ようこそ綾小路がいなかった教室へ   作:せご曇(せごどん)

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百年ぶりの世紀末 泣けといわれて僕は笑った
ひさかたぶりの 世紀末 広い世界へとび出してゆく



子どものころにわかりかけてたことが

大人になってわからないまま



えらくもないし
りっぱでもない
わかってるのは胸のドキドキ
答えでもない本当でもない
信じてるのは胸のドキドキ
胸のドキドキだけ

(アニメ名探偵コナンOP 『胸がドキドキ』)




「あの投げ方、まるで…そうか、思い出した。ずっと以前に感じたと思ったこの気持ち。ワクワクと、そして全身の血が沸騰したように熱くなる感じ。俺も昔、ここぞという勝負どころではこうやってモンスターボールを投げていた。頼むぞ、とポケモンに思いを込めて。俺にもこの小僧のようにポケモンに夢中になった時があった。いつの頃からだったか、ポケモンをビジネスとしか考えなくなったのは。俺はあいつになれたのかもしれない」
(ポケットモンスター THE ORIGIN サカキの台詞より引用)




子どものころにわかりかけてたことが 大人になってわからないまま

 

「すご〜い!! 千秋は天才ね!!」

 

算数のテストで満点を取ったら、お母さんが褒めてくれた。物凄いキラキラした笑顔で、両腕を開いて私を抱きしめる。すりすりと頬擦りまでしてきた。

 

お母さんが私を褒めてくれるその瞬間は、とても嬉しく思えた。

 

「千秋ちゃんかわいい〜! そのお洋服どこで買ったの〜?」

 

新しくお母さんが買ってくれたお洋服を着て学校に行ったら、友達が皆褒めてくれた。千秋ちゃんかわいい、千秋ちゃんキレイ。皆の羨望の眼差しが、私にはとても気持ちよく思えた。

 

「千秋ちゃん縄跳び凄い………どうやるか教えて!」

 

ある日、1人で公園で縄跳びの練習をしていたら、友達の1人がそれを見ていた。

それから私は「縄跳びの達人」としてクラスに名を広めて、体育の時間にもお手本としてやることが増えていった。

 

「今日は将来の夢を書いてみましょう!」

 

将来の夢………かぁ。

 

私って、何かあったっけ。うーん…………

 

そういえば、もっと小さい頃に何かやりたいって言っていたような………あれは…………そう、あれは確か………

 

 

 

 

 

「千秋ちゃん、最近調子乗ってない?」

「分かるかも………なんていうか、自分は主役ですーってオーラが凄い。何様のつもりなんだか…………」

 

小学校高学年になると、私はよく仲間外れにされるようになった。何の話してるの、って顔を出したら、私が誘われてない週末のアトラクションの話をしていたり、気付いたらクラスの流行のものを知らされていなかったり。

 

露骨な暴力だとか、そういったものは無かった。でも、私はその時理解してしまった。

 

これが「嫉妬」なんだと。

 

それが分かってから、私は自分を押し出すのを止めた。何をしても、皆私のことを褒めてはくれない。妬み、恨む。それは私が欲しかったものじゃない。

 

でも……………心の中では、間違いなくくすぶっていた。羨望の眼差し、賞賛の言葉。心の奥底で、誰かに見ていて欲しいと思っていた。あの時の美味を、もう一度味わいたかった。

 

それは中学になっても、高校になっても続いた。テストで本気を出すことはしなかった。運動も程々に、ファッションも目立ち過ぎない範囲に留めて誰の嫉妬も買わないように努めた。

 

友達だって、クラスの人気者の人間は選ばなかった。変にプライドが高い人が相手だと、ふとした時に目の敵にされてしまうから。顔の良さだとかは、流石に隠しようがないし。

 

その代わり、内心で人を見下す時間が増えた。私よりも出来ないくせに、私よりも可愛くないくせに、そんな枕詞で人を評価する癖がついた。

 

人を見る時、自分より上か、下かで判断することが当たり前になった。

 

大学になってからようやくかな。私が再び自分を表現出来るようになったのは。

 

大学はそれまでの小中高よりも広いコミュニティ。閉鎖的でない分、目立つ人は素直に賞賛される。

 

ファッションも拘った、お化粧も始めた。元々容姿に優れていた私は、すぐに先輩たちからの注目の的になった。

 

楽しかった。久々の、満たされるって感覚。もう自分を抑えなくて良い、私を見てくれる人は大勢いる。

 

そんな感覚にどっぷり浸かって、その結果私は──────

 

 

────────────────────

 

 

 

「………んんっ」

 

あれ……………

 

私、眠っていたの……………?

