ようこそ綾小路がいなかった教室へ   作:せご曇(せごどん)

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「『未来は僕らの手の中』。そう…確かにそれはそうかもしれない」
「しかし、その未来の行方が誰もみな明るいとは限らない」

(『賭博黙示録カイジ』カイジの台詞より引用)




……誰かが、ほんの少し優しければあの子たちは―― 学校に通い、友達を作って、幸せに暮らしただろう。 でも、そうはならなかった。 ならなかったんだよ、ロック。(終)

 

「ねぇ、ここって………」

「あぁ、キャバクラだよ」

 

見ての通りさ、と男はニカッと笑った。

 

「キャバクラだよって………私は女よ?何を考えてるの?」

「おいおい、女だからキャバクラはNGなんてどこの文化?別に女の子が女の子とお喋りしちゃダメなんて決まりはないだろ?」

「それは………そうだけど」

「ちょっと派手な女子会みたいに考えれば良いさ。小難しく考えてちゃ人生楽しめないぜ」

「……………………………」

 

さっきからこいつの言葉、ムカつくな………。

 

というか………こういうお店ってあの女(母親)を思い出すから好きじゃない。実際にあの女のいた店に足を運んだことは無かったけど………嫌な連想がある。

 

………………

 

でもまぁ、女子会か………。

 

私にとって女子会というのはストレスのイベントでしかなかった。普段から楽しいイベントなんて殆ど無かったけど、その中でもとりわけウザい時間だった。

 

でもそれは、私が自分の本音を全く明らかにせずに相手の話にただ合わせていたから。

 

もし不満や愚痴をぶち撒けることが出来たなら?それこそ……幸太郎に愚痴を言っていた時みたいな……

 

「さぁ入った入った!今日1日だけはおねーさんが主役!それで」

「主役…………」

 

……………

 

芳しくない印象とは裏腹に、私は入店を決めていた。

 

主役

 

最近味わってなかった感覚だな………

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

店の中に入ると、今度は別の男に声をかけられる。黒いスーツと蝶ネクタイが特徴的な、若い男だった。

 

「このおねーさん、辛そうな顔してたから誘ったんだ。お一人様だよ」

「左様でしたか。ならば今夜は、飛び切りのおもてなしによりお客様の疲れた心を癒やさせていただきます」

「……………………………」

「当店へのご来店は初めて、ということですので、当店のシステムについてご説明させていただきます。まず─────」

 

 

この店の料金のことや、指名のことなどの説明を一通り受けた。私は今回は初来店ということで全品半額になる、ということらしい。

 

お金については、もうこの際は気にしない。私は何か新しいものを見たがっている

 

客席のある部屋に入ると、赤いカーテンがまず目に入った。そしてその次には天井の白いシャンデリア。黒いタイルの床、黒い壁。

 

夜の街の煌びやかさを十全に表現した、大人だけに許された魔性の空間がそこには広がっていた。

 

黒服に連れられて、私はソファ席に座ることになる。途中何人かのキャバ嬢とすれ違い、笑顔で挨拶をされたりした。

 

席に着くまでに見えた光景。女の子がおじさんとお酒を飲みながら何かを話しているのがそこら中に見られた。そして、その中には何人か女の客もいる。

 

こういうお店に来るのは初めて。普段、同僚の子たちとはもっと明るいお店に来ることしか無かったから。何よりも、キャバクラとかホストとか、そういうものは私とは無縁の存在だったし。

 

ともかく、私は別の世界の中を歩いているような不思議な感覚に見舞われていた。

 

「ご指名はお決まりでしょうか」

「誰でも良いよ。話を聞いてくれる人なら誰でも」

「承知いたしました」

 

人気の子とか、そうでない子とか、そんなことはよく分からない。

 

ただ、私は話をしたかっただけ。

 

その相手は誰だろうと構わない。

 

 

それからしばらく店内を眺めていると、誰かが近づいてくる気配がした。

 

「お待たせしました!」

 

元気の良い高い声が私の前方から聞こえてくる。顔を上げると、そこには黒いショートヘアと露出度の高い白いドレスを着た女が。

 

