「神様は不平等だ」
(『ブルーロック』潔世一の台詞より引用)
「どこまでクソ不平等なんだよクソ神ぉッ!!!」
(『ブルーロック』ミヒャエル・カイザーの台詞より引用)
「……俺もお前も後ろしか見てなくて――
そうしてる限り何も変わらん。
変えられんことは譲れないことか
……まったく。
だがな、今となっちゃあどうでもいい話だが――
お前はいい仲間だった。酷い話だな、イブラハ。」
(『BLACK LAGOON』タケナカの台詞より引用)
大学生活は、私には2つの側面があった。
私が在籍していたA大学では、私はぼっち。誰かと特につるむこともなく、ただ4年間を静かに過ごした。
一方で、A大学にいる時以外は、私は殆ど完璧に理想の「櫛田桔梗」でいられた。誰もが憧れて、誰もが愛する「櫛田桔梗」。私は紛れもなく、皆の「一番」を勝ち取った。
卒業間際、サークルで4年生の送別会が行われた。私は送別会の殆ど主賓のような扱いで、男子も女子も私との別れに涙していた。最後に告白してきた男子がいたけど、断らせてもらった。
バイト先でも、私は皆の笑顔で送り出された。私のファンだったおじさんたちは相変わらずキモかったけど、私のためにあそこまで熱中していたのは気持ち良かったかな。
最初は日下部のせいでどうなるか分からなかった学生生活だったけど、振り返ってみるととても輝かしかった。私は皆に愛された。その事実は揺るぎのないもの。
楽しかったよ。
うん………間違いなく楽しかった。
そして──────
「櫛田桔梗です!新生活に不安なことも沢山ありますが、これからよろしくお願いします!」
私は大手総合商社・
私は面接で理想の「櫛田桔梗」を存分に見せつけた。初対面なら間違いなく、私の見せる天使の笑顔に心を打たれる。そして絶対に思う。「私と一緒にいたい」って。そうなるような自分の魅せ方を私は理解している。人が呼吸の仕方を理解しているように知っている。
私にとって就活は、受験よりも遥かに簡単なイベントだった。
「よろしく!」
「よろしくね櫛田さん!」
早速、私には温かい歓迎の声がかけられている。先輩の女性社員、課長・部長クラスのおじさんたち、緊張した面持ちの新入社員の同期たち。
皆の視線が私一点に注がれる。最初の掴みは間違いなく良い。後はここから、1を100にする時間が始まる。
入社から半年が経った。
「桔梗ちゃん、ちょっと相談があるんだけど……今日仕事終わったら時間ある?」
「相談?良いよ!何でも言って!」
私は既に、多くの社員たちの信頼を勝ち得ていた。事務職の同期たち、総合職の同期たち、先輩社員、ベテランのおじさん。私と繋がりを持った人たちは皆、明るい声と笑顔に魅入っていた。
今は、ちょうど同僚の子に相談事を持ちかけられていたところ。これまでと同じで、私は皆に何かと悩み事を打ち明けられるポジションにいる。恋のお悩み、仕事のお悩み、家族、趣味に関する相談。何でも気軽に受けている。女性ばかりの職種だから、同性にしか聞けないことを持ちかけられるのも大きい。
既に何人かの子からは、口外すれば破滅させられるだけの秘密を教えてもらっている。それぐらいの親密度を築き上げていた。
まぁ…………私に何かしなければ言わないけどね。それこそ、私がバラしたってことにしかならないし。もうあの時みたいな失敗は繰り返さない。私だってそれぐらいは学べる。
私の新生活は、間違いなく順風満帆だった。
入社してから1年が経過した。
「櫛田さん……!」
「あっ、はい!」
オフィスを歩いていると、背後から誰かに呼び止められた。振り向くとそこには、ツーブロックの若い男性社員が。
彼は………総合職同期の山岡くん。普段一緒に仕事をしている時間はあまり無いけど、私とすれ違う時とかに向けてくる視線から私に好意を抱いているのが見え見え。
「山岡くん、どうしたの?」
