「池ぽちゃ」に戻った私たちは、夕食を食べた。ちゃんと調理担当の人もいて、新鮮な食材を使った料理を振る舞ってくれた。
あまり豪勢とは言えない料理だったけど、私にはとても美味しく感じられた。ついこの前までは、食べ物の味なんてよく分からなくなっていたけど、今ではしっかりと私に刻まれている。自分が生きているんだって実感出来る。
「ごちそうさまでした…………」
「えっ、高円寺ってAクラス行ったの!?」
「うん。何をやったのかは分からないけど、卒業する直前に1人だけAクラスに行ったんだ」
3年生の2月、突然Dクラスから高円寺くんは消えた。1人でAクラスに移籍していったんだ。
あれだけいつも散財していたのに、どうやって2000万プライベートポイントを集めたのか。私たちには最後まで分からなかったけど、とにかく彼はAで卒業した。
その後の進路は聞いていないけど、最後まで謎が多い人だったって印象になっている。
「ほ〜…………あいつってなんつーか、とんでもない奴だったよな。ガタイも良かったし、テストの成績も良かった。まぁ、あんまし長い時間一緒にいなかったから、結局どこまで凄かったのか分かんなかったけど」
「それは……私もそう。結局特別試験で本気になってる所も見なかったしね」
最後まで悠々自適。あの学校で一番浮いてる人だったけど、同時にあの学校で一番楽しそうにしている人だった。
他の生徒たちが皆どこかピリピリしている中で、彼だけはいつも笑みを崩さずに過ごしていたんだから。
「いま高円寺って言ったか?」
「綾小路さん」
自動販売機でアイスを買ってきた綾小路さんが、私たちの会話に加わってくる。
「高円寺って、高円寺六助のことか」
「え? ………確か、名前はそれで合ってると思うけど………」
「学生時代に同じだったのか?」
綾小路さんは私と池くんを交互に見ながら尋ねてくる。
「俺たちと高円寺も同じクラスだったんだよ。って、清隆知ってるのか?」
「ああ。オレとあいつは、決闘の約束をしているんだ」
「け、決闘?」
思いがけない言葉に、私と池くんは目を丸くする。
「中国を旅していた時だったな。山奥で高円寺が修行をしている所に出くわした」
中国………。高円寺くん、卒業後は中国に行ってたんだ。
って、修行………? やっぱり武芸者か何かだったの?
「すると高円寺は、オレに手合わせをしないかと尋ねてきた。久々にそういうのも悪くないと思ったオレは高円寺と力比べをすることにした」
「力比べ………」
「どっちかが倒れるまで戦うってことだな。戦いは三日三晩続いたが、結局決着は着かなかった。今回は引き分けということで手を打つことになり、次会った時の決闘の約束をしたんだ」
「へ〜………やっぱり強かったんだね、高円寺くん」
「強かったな。オレが負けるかもしれないと思わせてきた人間だ。決闘の後は、またどこかに旅に出ると言って去っていった。『アデュー、綾小路ボーイ』ってな」
綾小路さんのする高円寺くんのモノマネに、私はくすりと笑った。
「変わらないね、高円寺くんも」
思い返すと、高円寺くんはずっと命を燃やしていたのかもしれない。ただ「生きる」ということに、「自由」であることに命を燃やしていた。
クラスにずっと迷惑をかけていたのは良くないかもしれないけど、彼の生き様というのは今の私には重要に思えた。周囲の目、評価を気にして生きるのではなく、自分自身の生を実感すること。
ヒントは意外にも、目の前に転がっていたのかもしれないね。
翌日。
私たちは東尋坊に向かうべく、「池ぽちゃ」を後にすることになった。
「またな、清隆。いつでも連絡くれよ」
「ああ」
「松下も」
「え?」
「何があったか分かんねーけど、頑張れよ。応援してるからな」
「…………ありがとう」
私たちはそう言って、池くんに別れを告げた。
彼は今日も命を燃やす。今日という1日を、楽しんでいく。
「さて………ここが東尋坊だ」
私たちの目の前には、青い海が広がっている。垂直に海と繋がっている崖も目に映る。
ここが東尋坊。自殺の名所。