年齢は………私よりも下っぽい。大学生ぐらいに見える。

 

「私、白泉(しらいずみ)リリカと言います!お客様、今回は初のご来店ということでしたね?」

「あ、うん」

「今夜はもう、夢なのかどうかも分からなくなるぐらい素敵な時間をお届けします!」

 

リリカは自己紹介を終えると名刺を渡してきた。まぁ、本名じゃなくて源氏名なんだろうけどね。

 

それにしても凄いエネルギー。キャバクラってこんな感じなんだ………

 

あの女も店では…………

 

「ありがと………」

「お隣、失礼しますね」

 

するとリリカは、私のすぐ隣に腰掛けた。シトラスの香水の香りが、むわっと鼻腔をくすぐる。

 

「お客様、お名前は何て言うんですか?もし宜しければあだ名でも!」

「名前?」

 

あだ名でも良い、か。

 

学生時代には「キョーちゃん」なんて呼ばれたこともあるけど、好きじゃないあだ名だった。

 

普通で良いか。

 

「桔梗。桔梗って言うの」

「へぇ〜、桔梗さんですか!素敵なお名前ですね!」

「……………………」

「私のことは何とお呼びしても良いですよ!友達なんかからは『リリちゃん』なんて呼ばれてますから、そちらでも!」

 

そう。

 

本人のリクエストもあることだし、「リリちゃん」と呼んであげるか。

 

「よろしくね、リリちゃん」

「はい!よろしくお願いしますね」

 

 

リリちゃんと過ごした時間は1時間ぐらいだったかな。

 

キャバ嬢の経験はそれなりに長いのか、人を和ませる話し方、人を楽しませる空気づくりといったものは上手かった。話していて気持ち良くなれるタイプ。私自身はあまり話したことがない相手。

 

でも同時に、それが作られたものだとも分かる瞬間が度々あった。本当に一瞬だったけど、どこか疲れたような眼差しが垣間見えたんだ。

 

それが鼻につくことがあった。私だったら、人前で弱味は見せない。私なら、完璧にこなせる。いつしかリリちゃんを自分に置き換えて思考をしていた。

 

そして、その瞬間に気が付いてしまった。

 

 

 

私、この仕事向いてるんじゃないのかな。

 

 

 

 

「……………………………」

 

私は電気もついていない暗い家の中で、グラスに注いだお酒をひとあおりした。

 

「はぁ…………」

 

キャバクラ…………キャバクラ……………………

 

私の能力を考えるなら、キャバ嬢は………天職。

 

並よりもずっと可愛くて、スタイルも良くて、そして理想の自分を完璧に創り上げられる。どんな相手と話をしていても、その場では絶対に嫌な顔をしない。聞き上手で話していて気持ちが良くなる人間。

 

どこをどう切り取っても適性しか無い。

 

しかもプライベートには踏み込まれない。そもそも源氏名を使うから本名は分からないし………結婚をしている必要も無い。

 

私の能力なら間違いなく他の子を圧倒出来る。瞬く間に売り上げで1位を獲得出来る。

 

名実ともに「一番」になれる。

 

都合が良い。

 

都合が良すぎる。

 

良すぎるんだけど…………

 

………………!

 

「…………クソっ………!」

 

これじゃ………

 

これじゃああの女(母親)と何も変わらないじゃない………!

 

行き詰まって………その先に行き着いたのが水商売………

 

同じだ………全く同じ………!

 

あの薄汚れた女と同じ末路だ………!