「きょ、きょ、今日!仕事終わりに夕食でもいかっ、いかがですか!!」
緊張しまくってるのか、物凄い声が上ずってるしどもってる。ちょっと吹き出しそうになるのを堪えて、私は甘い微笑みで彼と向かい合う。
「夕飯?良いよ!」
「え!?あ、やった……!あ………レ、レストランはどこが良いですかっ!!」
「山岡くんの好きに選んで良いよ」
「え、い、良いの?」
「うん。じゃあ楽しみにしてるね」
「えぁ!?た、楽しみ!?は、はいっ!!僕も、です!」
ドロドロに溶けそうな隙だらけの笑みを浮かべて去る山岡くんを、私は手を振って見送った。
私はそれを見て、内心で溜め息をつく。
社会人になってから、同期や歳の近い先輩にこういう風に食事やら遊びやらに誘われることが増えた。私だけじゃなくて事務職の同僚の子たちもそう。同僚の顔のレベルの平均値は高めで、中には私と遜色のない子もいる。
自覚しているけど、私は外見で「一番」という訳じゃない。女優やアイドルの中には私よりも綺麗な人は当たり前だけど存在するし、こういう大手企業の女子みたいにある程度顔が求められる職場でもそれは同じ。だからこそ、「信頼」を得る方向に舵を切っている訳だしね。
今のところ恋に発展してるって子は数人だけだけど、何というか、もうそんな時期なのかなって感じ。
小学校、中学校、高校、大学。学校に通っていた全ての時期で、私は男子に告白されている。私は恋にかなり近い位置にいた。でも、恋を経験したことは一度も無かった。
周囲を見てみると、学生時代の恋が長く発展したケースは殆ど無い。大体数ヶ月、長くて1年で破局。そのレベルの短いスパンの出来事、言ってしまえば「遊び」という感覚だった。ただ一緒にいたい、好きになった、そんな軽い気持ち。
だけど、ここでは違う。遊びというつもりで近寄って来る人は勿論いると思う。でも、そういう人たちと本気の人たちの目は変わってくる。
ここの人たちは、恋のその先………結婚を見据えているという人が多い。同僚の子でも、今の彼氏と結婚すべきかどうかを相談しに来た子もいる。
少し、これまでとの違いに面食らってはいた。
考えてもみなかったな。
結婚、かぁ…………。
………………
どう……なんだろうね。
もし結婚をすれば、私は流石に素顔を隠したままではいられなくなる。家でも良い顔、外でも良い顔は私の胃がもたない。
私の夫になる人は、私の本性を受け入れてくれる人でないとならない。
いるのかな、そんな人。
そして何よりも………私はそれで満たされるのか。
1人の男性と恋に落ちて、結婚して、家庭を作って………それで幸せになれるのか。
分からない。
それが私には分からない。
……………………
……………………………
………社内で恋愛をするのは悪手中の悪手。
変な噂が立ちかねないし、別れた時に絶対に嫌な空気感になる。それは私の築いたイメージにはマイナスにしかならない。
恋をするなら………仕事の外の場所が良い。
私は土曜日に結婚相談所に行くことを決めた。
結婚相談所に行った私は、担当の人と面談をした。色々と相手に求める条件を聞かれたかな。学歴、職業、年齢、収入、趣味、その他にも色々と。
どれも真剣に恋をするのならばある程度は定めておかなければならない要件。けれども、私にとってそれらは最優先事項ではなかった。
私が求める最大の条件は「私の性格と合うかどうか」というところ。
私の写真、私の立ち居振る舞いを見た男の人は、私に凄い勢いで惹かれるはず。ただ、それは所詮表面的なものでしかない。私と密接な距離でいるというのなら、私の本来の性格を理解出来る人でないとお互いが苦労することになる。
何よりも、私は知りたい。
私が恋に落ちたら。1人の男性に愛されたのなら………私は満たされるのかを。
自分のまだ見たことのない本質を、私は知りたいと思っていた。
そして出来ることなら…………