 

「起きたか」

 

声のした方を見ると、そこには綾小路さんが。グラサンを額に上げて、その無機質な両目で私を覗く。

 

「起こしてくれれば良かったのに………」

「寝たってことは眠かったんだろ? これから旅行だと言うのに、コンディションが悪かったら勿体無い」

 

………確かに。

 

「そろそろ昼飯の時間だ」

「え?…………もうこんな時間」

 

もう正午を回ろうという時刻。お腹も徐々に空いてきた。

 

「でも駅弁なんて買ってないよ? 次の駅まで待つしか……」

「いや、それには及ばない」

 

綾小路さんはリュックサックに手を突っ込むと、青い風呂敷を取り出した。

 

「それは…………」

「オレが家で調理してきた特性手作り弁当だ。電子弁当箱だから、数時間経っても温かい」

 

差し出してきたお弁当箱を両手で持ってみると、確かにほんのりとした温かさが掌を伝ってくる。

 

「綾小路さん、料理するんだ」

「子供の頃は料理を習っていなかったからな。興味を持って、イチから鍛えた。それに、旅に自炊は付き物だしな」

 

確かに、言われてみればそうだね。

 

「さぁ、食べよう」

 

綾小路さんも同じ色の風呂敷を取り出す。2人分作ったんだ。

 

「ありがとう………」

「礼には及ばないさ」

 

風呂敷を開いて、お弁当箱を開けてみると………。

 

「これ…………」

 

目に映ったのは、オーソドックスなメニュー。

 

白米にシャケのふりかけが散りばめられている。おかずは唐揚げ3個に卵焼き。プチトマトが2個入っていて、ゴボウ炒めも少々。

 

特性弁当って聞いたから何かと思ったけど、特段変哲は無い。

 

でも……………。

 

「良い香り………」

 

何だか、小さい頃の遠足のお弁当みたい。

 

お箸を手に持って、私は口を開いた。

 

「いただきます………」

 

まずは白米をお箸でつまんで、口に運ぶ。

 

「…………………………!」

 

え………!?

 

うそ…………

 

「美味しい…………」

 

ただのお米と、ただのふりかけのはずなのに…………。

 

私の箸は、既に唐揚げへと伸びていた。1個をつまんで、口に運ぶ。

 

かぶりつくと、鶏肉の肉汁が溢れてくる。作ってから時間が経ったからか衣はふやけていたけど、それが全然気にならない。

 

卵焼きも箸で刺してから噛む。甘い汁と香りが伝わってきて、凄く良い。

 

何これ。

 

美味しい。

 

今年食べた物の中で、一番美味しい…………!

 

あれ………。

 

涙まで……………。

 

目元を拭って、食事を再開する。

 

美味しい………

 

美味しい…………

 

美味しいよ……………!

 

 

 

「ごちそうさまでした……………」

 

食事が始まってから何分が経ったのかは分からない。

 

気付いたら、お弁当は空になっていた。

 

「凄いガツガツ食べてたな」

「え?」

 

綾小路さんを見ると、まだお弁当の中身はそれなりに残っている。

 

「………………っ!!」

 

もしかして、食い意地が張ってるって思われた……?

 

頬が紅潮するのを感じる。でも、綾小路さんは笑うこともなく話を続けた。

 

「恥ずかしがる必要は全く無い。最近はあまり食べてなかったんだろ?」

「え………あ………」

 

そういえば………ずっと家に引きこもっていたし、何かを食べるような精神状態じゃなかった。

 

「顔色を見れば分かる。いくら化粧をしても、やつれ具合まではそう隠せないさ」

「……………うん」

 

綾小路さんには、何でもお見通しってことだね。

 

「どうだ、美味かったか?」

「うん…………」

 

本当に、本当に美味しかった。

 

「その気持ちだ」

「え?」

「その気持ちを忘れるな」

 

この気持ち…………?

