ようこそ綾小路がいなかった教室へ   作:せご曇(せごどん)

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私が私であるためには過去を知る人は全部いなくなってもらわないと困るんだよね

 

A大学の入学式。4月の温かい風がさらさらと髪の毛を靡かせている。天気もよく晴れていて、間違いなく入学式としては最高の1日だ。

 

A大学。東京の有名私立大学の1校で、偏差値的にも難関大学に分類される。私はそこの文学部に入学する。勿論、Aクラスの特権は私には無いから、自力で合格した大学だ。

 

でも、第一志望の大学には一歩届かなかった。こういう所で、私は自分の学力とか、知識とか、そういうものが「一番」じゃないんだと痛感する。あの時(中学時代)に理解していたはずの自分の限界をもう一度突きつけられた感じがして、嫌な気持ちだった。

 

…………そんなこと考えても仕方ないね。今日から私も大学生なんだから。

 

私はこれまで通り、爽やかで人の親しみやすい笑みを浮かべながら、大学の校門をくぐって行った。

 

 

 

 

入学式は大学のシンボルとも言える講堂で実施される。黒いスーツを着た何百人もの男女が、パイプ椅子に座っていた。

 

既に隣の人と話し始めている人もいて、早速人間関係が構築されているのが見て取れる。こういう新しい環境では、初動が物凄く大事なのを私はよく知っていた。人間は良くも悪くも第一印象で相手を判断する。第一印象の悪い人間とは、その後関係が続く可能性は薄くなる。

 

私はこれまで、第一印象が最高になるように努めてきた。今回も、初動で後れを取るつもりは毛頭無い。

 

ちょうど今空いている所の隣には女子が座っている。まずは女子のコミュニティからネットワークを広げていこう。長いパイプ椅子の連なりを歩いていき、真ん中付近の空き椅子に腰を下ろした。

 

談笑中の4人の女子たち。顔のレベルもそう悪くない。流石、東京の大学というだけあってキラキラした子たちが多いね。これなら、私も違和感無く溶け込めそう。

 

「あの」

 

私の発した通りの良い声に、皆の視線が一気にこちらに集中する。ここから、私が動いて出る番だ。

 

「皆さん、お知り合いですか?」

 

私の質問に、女子たちは顔をお互いに見合わせる。そして、ふるふると首を横に振った。

 

これは主導権を握るチャンス。しっかりとものにしないと。

 

「私、大学で友達いっぱい作りたくて……宜しければ、私もお話に混ぜてくれませんか?」

 

光を滲ませる笑顔を見せて、私の魅力を全面的にアピールする。この笑顔を見て、私に好感を抱かない人はいない。少し緊張した面持ちだった彼女たちの表情筋が緩んでいくのを確認した。

 

「良いよ。私たちも、友達欲しいって思ってたし」

「大学って初めてだから、結構不安だしね〜」

 

うん、良い。物わかりが良くて助かる。

 

「………………………」

 

…………?

 

1人だけ、何か様子がおかしいような………若干眉間にシワを寄せている………?

 

私、何か問題のあることを言った?急に割り込まれたのが不愉快だった………とか?でも、早速女子同士でつるむぐらいだし、そういうのはむしろ歓迎しているはず。一体どうしたんだろう。

 

もう私が加わる流れにはなっている。ここで変に引いても意味が分からないから、私は次の言葉を投げかけることにした。

 

「皆はどこの学部?」

 

まずはこの4人の学部について聞くことにした。違う学部の人でも良い。交流関係は広く持つ必要がある。横のつながりは大事にしないと。

 

「私は文学部」

「私も〜」

「私は法学部かな」

 

うんうん、同じ文学部が2人、1人は法学部。最後の1人、ちょっと警戒してるっぽいこの子は………

 

「………私も文学部」

 

この子も文学部なんだ。

 

じゃあ、ここで絶対に好印象を植え付けておかないと。学生数がそこまで多い大学じゃないし、文学部はその中でも結構少ない方。悪い噂なんかはすぐに広まっていくはず。

 

「文学部多いんだ!私も文学部なんだよね」

「そうなんだ!」

「何だか私だけ仲間外れみたいだね」

 

仲間外れ。そんなことにはさせない。

 

「ううん、そんなこと無いよ。違う学部の人ともたくさんお友達になりたいし。ここで会えたのも何かの縁だしね!」

 

そして、ある程度事前の情報も引き出せたので、一番重要なことをやっておく。

 

「あっ………ペラペラ喋っちゃってたけど、皆私の名前も知らないよね…………」

「そういえばそうだったね」

「うん、まずは自己紹介から」

 

私はとびきりの笑顔を作って、彼女たちを照らした。

 

「櫛田桔梗です!皆、これからよろしくねっ!」

 

 

 

「櫛田……………桔梗…………………?」

 

 

 

その時、私に違和感を抱かせていたサイドテールの子が、震える声で私の名前を口にした。

 

「…………?」

「どうしたの?」

 

