夢を見た。
今となっては、遠い昔の夢を。
私は兄さんと一緒に、笑いながら公園を走っていた。まだお互いに小さな子供で、ボール遊びをしてたっけ。
いつからだろうか。
兄さんが私の前で笑わなくなったのは。
夢を見た。
今となっては、滑稽にも映る自分の姿。
私は高育の寮の自室で勉強をしていた。
問題集とノートを机に置いて、ただひたすらに勉強していた。
もう、このクラスではダメなのだと諦めて。私は自分を高めることにだけ集中していた。
本当は、もっと他にすべきことはあったのに。
たとえAクラスで卒業出来なくても、それが全てではなかったというのに。
この時の私は、自分さえ良ければそれで良いと思っていた。
「んっ…………んん……………………」
眩しい。
最初に五感が感知したのは、暗闇を貫く光。
私は閉じていた瞼をゆっくり、ゆっくりと開いていった。
目に映るのは、白い天井。毎日見ている、特段珍しくもなんともない景色。
これは、1DKの自宅の天井だ。
「いえ……………わたし…………」
おぼつかない意識のまま、私は身体を起こす。その瞬間、頭に鈍い痛みが走った。
「っ………………」
この痛みは………二日酔いね。
私はかなりの量のお酒を飲んだみたい。
でも、どうしてか。その時の記憶が無い。私は居酒屋に行って、カウンター席に座って、それで…………。
「目が覚めたか」
「ひゃぁっ!?」
1人しかいないはずの部屋で、突然誰かの声がした。
心臓が飛び跳ねる程にびっくりした私は、とても間抜けな声を発してしまう。
「え……なに…………!?」
私は慌てて声のした方を見た。
そこには、茶髪のワイシャツ姿の男性がいて………って、何で部屋に男の人が………!?
「あ、あなたは誰………!?」
「ん………覚えてないのか」
覚えて………って、なら私はこの人と話したことが………。
「オレは綾小路。昨日、居酒屋で隣の席だっただろ」
居酒屋で………?
居酒屋にいた時の記憶は殆ど残っていない。その時、隣にいたってことなら………覚えているはずもないか。
って、そうじゃなくて。
「どうして私の家にいるの?」
私は、目に力を込めて彼を睨みつけた。ちょうど、高校生の頃の私がしていたように。
もし、泥棒だったりしたら警察に………。
「堀北さんがベロベロに酔っぱらったから、店主さんに家まで送るように頼まれたんだ」
「え………………」
家まで送った………。
ベロベロに………………………。
「………っ!? もしかして、おぶって……!?」
「そこかよ」
急に顔に熱が込み上げてきた。
あまりにもはしたない。
記憶が無くなるまで酔っ払うというのがそもそも褒められたことではないのに、その上で男性に背負ってもらったなんて………。
「じゃ、じゃあ………どうして家の中にいるの………」
「それも堀北さんが言ったんだろ。帰ろうとしたら『1人にしないで………』って涙ぐんで言うから」
「…………………………………………………」
もう、言葉も出ない。
きっと、私の顔は今ゆでダコみたいになってしまっている。
「………とりあえず、水を持ってくる」
そう言って、綾小路さんは立ち上がって水道の方へと向かって行った。
よく考えると、部屋の中は散らかっている。ゴミ袋から溢れた缶ビール、脱ぎっぱなしになった私服………それに、下着。
完全に、はしたない女だって思われた…………。
「んっ………ん………………ぷはぁっ…………!!」
私は、綾小路さんに渡されたコップ1杯のお水を一気に飲み干した。
それだけで、この頭痛やどぎまぎとした感情も多少はマシになった気がする。
「ありがとう………」
「いや、気にしないでくれ」
私は彼にお礼を言って、コップをミニテーブルの上に置いた。
よく考えると、私は今パジャマだ。帰りは当然スーツだったから、家に帰ってから着替えたことになる。
その時、彼は…………いえ、もう止めましょう。
これ以上、記憶の無いことについてあれこれ考えたってしょうがないわ。
綾小路さんはリモコンを持つと、テレビを起動した。
どこかのテレビ局のニュース。画面の左上に表示された現在の時刻は、午前10時11分。いつ家に帰ったのかは分からないけれど、8時間以上は寝ているはず。
結構長い時間、彼とは共にいたようね。
『続いてのニュースです。帰宅中の男子高校生に殴る蹴るなどの暴行を加えたとして、無職の須藤健容疑者が逮捕されました。高校生たちはバスケットボール部の試合を控えており、保護者からは…………』
須藤…………須藤………………………。
聞き覚えのあるような、無いような。よく分からないわね。
「嫌なニュースだな」
「えっ………」
「今の容疑者、オレたちと同い年だ」
「………………………」
よく見たら、確かにそうね。
………私の年齢も、知っているのね。綾小路さんにどこまで喋ったのかしら、あの時の私は。
綾小路さんはリモコンをもう一度テレビに向けて、テレビの電源を切った。
「朝ご飯、まだだろ」
「え? ええ………」
「オレが何か作る。堀北さんはここで待っていてくれ」
綾小路さんは立ち上がって、キッチンへと向かおうとした。
「ま、待って」
私がそう言うと、綾小路さんは足を止める。
「悪いわ、そこまでしてもらったら。自分で作るから、むしろ綾小路さんが待っててよ」
色々としてもらったのだから、綾小路さんの朝食ぐらいは作らないと申し訳が立たない。
「いや、大丈夫だ。乗りかかった船だし、堀北さんは休んでいてくれ。頭、痛いだろ」
「それは…………」
………綾小路さんには、何でもお見透しのようね。
彼は私をベッドに座らせたまま、料理の音を奏で始めた。
朝食は何てことは無いスタンダードなもの。
トーストに目玉焼きを乗せただけ。牛乳を1杯のコップに注ぎ、目玉焼きトーストと共にプレートに乗せてから私のもとへと持ってきた。
「オレが作ったのは目玉焼きぐらいだが、一応完成だ」
そういえば、私は最近料理らしい料理をしていなかった。その時間も無かったし、体力も無かった。
高育にいた時は寮生活だったから、基本的に自分でご飯を作っていたんだけど。あれは若かったから、体力があったから出来たことなのかもしれない。
「ありがとう」
「礼ならいい。食べようか」
私も綾小路さんも、トーストを手に持ってかぶりつく。出来立ての目玉焼きのジューシーな食感が、私に生気を取り戻させてくれる。
「美味しい…………」
「それはどうも」
対する綾小路さんは、特に表情を変えることなく黙々とパンにかぶりつく。
この味………何だか懐かしい。
昔、母さんに作ってもらった目玉焼きと、似ている気がする。
「………どうした?」
「……?」
「目に涙が」
「え? …………あ」
手で目元に触れてみると、確かに濡れた感触がある。
目にゴミでも………そんな訳が無いか。
私も、歳を取ったのね。これぐらいのことで、涙が出てくるなんて。
それから私は、久しぶりの「温かい」ご飯を喉に流し込んでいった。
誰の曇らせが一番好き?
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軽井沢恵
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