 

蛙の子は蛙。そう思われても仕方ない末路………

 

嫌だ。

 

それは、それは嫌─────

 

 

 

 

 

「ああっ……………」

 

零れ落ちてきた涙を拭う。

 

これで何度目か。もう目は腫れてるし、きっと涙の痕が何重にも重なってる。

 

何度

 

何度頭で考えても、もう私に道が残されていないんだと理解させられる。

 

人並みの愛じゃ満足出来なくて。

 

人並みの高揚じゃ満たされない。

 

何かの「一番」じゃないと納得出来ない面倒な女。

 

かつては神童なんて持て囃された時期もあったけど、それも遠い昔の話。私が「一番」になれるものは限られていた。

 

そんな私が行き着いた先には…………もう「皆」の「一番」になることしかない。

 

私の持てる武器で。

 

誰から与えられた刺激でもなくて。

 

自分で自分を満たすしかない。

 

それしか、私には無いんだ。

 

「ゴミ…………ゴミだよ本当に……………こんな世界……クソ喰らえっ……!!!」

 

 

 

 

 

「始めまして。『白詰(しろつめ)ユリ』です。ご指名、ありがとうございます♪」

 

私はそれから、別の繁華街にある大型のキャバクラに入店した。リリちゃんの居るお店には、当然入れないからね。

 

私は「白詰ユリ」という源氏名を使って働いている。お店の人からは既に期待の新人として注目されていて、私もそれに見合った動きをしていた。

 

お店に来るお客さんは、中年のおじさんが多い。それもこういうお店だから、それなりにお金を持っている人。

 

企業の経営者、役員、部長。一定以上の地位にいる人が大勢足を運ぶ。そして、私たちはそんな人たちの人には言えない悩みや相談を聞く。時に武勇伝や自慢話だったりもする。ニコニコ顔で、決して否定せずに。ただただ相手が気持ち良くなるように立ち回る。

 

うん。

 

これまでと変わらないね。

 

「あ……よ、よろしく」

 

私の天使のスマイルに、このおじさんは早くも胸を打たれた様子。この人は今後、私に病みつきになるね。

 

 

私は自分の能力をフルに活用した。

 

会社や学校の時と違って、今回は本当に、ただ私の能力を使うだけが仕事。

 

何度も言うけど、私はこの方面の能力に関しては常人の比にならない程に卓越している。私の苦渋、嘔吐の日々で叩き上げた、私の随一の武器。

 

どんな子が競争相手だろうと、負けることはない。

 

そして…………

 

「アヤカちゃん、相談って何かな?何でも聞くよ?」

「は、はい………ユリ先輩……実は…………」

 

他のキャストの子たちとのコネクションもしっかりと築いた。

 

客だけじゃない、一緒に働くキャバ嬢たちからの信頼も得ていく。この仕事をこなす上で必然的に蓄積するストレス、水商売ならではの不安。

 

そういったものは、家族や友人には言い辛いもの。だから、私が相談役を担った。

 

キャバ嬢がキャバ嬢の相手をするっていうのだから、面白いよね。これじゃあ私は四六時中誰かに尽くしているみたい。でも、私はずっとそうやって生きてきた。

 

小学生の頃から。

 

中学生の頃も。

 

高育に通っていた頃だって。

 

大学時代もずっと。

 

大人になってからも。

 

ずっと。

 

ずっと。

 

ずっと。

 

ずっと。

 

いつだってずっと。

 

私は誰かの「一番」であり続けた。

 

その私が、ここで「一番」になれないはずが無い。

 

ビジネスでやってる子とはものが違うんだ。

 

当然の結果。

 

 

そして、おじさんの面白くない話や他のキャストの子たちの愚痴や相談を耐え抜いた先に。

 

久々に訪れた、「一番」の快楽。

 

売り上げでもどんなキャストだろうとぶち抜いて「一番」。

 

お店の人、お客さん、キャストたち。

 

皆から向けられる輝かしい視線。

 

喝采の大合奏。

 

気持ち良い。

 

気持ち良すぎる。

 

こんな快楽、他じゃ味わえない。

 

こんな感情、どこにも売っていない。

 

私にしか見られない光景。

 

これだ。

 

これだよ。

 

私はこのために生きているの。

 

誰かの「一番」になって。

 

それによって、物凄い気持ち良い賞賛を浴びる。

 

でも、何も悪いことなんてない。

 

皆は私のおかげで楽しい思いが出来て。

 

私はその楽しい時間の対価として愉悦を受け取る。

 

生まれた時からずっとやってる等価交換。

 

