抱きついたまま動かなかった私の肩に綾小路さんはそっと触れて、とりあえず中に入ろうと言った。
「外は冷えるからな」
「……………うん」
綾小路さんは私の目元に指を持ってきて、涙をそっと拭ってくれた。
「らっしゃい!! って、堀北さんに綾小路さん、一緒のご来店かい?」
私たちが揃って入店したことに、店主さんは少し驚いていた。
ガヤガヤと聞こえる店内での話し声の数々が、今の私には元気をくれるトランペットの音に聞こえる。それ程に心が冷え切っていた。
「座ろう」
「………………」
無言で頷き、綾小路さんと一緒にカウンター席に座った。
「今日はオレが奢るよ。辛いことがあったみたいだしな」
「そんな………申し訳無いわ」
そういう優しさは、かえって重荷に感じられてしまう。
「なら、これは助ける対価として奢る権利をオレが受け取るということにしよう。対価を受け取るのに金を払うというのは奇妙な話だが、その遠慮がちな所を止めてもらいたいからな」
「…………………………」
そうとまで言われては、断ることは出来ない。
遠慮がち、か………。
昔の私は無遠慮に人に接していたのに、いつしか下手に出るようになっていた。
自信の喪失というか、自分は大した事ない人間なのだと思い知らされたからかな………。
「最初は飲まずに話してくれ。何も覚えてないってなったら、どうも堀北さんのためにならなさそうだ」
「………分かったわ」
前回、記憶が無くなるまで飲んでしまったのだから、彼の言うことに従うしか無い。
それに、もう彼との時間を忘れたくはない。
「そうだな、まずは…………」
綾小路さんは店主さんに料理を注文した。
私は、綾小路さんに今日のことを全て話した。
大事な商談で契約を取れなかったこと、訪問先にいた人が高校時代の仲の悪い同級生で、私をからかうようにして商談を打ち切ったこと、街中でみっともなく泣いてしまったこと。
全てを包み隠さずに打ち明けた。
「…………………………」
綾小路さんは、何も言わずに私の話を聞いてくれた。
もういっそのこと、綾小路さんにも否定してもらって、私という存在を粉々にしたい。話している内に、情けなくてそう思ってしまった。
「っ………ごめんなさい、まだお話の途中なのに…………」
屈辱的とも言える私の失敗談に、思わず涙が込み上げてきてしまう。
私は手の甲で涙を拭おうとした。その時だった。
「ほら」
「え…………」
彼はハンカチを私に差し出した。
「手で拭うと腫れるだろ。これを使ってくれ」
「…………………ありがとう」
………やっぱり、綾小路さんは優しい人ね。
私はハンカチを受け取って、涙をそっと拭っていった。
「何ともまぁ、世の中ってのは因果なもんだね………本当に嫌になっちまう」
店主さんも私の話を聞いていたようで、難しい顔を浮かべていた。
因果……そうね。全部、私に返ってきている。過去の未熟な行いが、今になって私を地の底へと引きずり込んでいる。
何もかもが嫌になってしまうほどに。
「…………堀北さん」
綾小路さんはビールを飲むと、グラスを置いた。コン、という小気味よい音が耳に入る。
私は彼の横顔を見た。
私はお酒を飲んでいないけど、綾小路さんはそれなりに飲んでいる。なのに、全く顔が赤くなっていない。酔っている様子が見られない。
お酒に強い人みたいね。だから、あの時も私をおぶって家まで………。
「もうすぐクリスマスだな」
「えっ?」
何か私の話に対しての言葉を口にするかと思えたその時、綾小路さんは全く予想もしなかった単語を発した。
素っ頓狂な声をあげた後、しばらく間ができる。
「え、ええ………でも、それがどうしたの?」
どうしてクリスマスの話が出たのか分からないけど、とりあえず疑問を投げ掛けてみた。
「24日は日曜日だ」
「え? ………そうね」
「ただ、オレはあまり人が多い所は好きじゃない。毎年24日は凄い混雑になるからな」
綾小路さんが何を言いたいのか分からない。なんの脈絡も無い話に切り替わって、少し戸惑っていた。
すると、店主さんがニヤニヤと笑みを浮かべる。店主さんまで、一体どうして………。
「23日、オレとデートをしないか」
「……………………………………………え?」
その後、お酒も飲んでいないというのに私の顔は真っ赤になっていた。
12月23日。
私は居酒屋のある駅のホームで立っていた。
デート。その言葉を聞いた時、私の頭は真っ白になった。
数秒してまるでポップコーンが弾けるような刺激が脳内を駆け巡って、湯気がのぼりそうな程に顔が熱くなる。
私は今までの人生で、男性とデートなんて一度もしたことが無い。誰かに想いを告げられたことも、告げたことも、どちらも経験してこなかった人生だった。
だからか、今日は朝早くから目が覚めてしまって、どの服を着ようかあれこれ悩んで2時間が経ってしまった。
私にこんな側面があったなんて。こんな少女のような私がいたなんて、27年間生きてて初めて気付いたわ。
でも、どうしてか悪い気はしなかった。子供っぽいだとか、そう言って自分を恥ずかしく思うことは無かった。
約束の時間は午前10時。まだ待ち合わせまで10分ある。
「………………………」