 

「君はその庶民的弁当を食べて、美味しいと感じた。あんなにポロポロ涙を流しながら、まるで貪るように食べていった。それが重要だ」

「………………………………」

 

………ま、まぁ美味しかったよ?

 

でも、それだけで私は自殺を取り止めるとは言っていない。

 

まだ私たちの旅は、始まったばかりなんだから。

 

 

 

 

それから1時間程して、私たちは福井駅に到着した。

 

「わ……恐竜…………」

 

駅から出ると、早速恐竜の像が目に飛び込んできた。

 

「福井は恐竜が有名だ。駅の周辺なんかは特に、恐竜のアピールが多い」

「そうみたいだね………」

 

初めて来たから、迫力のある恐竜たちの姿に少し面食らう。

 

「これからどうするの? 恐竜博物館にでも行くの?」

「博物館? いや、行かないが」

「えっ?」

「オレたちは観光に来た訳じゃないからな」

「そ、そう…………そう、だよね」

 

そうだ。

 

あくまでも、私はここに死にに来たんだ。

 

「今、ちょっと残念そうな顔をしていたぞ」

「え……」

「これから死ぬ女が、執着見せるのか?」

「……………うるさい」

 

さっきから、そればっかり。

 

何かあったら、それをダシに色々言ってくる。そう言われたら、こっちが何も言えないのを知ってるのに。

 

「じゃあどこに行くの」

 

少しぶっきらぼうに尋ねると、綾小路さんはひとりで歩き始めた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

私を置いていく気なのかな。

 

仕方なく、綾小路さんの歩く方へ小走りで向かった。

 

「オレはこの旅で、特別な場所に行くつもりはない」

「え?」

「それは今の君には不要だ。もっと身近、もっと手近なものでいい」

「何それ。じゃあどこに行くの?」

「温泉旅館」

「え?温泉?」

「オレの友人が経営していてな。電話をしたらタダで泊めてくれるって話になったんだ」

「それって、旅をしていた時の?」

「ああ」

 

それから私たちは、駅から少し離れた所でバスに乗った。その旅館があるって所まで、大体30分ぐらいかかるらしい。

 

私たちは停留所からバスに乗り、綾小路さんのお友達がいるという旅館を目指した。

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

ここは……………。

 

「温泉旅館『池ぽちゃ』」

 

池ぽちゃ………。

 

池ぽちゃ……………?

 

何だか、物凄く縁起の悪そうな名前。ゴルフでボールが池に落ちる、あれのことでしょ?

 

しかも、そんなに大きい訳でもないし、綺麗って風にも見えない。

 

和風の造りにはなっているけど、雅とか風情ってものはあまり感じられない。

 

「ここが本当に温泉旅館なの?」

「そうだ。大きい旅館ではないが、きちんと露天風呂もある。まぁ、今のオレたちにはこれぐらいがちょうど良いだろ」

 

今のオレたちって………。

 

「さて、入るか」

 

綾小路さんはまだどこか腑に落ちていない私をよそに、入口の戸を開いた。

 

「さあ」

 

綾小路さんが振り返って私を見る。もうこうなったら、私にどうこう言えない段階だね。

 

せめて、変な虫とかが出ませんように………。

 

戸を開けると、そこには「旅館」って感じの光景が広がっていた。濃い茶色の床、ちょっと汚れた白い壁。どこか古臭い電灯……など。

 

やっぱり、綺麗な旅館って訳ではない。

 

「清隆!!」

 

すると、前方から叫ぶような男性の声が聞こえてきた。

 

清隆、たしか綾小路さんの名前だよね。

 

「オイオイ、今のオレは客だろ。『ようこそお越しくださいました』ぐらい言わないのか」

「何だよ水臭いなぁ………って、そっちの子は?」

 

私もこちらに駆け寄ってきた男性に目を向ける。茶髪で、あまり背格好は良くない………どこかで見たような………?

 

「電話で言っていた、オレの連れだ」

「連れ…………って、もしかして嫁さん!?」

「違う」

 

!!