何も悪いことなんてない。

 

最高だよ。

 

今にして思えば最高。

 

お金だってかからない。

 

犯罪でも何でもない。

 

皆幸せ。

 

お互いウィンウィン。

 

何も悪いことなんてない。

 

悪いことなんて、何も無いんだよ………………

 

 

……………

 

……………………

 

 

私がキャバクラで働き始めてから1年が経った。

 

私の入店から、ずっと私が売り上げでは1位。トップを独走、圧倒的。

 

私は快楽を恣にしていた。

 

誰にも邪魔されない、私だけの理想郷。

 

そんな絶頂の真っ只中にいた時。

 

 

新しく入店してきた子がいた。

 

長い金髪に、パッチリした青い目をした、二十歳そこそこの子。

 

「ハルミです!ユリ先輩、よろしくお願いします!!」

 

有明(ありあけ)ハルミ」という源氏名の子だ。

 

見た目が華やかなキャバ嬢の中でも、ひときわ美しいと思える子だった。メイクや整形で創り上げた顔じゃない、天然の美人。

 

人懐っこい彼女は、右も左も分からない中で私に頼ってきた。私は先輩の役目として、そして私自身が彼女の「一番」になるために、彼女に手取り足取り優しくこの仕事のことを教えた。

 

 

しかしその時、私は何か言いようの無い不安を抱いていた。

 

この子と接した時に感じられた気配。作り物で生きている私だからよく分かること。

 

彼女は根っからの「天然」。性善説でも信じているような警戒心の薄さ、だけど……だからこそ、人を惹きつけるような雰囲気を纏っていた。

 

高育の一之瀬帆波みたいな子……だね。唯一私の人気に対抗し得た、裏表のない良い子ちゃんの、あの一之瀬。

 

だけど、私は当然それを外に出すことはせず、あくまでも優しい「ユリ先輩」として彼女に接した。彼女はいつも目を輝かせて「ありがとうございます!ユリ先輩!」と口にした。偽りのない、本心からの感謝で。

 

私も悪い気はしなかったので、彼女との良好な関係をそのまま続けた。

 

 

…………

 

………………

 

彼女が入店してから、半年が経過した。

 

今日は、先月の売り上げが公開される日。

 

私は売り上げ順位表が張り出されている部屋に向かっていた。

 

「あ、ユリ先輩!」

 

すると、その時にハルミと出会う。いつも見せているのほほんとした微笑みを浮かべるハルミ。

 

「ハルミちゃん」

「先輩もこれから売り上げを見に?」

「うん。ハルミちゃんも?」

「はい!」

 

ここ最近のハルミちゃんの売り上げは上昇傾向にある。最初の一月は下位だったけれど、ここ2カ月で急上昇。今ではトップ5を争う位置にいた。

 

「また今回もユリ先輩が1位ですよ!先輩は凄い人なんですから!」

「そんな………褒めても何も出ないよ?ハルミちゃんだって最近は調子良いじゃん」

「いえ、私なんてまだまだです!先輩に比べたら!」

 

ニカッ。

 

太陽のように輝かしい笑みを浮かべるハルミちゃん。

 

まぁ、この子が人気になる理由も分かるかな…………

 

…………

 

……………………

 

 

 

「え─────」

 

何…………これ……………

 

「わ、わぁ!?私が1位!?えっ、嘘!?」

 

その張り紙の頂点に、私の名前は無かった。

 

そこにあったのは

 

"有明ハルミ"

 

 

「先輩っ!!1位!!私1位でした!!!」

 

「あ………………ははは……………良かったじゃん。私が色々と教えた甲斐があったかな?」

「はいっ!!全部先輩のおかげです!!!」

 

…………っ!!

 

「でも、今回はまぐれですよ………私がユリ先輩に勝ってる訳ないですから。神様がきっと、1度だけ勝たせてくれたんです。そうじゃなきゃおかしいです」

「……………………………………………」

 

馬鹿にしているの………?

