったんだと思う」
「ほう。それはどうして?」
「…………………………………」
「時間は掛かっても良い。正直な答えが聞きたい」
…………………………………。
「…………私と、釣り合っているとは思えなかった、から」
「釣り合い、か。どのような意味で釣り合っていなかったと?」
「…………学力とか、容姿とか。品性なんかも、あんまり釣り合ってるとは思ってなかった」
品性………か。
上司に身体売った女が何言ってんのって、彼女たちが聞いたら笑うのかな。
「成る程な。分かった、では高校の話に移る」
…………………………。
言っていることは、綺麗なことだとは言えないのに。綾小路さんは特に気に留めることもなく質問を続けた。
「高校時代、友人は多かったか?」
「中学校と同じぐらいだったかな。3人のグループで固まって動いてた」
私はかつての同級生、篠原さんや佐藤さんの顔を思い浮かべる。
成績はあまり良くなかった。2人とも定期試験で赤点を取りかけたり、特別試験で失敗して退学しそうになったことは何度もある。でも、何だかんだで卒業まで退学せずにいられた。
「その2人とは3年間ずっと?」
「うん。クラス替えが無い学校だったから」
「成る程な。では、今でも連絡は取り続けているか?」
「うん。お互い忙しいから毎日って訳ではないけど、月一ぐらいでは連絡を取るかな」
「そうか。ならば、その友達と自分とでは釣り合っていると思うか?」
一瞬、胸がドキリとした。
釣り合う。確かに、さっき私からそういう話を持ち出した。
でも、今度は綾小路さんから聞いてくるなんて思わなかった……。
「……………………完全に釣り合っている、とは思わない」
「ほう?」
「人間的には嫌いじゃないよ、とても良い人たちで………でも、学力とか容姿とか、そういう所ではどうしても対等には思えない……かな」
………………………。
去年送られた年賀状で、篠原さんが旦那さんとニコニコ顔を浮かべていたのを思い出す。
………………………………………………。
「分かった。では次に大学だ。大学での友人は多かったか?」
「………大学では、色んな学部の人と交流を持ったかな。就活の情報とか、色々と交換し合える方が良いかなって」
「それまでの高校のように、グループで固まったことは?」
「同じ学部の人と固まることが多かった。大学になると、女子だけじゃなくて男子も交じって行動することも多かった」
「成る程。彼らとの関係は良好だったか?」
「良好ではあったと思う。何かトラブルを起こすこともなく卒業まで過ごせた」
「では、気を許せたということか?」
「………………………そういう訳じゃ無い………かな…………」
「気を許せてはいないと?」
「…………何ていうか、良くも悪くも表面的な繋がりだったっていうか。トラブルが起きなかったのも、深く踏み込まなかったからだと思う。どことなくビジネスライク………というか……………」
「ビジネスライクか。分かった」
…………人に質問されて、口に出すと分かることがある。
……………………私って、心の底から本音を言える友人が、いないんだね。
「今度は、各年代別の将来の夢について聞いていく」
「将来の夢………」
「無ければ無かったと答えてくれて良い。それと、職業である必要は無い。こう生きてみたい、というものでも構わない。まずは小学生の頃だ。具体的にどう生きたいと思ったことはあるか?」
「あの頃は…………無いかな。あんまりそういうことを考えてなかったと思う」
「分かった。じゃあ、中学生の頃は?」
「何となく………将来はどこか大きな会社とか、外国で働いてみたいかなって思うようになった」
「ほう。それはどうしてか分かるか?」
「うーん……………親に勧められた、から? 私の学力なら、そういう将来のビジョンも描けるって言われたのが切っ掛けかな」
「成る程な。じゃあ、高校の頃はどうだ?」
「……………中学生の頃のビジョンが、ちょっとずつ形になった。最初は大使館勤務とか、国連勤務とかも行けるかなって思ったけど、段々それは難しいかなって思うようになった。でも、日本でなら有名企業に就職出来るのかもって思って、そっちに舵を切った」
「ほう。ビジョンが洗練された理由は?」
「高校はちょっと特殊な環境だったから。私って、その中だと落ちこぼれって言われてて、ここから巻き返さないとまずいって思ったら、尚更上を目指す気になったの。高校からずっと落ちこぼれの烙印を押されたら嫌だなって」
「成る程な。では、大学ではどうだ?」
「そのビジョンのまま就活まで過ごして、国内の大手企業をいくつも受けた。将来的には海外で働きたいって気持ちはやっぱりあったから、なるべく海外勤務が出来る会社で。落ちた所もあったけど、それでも日本でトップの商社に内定が貰えたから、そこに入社することに決めたんだ」
………………それが、今では間違いだったって思ってる。あんな会社に入っちゃったから、私は………。
「どうして海外勤務を望んだんだ?」
「海外を経験すれば、私の市場価値が高まると思ったから………ビジネス的にも、女としても」
「女としても?」
「あっ………」
思わず口を手で押さえる。
そこまでは言うつもりが無かった。
「女としても、とは?」
「…………………………」
ここからは、私の恋愛観に関わってくる話。
流石に……その………綾小路さんには、話し辛いっていうか……。
あれ……でも、結構嫌な部分っていうか、私の包み隠さない感情は言ってしまっている。
もう今更……かな?
