いらない、本当にいらない計らいでバイトを早上がりした私は、日下部と2人で夜道を歩いていた。
せっかく気分が良かったのに。私を脅かすものが何も無い平和な時間だったのに。こんな女のせいで、何もかもがめちゃくちゃにされた。
それだけじゃない。こいつにバイト先がバレてしまったのが一番まずい。しかも家から近いなんて。今後こいつは、ずっと私をつけ狙う。事あるごとに顔を出して、私がビクつくのを楽しむ気だ。
許せない。
こんな奴のせいで、私の幸せな時間が崩れ去るなんて。そんなの許せない。
今のバイト先は居心地が良い。下心丸見えのおじさんも、見るだけで気分の悪くなるブサイクもいない。聞き分けの良い、みーちゃんや心ちゃんみたいな子ばかりの空間。築いた私のイメージだって、相当に良いものなのに。
クソ………
どうして………どうして私ばっかりこんな目に…………!
「こんな風に2人で歩くのは初めてかもね。でしょ?
「………そうだね」
白々しい名前呼びに、胃液が逆流しそうになる。日下部は下衆な笑いを浮かべてニタニタと私を見ている。顔を向けなくても分かる。分かりきってる。
「あれからどう?地元の高校には進学しなかったみたいだけど」
「……………………」
「ねぇ、聞いてるぅ?」
こいつ…………!
今すぐ殺したい………殺してやりたい………!
「私はさ………あれから最悪だったよ。高校に進学しても、あんたがぶち撒けた悪評は消えなくてね。3年間腫れ物みたいな扱いを受けて、クソ面白くもない青春送った」
「………そうなんだ」
「そうなんだ、じゃねぇよ。誰のせいでそうなったと思ってんの?」
自分の………
「自分のせいでしょ………」
「え?何?何か言った?」
「……………………」
「それでさ、もう耐えきれなくなったから東京の大学受験して、こっちに来たってわけ。そうすれば、私の過去を知る人間はいなくなるでしょ?で………そう思ってた矢先に、あんたと入学式で運命の再会をしたの」
フフフっ。
鳥肌が立つような薄ら寒い笑いが、静かな夜道に木霊する。目みたいに耳も閉ざすことが出来たなら。人生で一番そう思っている時間。
「…………もう良いよね。私帰るから」
「ふーん?そんな態度取っちゃうんだ…………バイト先の子、良い子そうだったね」
「…………!」
「大学ではぼっちでしょ?あの時のあんたなら想像も出来ないぐらい惨めにさ。そんで、大学には居場所無いからって逃げるみたいに移ったのが今のバイト先。だよね?」
「っ……!!」
「あの子があんたの本性知ったらどう思うかなぁ?気持ち悪い天使ボイスで話してたみたいだけど」
「お前………っ!!」
我慢できない………もう抑えられない………!!
「うわっ……力強………」
私は日下部の胸ぐらを掴んでいた。一切の迷いなく、歯を物凄い力で噛み締めながら。
「お前のせいで私の計画がめちゃくちゃになったのに………まだ私に付き纏う気なの!?いい加減にしろよ!!」
「ハッ、何それ?媚び売りまくってオタサーの姫気取るのがあんたの計画?どんだけ子供なんだよ。あの時から何も変わってないね!」
「知った風な口をきいてんじゃねぇよ!大体お前が色んな男と寝てたのが悪いんだろ!自業自得棚に上げて他責するな!」
「っ!!こいつっ!!」
っ……!日下部も掴みかかってきた………取っ組み合いになる。
こんな、こんな女なんかと……!!
「このっ………」
「やめろっ……!!」
腕に痛みが走る。胸が苦しい。こんな乱暴な力を受けたのは初めて。
「クソぶりっ子!!化けの皮剥いだらこんなもんかよ!!」
「うるさい売女!!お前だって清楚気取ってた癖に!!」
「お前に比べればマシだよ!!この承認欲求モンスター!!」
「どの口がっ!!喘ぐしか能のないド変態ヤリマンが!!!」
「なっ……この野郎っ!!」
憎い
憎い
この女が憎い。
私から大切なものを奪おうとするこの女がどうしようもなく憎い。
殺そうか。
もうこのまま殺そうか。
「お前なんか………」
「はっ!何よ!」
「お前なんかぁ!!!!!」
「先……………輩…………………?」
「え……………?」
どうして…………
どうしてここにあなたが……………
「っ!!痛ぁっ!!?」
「はっ………」
「た、助けてっ………桔梗が」
こいつ…………!?
急に被害者ぶって…………!