「こうして離れて見る分にはただの絶景だ。でも崖に近づいてから見ると………」
「…………………………」
一瞬身震いしてしまうような綾小路さんの物言い。
「行ってみるか?」
私はその問いかけに首を横に振った。
「もう死ぬ気は無いよ。私の人生は、始まったばかりなんだから」
「…………………………」
一時は本当に死んでしまおうかと思ったぐらいに思い詰めた。
自分の人生はあそこで終わり、もう私の欲しかったものは手に入らない。そう思い込んでいた。
でもそれは、他の幸せに目を向けようとしなかっただけだった。自分の生き方はこれしかないと決めつけて、それが世界にとって正しい、間違っていない。そんなことばかりを気にしていた。
「………博物館、行くか」
「えっ?」
「行きたかったんだろ? 顔にそう書いてあるぞ」
「……………………」
綾小路さんは、何でもお見通しだね。
「もう自分に嘘をつくのは止めだ。今日という日を楽しもう」
「…………うん!」
福井の旅から帰った後、綾小路さんとは別れた。
彼はまたどこかに旅に出ると言って、フラリと姿を消した。綾小路さんらしい、気ままな生き方。その熱は、しっかりと私にも伝わってきていた。
その数日後、私は会社に退職願を提出して、それは受理された。課長……次長の言っていた餞別としての退職金を受け取り、しばらくの生活には困らないだけのお金は手に入れた。
次長のことは絶対に許さない。もう二度と顔も見たくないし、声も聞きたくない。
だから、もう彼のことを考えるのは止めた。彼について色々考えても、もうどうにもならない。過去のことは変えようがないし、そんなことに時間を使っていては私は命を燃やせない。そう思った。
会社での諸々の手続きを終えた帰り。
「…………………………………」
私はあのパン屋さん………「モンパルナス」の前にやって来ていた。
もう会社も辞めたし、この近くに来ることは減ると思う。
だから、久々に食べたくなった。あのパンの味、私は好きだと思った。最初は………そう、コンプレックスが刺激されて嫌気が差したけど、やっぱり自分は偽れない。
「すぅ………」
私は深呼吸をしてお店の中に入った。
「いらっしゃいませ〜!!」
あの店員さんの朗らかな声が耳に入る。
あの柔らかい笑み。
きっと彼女も、命を燃やしている。日々が楽しくて仕方が無い。そんな顔をしている。
私は店内のパンを物色する。もういっそのこと全部買ってしまいたくなったけど、流石に食べきれなくなるからそれは我慢。
「……………………………」
あれ…………
この感じ………どこかで………………
『千秋は将来、何になりたい?』
『うーん………私はね……!!』
今から何年前だったかな。
20年…………いや、もっと前。本当に小さかった頃の話。
家でパンを焼いた。
お母さんと一緒に。
イチから材料を買って、生地をこねて、こんがりと焼きあがったパンを2人で頬張った。
美味しかったな…………
あの時の私は、パン作りをとても楽しんでいた。自分の手でこねた生地が、後で形になっていくのを見ているのが面白かった。
その時、私はパン作りに命を燃やしていた。
何度も、何度も作っていく内に段々と慣れていって、良い形に仕上がっていくのが好きだった。
小学校に入ってから段々と友達と遊ぶ時間が増えて、パンは作らなくなった。
将来の夢も、あの頃にはもう日本では子供ながらに親の苦労を知る子が増えていたのかな。会社員とか公務員とか、堅実なものを選ぶ人が多くて、私はその中であの時感じていた熱を忘れてしまった。
でも………
こうしてただパンを見ていると、あの時感じたときめき………熱が再びこみ上げてくるような気がした。
私はステータスとか、将来性とか、現実を見ているフリをして、実際には見ていなかった。自分が熱を感じていたという現実を。
自分が感じたこと、それ自体がそのまま自分自身。それがそのまま現実。
もしあなたが大人だと言うのなら、今こそ現実を見るべき時だ、松下千秋。
あなたは明日の今には生きていないかもしれない。
なら、いま駆け出そう。