 

そう言いそうになったのを必死に堪える。

 

この子に悪気はない。悪意なんて少しも無い。

 

この子は「天然」。私が血反吐を吐く思いで創り上げた理想像を、無意識でやっているだけ。

 

だから勝敗は、これだけでは分からない。

 

分からない…………………

 

 

それから更に3ヶ月が過ぎた。

 

最初のハルミの1位の次の月の1位。これはハルミだった。

 

その次の月。これもハルミ。

 

そして………

 

「嘘っ!!また1位!!!!」

 

私の隣には、ぴょんぴょんと跳ねながら喜びを表現する有明ハルミがいた。

 

まるで子供みたいに。無邪気に、目を輝かせて。

 

「…………………………」

「ユリ先輩っ!!また1位でした!!!やった!!!」

「……………ははっ、凄いね。もう抜かされちゃった」

 

最近のハルミの売り上げは凄まじい。

 

私のお客さんの少なくない人も、ハルミに吸い上げられていた。

 

「ハルミちゃんヤバくない?」

「超新星、って感じだよね。お客さん、皆ハルミに夢中だもん」

 

私もハルミも、同じ才能を持っている。

 

それは良い。同じというなら、格の違いを見せるだけだと思っていたから。

 

なのに………

 

なのに………………っ………!

 

どうして私よりも上を………っ……!!!!!!

 

「ユリ先輩!!ユリ先輩がいなければ私、ここまで来られませんでした!!」

 

うるさい。

 

お前が、お前がいなければ私は…………

 

「先輩がいなければ私………不安で………不安で押しつぶされたかもしれません………!」

 

泣くな。

 

涙ぐむな。

 

お前にそんなこと言われる義理は無い。

 

私の「一番」がお前に奪られたんだよ。

 

お前に………

 

お前に……………!

 

……………

 

………いけない。

 

ここで怒りを燃やしても何の意味もない。

 

ここは冷静に、冷静に…………

 

「先輩のおかげで私……凄く楽しめてます!全部全部、先輩がいたからです!」

 

冷静に………っ………!

 

「これからもまだまだ、色んなことを教えてください!!ね、ユリ先輩っ!!」

 

 

 

「ッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ピシャッ

 

乾いた音が、部屋の喧騒を打ち消した。

 

「え───?」

「フーッ、フーッ………………」

 

何が起きたのか。

 

右手がじんじんと刺激に悶えているのを感じた時、私はそれを初めて知った。

 

「ユリ………先輩……………?」

「あ…………いや…………」

 

何をした?

 

私は何をした?

 

頭が状況の整理に追われている。

 

私は。

 

私は………

 

ハルミをはたいた……

 

はたいた…………?

 

「なに、なに?」

「ユリさんがハルミを叩いた………」

「えっ、何でこんなことなってんの?」

「あのユリさんがこんなこと………」

 

あ………

 

この視線………

 

この感覚………覚えている……

 

中学の頃

 

皆の私への見る目ががらりと変わったあの瞬間

 

大学のバイトでも、同じことがあった

 

あの時の目

 

驚愕、恐怖、失望

 

決して快い感情は含まれていない

 

ああ………

 

ダメだ

 

あの時を思い出してしまう

 

あの時の、自分が崩れていく感覚

 

あの時の……

 

あの時の…………!

 

「っ!!?」

 

「あっ、ユリ先輩っ!!」

 

 

 

 

 

店から走り出してきた。

 

……………

 

どうしよう………

 

もう私はあそこには居られない。

 

売り上げNo.1に暴力を振るった。

 

今まで築いてきた信頼が。

 

私の理想像が。

 

一瞬で砕けちゃった。

 

「……………フフッ」

 

何も変わってないね………あの頃から……

 

私って何をやってるんだろう………

 

皆、前に進んでるのに。

 

私だけずっと子供のまま。

 

何度も、何度も同じことを繰り返して。

 

みーちゃんも心ちゃんも、他の子たちだって。

 

皆、私との思い出を糧に進んだ。

 

なのに、私にだけは何も残らなかった。

 

どうして。

 

どうしてこんなことになるの。

 

私ばっかり。

 

私ばっかり……

 

「……酷い…………酷すぎるっ…………」

 

どうして……

 

どうしてこんな………!