「櫛田さん、本日はよろしくお願いします」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いしますね」
初めてのお見合い。
相手は
うん。
あんまり面白くない人だね。
高育で言うなら、Aクラスの真田くんみたいなタイプかな。
でも、ものの数時間でこの人の本質までは分からない。もっと時間をかけて、深掘りしていかないと。
「渡井さんは読書がご趣味とのことでしたが、どんな本を読まれるんですか?」
「はい。僕が好きなのは純文学小説で、特に昭和中期の作家の物語が────」
趣味もあんまり合ってはいない。
私に特定の趣味みたいなものはない。自分だけで何かをするっていうことはしてこなかったし、大体は友達の趣味に私が合わせる形だった。そして、その友達はアウトドア系が多かったから、必然的に私もアウトドア方面の経験を重ねてきた。
だからインドア趣味のことはよく分からない。
でも………
人間味の面白さ、趣味の合う合わないは関係無い。
それらが私の興味を引くものでも、最終的に私の本性と適合しなければ何の意味も無いから。
だから………私は見定めることにした。
最初はこれまで通り、皆の大好きな「櫛田桔梗」を見せる。しばらくはそのまま交際を重ねて………ある程度時間が経ったら、私の本性をぶちまける。
それで彼らがどう出るのか。
私の秘められた本質は、その先にしか無い。
……………
………きっと………皆私から離れていくんだろうけどね。
渡井さんと交際してから、4カ月が経過した。
食事、お出かけ、お互いの趣味(私は趣味としているもの)などに共に時間を費やし、私たちはお互いへの理解を深めていた。もっとも、渡井さんに見せているのは仮初の私ではあるけど。
渡井さんは第一印象の通り、真面目な優等生として育てられたみたい。ある程度お金のある家で、塾や習い事に通わせてもらいながら、自分の進路について両親からも理解を得て生きてきた。
私と違って、間違いなく「恵まれている」側の人。けれども内向的な性格のためか、今まで女性と交際した経験は無い。
うん。もう十分知った。
後は仕上げに取り掛かるだけ。
レストランで夕食を終えた私たち。今は駅までの道のりを2人で歩いていた。
「櫛田さん、今日はありがとうございました」
「ううん、私の方こそ。今日は楽しかったよ」
渡井さんは頬を朱に染めてはにかんだ。
うん………やっぱり。
この人は、人の悪意に触れてこなかった。
温室育ち、優しい人間たちに囲まれて育った人。羨ましくなりそうなほど、温かい人生を送ってきた。
面白味は無い。でも……嫌いじゃない。そういう人は今どき珍しいと思ってるから。
「渡井さん」
「は、はい」
「今日は……渡井さんに言いたいことがあるの」
「言いたいこと……?」
「うん。とっても重要なお話」
重要なお話。文字通り重い言葉の響きに、渡井さんの表情が強張った。
「な、何でしょうか………」
「うん……………実はね」
口を開いた途端、私の心臓の鼓動が強まった。
緊張している………?
………思えば、自分から自分の素顔を曝け出すのは、これが初めての経験。
今までは、私の失敗で本性がバレただけ。
だから、柄にもなく緊張しているのかな………?
……………
言わないと、ね。
「私は渡井さんのこと……つまらない人だって思ってる」
「……………!!」
「趣味も合わないし、話は固いし。女性慣れもしてないカッチリした優等生って感じで、面白味を感じられなかった」
「あ……………」
「渡井さん。私はあなたに夢中になれなかった。あなたはどう?………それでも私のこと、好きでいられる?」
…………うるさい。
胸の音が、物凄くうるさい。
こんなにバクバクと、全力で走った後みたいに。
こんなこと無かった。
私が人と話して緊張するなんてこと。
ありのままで話すって、こんなにも緊張することなの?