 

突然そんなことを言われた私は、胸が高鳴るのを感じた。

 

そういう風に見えたの? 別に、そんな関係じゃない……よね?

 

「この人は松下千秋さん。訳あって、オレは今回彼女の旅に同行することになった」

「よろしくお願いします」

 

一応、社会人としての礼節はわきまえる。私は男性にペコリと頭を下げた。

 

「松下? 松下………………」

 

だけど男性は、私の名前に聞き覚えがあるのか、顎に手を当てて天を仰いだ。

 

私たち、初対面だよね?

 

「松下……………………って! 松下!!?」

「うわっ」

 

びっくりした………。

 

いきなり大声を出されて、私はまたも心臓の高鳴りを感じ取る。

 

でもその反応、もしかして会ったことがあるの……?

 

「俺だよ俺!」

「へ?」

「高校ん時、同じDクラスだった池!!」

「い、池?」

「そう!つっても、最初の2ヶ月で退学になったけど!!」

 

池………退学…………最初の2ヶ月……………

 

………まさか!?

 

「………って、あの池くん!?」

「そうそう!」

 

え………?

 

定期試験で赤点取って、そのまま退学になっちゃった池くん……。

 

確か他にもいたはず…………………………須藤くんと………………山田くん?だったかな?

 

「何だ知り合いか?」

「高校の時のクラスメイトなんだ。松下の方が覚えてたかは知んねーけど! 俺はクラスの可愛い子ちゃんたちのコトはバッチリ記憶してたからなぁ………」

 

うわ………

 

ちょっとそれで覚えられていたのは、聞きたくなかったかな……。

 

「さぁ、早速上がってくれよ! 2人のために部屋を用意してあるからさ!」

 

 

 

 

「で、何で同室なの?」

「問題が?」

 

大有りでしょ………。

 

私たちが泊まる部屋は、そんなに広くない和室。眠る時だって、大きく間隔を空けてから眠ることは出来ない。

 

つまり、もし綾小路さんが変な気を起こしたら………。

 

「思い上がりたな」

「は…………」

「松下さんの理屈によれば、オレみたいな男はもう松下さんを見てはくれないんじゃないのか?」

 

………?

 

「何を言ってるの………?」

「まぁ、その内教えるさ」

 

………………。

 

分からない人。

 

 

 

 

私たちは部屋に荷物を置くと、旅館を出ることになった。

 

まだ昼といえる時間帯。これから温泉に入る訳でもないし、かといって部屋にじっとしていても何かあるということでもない。

 

「どこに向かうの?」

「公園だ」

「公園?」

「別に観光スポットとかでも何でもない、ただの地元の公園だ」

 

どうしてそんな所に………。

 

綾小路さんの思惑は分からないまま、私たちはその目的の公園にたどり着いた。

 

東京で見るのとそう変わらない公園だ。緑の芝生に、ベンチがいくつか。そびえ立つ街灯に、生い茂る木々。

 

何の変哲もない公園。

 

「ここで何をするの?」

「今、ここら辺には人が誰もいないよな」

「え?」

 

綾小路さんに言われて周囲を見回してみたけど、確かに誰もいない。平日、っていうのもあるんだろうけど。

 

「つまり、オレたちが何をしようと、何か言う奴はいないって訳だ」

「………………!」

 

まさか、綾小路さん………!

 

本当に…………

 

「ほら」

「えっ」

 

急激に警戒心が高まったのも束の間、綾小路さんは手に何かを持って私に差し出してきた。

 

「これ…………」

「縄跳びだ」

 

ピンク色の、これまた不思議な所は無い縄跳び。

 

「どうして?」

「オレは日本の小学校に通ったことが無いから分からないが、縄跳びってのは女子の間ではポピュラーな遊びらしいな。やったことはあるか?」

「それは………」

 

当然ある。それどころか、小学校の頃は私は縄跳びが得意だった。

 

「オレとやってみないか、縄跳び」

 

そう言う綾小路さんの右手には、青い縄跳びが。わざわざ2つ用意していたんだ。

 

「でも、今は跳び方なんて…………」

「そうか? 身体は覚えているもんだぞ。試しにオレがやってみる」

 

綾小路さんは私から距離を取って、両手にグリップ部分を握る。

 