 

「うぅ…………うぅぅっ…………!!!」

 

 

「ん………」

 

誰………

 

誰かが私の前にいる………

 

………………!?

 

「あ…………!?」

「君は…………………」

 

あなたは………あの時の………!

 

 

 

 

 

 

「…………………………………」

 

夜の公園。私たち以外は誰もいない。

 

私たちは、その中にあるベンチに腰掛けた。

 

「酷い面だな」

「………………」

「オレもまさか君と会うとは思っていなかった」

 

この男と最後に会ったのは……大学生の頃だったかな。

 

もう10年近く前になる。だと言うのに、この男はあの頃から少しも変わっていない。

 

本当に人間なのか、と疑ってしまうぐらいに。

 

「………あなたは日本にいたの」

「数年前に帰国してきた。今は日本に住んでいる」

「…………そう」

「そうだな………あの時と同じ質問をするか」

「同じ?」

「君は人生を楽しめているか?」

「…………………………………………………………………」

 

……………………

 

「…………そうか、それが答えか」

「……………」

「三度目の正直だ。何かあったか話してみる気は無いか」

「………」

「君はもう、随分前から抱え込んできたんだろう?抱え込んで、恐らく今はもう限界を迎えているはずだ」

「………………そう………だね」

 

もう否定する気にはなれなかった。

 

「少し………長くなるよ」

「構わない。好きなだけ話すと良い」

 

 

 

私は自分のことを全て、この人に打ち明かした。

 

自分の出生。

 

自分の少女時代。

 

成人してから。

 

大人になってから。

 

初めての賞賛の感動も。

 

運動会のあの日の悲しみも。

 

中学校で理想の私が崩れ去った日のことも。

 

最期まであの女に愛してもらえなかったことも。

 

幸太郎くんを………愛せなかったことも。

 

少しも隠さず、この人に打ち明けた。

 

 

「……………………………………………………………」

「………………醜い女だって思う?」

「……………………いや」

「嘘………はついてない………のかな?」

「言っただろう。オレは君の話を聞くと。君を侮蔑して何になる」

「………………………………」

 

自分のことを話している時、とても悲しい感情が胸の内からこみ上げてきた。

 

一体何が間違っていたのか。

 

どうして私は幸せになれないのか。

 

そんなことばっかりが、頭に浮かんできた。

 

「……………っ」

 

ダメ………

 

また涙が…………

 

「え…………」

 

その時、目元に何かが触れた。

 

これは……ハンカチ……

 

「…………ありがとう」

 

あの時はこの人の厚意に唾を吐いたのに。

 

この人はそれでも、私を見放さないんだね。

 

「私は…………何を間違えたのかな」

「………………………」

「違った……違った生き方も、あったのかな……っ…………」

「…………………別に、何も間違っちゃいないさ」

「え…………?」

 

間違ってない………?

 

「まぁ……………君は運が悪かった。それだけだ」

「は………運………………?」

「何をいい加減な、とでも思ったか。だが、実は人生で一番重要な要素だ」

「…………………」

「愛されなかったんだろう?たった1人の親に」

「………………うん」

「それで愛を欲しがったんだろう?どんな苦しみを背負ってでも」

「…………………………………」

「全て繋がっている。君は親に愛されなかった。持っていて然るべきものを持っていなかった。だから対価を払ってでもそれを得ようとした。何もおかしくない。何も間違ってない」

「………………じゃあ………私はもう………」

「………そうかもな。君は生涯、その呪縛から抜け出せないのかもしれない。一度は掛け値無しの愛情を注いでもらったにもかかわらず、それに満足できなかった。君はもう、そういう生き物になってしまったんだ」

「……………………………………………………………」

 

 

 

 

───世の中には色んな人がいるよ。背の高い人、低い人。足の速い人、足の遅い人。頭の良い人、悪い人。………親に愛された人、愛されなかった人。けれども、そういうのは自分ではどうにもならないこともあって、辛くなることもある。でもね、ダメだダメだって自分を否定しても、何も現状は良くならない。この世界はどうしようもなく不平等で、理不尽で…………だからって足を止めてたら、何にもならないじゃない。