今になって気付くなんて。私はそれだけ……自分を偽っていたってことなんだね。
……………
……………………
渡井さん。
それでもあなたは、私を──────
「………………そうです、よね。僕みたいな人、どこにでもいるような平凡な人間で………櫛田さんのような煌びやかな人からすれば、面白味が無いですよね」
「あ………」
「………でも、あなたと過ごした時間は楽しかった。僕にとって掛け替えの無いものだった。きっと……僕の初恋だった」
「…………………………………………」
「僕と櫛田さんは不釣り合いだった。僕では櫛田さんを満たすことが出来なかった。悔しいです……とても悔しい。でも櫛田さん、これだけは言わせて下さい。僕はあなたが好きだ。そして………あなたの幸せを願っている」
「渡井……さん………」
「しかし僕ではあなたを幸せに出来ないようです。あなたの幸福を願うなら……僕があなたの側にいてはいけない。どうか………僕ではない、素敵な殿方と巡り合って下さい。そして、どうかお幸せに…………さようなら…………!!」
目に涙を滲ませた渡井さんは、私に背を向けて走り出した。
ただの一度も、振り返ること無く。
…………………
…………………………
ダメ………だったか。
やっぱり………私の素顔を知っちゃったら………
「でも櫛田さん、これだけは言わせて下さい。僕はあなたが好きだ。そして………あなたの幸せを願っている」
「………………ははっ。何でかな」
口の中が、しょっぱいや。
渡井さん。
私が言うのも何だけど………あなたこそ、幸せになるべき人だよ。
渡井さんと別れてから、私は他の男性と交際した。
色んな人がいた。軌道に乗り始めたベンチャー企業の社長、高校で数学を教えている先生、ボディビルに人生をかけているマッチョマン、最近アニメ化された漫画を描いている漫画家。
職歴も価値観もバラバラの人たちと触れ合ってきた。
それでも、1つの共通点がある。
皆、私の本性に触れた時、悲しい顔をしたということ。
その数分前までキラキラな笑みを浮かべていた人も、私が思っていたことを曝け出したら、唇をぎゅっと結んだ。
私の表の顔に憧れて、表の顔に恋焦がれた人は、最後に幻滅か、後悔か、どっちにしても辛そうな顔を見せる。
分かりきっていた事実。自明の理。私は子供の頃から、本当の自分が世界とは相容れないと理解している。
理解している………けれど…………
「気分が良くない、か。オレはそうは思っていない」
……………………………。
あの人は私を否定しなかった。
私のあの裏の顔を見せられて、それでも私を見ようとした。
もし、あの人と一緒にいられたのなら………私は………
……………
でも………
あの人の手を、私は振り払った。
今さら私を見て、なんて言えない。
あの人は今、何をしているのか。帰国とか言ってたから、また日本を発ったのかな。私とは何万キロも離れた所にいるのかも。
もう会うことは無い。そう思ってる。だから、あの人のことを考えても仕方が無い。
もしかしたら、この世界で本当の私を嫌がらない人はあの人だけだったのかもしれない。
そうだったとしたら、私は完全に諦めがつく。
諦めが………
諦め………………?
あれ………おかしいな。
もうとっくに諦めていたはずなのに、まだ求めようとしてる……。
そもそも私がお見合いをすること自体が矛盾した行為……。
何でだろうね………。
意地汚く、欲しいと思ってしまう自分がいる。
人間って不思議だ。
自分に無い物は、どんなものか分からなくても欲しくなっちゃうんだから。
私の光を知っていて。
それと同じぐらい闇を知っている。
それでもまだ、私の側にいたい。
そう思う物好きを、私は求めていた。
24歳になって少し経った。
私はこれから、ある男性とのお見合いをする。
相手は私と同じ24歳の、会社員の
これまで交際してきた人たちと比べると、収入や経歴の華やかさでは見劣りする。数値の上で、それは間違い無い。
けれども、やっぱり私が求めるのは
私を受け入れてくれる人。
私を……「愛して」くれる人。
そんな人と巡り合わないと、私は自分をの未知の部分を知ることが出来ない。
「櫛田桔梗です。今日はよろしくお願いします!」
私の目の前には、お見合い相手の三橋さんが立っていた。
「み、三橋幸太郎です………こちらこそ……よろしくお願いします……!」
三橋さんは一言で言うと「こじんまり」。天然パーマで、体格はあまり大きくない。
きっと、これまで冴えない男として生きてきた。そんな第一印象の人間だった。
「あ、あのっ……」
