ようこそ綾小路がいなかった教室へ   作:せご曇(せごどん)

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あしたっていつのあしたよ?

 

 

公園での縄跳びを終えた私たちは、そろそろ夜の時間になるため「池ぽちゃ」に戻ることにした。

 

やったことといえば、ただ縄跳びをしただけ。本当に、たったそれだけのこと。

 

でも、悪い時間じゃなかった。

 

うん………悪くない………

 

全然、悪くなかった…………

 

こういうのって、悪くない……………

 

「さて……戻ったら風呂だな」

「温泉旅館だしね。どういう風になってるんだろう」

「広さはさして無いが、湯加減は中々に良い。疲れも落とせることだろう」

 

そうなんだ。

 

旅館の見た目からはあんまり想像つかないけど、綾小路さんがそう言うなら少しだけ期待しようかな。

 

 

 

池ぽちゃに戻った私たちは、着替えの浴衣を持って温泉へと向かった。

 

当たり前だけど、男湯と女湯に分かれている。そして近くにはマッサージチェアに、コーヒー牛乳などが入った自動販売機など、入浴後も身体を休めるための設備が整えられていた。

 

お風呂を出たら、座ってみるのもありかも。というか座りたい。この歳になってくると、身体のコリとか、その他色々な疲れの波が徐々に押し寄せてくる。あんなに動き回れるのは綾小路さんが異常なだけだ。

 

ここからは別行動。綾小路さんは「男」と書かれた暖簾に手を当てながら私を見た。

 

「じゃあ、また後でな」

「うん」

 

私も「女」と書かれた暖簾をくぐり抜けて、脱衣所に入る。服を脱いで、脱衣籠の中に入れる。

 

思った以上に汗だくだ。身体がベタついて気持ち悪い………。

 

早くお風呂に入りたいけど、まずはシャワーだね。

 

シャンプー系統はちゃんと揃ってる。髪の毛から順に洗っていって、ひとまず身体の気持ち悪い汚れは落とせた。

 

「さて………」

 

室内の温泉も当然ある。あまり大きくないのはその通りで、一定の間隔を空けてから入れるのは5人ってぐらいの広さかな。

 

今は私しかいないからそれは問題無いんだけど、どうせなら露天風呂に入ってみたい気持ちもある。

 

私は露天風呂へと通じる戸ドアを開けて、外の空間へと足を踏み入れた。

 

「ふぅぅっ………!」

 

すると、急に身体が冷え込む。4月とはいっても、素っ裸で外に出るのは流石に寒い。しかも、さっきシャワーで身体を濡らしているから余計に。

 

露天風呂は石造りのオーソドックスなもので、こちらも間隔を空けてから入れるのは4人ぐらい。湯気がもくもくと込み上げていて、早く入りたいと思わせてくる。

 

私は滑らないように、かつ急ぎ目に足を前に進めながら、水面に爪先を潜らせた。

 

「熱っ………」

 

やっぱり熱い。反射的に足をお風呂から離してしまった。

 

でも、熱いのは最初だけ。身体ごと浸かってしまえば、徐々に慣れてくる。

 

ゆっくりと両足をお風呂に入れて、座りこんで胸元まで浸かった。

 

「…………………はぁぁぁ……………気持ちいい………………」

 

癒される……………

 

学生時代には味わえなかった感覚だね、これ。あの時はただ温かい、ってぐらいの認識だった温泉だけど、今では一種の肉体浄化作用を持っているように思える。

 

だらしのないため息が漏れてしまったけど、これはガス抜きの結果だから仕方が無い。綾小路さんには聞かれて欲しくないけど。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、極楽だぁ」

「うわっ!?」

 

びっくりした………

 

え?

 

「綾小路さん…………?」

 

どうして綾小路さんの声が………。

 

あ、あの柵…………男湯と女湯は隣り合っているから、一応露天風呂ならお互いの声が聞こえるんだ。

 

「存分にくつろげているようだな、松下さん」

「えっ? あ………うん…………」

 

私のため息なんてかき消してしまう程の綾小路さんのため息。

 

綾小路さんも疲れていたのかな。

 

「温泉に来たのはいつぶりだ?」

「うーん、大学生の頃以来かな。その時は箱根だったけど」

 

今では懐かしい、箱根温泉に友達と行った記憶。アルバイトをして、お金を貯めて行ったっけ。

 

「綾小路さんは?温泉は行くの?」

「ああ。国内外の様々な温泉に浸かった」

 

そっか、綾小路さんって旅してたもんね。

 

「外国の温泉で良かったって所はある?」

「あるぞ。コロンビアにある『トトゥモ火山』にある泥温泉だ」

「泥温泉……?」

 

泥なのに、温泉?