不思議に思って、側の子が彼女に声をかける。

 

何かがおかしい。

 

この時、私は背筋に気持ちの悪い寒気が走るのを感じていた。そしてその悪寒には覚えがある。中学を卒業して、高育で堀北と会った時に、同じものを味わっていた。

 

「櫛田桔梗…………あんた、櫛田桔梗なの………?」

「う、うん。そうだけど………」

「………信じらんない…………あの櫛田が何で…………」

 

これは。

 

これは、まずい。

 

私は寒気の正体が何か分かった。

 

私を見た時のこいつの態度。そして私の名前を聞いてから、何か確信を得たような口ぶり。

 

こいつは私のことを知っている。

 

そして

 

そして、恐らくこいつが私と知り合いだったのは────

 

「知り合いなの?」

「そう………知り合い。櫛田桔梗は、私が中学生の時のクラスメイト」

「えっ、マジ?凄い偶然じゃん!」

 

やめろ。

 

それ以上はやめろ。

 

「櫛田桔梗は、クラスメイトたちの秘密を皆の前で曝露して、クラスを学級崩壊させた」

「…………………え?」

「櫛田のせいで、私たちはぐちゃぐちゃになった。私たちの中に、消えない傷を残した」

「え?が、学級崩壊?」

 

 

 

「………なんで」

 

 

 

「覚えてない?私のこと。私は日下部(くさかべ)優莉(ゆうり)。あんたのせいで、青春めちゃくちゃにされた女だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『櫛田は私たちのクラスの皆の秘密を握っていた。人に知られたくないこともあったのに、それをクラス中に暴露したの』

『そしたらクラスは大荒れ。今までの人間が全部ぐちゃぐちゃになって、もう登校どころじゃなくなった』

『そのせいで地元にいられなくなって引っ越した子もいた。櫛田は最低だったよ………』

 

 

 

ここはトイレの中。

 

その個室に私は閉じ籠もっている。まるで外界を恐れて出られない引きこもりのように。惨めで、見苦しい姿でいる。

 

 

入学式は終わった。

 

あらゆる意味で終わった。

 

講堂を出る時、私の隣には沢山の友人たちがいるはずだった。ガールズトークで着々と距離を詰めながら、華々しい大学生活が始まるはずだった。

 

それなのに。

 

「日下部…………日下部ぇ………!!」

 

クソ…………クソクソ…………クソぉっ!!!

 

思い出した……!

 

髪型も、髪の長さも、髪色も。あの時とは違った。化粧もしてた………だから気が付かなかった……!

 

日下部優莉

 

中学3年の時、私と同じクラスだった女子生徒。

 

1年、2年とクラスの一軍女子に君臨し続けたけど、私と同じクラスになってから中心の座を奪われた女。あの時は堀北みたいな黒髪で清楚系を気取ってたけど、実は学内・学外で複数の男と身体の関係を持ってた汚らしい女だ。

 

顔は悪くないから男にはモテた。そしてそれでプライドがどんどん肥大していた。そこを私に掻っ攫われた哀れな奴、例の事件の時に私はあの女の秘密も洗いざらい暴露してやった。それ以降、きっと地元での顔は丸潰れ。

 

あのクラスの中でも一番私に恨みがあるかもしれない女。絶対に、もう二度と会いたくないって思ってたのに。

 

それが………それがどうしてこんな所で………!!!!

 

「クソっ………クソっ!!!!!」

 

最悪だ………

 

間違いなく人生最悪の日だ………!!!!

 

 

 

 

 

 

講義が始まるようになった。

 

私のことが明るみになったのは入学式で隣にいたあの3人だけ。でもその内の2人は文学部。明らかに私の動きを縛り付ける。

 

この大学のコミュニティはそう広くない。特に必修の多い1年は講義の科目が被るなんてことは珍しくないし、実際クソなことに同じ講義を受けている。あいつら………特に日下部と顔を合わせれば嫌でも私は動けなくなる。

 

「最悪…………ほんと最悪っ……!!!」

 

また悪態をついた。大学のトイレの中。誰かが聞いているかもしれない、あまりにも軽率な行動。それでも、この感情は抑えられない。口から勝手に出てきてしまう、悪い言葉の数々。

 

「堀北も………日下部も…………!どうして私の過去が付き纏ってくるの……!!!?」

 

本当だったら今頃、10人20人と交流を持ってるはずだった。学食でお喋りをしながら、どんどん私の評判を広げていくつもりだったのに………

 

「早く………早く次の手を打たないと………」

 

同じ学部内で自由に動けないなら他の学部で………あるいはサークルで人脈を…………

 

何を考えても日下部のことがちらつく。この学校の中に私の過去を知ってる奴が一人でもいるって状況に腸が煮えくり返りそうになる。何かあったら、私が築いたものが一瞬で崩れ落ちる可能性がある………それが嫌だから地元から遠い東京の大学を選んだのに………!!