「? 何ですか?」
「その……櫛田さんはどうして、僕とお見合いをする気になったんですか?」
「え?」
「櫛田さんみたいな綺麗な人が………僕みたいな地味な人と交際するなんて……何だか不釣り合いな気がして………」
…………。
自己肯定感が低い人だね。そこも見た目通り。
私は俯いていた三橋さんの手を、両手でそっと包み込むようにして取った。
「わっ……!?」
ビクッと肩を大きく震わせて、両目をまん丸にして驚く三橋さん。そんな彼に、私はどんなチョコレートよりも甘い台詞を口にした。
「そんな風に自分を悪く言わないで。綺麗とか綺麗じゃないとか、そんなこと関係無いよ。私は……三橋さんが気になったから一緒にいたいって思っただけ。そこに深い理由なんて無いんだから」
「あ………わ………」
茹でダコみたく顔を真っ赤にする三橋さん。
絶対、学生時代に女の子との関わりは無かった人だ。
「これからよろしくね、三橋さん」
「あ………よ、よろしくお願いします……!!!」
三橋さんは活発な人じゃない。何をするにしても、まず自分の否定から入る。
話によると、子供の頃から勉強、スポーツ、芸術、どの分野でも地味な結果しか残せなかったらしい。必ず飛び抜けて凄い成果を出す人がいる一方で、三橋さん自身は日の目を浴びずに過ごしてきた。
そんな過去が、三橋さんをこじんまりとさせているみたい。
そして、よく仕事での失敗を口にする。
「今日………またミスをしてしまって………先輩に怒られたんです」
「……………………」
「僕は何をやってもダメ………神様はどうして、僕には何も与えてくれなかったんでしょうか………?」
正直、聞いていてムカムカする言動も多い。
でも私は、彼を見放さずに寄り添う姿勢を見せた。
「ダメなんかじゃないと思うよ、三橋さん」
「えっ………」
「………ううん、もしダメだったとしても、それでくよくよするのはもっとダメだよ」
「櫛田さん………?」
ここからは………私の人生に対する考え方も含まれてくる。
私は一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「世の中には色んな人がいるよ。背の高い人、低い人。足の速い人、足の遅い人。頭の良い人、悪い人。………親に愛された人、愛されなかった人。けれども、そういうのは自分ではどうにもならないこともあって、辛くなることもある。でもね、ダメだダメだって自分を否定しても、何も現状は良くならない。この世界はどうしようもなく不平等で、理不尽で…………だからって足を止めてたら、何にもならないじゃない」
「あ………」
「良くないと思うなら、良くしようと動かなきゃ。自分に無い能力、才能、無いものは無いで仕方が無い。でも、何かしようって動き出さないと、もっと世界は悪くなる。必死に動いて、藻掻いて、抗って………それでもどうにもならなかったら………」
「ならなかったら………?」
「その時は………私に言いに来てよ。私が三橋さんを支えるから」
「あっ……………」
三橋さんの双眸を、透明な雫が伝った。
「櫛田さん………僕はっ…………僕はぁ………!!!」
………………。
何だろうね、このシンパシー。
私には才能があった。顔が良い、スタイルも良い、自分を良く魅せるための方法を知っている。何も無い、ということにはならなかった。
でも、何でも持ってる人からすれば、私の持ってる物は足りない。
人じゃないと思わせる程の頭脳、圧倒的な身体能力、自分勝手に生きているのに愛されてしまうカリスマ、そういうものは持っていなかった。
三橋さんは、あり得た世界の私なのかもしれない。
それからも三橋さんは、定期的に私に弱音を吐いた。
仕事が上手くいかない、成績で同僚に負けた、陰口を叩かれた、様々な弱音を私に吐露した。
けれども、最初と違う所がある。
三橋さんは………そうだね、"泥臭く"なった。
泥で汚れることすら恐れて足踏みしていた三橋さんだったけど、今ではカッコ悪くも必死に藻掻いている。自分に特別な才能が無いって分かった上で、それでも歯を食いしばろうとしている。
上等になったんじゃないかな。少なくとも、初めに感じた苛立ちはもう感じられなくなった。
でも……………
生憎と、私は先生じゃない。三橋さんの変化を見て、劇的な感動がある訳じゃない。それはそれとして面白い人だとは思わない。
だから……………………ごめんね。
あなたのこと、試させてもらうから。
私の言葉で奮い立って。
私の言葉で頑張れる。
そんなあなたが、私から否定されたら。
あなたは何を思うの?