「ちょ、ちょっと止めて下さい!!」
彼女が私と日下部の間に入って私たちを引き剥がす。
そして………私に少し怯えた目を向けた。
「桔梗先輩………どうしたんですか…………?どうしてお友達にこんな………」
「ち、違っ………これは………」
見ないで。
そんな目で私を見ないで。
「ったぁ…………」
「だ、大丈夫ですか……?」
ああ
駄目だ
私の創り上げたものが
理想の "櫛田桔梗像" が崩れる
崩れていく
嫌だ
嫌だ
嫌だっ…………
「っ!!!!」
「あっ!!待って桔梗先輩っ!!!」
見ていられない………
これ以上、あの子のあんな眼差し………!!
「桔梗先輩!!!!」
「はぁっ………はぁっ………!!」
惨めだ。
あまりにも惨めだ。
あの子から、日下部から逃げて。
こんな必死に走って。
屈辱すぎる。
プライドがもうズタズタだ。
どうして。
どうしてこんなことに。
「あっ………!?」
「痛………………っ………」
走って、走って、よく分からない所に来たと思えば、今度は思い切り転んで地に伏せてる。
擦りむいた掌が痛い。地面に叩きつけられたお腹が痛い。
「はぁっ………あぁ…………」
どうして。
どうして私がこんな目に。
どうして私ばっかりこんな目に。
「なんで…………!」
おかしい………
こんなの理不尽だよ………!
私はただ愛されたいだけなのに………!
たったそれだけなのに…………!
「なんで…………なんで……………!!!なんでなのっ!!!!!なんで私なのっ!!!」
なんで私が苦しむの!!?
なんで私じゃ駄目なのっ!!?
「どうしてこんなことばっかり!!どうしていつも私が!!酷い!!!酷すぎるよ!!!!」
最低だよこんなの………!
「なんで………なんで私には無いの…………なんで………なんでぇっ…………」
あぁ………
もう嫌になる
自分が嫌になる
こんな
こんな道端で寝転んで
子供みたいに泣きじゃくって
最低だ
最低すぎる
どうして私には何も無いの
どうして………私は幸せになれないの……………?
「うぅ………ぐすっ…………どうして私がぁ……………」
あの後、アルバイトはすぐに辞めた。
あんな醜い姿を見られたんだ。もうあそこに私の居場所は無い。
居心地が良かった。少なくとも、中学の時よりもずっと。それなのに日下部が現れて、全部がぐちゃぐちゃにされた。
たった1人、日下部のせいで。私の過去を知る奴が1人いるだけで、私の平穏は簡単に音を立てて崩れる。
「はぁぁっ…………」
溜め息が漏れる。夜の公園のブランコに座って、1人で無意味に、何時間も過ごしてる。
決別したと思ってたのに。私の過去はしつこく私にへばりついてくる。
特別なことは何も望んでない。目もくらむような宝石も、山のように積み上がった札束も、お城のように広々とした豪邸も。そんなものを欲しいとは言ってない。
ただ褒めて欲しい。皆に認めてもらいたい。愛してもらいたい。本当にただそれだけなのに。
どうして私はそんなものも……………
「はぁっ…………クソっ………クソぉ…………」
地団駄を踏んだ。足の裏に鈍い痛みが走る。そして、そんな時にポタッと私の頬を何かが濡らした。
「あ………」
雨だ。
突然、夜空の上から雨が降ってきた。一粒、二粒、ぽたぽたと降ってきた雨は、20秒経つ頃にはシャワー機の水みたいに強い勢いへと変わっていた。
「あぁっ………クソ!!ほんと最悪っ!!!」
服がびしょ濡れ………肌もベタベタ………むしゃくしゃする。途轍もなくむしゃくしゃする。
こんな世界、消えてなくなれば良いのに……!!
「死ねっ!!!皆死んじゃえっ!!!!!!」
「そんなずぶ濡れになりながら何をやってるんだ」
「は?」
何百、何千もの雨音を掻い潜りながら、誰かの声が耳に届いた。
突然、髪の毛を濡らしていた雨を感じなくなる。
何があったのか。見上げた先にいたのは────
「風邪を引くぞ」
傘を私の頭上に持った、茶髪で人間味を感じさせない真顔の男だった。
サブタイトル:『銀と金』森田鉄雄の台詞より引用
誰の曇らせが一番好き?
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堀北鈴音
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一之瀬帆波
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坂柳有栖
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軽井沢恵
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椎名ひより
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櫛田桔梗
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佐倉愛里
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長谷部波瑠加
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松下千秋
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佐藤麻耶
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天沢一夏
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七瀬翼
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雪
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茶柱佐枝