 

「ふーっ………ふーっ………………」

 

落ち着いて………落ち着かなきゃ何も始まらない………

 

熱くなっても状況は変えられない………日下部が交通事故で急死でもしない限り、いや、あの女子たちにも情報が知れ渡ってるから彼女たち全員が死なない限り、この状況はどうにもならない。

 

でもそんなことは殆どあり得ない話。藁にすがったってしょうがないよ………うん、しょうがないよね。

 

「………………………」

 

私はスマホを取り出してアルバイトの求人を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ〜!」

 

ここは大学から離れた所にある大手ファーストフード店「バーガークイーン」。

 

大学内で関係を築くことが難しいと思った私は、アルバイトの中で人脈を広げることにした。

 

こういった接客業と私はとても相性が良い。私の笑顔を振りまかれたお客さんたちは、皆良い気分になれる。そして何より、テキパキ動ける私は、バイトチーム内で信頼の置ける人間になれるはず。

 

大学の中では自由に動けないのは不本意でしかないけど、大学生ならではの自由度の高さを生かして、別のコミュニティで私は「一番」になる。まずはそのための準備だ。

 

「櫛田さん、ちょっと助けて下さい!」

「あ、うん!今行く〜!」

 

早速、私は「頼れる人」として認識されていた。なるべくシフトを多く入れて、様々な人と関われる時間を増やしている。どうせ大学での時間は意味が無いんだから、少しでも私が気持ち良くなれる時間を作らないと。

 

「櫛田さん、これってどうするの?」

「あ、これはね…………」

 

忙しい現場。だからこそ、私の存在は有り難い。私は着々と皆の好感度を稼いでいる。

 

「ありがとう、櫛田さん!」

「いいって、困った時はお互い様だから!」

 

ああ………

 

気持ちいい………………

 

皆に一番信頼されているこの感覚………誰もが私が好きで………誰もが私に夢中なこの温かみ………

 

これが欲しくて、私は生きている。これが無ければ私は生きていけない。

 

この「愛されている」という実感。私はこれだけが欲しかったんだ。

 

バイト生活は順調で、既に3 カ月が経過した。もう私の存在感は絶大なもので、皆徐々に悩みも打ち明けてくれるように。櫛田桔梗の名前は、皆にとって愛すべき女として刻まれていた。

 

 

 

 

 

そして、7月の半ば。

 

私は夜のシフトに入っていて、そろそろ営業時間が終わりそうな頃になっていた。

 

お店の自動ドアが開く。私はその音を聞いて、桃色に染めた頬を緩めて声出しをした。

 

「いらっしゃいませ〜!!」

 

 

 

「ん……? って、櫛田……………?」

「え………?」

 

は………?

 

日下部………………?

 

「何であんたがここに………」

「いや………日下部……さん………こそ………」

 

どうして。

 

どうしてこの女がここに………?

 

「桔梗先輩!掃除終わりました!」

 

だめ。

 

今は来ないで。

 

「桔梗先輩…………ふーん………やっぱり相変わらずなんだ」

 

日下部の何かを察したような嫌らしい目つき。物凄く不愉快で、今にも引っ叩きそうになるのを必死に堪える。堪えているのに拳の震えが止まらない。

 

「最近大学で見ないと思ったら、こんな所でバイトしてたんだ。大学から離れてるし、ここなら私たちと会うことも無いよねぇ」

「……………」

「あれ?桔梗先輩、お知り合いですか?」

 

何も知らないバイトの後輩が、不思議そうなきょとんとした表情を浮かべる。

 

私から離れて。そう目で訴えても、この子はそれを受け取れない。

 

「うん、同じ大学に通ってるの。ね、桔梗?」

 

………!

 

こいつ………!

 

馴れ馴れしく名前なんて呼んで…………

 

「へぇ!そうだったんですか!」

 

やめろ。

 

今すぐその薄ら笑いを止めろ。

 

ムカムカして、吐きそうになる。

 

「そうだ………!桔梗先輩、そろそろシフト終わりですし、早めに切り上げるのってどうでしょう?」

「え?」

「お友達みたいですし、一緒に帰れたら良いのかなって!」

 

…………っ!!

 

余計なことを……!!

 

「えぇ?良いの?だってまだお仕事中なのに」

「大丈夫です!桔梗先輩、いつも頑張ってるんですから。たまには早上がりしたってバチは当たりません!」

「……………………」

 

こんな時、"理想の" 櫛田桔梗は何て言うのか。そんなことは、私が一番よく知っている。

 

それは目の前にいるこの女も同じ。ぶん殴りたいニヤけ顔を浮かべて、私を見据えているこの女も。

 

「………うん。そうしようかな。ありがとうね」

「はい!じゃあ後のことは私でやっておきますね!」

 

…………………。

 

 

どうしてこんなに悪いことが起きるのか。

 

 

私にはそれが分からなかった。

 

 

 

 

 

 





サブタイトル:櫛田桔梗(アニメ版)の台詞より引用

誰の曇らせが一番好き?

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