 

というか、火山……?

 

「トトゥモ火山は泥火山でな。地下から噴出してきた泥が堆積して山のようになったんだ。マグマの火山って訳じゃないから、危険は無い。しかも高さは20メートルほどと、火山と呼ぶにはインパクトに欠けるサイズ感だ」

「へー………でも、泥温泉って何なの? あんまりイメージ出来ないけど……」

「トトゥモ火山の中には泥がある。水みたいな液状の泥だ。その泥には浸かることが出来てな。肌をツルツルにする効果がある。しかも泥はプカプカと浮かぶので、沈んでいく心配は無い」

「沈む?」

「泥の深さは1000メートル以上と言われている。だから、浮かびはするものの足をつく場所は無い」

 

1000メートル…………。

 

もし沈んでしまったら……と考えるとぞくっとする。プカプカ浮かぶってことだから、その心配は無いんだろうけど。

 

「コロンビアって言ってたけど、南米の国には他に行ったの?」

「まぁな。全てではないが、主要な場所は回ったつもりだ」

「へぇ………良かった国とかある?」

「ある。どの国も良かったが、オレが特に気に入ったのは─────」

 

 

 

 

 

 

綾小路さんの話に聞き入っていたら、結構身体が熱くなっちゃった。

 

のぼせるとまではいかなかったけど、あれ以上長くいたら良くなさそうだったので切り上げてお風呂を出た。

 

バスタオルで身体の水分を拭って、浴衣に着替える。そして今では、扇風機の前で涼んでいる。

 

「待たせたか」

 

綾小路さんの声が聞こえたので、振り返って見る。

 

「………………………!」

 

そこには当然、浴衣姿の綾小路さんがいたんだけど……。

 

さっきまでと全然印象が違う。あのおちゃらけたアロハシャツとか、場違いなグラサンが邪魔をしていたけど………綾小路さんって、かなりハンサムだ。

 

だからか、浴衣姿はどこか風情があるっていうか、カッコよく見える。

 

「どうした、ジロジロ見て」

「え……」

「オレに見惚れたか?」

「………はっ!?」

 

この人はまた、変なことを言って………!

 

「冗談だ。本気にするなよ」

「…………もう」

 

本当に、ドキドキさせるんだから。

 

「さて、自販機で買うか」

「買う? 何を買うの?」

「温泉といったらコーヒー牛乳だろ」

 

綾小路さんは硬貨を財布から取り出して、自動販売機に投入する。

 

瓶のコーヒー牛乳のボタンを押すと、ボトンという音が聞こえる。

 

「私もコーヒー牛乳にしようかな」

 

そう言ったら、綾小路さんは無言で硬貨を取り出して、コイン入れに投入する。そしてボタンを押してコーヒー牛乳を買った。

 

「ほら」

「自分のお金で買ったのに……」

「気にするな。どうせ旅費は君持ちなんだ。プラマイで言ったらオレの方がマイナスは少ない」

「嫌らしい言い方………」

 

「さて………飲むか」

 

瓶の蓋を開けると、キュポンという個気味の良い音が聞こえた。

 

「こういうのはぐいっと一気に飲むに限る」

 

綾小路さんはそう言うと、そのまま瓶に口をつけてぐびぐびとコーヒー牛乳を飲んでいった。

 

私もそれにならって飲むことにしよう。

 

「んっ…………………ぷはぁっ!!!」

 

良いこれ………染み渡る…………。

 

熱くなった身体の中に、冷たいものが染み渡る………。

 

これ、さっきの縄跳びの後のスポーツドリンクに近いかも……

 

「美味いなこれ、もう世界一で良いよ」

 

綾小路さんは瓶を見ながらそう口にした。

 

「ふふっ……世界一が沢山あるね」

「ああ。世界一ってのは、案外身近にあるもんだ」

 

身近に…………。

 

「さぁ、マッサージチェアに座るか」

「…………そうだね」

 

お風呂を出たら座るって決めていた。

 

2人で黒いマッサージチェアに腰を下ろす。肘掛けの隣に設置されているリモコンを手に取り、早速起動する。

 

強度は……試しに「2」でやってみようかな。

 

「ん〜…………」

 

足腰が締め付けられていく。久しぶりの感覚だ。

 

でも、イマイチ強度が足りない。あと一押し………「3」にしてみよう。

 