それでも私を愛せるの?
私はそれだけが知りたい。
あなたの「愛」が……………………
三橋さんとの交際から半年が経った。
今までの人たちと比べて長い間時間が過ぎている。
「櫛田さん、今日はありがとう……」
私たちは、デートを終えて夜道を歩いていた。
「ううん、こっちこそ。今日は楽しかったよ」
飛び切りの笑顔を見せて、三橋さんを照らす。彼は恥ずかしそうに後頭部を搔いた。
「………………………………………」
随分と、明るくなったね。
あなたにとって、私はそんなに大きな存在だったの?
なのだとしたら………
これから言うことは、あなたをきっと傷つける。
だけど私はそれを止められない。
私は私のために、あなたを突き放す。
「三橋さん」
急に声のトーンが変わった。そんな私の変化に、三橋さんは少し驚いている。
「櫛田さん……?」
「……今から、とても大事な話があるの」
「大事な……話………?」
「うん」
三橋さんの顔から、笑みがすぅっと消えていく。
さっきまであった和やかな空気感は最早どこにも無い。
私は三橋さんの目をまっすぐに見た。
決して逸らさせないように、しっかりとこれからの言葉を受け止めてもらうために。
「三橋さん。ずっと思ってたことがあるの」
「えっ……?」
「私は………あなたを面白くない人だって思ってる」
「…………!?」
目が見開かれる。私は間髪入れずに次の言葉をぶつけた。
「初対面の時からそうだった。あなたはどこにでもいるような地味な人で、弱くて意気地なしで。男らしさが少しも無い、なよなよした人だって思ってた」
「あ……」
「今もそれは変わらない。相変わらず頼りなく見えるし、何かあったら私に泣きついてくるし。私はあなたという人間に夢中になれないの」
「…………………」
「ねぇ、三橋さん。私はあなたを愛していない。あなたは私に愛されていない。それでも…………それでも、あなたは私を愛せるの?私のこと、愛してるって言えるの?」
「…………………………………」
沈黙。
ただ沈黙が続いた。
三橋さんは瞬きをするだけで、少しも動かない。顔はずっと強張ったまま。
………………
………………………
あなたも…………
あなたも………そうなんだね…………
やっぱり私のことを………
ありのままの私のことは…………
「……………」
これ以上は無意味。
私は最後の言葉を告げるべく、口を開こうとした。
「…………何となく、分かっていたんだ」
「え………?」
「櫛田さんは、本気では僕のことを好きじゃないんじゃないかって」
三橋さん………?
「初めに言ったよね………僕と櫛田さんじゃ不釣り合いだって……。情けない話だけど、今でもその考えは変わらない。どうして櫛田さんみたいな人が、僕と一緒に過ごしてくれるのかって。ずっと考えてきた。でも、分からなかった」
「…………」
「櫛田さんは僕を愛していなかった。僕にかけてくれた言葉も、何もかも全て嘘かもしれない。ただの気まぐれなのかもしれない。でも………」
あれ………
どうして私は動けないの………?