綾小路さん、どうして急にデートになんて誘ったのかしら。
まさか綾小路さん、本当に私を…………。
「堀北さん」
「ひゃいっ!?」
心臓が飛び出る勢いで、私は奇抜な声をあげてしまう。
その声は、ちょうど私が今待っている人の声だった。慌てて振り返ってみると、そこには私服姿の綾小路さんが。
「綾小路さん……………」
「すまない、待たせたか」
「………………………」
「堀北さん………?」
「……ああっ」
少しの間、私は綾小路さんから目が離せずにいた。
まさか私は、彼に見惚れていた?
確かに私服姿の綾小路さんは、スーツの時よりもその………凛々しい印象を与えるけれど。
「や、約束の時間にはまだなっていないわ。お互い、少し早く来たみたいね」
「そうだな」
待ち合わせ時間よりも早く合流出来たのなら、ここで立っている必要も無い。
私たちは、2人で改札をくぐり抜けることにした。
今日私たちが向かうのは「デステニーランド」。日本国内では定番と言われているテーマパーク。
老若男女、幅広く沢山の人々が訪れる場所。私は足を運んだことは無いから、人生初のデステニーとなる。
一生行くことは無いと思っていたのだけれど、まさかこんな形で訪れることになるなんて。しかも、男性と一緒に。
「………………………」
「………………………」
電車の中は、普通に混んでいる。
23日は混んでいないんじゃなかったの?
「ねぇ、綾小路さん…………」
「………オレのリサーチ不足だ」
「…………………」
と言っても、私もクリスマス前後が休日の時にどこかへ遊びに行ったことなんて無かったから、お互い未知の領域だったみたい。
でもこの反応で、綾小路さんも誰かと付き合ったことが無さそうだって思った。交際経験のある人なら、こんなミスはしないだろうから。
どういう訳かホッとしている自分がいる。
今日行くと決めてしまったからには仕方が無い。
せっかくのテーマパークなのだから、どんな風になっているのかを見ておきましょう。
電車に乗ってから数十分して、私たちはデステニーランドに到着した。
シンボルとも言える大きなお城が目に入る。
「堀北さん」
「なに?」
「写真を撮ろう」
「写真?」
「ああ」
綾小路さんは遠くのお城を見ながらそう言った。
「………そうね。せっかくだし、撮っておきましょう」
私は携帯を取り出して、カメラを起動する。遠くに映るデステニーのシンボルを、しっかりと写真に収めて………。
「ああ違う。そうじゃない」
「え?」
綾小路さんはそう言うと、私の携帯をひょいっと手に取った。
「何を…………っ!?」
心臓が一瞬止まる。
綾小路さんは、私の肩に手を回してぐいっと自分に寄せながら、お城をバックにツーショット写真を撮ったのだ。
「綾小路さん………!?」
「デートといったらこれだよな」
そう言って、彼は私にスマホを返してきた。
写真を見てみると、物凄い赤い、ビックリとした顔の私と変わらない真顔の綾小路さんが映っている。
「行こうか」
「…………………………」
私は少し目をそらすようにして綾小路さんの後に続く。
私の耳には、園内に広がるジングルベルと鈴を鳴らす愉快な音楽が流れ込んできた。
そういえば、私は昔この音楽が好きだった。
誰の曇らせが一番好き?
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堀北鈴音
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一之瀬帆波
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坂柳有栖
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軽井沢恵
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椎名ひより
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櫛田桔梗
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佐倉愛里
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長谷部波瑠加
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松下千秋
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佐藤麻耶
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天沢一夏
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七瀬翼
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雪
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茶柱佐枝