「………昔から、親には言われていたんだ。将来はちゃんとした旦那さんと結婚しなさいって。私も成長するにつれて、そういう男性が良いかなって思うようになった。妥協はしたくないっていうか」
「ちゃんとした旦那とは?」
「それは………そこまで言わせる?」
「包み隠さずに言うのがこの質疑応答の目的だ」
私は綾小路さんから少し目を背けてから口を開く。
「お金があって、頭が良くて、カッコよくて………家柄も良い男性……………」
「そういう男と結婚すると、どんな良いことがあるんだ?」
「………出来ればそういう人が良いでしょ。お金がある方が色々出来るし、暮らしにも困らない。夫の頭が良くてカッコよければ………周りの人の見る目も変わる。きっと、幸せになれる」
「ほう。で、それと女としての市場価値に何の関係が?」
「………………そういう一流の男性は、一流の女性しか見ない。だから、少しでも箔を付けたいと思ったの。海外勤務経験のキャリアウーマンなら、男性としても文句は無いだろうし………って、言わなくても分かるよね?」
「包み隠さずに言う、だ。死ぬ気なんだろ?」
「…………はぁ」
……何だかため息が出てきた。
本当に私のこと分かってるのかな?
「そういった男と結婚したとして、その後は何をしたかったんだ?」
「その後って………子供を出産して………それで、幸せな家庭を作りたかった…………」
…………もう、今では無理な話だけどね。
「…………OK、分かった。これでインタビューは終わりだ」
「こんな質問で私のことなんて分かるの?」
「大体な」
「………まるで私が薄っぺらい女みたいな言い方」
「1人の人間を隅々まで知るのならばこの新幹線での旅の時間全てを使っても足りないぞ。オレはあくまで、松下さんの人生観を知ったというだけだ」
「それでどうやって私の気持ちを変えるの?」
「それは後のお楽しみだ。ただ、今の質問での君の態度や発言から、君が抱えている問題はそう複雑ではないということを確信した」
「え………?」
複雑じゃない……?
あんなに、あんなに悩んで、苦しんだのに?
「君に限った話ではない。日本人には、君と同じような悩み………いや、病といってもいい。単純だが面倒な病を患った人間が多い。終わってみれば、なんてことは無い、ただの鼻詰まりのようなもの。だが、それに気が付かない内は、まるで溺れてしまったかのように息苦しくなることもある」
「……………………………」
「だから、オレがこの旅で君を治療する。もし失敗したら、その時は君がどうするかを好きに決めれば良いさ」
本当に、綾小路さんに分かるのかな。私の気持ちが。
とても分かりそうにない。私と綾小路さんは、住む世界が違うんだから。
そう思いつつも、一応は綾小路さんの「治療」を待つことにした。
サブタイトル:『幽☆遊☆白書』 戸愚呂弟の台詞より引用
誰の曇らせが一番好き?
-
堀北鈴音
-
一之瀬帆波
-
坂柳有栖
-
軽井沢恵
-
椎名ひより
-
櫛田桔梗
-
佐倉愛里
-
長谷部波瑠加
-
松下千秋
-
佐藤麻耶
-
天沢一夏
-
七瀬翼
-
雪
-
茶柱佐枝