きっと振り返った時に、後悔は残らない。
「お決まりですか〜?」
「そうですねぇ……………このお店のパン、全部ください」
「え…………えぇぇぇっ!?」
「………ふふっ、冗談です」
でも、これから私が歩く道は、冗談じゃない。
あれから1年が経った。
私は今、製パンの専門学校の学生をやっている。
会社で働いていた時の貯金、それと退職金。それを使って勉強している。
入学した時は、周りの学生たちから驚かれた。
それはそうだよね。
皆から見れば私は10歳も歳上の、言ってしまえばおばさん。
でも、すぐに皆とは打ち解けられた。皆、目が輝いていたから。
命を燃やしている人の目だって、すぐに分かったから。
今では「千秋姉さん」って言ってくる子もいる。
彼らとの毎日は、本当に楽しい。
今までの人生で、私は一番輝けている。
学校から帰るある日の夜。
私の前に誰かが現れた。
「……………………!」
その格好は…………
「久しぶりだな、松下さん」
私の前に現れたのは、ピンク色のアロハシャツを着た────あの時と変わらない姿の綾小路さん。
「綾小路さん………日本に戻ってたんだ」
「まぁな」
私は綾小路さんと一緒に家に帰ることにした。
あのマンションから引っ越して、今ではアパートに住んでいる。そこから学校に通って、帰ったら家でパンの研究。そんな毎日。
「熱いな」
「え?」
「松下さんから熱気が伝わってくる。命を燃やしている奴の熱気が」
「……………………」
綾小路さんの言葉で、ほんのりと頬に熱が籠もる。恥ずかしいんじゃない、嬉しさの赤らみだ。
その後、私はパンを作り始めた。久々の綾小路さんとの再会。今の私の全力を込めて、これまでの勉強の成果をぶつける。
「これか」
こんがりと焼き上がったパンを前に、綾小路さんはその香りを堪能する。
パンを手に取ると、綾小路さんは口に運んだ。そして黙々と食べていき、最後には目を閉じる。
「どう………………?」
「………まだまだ、だな」
「…………………」
「でも…………」
綾小路さんは目を開けて、私の瞳を見た。
「オレはこの味が好きだ」
「…………………!!」
再会したのも束の間、綾小路さんはまた旅に出るみたいだった。
私は綾小路さんを見送るため、外に出る。
「ねぇ、今度はどこに行くの?」
「どこだろうな………ひたすら西、というのも悪くない」
「………ふふっ、何それ」
「ねぇ、また会えるかな?」
「生きていれば、いつかはな」
「もう………『いつか』は無いんじゃなかったの?」
「そうだったな。まぁ、期待しないで待っててくれ」
………勝手な人。
でも、そういうところ、嫌いじゃないよ。
綾小路さんの背中が、徐々に遠ざかっていく。
私は最後に、大きな声で彼に語りかけた。
「私、頑張るよ!次会った時は、もっと美味しいパンを作るから!期待して待っててね!」
綾小路さんは何も言わず、ただ右手を挙げて答えた。
彼の背中がどんどん小さくなっていくのを、私は見届けた。
どこまでも、どこまでも。
今日も私は、命を燃やす。
明日じゃなく、今を思い切り楽しむために。
ようこそ綾小路がいなかった教室へ────√松下・完
DARLING 呼び出せどいつもオーデションの日
まるで順位だけ競う フェイ ダナウェイ
夕飯も食べずに ダイエット フード
DARLING 好きなのは俺のほうじゃないのかい
君とウェディング ベル鳴らしたい奴は 有名な俳優じゃなきゃダメ?
Baby まだ君は本当の男というものを (don't you know my love)
Baby俺ほどの男は そうはないはずさ
Don't you Don't you know わかってよ ちょっと 勉強すりゃ解るよ
Baby I got 愛が人生のMotion 14回もしょげずに
本当の Dance Chance Romance は自分しだいだぜ
(シティーハンター2 EDテーマ 『SUPER GIRL』)
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