何回かジャンプしながら縄を回転させると、ある瞬間から縄の速度が変わった。

 

「……!」

 

二重跳び………。

 

何でもないという顔で、まずは二重跳びを見せてくる。その回数が20回を超えたあたりで、ますます縄の速度が速まる。

 

「三重跳び…………」

 

ビュン、ビュンと縄が空気を切る音が耳に入ってくる。

 

この音、この瞬速を体現したかのようなリズム。

 

私はこの音を………。

 

「と、こんな具合だ」

 

三重跳びを10回ほど続けた後、綾小路さんは跳ぶのを止めた。気持ちの良い音楽は、そこで途切れてしまう。

 

「どうだ、やってみないか?」

 

綾小路さんは私の前まで来て、私が手に持つピンク色の縄跳びに目を向ける。

 

綾小路さんは汗一つかいていない。歳は私と変わらない、もうアラサーのはずなのに。いくら身体を鍛えているからといって、こうも差があるんだと思わされる。

 

「…………無理だよ。綾小路さんは出来るかもしれないけど、今の私はもう身体が鈍っちゃってる。昔みたいに跳べる気はしない」

「それはやってみなければ分からないことだ。それに、オレを見ている時の松下さんは、そんな面はしていなかったぞ」

「えっ………」

「まさにオレの跳びに目を奪われている様子。興味が無い奴には、あんな顔は出来ない。それも、見世物としての興味ではなく思いを馳せるような瞳だ」

 

私、そんな感じだったの………?

 

自分では意識していなかったけど……。

 

「でも、私は………」

「それに、オレは出来るかどうかを聞いたんじゃない。『やるか、やらないか』って聞いたんだ」

「………!」

「どうする?」

 

綾小路さんは、真っ直ぐと私の目を見て話す。

 

…………いつもそうだ。

 

この人は、目を逸らして話すことをしない。

 

私を見ている時は、私の目を見て話をする。私の心の中を覗くように、そして本音を引きずり出すように。

 

「………やる」

 

私は綾小路さんから距離を取って、グリップを左右に握った。

 

「ふぅ……」

 

ひと息をついて、正面を見る。

 

あの時の感覚、もう10年以上はこうして縄を持ったことはない。

 

「…………」

 

無言で跳び、縄を回し始めた。1回、2回、そして3回目でスピードを速め、二重跳びにする。

 

「っ!!!」

 

しかし、2回目の二重跳びで脛に当たってしまい、途切れる。

 

「ったーー………」

 

速さがあるだけに、当たったらやっぱり痛い。

 

「どうした、そんなもんか?」

 

それを見ていた綾小路さんが、私に野次を飛ばしてきた。

 

その一言にちょっと苛立って、私は彼の方を睨みつける。

 

「まだだよ」

 

私は再び体勢を整えて、ジャンプする。数回ジャンプして感覚を掴んでから、再度二重跳びに挑戦。

 

今度は2回目で躓くことはなかった。ビュオビュオ、という心地の良い音が耳を撫でる。

 

しかし、3回目にして今度は爪先に当たってしまい失敗。

 

想像以上に、腕前が劣化している。

 

「まだまだ………」

 

でも、止める気にはなれなかった。火がついちゃったのかな。もっと跳びたいって思うようになった。

 

次の挑戦。

 

二重跳びに移ってから4回目、まだ途切れない。5回目、大丈夫。

 

6か………いたっ。

 

失敗。

 

でも、まだやれる。まだ全然跳び足りない。

 

もっと聞いていたい。あの音を、もっと続かせたい。

 

もっと、あの音を…………。

 

 

 

 

 

 

私は縄跳びが好きだった。

 

初めて学校で教わった日は、家に帰ってお母さんに買ってもらった。

 

次の日から、公園で1人で練習するようになった。最初は基本から、普通に前回し跳びで。10回、20回、30回。100回出来るようになった頃には、他の跳び方を教わった。

 

次第に出来る跳び方が増えていくにつれて、私は自分が好きな跳び方があることに気が付いた。

 

二重跳び。

 

一度のジャンプで、2回縄を回す跳び方。

 

高速で縄が動くから、風をビュンビュンと切る音が鳴るんだ。

 