「あ……! これだ………」

 

ちょうど良い強度になった。ゴリゴリと、筋肉がほぐされていく感触。

 

「ああぁ………………」

 

凄い効く……

 

気持ちがいい…………

 

 

幸せ…………………………………………

 

 

 

 

 

 

「気持ち良かったな」

「うん………」

 

普段、こんな風に身体を休めることって中々無い。

 

「少し、オレは涼みに外に行く。松下さんはどうする」

「うーん………私はもう少しここにいようかな。外で汚れちゃったら嫌だし、扇風機で涼むよ」

「分かった。じゃあ、また後でな」

 

綾小路さんはそう言って、外の方へと向かっていった。

 

さて、私はもう少しここでくつろごうかな………。

 

「あ」

「あ」

 

 

 

 

 

「よっこいしょっと………」

 

池くんはマッサージチェアに腰を下ろすと、リモコンで電源を入れた。

 

「あぁぁぁぁっ…………キクっ…………これだよこれ………」

 

きっとさっきの私も同じ顔を浮かべていたんだろうな。

 

池くんは全身の力が一気に抜けたみたいな恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「良いの?お仕事中じゃない?」

「良いって。今日のお客さんはお前らだけなんだから」

 

それって、何だか私たち相手には手を抜いてるみたい。

 

でも、一応元クラスメイトのよしみで許してあげることにした。

 

「この歳になると色々凝るよなぁ………つい何年前までは全然気にもしてなかったのに、一気にシワが寄るみたいにさ」

「そうだね………」

 

私たちの年齢になると、普段身体を動かす人だったら気にならないのかもしれないけど、そうでない人ならちょっとずつ老いの芽が出始める。

 

私も認めたくはないけど、そっち側の人間みたいだ。

 

「ちょっと気になってたんだけどさ。松下たちって、あの後Aクラスで卒業出来たか?」

 

不意に池くんがそんなことを尋ねてくる。退学しちゃったから、当然その後の私たちのことを知るはずはない。

 

「………ううん、ずっとDクラスだったよ」

「……………そっか。今にして思えば、最初の1ヶ月であの学校のシステムに気が付いてたら、もう少しマシだったのかなって思ってるよ。まぁどの道、俺はテストで退学してただろーけど」

 

池くんは苦笑いを浮かべた。

 

その点に関しては、私も最初の1ヶ月は月10万円のお小遣いとか将来の展望が広がったこととかでハメ外しちゃってるから、池くんを責めることは出来ない。

 

世の中、そんなに美味しい話なんて無かったのにね。まだ中学生で進学先を決めていた頃の私は、子供の思考をしていた。

 

「池くんはどうして旅館に?」

 

そこで私は、気になっていたことを聞いてみる。多分、高育にいた頃には考えていなかっただろう進路。あの学校で将来、どんな職にも就けるってなって旅館を選ぶ人はそう多くないんじゃないかな。

 

だから、興味があった。

 

「あー………ちょっとカッコ悪い経緯があるんだけどさ」

 

池くんは頭をポリポリと掻きながら話を始めた。

 

「俺、あん時退学してさ………一応、地元の高校に編入したんだ」

 

高育を退学になっても、他の高校に入れない訳じゃない。当然、そういう風になるとは思う。

 

「でも俺の頭じゃ大した学校は入れなくて……ヤンキー高校っていうのかな、地元の不良が集まる高校に入ったんだ」

「うん……」

「ほら、俺って体格良くないだろ? それに高育も退学になった。だから舐められたっていうか、不良たちに弄られたりすることも多かった。一応、お調子者ってキャラクターで通したけどさ、何か腑に落ちないっていうか………鬱憤は溜まっていったんだ」

 

それは………そうなるよね。

 

「そういうので受験勉強もロクに出来なかったし、結局大学受験は全部失敗した。浪人も考えたんだけど、やっぱりなんかやる気出なくて。勉強が好きじゃなかったのかな。親は進学を望んでたのに、俺は半ばヤケになって家を出た。そんで、フリーターになったんだ」

「………………………」

「最初の何年かは、それで金稼いでチマチマ遊んで過ごしたよ。でも、俺の中には確かに消化不良があって、煮え切らない何かがあった。俺の人生、思い返すと後悔だらけだなって。あの時こうしてれば、ああしてればってことばっかりだった。高育だって、ちゃんと勉強してれば試験で赤点取ることも無かったし、編入した高校だってそうだ。弄られるのを無理矢理笑って過ごす日々は、全然スッキリしなかった」

「そう……だね」

「それでさ。ある日、もう限界になった。ちゃんとしてれば、今頃はどっかの大学出て、良い暮らし出来たのかなって。高育でAクラスで卒業してたら、きっと全然違う世界に住めたんだろうなって。そしたらもう、いっそのこと終わりにしようって思って、道を歩いている女子高生を襲っちまおうってなったんだ」

「………………!」

「だせぇよな。結局何も出来なかったのは自分のせいなのに、それで最後に気持ち良くなって終わろうって考えたんだ。………………その時だったんだよ、清隆と出会ったのは」

「え………?」

 

綾小路さん…………?