「嬉しかったんだ。今まで、嘘でも冗談でも、僕を励ましてくれる人なんていなかった。僕が挫けそうな時、側で支えてくれる人なんていなかった。もし君が僕に嘘をついていたとしても………僕が君に救われたことに変わりはない」
何………
何………この感情…………
「君は聖人じゃなかったのかもしれない。酷い嘘つきだったのかもしれない…………それでもね、この気持ちは変わらないんだ。びっくりするぐらい、何も変わらない」
この感じ………
この感じは………あの人といた時の…………
「僕は君が好きだ。櫛田桔梗を愛している」
「……………………………………………………」
どうしてか。
言おうと思っていることが沢山あるのに。
口が震えて、言葉が出ない。
前が滲んで、彼が見えない。
「私………は…………」
「うん……」
「最低………だよ………?」
「……………………」
「今まで………何度も人を………傷つけた………………嘘ばっかり………ついて…………自分のことしか………考えて………なくてっ…………」
「うん………」
「皆が………思ってるような………人じゃない……………綺麗な………人間じゃ………ない…………」
「うん………」
「なのに………良いの…………?」
「うん………」
「私を………愛してるって………言って……………」
「僕の気持ちは変わらないよ。君がどんな人であろうと、僕は君を愛している」
ああ………
ああっ…………
これが……………
これが………………………
「愛」なんだね……………………
それから私と
手も繋ぐようになったし、ハグもするようになった。お互いの心と身体の距離が、グッと縮まるようになった。
他にも変わったことがある。
私は、幸太郎くんに外での愚痴を言うようになった。
職場の同僚のこと、キモい目で見てくるおじさんのこと、皆に任された面倒臭い仕事のこと。私が理想の「櫛田桔梗」であるために抱えてきたストレスを、彼に全部ぶち撒けた。
彼はそれを笑って聞いてくれる。
私のこの強欲さえも、彼は受け入れてくれる。
幸せだった。
私は間違いなく幸せになっていた。
………………
………………………
なのに……………
何で………なのかな?
幸せなのに。絶対、それだけは間違ってないのに。
ここで感じる「幸せ」は
大勢の人間の注目を一身に浴びた時のあの「幸せ」には
遠く及ばないように思えるのは。
私はそんな自分を認めたくなかった。
ずっと欲しいと思って、一度は諦めて、それでも未練を捨てきれないで。
ようやく手に入った「愛」が
何ものにも勝るはずの「幸せ」が
私を満たさない
私を潤してくれない
そんな渇きだけが、心に残っている
おかしい。
そんなことはあり得ない。
あっちゃいけない。
だって、あの時の運動会で。
あの子はあんなにも幸せそうだった。
世界一の幸せ者だった。
幸太郎くんの「愛」が、私にとっては「一番」のはず。
そうじゃなきなおかしい。
そうじゃなきゃ……………
私たちが初めて会ってから1年が過ぎた。
私たちの仲は、もうかなり深まっている。
だから…………
だから、私は私の「初めて」を、幸太郎くんに捧げることにした。
私が愛した、この世界で最初の人に。
幸太郎くんはまた茹でダコみたいに顔を赤くしていたけど、最後には頷いてくれた。
私は本気だった。
これで証明出来るはずだから。
幸太郎くんへのこの気持ちが、私の中で一番の「幸せ」なんだって。
対価を払って得る、あの「幸せ」に勝る、最高の「幸せ」だって。
明らかになる。
明らかになるはず……………
………………
……………………………
深夜の3時。
ここは幸太郎くんのお部屋。そのベッドの上に、私たちは一緒に寝ていた。
お互い一糸纏わない、ありのままの姿。隠すものなんて何も無い。私もこの瞬間は、絶対に自分を偽っていないって言える。神様にだって誓える。
胸の中には、さっきまでの
気持ち良い。
気持ち良かった。
……………
なのに…………
何で……………………
何で……………私は満たされないの……………
乾いてる………
心が乾いてる…………
おかしいよ………
こんなはずがない………
私の全てを受け止めてくれる人が側にいて………
その人と愛し合って………
なのに………
何で…………
何で……………!!!