 

 

 

 

あの時、幸太郎くんに言った言葉。

 

分かっていたはずだ。

 

この世界はそういうものなんだって。

 

私には無いものを死ぬほど持ってる人が平気でいる。

 

そんな理不尽な世界なんだって。

 

分かっていた。

 

分かっていた………のに…………

 

 

 

「悔しい…………悔しい………っ……………!!」

「……………………」

「悔しくて悔しくて死にそう…………!」

「……………………」

「憎い………憎いよ………!私に無い物持ってる奴が憎い……!全部が憎い…………!!!」

「……………………」

「ねぇ!私はどうすれば良いの!!?どうすれば良かったの!!?」

「……………人に認められるのは気持ち良いか?」

「はっ……!?当たり前でしょ……!!!」

「今でも人に………愛されたいか?」

「当たり前よ……!」

「なら簡単じゃないのか」

「は?」

「君は今まで通り、愛されるために生きれば良い」

「…………!」

 

何を………

 

「どんなに人に認められたいからと言って、君のように苦しんでまで生きる者は見たことがない。並ならその苦しみに耐えられずにその生き方を諦める。だが君は折れなかった。君は愛されるために命をかけられるということだ」

「でも今は………」

「何を意固地になっているんだ?自分より上がいるのならそこから逃げれば良いだろう」

「………!」

「常に自分が一番になれる環境を探し出せば良い。ある所で駄目ならば他に移る。そこでも駄目ならば他。そうやって君が気持ち良くなれる場を探せば良いだけだ」

「…………………」

「後ろめたそうな目をしているな。だがそれこそ不可解だ。勉学やスポーツで一番になれないから、友人たちの信頼を得る生き方を選んだんだろう?単に志を問うのなら、低いと言わざるを得ない。だがオレは、そこまでしてでも一番に拘るその執念は素晴らしいと思っている。ある意味で、誰よりも人間らしく生きている」

「………」

「ならば開き直れ。胸を張れ。君のその対話能力と亡者の如き執念で、君は自分を満たし続けろ。それでしか生きられないと言うのなら、その生き方を突き詰めろ。………その意味では、君の処世術には改善の余地があるな」

「改善………?」

 

男は急に立ち上がって、私を見下ろした。

 

「度々、ストレスが限界になり爆発したようだな。君はそのせいで中学、大学、そして現在、窮地に追いやられている」

「…………そう………だね」

「君に失態があったとすれば、自分を見ているようで見ていなかったところだ。欲求に対して素直なのは良いが、そのせいで自分のコントロールが疎かになっている。自分を満たすためには、直さなければならないな。偽りの自分を演じるのに痛みが伴うのなら………そうだな」

 

「オレと飲みに行くぞ」

 

 

「は…………」

 

 

「オレは君を愛していない。君もオレを愛せない。だが、それで良い。君はただありのままの君でオレの前にいるだけで良い。自分を偽らない、そんなクールタイムが君には必要だ」

 

「………………」

 

「さぁ、そうと決まれば行くぞ」

 

男は私に手を差し出してきた。

 

……取れってこと?たかがベンチから立ち上がるのに。

 

いらないよ、そんなの。

 

……………

 

………………

 

「…………………」

「今度は取ったか」

「……あんたが取って欲しそうな顔してたから」

「まぁ、間違いは無いな」

 

私はすぐに男から手を離す。恋人繋ぎがしたい訳じゃないから。

 

 

「……………ねぇ」

「何だ」

「あんたの名前、教えてよ」

「ほう」

「結局私、あんたのことは何も知らないから。私ばっかり喋ってるのは、何か損してるみたいでムカつく」

「そうか………確かにな」

 

男は私と向かい合った。あたりの木々が風に揺れ、葉の擦れる音がものものしいざわめきにも似て聞こえた。

 

 

「オレの名前は───────」

 

 

 