それが、とても気持ちいい。私はその音が好きだった。

 

その音が聞きたいから、何回も飛べるように練習した。気が付くと10回、20回と跳べるようになった。

 

そんなある日、私が練習している所をグループの女の子が見つけた。そんなに跳べる人は他にいなかったから、私の技術はすぐに他の人にも広まっていった。

 

すると、休み時間や体育の時間に、皆にやってみてと言われることが増えた。

 

私は皆の前で何度も跳んだ。すると皆は、私のことを褒めてくれた。凄い、どうやるの、もっとやって、私もあんな風に跳びたい。

 

そんな数々の声を聞くのは、とても気持ちが良かった。何かが満たされる気分だった。

 

いつしか私は風切音を聞くためではなく、称賛の声を聞くために跳ぶようになった。新しい跳び方を覚えると、わっと歓声がわく。それが気持ち良くて、何よりも喜ばしかった。

 

 

でも、いつかは皆飽きていく。

 

縄跳びは止めて、他の遊びに移っていった。

 

当然、もう私を褒める人はいなくなった。あれだけ聞こえてきた歓声は、もう少しも耳に入らない。

 

皆が縄跳びを止めたのとほぼ同時に、私も縄跳びを止めていた。

 

風切音がどんな音だったのか、その頃にはもう覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ……………………」

 

何回跳んだんだろう。

 

もう耳の中は、あの風切音しか聞こえない。ただひたすら、夢中だった。

 

こんな歳になって、まだこんなに跳ぶんだってぐらい夢中で跳んでいた。

 

「どうだ?」

 

久しぶりの綾小路さんの声がする。

 

私は彼の方を振り向いた。

 

「はぁっ…………どう? 私も少しは出来るでしょ?」

 

「まだまだ甘いな」

 

……………。

 

ここまでやったのにまだそんなことを言う綾小路さんに、私はムッとする。

 

「だが……………」

「…………?」

「楽しかっただろ?」

「……………!」

「松下さん、ずっと笑顔だったぞ。ただ跳んでるだけなのに、何がそんなに面白いのかってぐらいな」

 

私が……………?

 

「ブランクもあるんだろうが、オレから見ればまだまだ。じゃあどうだ、楽しくなかったか?」

「…………………………」

「自分に正直になれ」

 

「楽しかった…………」

「……………」

 

「本当に……本当に楽しかった………!」

 

 

 

 

パシャ。

 

そんな音に、一瞬驚く。

 

「綾小路さん………?」

 

綾小路さんはスマホを手に持って、私に寄ってきた。

 

「これが今の君の顔だ」

 

そう言って、画面を私に向けてくる。

 

そこに映っていたのは………。

 

「これが……私…………」

 

「これが、人生終わった奴の顔か?」

 

 

まるで子供。

 

隙だらけで、優雅さは欠片もない。

 

でも…………………

 

 

 

 

 

「ほら、飲んでおけ」

 

綾小路さんは近くの自動販売機で青いラベルのスポーツドリンクを買って私に差し出した。

 

かなり長い時間熱中していたみたいで、もう夕日が差し掛かる頃になっている。汗も結構流れていたから、身体が水分を欲していた。

 

ペットボトルを受け取り、キャップを開ける。中の半透明のドリンクをごくごくと飲んでいく。

 

凄く美味しい。生命力が、身体の奥底から漲ってくる感覚。

 

こんな爽快感、いつぶりだろう。

 

「ぷはっ!」

 

「美味いか」

「うん……………」

「それはそうだ。汗を流した後の飲み物っていうのは世界一だ。そうだな………ロマネ・コンティと同じだな」

「ロマネ・コンティ………?」

「オレのイチオシだ」

 

………って、あの高級ワインの?

 

「飲んだことがあるの?」

「ああ。値は張るが、あれは美味いぞ、まさに格別、世界一の美酒ってやつだ」

「ふーん………世界一なのに2つあるんだ」

 

 

「良いだろ、世界一がいくつあっても。美味いモノは美味いんだからな」

 

 

 

「フフッ、何それ…………」

 

 

 

本当に、不思議な人だね。

 

 

 

 

誰の曇らせが一番好き?

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