 

「清隆は、襲おうと走り出した俺の肩を掴んで止めた。振り返ったらそこに、俺よりもずっと背が高くて、力も強い男が立ってたんだ。当然ビビるよな、俺は身体が硬直してた」

 

綾小路さんが、池くんの凶行を止めた………。

 

「俺はそれでも清隆に言った。何なんだお前、何で俺を止めるんだって。そしたら、清隆なんて言ったと思う?」

「え?」

「『お前の人生ごっこが見ていられないから』だって」

「…………!」

 

「俺はキレたよ。いきなり現れて何だお前って。お前に俺の何が分かるんだよって。でも清隆は、何てことは無いって顔で言った。『お前が誰かは分からない。でも、顔中に後悔が広がっている。それは生きてる奴の面じゃない』………もう女子高生のことなんてどうでも良くなって、清隆に対して俺は怒っていた」

 

私に言ったのと、同じようなことを池くんにも………。そこの遠慮の無さは前からなんだ。

 

「それから俺は清隆に連れられて、2人きりで話すことになった。俺の今までを、何で俺が今どうしようもなくなっちまったかを。高育でもっとしっかりしていれば、Aクラスで卒業出来ていれば、今の俺の人生はもっと良くなった。上を目指せた、良い暮らしが出来た。そう全部ぶちまけた」

 

……………………………。

 

「そしたらあいつは『やっぱりか』って言ったんだよ」

 

「その後はもう散々だ。『上』って何だ、『良い暮らし』って何だ、俺が持っていた不満の原因について、根掘り葉掘り問いただされた。俺は一つ一つ答えようと思ったけど、少しする内に言葉に詰まってた。親に失望される、知り合いに馬鹿にされる、世間に白い目で見られる。そんな所だったかな。俺は社会のレールの上で歩いていないことを不満に思ってた。高校を出たら大学に入って、その後に会社に就職する。そんな当たり前が出来なかった俺を、俺は嫌いになっていた。高育に選ばれた時なんて、これから俺もエリートの仲間入りだぜって学校中に自慢したしな。プライドばっかり高くなって、でも結局大した事ない奴だって分かっちまってから、俺はどんどん俺が嫌いになってったんだ」

 

 

「でも、清隆は違った。そんな俺を軽蔑しなかった。ただ、俺を逃さないようにはっきりと聞いてきた。『今までの人生で楽しかったことはあるか』ってな。あるさ、当然楽しいことも沢山あった。これが楽しかった、あれが楽しかった………色々答えた。その中でも特に好きだったのは『人と喋ること』だったなぁ………俺は昔からお喋りで、結構色んな人に話しかける子供だったんだよ。自分のクラス、他のクラス、大人、歳下………色んな相手と喋るのが好きだった。しかも意外に、人への気遣いとかってのも好きでさ。さりげないっつーか、裏でササッと何かしてやるのもな。あんなおちゃらけた俺からは想像出来ないだろ? でも、本当のことだった。面倒見が良いって言われることも多かったんだ」

 

 

「すると清隆はいきなり何処かに電話し始めた。電話が終わると俺に聞いてきたんだ。『旅館で働いてみないか』って。旅館?って俺が聞くと、『好きなことが出来るぞ』って言われた。『どうせ終わる気なら、最後に一度試してみたらどうか』ってな。もうヤケクソになってた俺は、清隆の言うことに従ってみることにした。会って数時間もしない奴の話なのに、すんなりと受け入れる気になっていた」

 

 