ようこそ綾小路がいなかった教室へ─────√櫛田・完

 

 




ここまで本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回で√櫛田の物語は終了となります。

皆さんはこの後、櫛田がどうなると思われますか?そのまま自らの欲求を満たし続けるのでしょうか?それとも、最後には欲求を満たせなくなるのでしょうか。

どちらもあり得る未来、彼女の行く末は分かりません。

さて、話は変わりますが、この度√櫛田を執筆するにあたって私が意識したものがあります。

それは「リアリティ」です。

今回の物語では、リアリティを追求しようというのがテーマの1つでした。

櫛田の出生までは原作では語られていなかったことから、私はその段階から独自解釈を施すことにしました。それが「ネグレクトされた櫛田」というものです。

櫛田のあの強大な承認欲求。あれは果たして、生来のものでしょうか?生まれながらにして何らかの欲が強いということは考えられるものです。しかし、あれ程までにストレスを抱えながらも人に認められたいとなると、これは育ちに何らかの問題があるのではないかと私には思えました。そしてそう考えると、私の中で「櫛田桔梗」というキャラクターが血の通った実体を持つ生の人間であるように感じられました。

例えば、私の知人に櫛田のように承認欲求の強い人がいます。その人は既に60歳を過ぎているのですが、事あるごとに何かを自慢し、人に認められたがっています。その人は育った家庭環境に問題があり、父親はヒモで幼い頃から家族には殆ど姿も見せず、どこかで遊び呆けていたらしいです。では母親の方はどうかと言うと、母親もまたその人を愛さずに過ごしたそうです。貧乏な家庭で、「学校に行く暇があれば働け」と言うほどにはぞんざいな扱いを受けていた。家で満たされなかった欲求を学校で事あるごとに満たそうとし、それは大人になっても、壮年になっても変わりませんでした。小さな頃に得られなかったものを、成長してから欲求不満の反動により強く求めるようになった。還暦を迎えてもなお、その生き方は変わっていない。きっともう、死ぬまで変わらないでしょう。これは形のある実例の1つでした。

他にも幼少期に然るべき欲求を満たされずに、成長してからその欲求が爆発した人は結構見てきました。そういった人たちを見ると、櫛田の承認欲求の強さもまた、子供時代に愛情を注がれなかったことによる一種の反動に思えたのです。

なので、今回の√櫛田の終わり方は√堀北のような幸福を予感させる清涼感のあるものでもなく、√松下のように希望を抱かせるものでもない、ドキュメンタリーのエンディングのように生々しいものを初めから想定していました。堀北のように人に助けを求められる人間でもなければ、松下のように本来の自分を見失っていた人間でもない。櫛田は自分という存在を明確に自覚していた。そして生き方ガチガチに固めていたからこそ、自分の生き方を曲げられない。曲げてしまえば、それまでの自分の生き方を否定することになる。それは櫛田にとっては、自分のこれまでの苦痛の日々を無かったことにすることと等しく、生きる意味の否定でもあります。俗な例えを用いるのならば、数百万円、数千万円と課金してきたソーシャルゲームが突如としてサービスを終了してしまったとしたら、課金ユーザーは何を思うでしょうか?酷い喪失感や怒りなど、いずれにせよネガティブな感情に支配されることは想像に難くありません。櫛田はストレスという代償を人生の全期間で払い続けてきた。ならば、生き方を変えるなど許されることはない。代償に見合った愉悦を享受して然るべき、そう考えるとするのが妥当でしょう。結局櫛田は、生涯あの性根を変えることは出来ない、と私は判断しました。


かなり端折りましたし、まだまだ語りたいことはたくさんありますが、後書きが長すぎても宜しくないので、このぐらいで終わらせていただきます。

今後、より詳細な√櫛田の解説を活動報告に投稿する可能性がありますので、もしご興味があればその節に足を運んでいただければと思います。

それでは、これにて√櫛田は幕引きです。

重ね重ね、御清覧ありがとうございました。



サブタイトル:『BLACK LAGOON』ベニーの台詞より引用

誰の曇らせが一番好き?

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