「桔梗ちゃん凄い!!」
「桔梗ちゃん、今日はありがとう!」
「桔梗ちゃんマジ天使……」
「抜け駆けは許さねぇからな!」
「キョーちゃん、相談があるんだけど………」
「やっぱり桔梗ちゃんだね!」
「櫛田さんといると楽しいよ!」
「櫛田くん、今日……ちょっと良いかね?」
「櫛田さん」
「桔梗ちゃん」
「櫛田」
「キョーちゃん」
「櫛田くん」
「櫛田さん!」
「桔梗ちゃん!」
「櫛田!」
「キョーちゃん!」
「櫛田くん!」
「…………………………ははっ」
分かっちゃった…………
私って………………
もう人のこと………「皆」としか思えないんだ……………
私にとって自分の他の人は
「1人の人間」じゃない
「その他大勢」
私は誰かのことを
「数」でしか見られない
1人が何を言ったかより
私の名前が何人に呼ばれたかばかり気にしてる
それが気持ち良かったから
初めて「皆」に褒められたあの日から
私はそれしか知らなかったから
ずっとそれだけを見て
それだけのために歯を食いしばってきた人生
私の脳にはもう
「皆」っていう言葉しか思い浮かばない
「あなた」が分からないの
「………………………………………………………」
こんなのって、無いよ
あんなに欲しかったのに
夢焦がれてたのに
手に入れて初めて分かった
「満たされない」
もう私は、これでは「満たされない」
満たされなく……………なっちゃった…………
「すぅ……………………」
気持ち良さそうに眠ってるね………
あなたは本当に………私を愛していた
私のこと………きっとこの世界の誰よりも………
そして私も……
あなたを……………
あなた…………を……………
「ごめんね…………」
頭をそっと撫でてみた
子供のように、滑らかな肌触り
きっと夢の中では
私と一緒に過ごしていて
過ごして………いて…………
「…………うっ」
こんな………
「ううっ…………!!!」
こんなことって……………!!!
「うううぅっ…………うぁぁぁぁっ…………………」
ごめんなさい………ごめんなさい…………!
あなたは私を愛しているのに………!
私は…………
私は……………!
あなたを愛せない………………っ………!!!!
幸太郎くんの家からは、何も言わないで出て行った。
私は最低だ。
幸太郎くんに別れの言葉すら言えなかった。
あれから私は幸太郎くんと連絡は取っていない。
今は何をしているかすら分からない。
私はもう、1人の愛を求めるのは止めた。
確かに欲しかったものは手に入った。
けれども、私はもうそれでは満たされなくなっていた。
もし、初めからそれが手に入っていたのなら………
私はこうはならずに済んだのか。
それこそ、私が死ぬまで考えたって答えが出ない。
私の人生は
私の過去は
変えられない。
変えられないのだから。
私は25歳になっていた。
相変わらず、会社では愛想良く振る舞っている。もう「先輩」と呼ばれるようになった私は、既に後輩たちの憧れの的になっていた。
自分を押し殺して、良い人を演じるのはストレスが溜まる。
でも、苦しみ抜いた先に待ち受けている快楽は物凄い。
ずっと変わらない、私のメカニズム。
それを私は正しく理解し、正しく動かしていた。
そして、夏が見えてきたある日のこと。
家のポストに手紙が届いていた。
「差出人は…………みーちゃん?」
高育の同級生だったみーちゃんから、手紙が突然送られてきた。
「何だろう………」
私は封筒を開けて、手紙の中身を手に取った。
……………
………………………
「は……………………」
結婚式……………………………?
みーちゃん…………が………………?
君が教えてくれた
花が咲く場所とか
空の星座の名前
恋の切なさ
僕たちはあのベンチで
いろいろ話をして
1人では知らなかった
何かを見つけた
過ぎる時間(とき)の速さは
楽しいほど速くて
僕と君の季節も
風のように過ぎ去ったね
一緒にいたかった
誰より近くで
2人を
守れるのは
2人と
思ってたのに
(アニメ金田一少年の事件簿 EDテーマ『2人』)
サブタイトル:『ブルーロック』ミヒャエル・カイザーの台詞より引用
元々この曲は√松下で引用する予定でしたが、√櫛田に回すことになりました。
誰の曇らせが一番好き?
-
堀北鈴音
-
一之瀬帆波
-
坂柳有栖
-
軽井沢恵
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椎名ひより
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櫛田桔梗
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佐倉愛里
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長谷部波瑠加
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松下千秋
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佐藤麻耶
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天沢一夏
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七瀬翼
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雪
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茶柱佐枝