「旅館は九州にあった。俺の地元からは滅茶苦茶離れてたけど、それでも最後に一発賭けてみる気になってた。その旅館の女将さんと清隆は以前からの知り合いだったみたいで、俺は快く受け入れられた。………キツかったなぁ、働き始めてから毎日、女将さんに接客のイロハを叩き込まれたよ。凄いビシビシ言う人で、甘ったれた根性を叩き直されてる気がした。……でもどうしてかな、不思議と嫌な気持ちはしなかったんだ。大変だとは思っていたけど、フリーター時代に感じていたような鬱憤とか不満とか、そんなのは全く感じなかった。キツイけど、楽しかった。1年、2年と修行を積んでいって、それからしばらく経って女将さんに一人前として認められると、俺はこの旅館を任された。自分で切り盛りするってのは大変だけど、それでも俺は楽しいと思ってる。命が燃えている感じがする」

 

 

「学生時代の俺が知ったら、驚くかもな。お前旅館で働くことになるんだぜって、何て顔をするんだろうな。あの頃の俺は、本当の意味で将来のことなんて考えたことは無かった。ただ漠然と、いつかはこうなるんじゃないか、ああなるんじゃないか。色んな想像を膨らませるだけ膨らませて、頑張ることを後回しにしていた。でも、本当にやりたかったことは目の前にあって、その時の俺はそれに気付けなかった。目が曇っちまってたんだな。清隆には、本当に大切なことを教えられたよ」

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

私は………………………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

「………ここにいたんだね」

 

もう夕陽も沈み、暗い空が覗いてくる時間。

 

綾小路さんの後ろ姿が、目の前にあった。

 

「外に来るつもりは無かったんじゃないのか」

「気が変わったの。良いでしょ?」

「まぁな」

 

私は綾小路さんの隣に出た。ここからは川が見える。何ていう川なのかは分からないけど、ゆっくりと流れていく川面が目に映る。

 

「さっき、外国の話をしてたでしょ」

「ああ」

「続き、してよ」

「ここでか?」

「もっと色んな話を聞いてみたいな」

「戻ったら聞かせてやるよ」

 

綾小路さんはそう言って、再び口を閉ざす。

 

…………………………………。

 

「ねぇ」

「ん?」

「明日は何をするの?どこに行くの?」

 

ちょっとずつだけど、私の中で湧き上がってくる期待。今日は久しぶりに楽しかった。あんなに笑ったのなんて、何年ぶりかなってぐらい。

 

明日は何をするのか、綾小路さんに教えて欲しくなった。

 

「そうだな…………東尋坊に行くか」

「…………………えっ?」

「何を驚いているんだ。元々、そのつもりで旅に出たんだろ?」

「………そう……………だけど………………………」

「最後に楽しめたし、もう未練は残らないよな」

「………………………………」

 

……………………………………。

 

……………………………………………………。

 

「どうした、怖いのか。死ぬのが」

 

「…………怖くない」

 

「ほう?」

 

…………………!?

 

「震えてるじゃないか。こんなにプルプルと」

 

「………離して」

 

「それにその浮かない顔。死にたくないって書いてあるぞ」

 

「そんなこと無いよ…………」

 

「何故否定するんだ。死ぬのが怖いなんてのは当たり前のことじゃないか。恥ずかしがることでも、隠すことでもない。人間ならば持っていて当たり前の感情だ」

 

まただ。

 

また綾小路さんは、ズケズケと私の心に踏み込んでくる。

 

「………そうやって池くんも変えちゃったんだね」

 

「池?」

 

「聞いたよ。池くんがフリーターやってた時に、綾小路さんと出会ったって。色々アドバイスして、池くんを変えたって」

 

「変わったのは池の力だ。オレはあくまでも、最初の一歩目の踏み出し方を教えたに過ぎない」

 

…………それだよ。

 

「…………それが難しいんだよ。私たちにはそれが出来ない。どこに向かって歩けば良いのか、分からない。綾小路さんは才能があるから………何でも出来るから分かるんだよ。私たちとは住む世界が違っていて、余裕があって………上の世界から私たちのことを覗いている。だからどう進めば良いか分かるんだよ」

 

私に分からないことは、綾小路さんには分かる。それは上から私たちみたいな存在のことを見下ろしていて、こうすれば良いとかああすれば良いとかが、手に取るように分かるから。

 

私たちは、住む世界が違う…………。

 

「だから、私たちは当たり前に生きるしかない。綾小路さんと出会わなかった私は、私たちの世界のルールでしか生きられない。そうやって生きるしか分からないから………そうじゃないと………道を踏み外したら、もう戻れないから…………………」

 

 

 

 

 

 

「それだぞ、松下さん」

 

「え……………?」

 

「その考え方が、君を不幸にしている」

 

 

 

 

 





サブタイトル:『ジョジョの奇妙な冒険 第1部』 ポコの姉の台詞より引用

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